真名判明
関西パビリオンのアサシン
真名
服部半蔵正成
徳川家康に仕えた武将、徳川十六神将に数えられる1人。
家康から預けられた忍軍『伊賀衆』を指揮しており、工作や探査を行った記録が残っている。
朝から降っていた雨は、その雨足を淡々と早め、既に結構な勢いになっていた。湿気った風が万博会場の植木を揺らし、木の葉が散る。散った木の葉は夜闇に紛れて、瞬く間に見えなくなった。
時刻は午後10時20分。関西パビリオンを早めに抜け出た狼我は傘を差したまま、コモンズDの外で待つ。
程なくして傘がもう1つ。ベンドレだ。既に実体化したライダーが、同じ傘に入っていた。
目が合うなり、狼我は告げる。
「今夜、アサシンと戦闘になる」
「……何故、わかる」
「俺がそう決めたからだ」
端的に、それだけ。
ベンドレは少し考えて、何かがあったのだろうとは察する。詳細を聞くには時間がなかった。
「どうするオッサン」
「……何を?」
「俺はバーサーカーと一緒に出るつもりだ。ライダーと、オッサンは、どうする」
「……同盟だろう、オレ達は。オマエに同行する。……いいなライダー」
「まー、いいけどさー。急だよ? ローガくん」
そう言われるが。
狼我は返事が出来ず、目を逸らす。
それと重なるように。
『事務局より連絡。全来場客の退去、及び一般スタッフの退去が完了しました。本日の夜明け予定は4時45分、聖杯戦争を開始してください』
美琴のアナウンスが、雨音に混じって聞こえてくる。
「覚悟を決めろ」
万博聖杯戦争 5日目 夜
コモンズDを出て、アサシン陣営と遭遇するまで、そう時間は掛からなかった。
別に待ち合わせをしていたわけではない。ただ、関西パビリオンに向かおうと歩んだそのルート上。一昨日にはセイバーとアサシンが戦っていたいのちパークに、今日もアサシンが立っていたというだけの話。
そう、来ることは解っていたとばかりに、いのちパークの広場の中央に、アサシンとそのマスター──佐藤住持は立っていた。
狼我と、視線が交差する。
「来たかい」
それだけ呟いて、住持は数歩後ずさる。続いてアサシンも。まるで、こちらに来いと言うような手振り。
誘いに応じて、数歩踏み出す。
バーサーカー陣営──基田狼我と太陽の塔。
ライダー陣営──ベンドレ・ウェドラオゴとプリンセス・イェネンガ。
並び立つ。相対するは、
アサシン陣営──佐藤住持と服部半蔵正成。
雨が降っている。風が吹いている。
狼我は傘が一瞬風に取られて、鬱陶しくて傘を閉じた。雨粒が首筋を埋めていく。ベンドレは横目で狼我を見て、少し迷ってからやはり傘を閉じた。住持は雨合羽を着ているようだった。
今から、始まる。静かな確信があった。
「まずは感謝を」
バーサーカーが口火を切る。
「アサシンのサーヴァントは、元来暗殺を得意とするもの。しかし今、マスターの暗殺を図らず、こうして正面に立っていることに、感謝する」
「……律儀やんな。せやけど、僕は出来やんことしとらんだけや。感謝されることはあらへん」
聞き届けて、そこまで応えて。
住持は右手を意味深げに構え、手の甲を見せる。令呪を見せる。前に立つアサシンへ視線を向ける。
「始めよか」
そして令呪が、赤熱する。
「令呪を以て命ずる──忍の任を解く。槍の神髄をここに」
その言葉ともに。
右手の令呪から光が抜け出て、力が、アサシンに流入する。その四肢に染み渡る。
受けて、アサシンは。
「我が身既に鉄なり、我が心既に空なり──」
静かに、呟くようにそう言って、ゆっくりと槍を構え直す。同時に。
忍装束が変質する。
布製の装束が令呪を受けて、金属の鎧を纏い始める。胴の装甲。肩の装甲。腰の装甲。覆い尽くすように、上書きするように。握っていた槍も、輝きを取り戻し。
「──天魔覆滅」
程なく、アサシンの変質が完了した。
狼我にとっては知る由もないが、魔術世界では霊基再臨と呼称される現象に近い。即ちサーヴァントの能力の上限を引き上げ、強化する行為。
アサシンの姿は、既に変貌している。忍の棟梁としての姿から、槍使いの猛将としての姿へと。
「調子は戻ったかい、アサシン」
「……」
「ん、ええ構えやね。上々ってとこか」
アサシンは動かない。しかしそれは単なる静止ではない。槍の切っ先を狼我らに向けて、動きを伺う臨戦態勢。降り注ぐ雨粒が、鎧に当たって散乱する。
その肩の向こうでは、住持が狼我を見ている。感情は伺いしれないが──狼我の動きを、待っている。
応えるように。
「俺は俺の望みを叶える。お前を倒す」
狼我は、その右手拳を握り込んでいた。アサシンの姿を見据えて、一言。
「バーサーカー」
「承った」
直後。
一気に踏み出すバーサーカー。勢いを付け、跳躍。飛び膝蹴りの構え。
アサシンは飛び退いて対応。バーサーカーの一撃を躱し、その勢いをそのままに、槍の穂先をバーサーカーへ。
突き刺す直前。
「
一言上がって、何かが穂先に割り込んだ。布状のそれが1枚、バーサーカーとの間に飛んできて、刺突が刺さるのを防ぐ。──それはヒョウの毛皮。
刺突が止まった、その一瞬で。
「跳ね飛ばす!!」
アサシンの真横から、白馬に乗ったライダーが突撃、衝突!! 馬脚は確かにアサシンの胴体を捉え、突撃の勢いで轢き転がす。
だが──確かに馬はアサシンを捉えたものの、アサシンは受け身を取り、すぐに立て直す。槍を長めに構え直し、ライダーの跨る白馬に一撃。
鋭い嘶き。首筋を貫かれた白馬は堪らず立ち上がり、そのまま姿を消す。飛び降りるライダー。
「っ、どうして!!」
バーサーカーを守ったヒョウの毛皮を羽織りながら、ライダーが顔を顰める。どうやら彼女のものだったらしい。彼女の視線の先、アサシンはまた姿勢を整えている。先程同様、待ちの姿勢。
ライダーは考える。カウンターをされるなら、カウンターの届かない攻撃なら通るはず。即ち遠距離攻撃、槍投げの一撃。
「なら、これで──
槍を、持ち直す。
刹那。
「隙あり」
「させない!!」
バチン、と、目の前で攻防。
即座に距離を詰めたアサシンの突きの一閃が、ライダーの肩を掠めている。目の前でバーサーカーが槍を掴んでいなければ、きっと胴を貫いていた。武器を持ち直すだけの、間隙の中での攻防。
バーサーカーは槍を掴んだまま、アサシンに蹴りを捩じ込む。しかしアサシンも空いた方の腕でそれを受け止め、身体を捻って引き剥がす。
大地を転げるバーサーカー。その身体をアサシンの視線が追い。
「
今度はアサシンの背後から、ライダーが己の槍を振り下ろす。察したアサシンは身を捩って回し蹴りの姿勢。槍の穂先を踵で受け止め、蹴り飛ばす。更に突きの追撃、今度はライダーが躱す。
驚くべきはアサシンの視野の広さか、精密な技術か、あるいは純粋な筋肉の馬力か。バーサーカーとライダーを相手取って、アサシンはまだ余力がある。
「ライダー……どうした……!!」
「ダメ、これ、アタシのパワーが足りてない!!」
ライダーが歯噛みした。彼女は後ずさりながらアサシンの槍を自らの槍で弾き、しかし攻勢には転じられず。
戦闘は出来ている。バーサーカーとの連携も出来ている。ライダーとて一流の戦士、技量としてはアサシンに引けを取ることはない。だが、もっと根本的なところで差が存在する。
スペックの差。即ち、万博聖杯戦争においては知名度補正。関西パビリオンは、常に予約で埋まる人気パビリオンであるが故。出力できる地力に、埋められない差が生まれているのだ。
ライダーは、後ずさり、後ずさり、カツン、と。
踵が、何かに触れた感覚があった。
背後を見る隙はないが、しかし、きっと何かの柱に触れた。
追い込まれている。
「バーサーカー!! 詰められるか!!」
狼我の言葉に応じて、バーサーカーが再び地面を蹴る。アサシンへ距離を詰めようとして、しかし、振り回される槍の切っ先に近づけない。
日本の槍とはそういうもの。一方的にリーチを確保し、周囲を近づけず、制圧するもの。槍投げを想定するライダーの槍とは属性が異なる。そういう意味では、いのちパークはアサシンにとって地の利があった。柱で囲われたこの広場は、ライダーが馬で走るには狭すぎる。
「駄目だマスター、アサシンは格段に、厄介になった!!」
「チッ、なんてことしやがった」
「まあな。アサシン──服部半蔵はそもそも忍者やのうて1人の武将。こっちの方が本職や」
言う間にも。
背中をいのちパークの柱に封じられたライダーは、その場でアサシンの槍を捌く。いや、捌ききれない。槍を弾き落とされ、拾い上げることは叶わず、姿勢を崩し、退避は叶わず。
アサシンの双眸は、ライダーの
「お命頂戴する」
槍の穂先が定まり。
それを見ている狼我は息を呑み。
直後。
ズガ、と。
轟音。
何かが起きた。
視界が真っ白に染まる。耳の中が轟音で埋まる。衝撃波すらも感じて後退する。誰もがそうだった。
何かが起きた──何かが落ちた。
狼我の視界が、少しずつ回復する。耳鳴りの向こうに音が聞こえ始める。
目の前で、バーサーカーが立っている。
アサシンも、ライダーも、それを見ている。否、発生した衝撃を前に立ち尽くしている。
ようやく状況が見えてくる。
落雷だ。
バーサーカーに、雷が落ちた。寸分違わず、頭の部分、黄金の顔の鼻先に。
雨が降っていたのだ、雷が落ちること自体は不思議ではない、でもどうして今、バーサーカーに?
「そうか──避雷針!!」
刹那。
バーサーカーが電光と共に大地を蹴り、アサシンへ接近。槍の護りが止まった隙を突き、掌底を押し当て。
「『雷光の空間』!!」
閃光!!
まずは一筋、光が走る。宣言と共に光が走る。
バーサーカーの手の触れた先、アサシンの皮膚の表面で。
光が、光が、光が走る。
弾けるそれは全て雷光。バーサーカーの頭に落ちた、雷そのもの。何千キロワットものエネルギーが、バーサーカー越しに押し付けられる。
狼我は後に知ることであるが。
1970年の大阪万博、そのパビリオン『太陽の塔』には、いくつかの展示ゾーンが存在した。例えば、生命誕生のその前、物質だけが存在していた世界を表す『カオスの道』。あるいは、DNAの二重らせんなど、生命を形作るものを表す『いのちの空間』。他にもいくつかあるのだが。
『雷光の空間』というものがあった。それは物質だけの世界に降り注いだ雷。化学反応を誘発させ、生命のはじまりへと導いた光。稲妻が、常に太陽の塔の内部にはあったのである。
ならばこそ。
太陽の塔に雷が落ちたのならば。
それを、太陽の塔が扱えない道理はない!!
「はああああっ!!」
「っが、な──」
通電、通電、通電!! アサシンは踏ん張り、目を見張り。生物が元来想定していない落雷のエネルギーを受けてなお、意識を保ったまま。だがしかし。
持っていた槍を、取り落とす。
カラン、軽い音。
「今だ、ライダー!!」
「わかってる、マスター!! 令呪ちょうだい!!」
閃光のその向こう側で。体勢を立て直していたライダーが、既に白馬に跨っている。適切に距離を取り、槍を構えて、指示を待つ。
ベンドレの声が、届く。
「……令呪をもって、ライダーに命ずる……」
剥き出しの右手。ベンドレに刻まれた令呪を構成する3つの赤、その1つが、光とともに熱を帯びる。
令呪、即ちマスターの絶対的命令権。スペック差をも逆転させ得る、エネルギーの塊。それが。
「ブルキナファソの力を示せ」
「任せて!!」
言葉ともに流入する。ライダーの握る槍、その先端へと。ライダーは白馬に跨ったまま、槍を投げる姿勢で構え。
「我が父、ネデガ王より賜りし、我らが王威。即ち、金の鞍。鉄の槍。ヒョウの皮。ここに揃い、故に!!」
詠唱。それと共に、彼女が所持する3つの物品が光り輝く。白馬に着いた金の鞍。今構えている鉄の槍。肩に羽織ったヒョウの皮。それは全て宝具。
聖杯戦争において、ライダーというクラスは宝具を多く持ち込む傾向にある。しかし彼女の場合は特別だ。
「故に我こそ
彼女の持ち込んだ宝具の1つは、3つで1つの複合宝具。3つが揃うことで、王の威光を証明するもの。正統なる王の身体を、理想的な状態へ強化する宝具。
今、ブルキナファソ建国女王のその槍が──アサシンに狙いを定め。
「バーサーカー!!」
「解っている」
バーサーカー、とん、と軽くアサシンを突き飛ばし、その場を退避。
アサシンは未だ雷に打たれ続けており、身動きはままならず。
ライダーは既に、その手の槍の軌道を見定めた。
「我が敵、尽く沈め──『
投擲──
──貫通!!
一瞬の残像と、着弾の音があって。
その瞬間に勝負は着いていた。
アサシンの胴体には空洞が開き、その先に鉄の槍が突き立っている。
「やった!!」
ライダーの口から喜びが漏れる。
しかしアサシンも、まだ体が動くようで。踵を返し、1歩、1歩。住持へ歩み寄る。
「……主殿」
「お疲れさま。これで仕事は終いや。ようやってくれたに、感謝しとる」
「…………これにて、御免」
その会話だけは、アサシンの意地だった。
最後の力を使い果たし、その身は立ったまま、光の粒に分解される。雨粒が、削るようにその身を打ち付け。程なくして、アサシンの身体は崩壊する。
アサシンが、敗北した。
その消滅を見送って、住持は顔を上げる。視線の先には狼我とバーサーカー。既に彼の右手からは、手裏剣型の令呪の痕跡は消えつつある。
「いやあ、派手にやられたなぁ。やっぱり強いや、バーサーカー」
「……運が良かっただけだ、俺は。雷が落ちなけりゃ負けていた」
少し、沈黙が流れた。遠くの方で、また雷の音がした。
この雨はきっと、明日の朝には止むだろう。
「じゃ、僕の仕事もこれで終わりか」
住持はそう言い、狼我らに背を向ける。歩き出す背中は、負けたにしては真っ直ぐで。
その背中に、狼我は呼び掛ける。
「これからどうするんだ」
「決まっとるやろう、県庁に報告や」
背中は止まらず、遠のくばかり。遠のいて、遠のいて、どこかの角で曲がって、見えなくなって。
これで、まずは1人。
「なんで勝手にアサシンを倒した?」
「文句言われる筋合いはねえ」
「アーチャーについて調べて」
「アーチャーにマスターはいない」
「あんたがもう1人の監督役か」
「もっと面白い展開を」
9話 バンダイナムコの聖杯興業
「監督役からのありがたい
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