終のむじなが見た夢に   作:夜琥

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12. モンドの幻影

モンドに到着してから、数週間が経った。

 

早柚は、街外れの、古い、廃屋を、仮の寝床と決めると、そこから、二度目の世界の、物語が、始まるのを、静かに、待ち続けた。

 

彼女の計画は、こうだ。

 

――何もしない。

 

一度目の世界での、自らの、傲慢で、短絡的で、視野の狭い介入が、すべての悲劇を招いた。

ならば、答えは、簡単だ。今度こそ、余計なことは、一切しない。

 

頭の中にある「本来の、成功する歴史」の通りに、物事が進むのを、ただ、見守る。

そうすれば、多少の犠牲は出ても、世界は、破滅を免れるはずだ。それが、彼女が、マハールッカデヴァータとの契約で得た、結論だった。

 

やがて、蛍とパイモンが、モンドに、現れた。

早柚は、決して、彼らに、接触しなかった。ただ、遠くから、その動向を、見守るだけだった。

 

アンバーと出会い、モンド城を案内され、そして、風魔龍の最初の襲撃が、起こる。

 

すべてが、拙の「知識」の通りに、進んでいく。

その光景を、彼女は、大聖堂の、屋根の、一番高い場所から、冷たい風に吹かれながら、見つめていた。

 

(これで、いい……)

 

心の中で、何度も、自分に、言い聞かせる。

 

(拙は、ただの、観客だ。物語に、決して、手を出してはいけない)

 

その、何もしない、という行為が、これほどまでに、心を、締め付けるものだとは、知らなかった。

 

蛍たちと共にあり、共に戦った、一度目の世界の、苦い記憶が、何度も、蘇る。

だが、彼女は、唇を、強く、噛み締め、その衝動を、必死に、抑え込んだ。

 

蛍たちは、原作通り、西風騎士団の「栄誉騎士」となり、ジンたちと協力して、モンド周辺の、四風守護の神殿の調査へと、向かった。

すべてが、順調だった。順調、すぎた。

 

最初の異変に気づいたのは、蛍たちが、ガイアと共に、北風の狼の神殿を調査し終えた、その夜だった。

 

早柚は、いつものように、モンドの夜の闇に紛れ、情報収集を行っていた。

その時、風の中に、微かな、しかし、間違いなく、邪悪な気配が、混じっていることに、気づいた。

 

(……なんだ? この、元素の流れの、淀みは……)

 

それは、アビスの魔術師たちが放つ、特有の気配だった。

だが、一度目の世界で、何度も、感じたそれとは、明らかに、濃度が違う。

まるで、澱んだ水底の泥を、無理やり、かき混ぜたような、不自然な、そして、悪意に満ちた、力の流れ。

 

胸騒ぎを覚え、彼女は、その力の源流を、追った。

辿り着いたのは、囁きの森の、さらに奥深く。本来、魔物など、寄り付かないはずの、静かな場所だった。

 

だが、そこには、信じられない光景が、広がっていた。

 

数人のアビスの魔術師が、地面に、禍々しい紋様を描き、何か、儀式を行っていたのだ。

そして、その紋様の中心には、一度目の世界では見たこともない、黒紫色の、脈打つ、水晶のようなものが、地面から、突き出ていた。

 

「……あれは、なんだ?」

 

早柚は、息を呑んだ。

拙の知る、どちらの歴史にも、こんなものは、存在しなかった。

 

その時、魔術師たちの一人が、歓喜の声を上げた。

 

「ククク……素晴らしいぞ! この地の、時空の歪みが、我らがアビスの力を、増幅させてくれる! これならば、ただ、龍を操るだけでなく、モンドの地脈そのものを、汚染することも、可能だ!」

 

(……時空の、歪み……?)

 

その言葉に、早柚の全身から、血の気が、引いた。

 

まさか。

 

まさか、拙が、この時代に、存在している、そのこと自体が。

この世界の理を、歪め、アビスの力を、増長させている、というのか……?

 

何もしない、はずだった。ただ、見守るだけで、すべては、うまくいく、はずだった。

だが、違った。拙が、ここに、いるだけで。

この世界は、もう、本来の、あるべき姿では、なくなってしまっていたのだ。

 

(……どう、すれば……)

 

このまま、放置すれば、どうなる?

蛍たちが、トワリンを救ったとしても、モンドの土地そのものが、アビスに汚染されてしまえば、結局、待っているのは、緩やかな、破滅だ。

 

かといって、ここで、拙が、介入すれば? また、一度目の世界のように、何が、どう、転ぶか、分からない。

 

(……いや)

 

彼女は、心を、決めた。

 

(もう、迷っている、時間はない)

 

この、新たな「イレギュラー」は、間違いなく、拙の存在が、生み出したものだ。

ならば、これを、処理するのもまた、拙の、役目だ。

 

蛍たちには、トワリンを救う、という、本来の、大きな役目がある。

彼女たちの邪魔を、するわけには、いかない。

 

ならば、この、新たな脅威は。

拙が、一人で、誰にも知られず、処理するしかない。

 

早柚の、二度目の世界の、本当の戦いが、その夜、始まった。

 

蛍たちが、リサと共に、南風の獅子の神殿へと向かっている間。早柚は、たった一人で、アビスの儀式場へと、潜入した。

 

「誰だ!」

 

見張りのヒルチャールが、気づく。だが、遅い。

早柚は、風の刃と共に、闇の中から、躍り出た。その動きに、かつてのような、迷いはない。

ただ、冷徹な、目的遂行のための、最短距離を、なぞるだけだ。

 

「面倒な……!」

 

一体目の、アビスの魔術師(水)のバリアを、風元素で拡散させ、氷の矢で、凍結させる。

そして、懐に飛び込み、クナイで、その核を、一息に、破壊した。

 

だが、敵は、一体ではなかった。

 

「生意気なネズミめ!」

 

炎と、氷の、アビスの魔術師が、同時に、攻撃を仕掛けてくる。

 

早柚は、風の輪をまとい、その場から、高速で、離脱。敵の攻撃が、交差した瞬間、そこに、起爆札を、投げ込んだ。

凄まじい、爆発。だが、その程度では、魔術師たちは、倒せない。

 

それは、あまりにも、孤独で、そして、絶望的な、戦いだった。

 

蛍のように、圧倒的な力はない。ディルックのように、すべてを焼き尽くす、炎もない。

 

ただ、忍びとして、培ってきた、技と、速さと、そして、決して、諦めないという、意志だけが、彼女の、武器だった。

どれほどの時間が、経っただろうか。

 

夜が、白み始める頃。早柚は、満身創痍で、そこに、立っていた。

周囲には、塵と化した、魔術師たちの、残骸が、散らばっている。そして、あの、不気味な水晶もまた、砕け散っていた。

 

(……やった……)

 

だが、代償は、大きかった。

彼女の、左腕。そこにあったはずの、傷の、記憶が、一つ、綺麗に、抜け落ちていた。いつ、どこで、負った傷だったか、思い出せない。

 

(……これが、『燃料』……)

 

マハールッカデヴァータの言葉が、脳裏に、蘇る。

 

奇跡の、代償。

 

その数日後。蛍たちは、ついに、トワリンを救うため、風龍廃墟へと、向かった。

 

だが、早柚は、知っていた。アビスの、本当の狙いを。

 

彼らは、陽動として、モンド中に、兵を、ばらまいていた。

そして、その本命は、風龍廃墟の、さらに、地下深く。

 

そこに、巨大な、ゲートを開き、アビスの、より強力な怪物を、召喚しようとしていたのだ。

もし、それが、成功すれば。

トワリンを救った、疲弊しきった蛍たちでは、到底、太刀打ちできないだろう。

 

(……行かせない)

 

早柚は、傷ついた身体に、鞭を打って、風龍廃墟へと、向かった。

蛍たちが、塔の、頂上で、トワリンと、対峙している、その、真下で。

 

早柚は、たった一人で、ゲートから、溢れ出てくる、アビスの、怪物たちと、戦っていた。

アビスの使徒。黒蛇騎士。その、どれもが、一度目の世界では、もっと、後の時代に、現れるはずだった、強敵。

 

(……なんで、こんなものが、今、ここに……!)

 

これもまた、拙の存在が、招いた、イレギュラー。

 

絶望的な、戦い。何度も、吹き飛ばされ、斬りつけられ、意識が、遠のきそうになる。

だが、彼女は、倒れなかった。

 

(……拙は、もう、誰も、死なせはしない……!)

 

その、一心だけが、彼女を、支えていた。

そして、ついに、塔の上から、トワリンの、浄化された、歓喜の、咆哮が、聞こえてきた、その時。

 

早柚もまた、最後の一体を、倒し、その場に、崩れ落ちた。

遠くで、空が、晴れていくのが、見えた。

 

モンドに、本当の、平和が、戻ったのだ。

それを、見届けた、彼女の口元に、ほんの、わずかな、笑みが、浮かんだ。

 

そして、彼女は、静かに、意識を、手放した。

彼女の戦いを、知る者は、誰もいない。

彼女の起こした、本当の奇跡を、褒めてくれる者も、誰もいない。

 

だが、それで、よかった。

 

彼女は、影なのだから。

影は、光を、守るためだけに、存在するのだから。

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