飼ってたカエルに翼が生えていました。

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飼ってたカエルに翼が生えた

 飼ってたカエルに翼が生えた。

 翼が生えた。カエルに。

 培ってきた知識を掘り返す。生を授かってから現在までの記憶を辿る。

 ─思い当たるものはない。

 両生類に翼が生える、そんな事例は聞いたことがない。滑空するカエルはいる。インドネシアにいる。しかし、翼は生えていない。そもそも身体の構造上生えないはず。

 翼が生える原因…考え付くものは日常的に行っている実験による作用か。だが私がこの子に何かを施したことはない。実験は細心の注意を払って行っているし、最近は寝癖を自動で直す枕の開発に勤しんでいた。直接何かが作用したとは考えづらい。

 水槽の中にいるカエルは石の上でじっとしている。背中から生えた翼がぴょこぴょこと動き、よく目立っている。

 ─もしや寄生虫の類だろうか、翼に見えるだけの寄生虫の可能性。

 間違いない、カエルに翼は生えない。この水槽は蓋がないために、きっと未知の寄生生物に侵入され寄生されてしまったのだ(ああ、なんて可哀そうに)。もしくは生えているように見えているだけで私の幻覚なのかもしれないが、どちらにせよ早急に病院に行く必要がある。

 このカエルは数ヶ月を共にした仲間、いわばパートナーなのだ。この子の異常をそのままにはできない。

 カエルはじっと石の上に座り込んでいる。私は膝を曲げ、カエルと同じ高さの目線に合わせる。そうすると、カエルもじっと見つめ返してくる。愛いやつである。

 何が生えようと愛しいことに変わりはないが、君のためだ。すぐにその謎寄生虫を取り除いてあげよう。

 

「ケロケロッ」

 

 じっとこちらを見つめていた水槽の中のカエルは一つ可愛らしく鳴くと、石の上からぴょーんと飛び降りた。  

 だが、そのまま二秒、三秒経っても地面に辿り着かない。

 カエルはバサバサと翼を動かし、私の目線は先ほどより高い位置にあった。姿勢を低くする私に対し、カエルは上から見下ろすように私を見つめている。

 …ええと、つまるところ、飛んでいる。跳んでいるのではなく。

 そうかなるほど。とりあえず寄生虫の類でなかったことは喜ばしいことだ。しかし、どうしたものか。翼のあるカエル、しかもちゃんと飛べるときた。

 空飛ぶカエルは挑戦的なまなざしを私に向けてくる。見せつけるように翼をはためかせる姿はどことなく誇らしげに見える。

 

 「ケロケロッッ」

 

 カエルは先ほどより強く鳴き、大きく翼を動かし始める。

 段々と上昇し始めるカエル。私の目線も更に上がっていく。

 

「ゲコオオおおおおおおおぉぉぉぉッッ!!!」

 

 カエルはバサバサッと翼をはためかせ、そのまま上の空いた水槽から飛び出しその勢いで開けてあった窓から飛び出していった。

 飛び出していった。

 飛び出していった…?

 飛び出していった。うん。

 何しとんねん。

 

 

 あの後、すぐさま家から飛び出し、思いつく限りの場所を探してみたがカエルが見つかることはなかった。

 地平線の先に太陽が沈んでいくのが見える。辺りは暖色に包まれ、一日の終わりを予感させる。

 愛しのカエルは旅立った。旅立った、というか脱走した。

 ショックだ。

 何がショックって普通に懐かれてなかったことだ。まさか翼─もとい逃走手段を手に入れた途端に脱走するとは。

 ─そもそもなぜ翼が生えたのか?

 結局原因は何だったのか。進化、突然変異、実験の副作用。色々と思いつきはするものの彼が去ってしまったあとでは調べることはできない。疑問は尽きない。だがそれ以上に私の心を悲しみが染めていく。

 辺りを見回すと、此処が彼と出会った場所であることに気づく。四方を田んぼに囲まれ、コンクリートで舗装された十字路。そして道の脇を彩るように草むらが茂る。この草むらに身を潜めていた君を見つけて、捕まえて、私たちは出会ったのだ。

 初めて会った時のことを思い出し、思わず笑みがこぼれる。黄緑色でつぶらな瞳を持った生き物。とても可愛らしく、彼を見た時に私の脳内はスパークした。私にとって彼との出会いは実に運命的で素晴らしいものだった。だが、彼はもういない。

 初めから…私の一方的な好意だったのか?草むらで君を見つけた時からずっと。

 出会ってから色んな餌を食べさせた。グルメな君の口に合うように。初めはそこらの虫でもよく食べてくれた。けど最終的にマグロの刺身しか食べなくなった。私よりいいものを食べている。

 散歩にも一緒に出かけた。道端で跳ねる君に合わせて跳んでみたりもした。海に飛び込もうとした時は焦った。

 一緒にお風呂に入った時は危うく茹でかけた。

 あの日々は嘘だったのか?

 

「ゲロゲロっ」

 

 背後から聞こえた声に咄嗟に顔を向ける。

 そこにいたのは小柄で体表が黄緑色、つぶらな瞳のアマガエル。道路の真ん中に堂々と居座り、私の方をまっすぐに見つめている。

 正直、心が躍った。それは彼によく似ていたから。見た目だけで言えば瓜二つと言っていいほどに。

 だが私は彼と数か月を過ごしている。

 

「ゲロゲロっ」

 

 彼はこんな濁った鳴き声じゃないことを知っている。

 

 天を仰ぐと、空には既に星がまばらに散らばっていた。生ぬるい風が頬を掠めて通り過ぎていく。

 …私は諦めない。いつかまた君を連れ戻す。

 まだ私は君についてたくさんの知るべきことがあった。

 今度は、お互いもっと仲良くなろう。

 私も、君に好いてもらえるように、もっと準備する。

 だから。また会った時のために今は──

 

 蓋のない水槽はやめることにする。

 あとこのカエルは連れて帰る。


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