大庭雨傘物語   作:Poko.bell

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~第一章~ 雨傘の日常 -始-
第1話


 

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天候は嵐。日中もほとんど陽の光が入って来ない深い森の中。辺りからは強い風の音と雨の音が混ざり合い、凄まじい轟音が鳴り響いている。

幸いにも森の中は木々の葉っぱが雨傘の代わりになってくれているおかげで濡れることはないが、視界の悪さと音のせいで普通の子どもなら泣き喚く環境だ。

本来こんな場所に子どもが一人迷い込むことなどあまり考えられない話なのだが、そこからは嵐の音に混じりながらも、少女の泣く声が聞こえてくる。

 

-どうして?-

 

生い茂る木々の一つに背を預け座り込んでいる少女は迷子になったのか。はたまた家を追い出されたのか。

理由はともかく妖怪が跋扈しているこの地においてその少女は恰好の獲物でしかなく、近くの人里に戻れる可能性もゼロに等しい状況だった。

そんな状況に絶望しているのか少女の涙は止まることを知らず流れ続ける。

もう帰れないのだと悟っているかのように。

 

-どうして?-

 

少女のすぐ隣には紫色の唐傘が一本、ポツンと置かれていた。

しかしそれはもう雨傘としての機能を果たせなくなる程ボロボロの状態で、風が吹けば何処かへ飛んで行ってしまいそうなほど頼りないものだった。

それでも少女はポロポロと大粒の涙を零しながらも、その傘をまるで宝物でもあるかのように大事そうに掴んでいる。

 

「どうして?」

 

どれくらい時間が経ったのかは分からない。雨も涙も止む気配を一向に見せないが、ふと少女が立ち上がりふらつきながらも何処かに向かって歩き始める。

下駄の音をカランコロンと鳴らしながら歩くその姿は見た目そのままの童女でしかない。

しかし傘を杖代わりにし時折転びかけながらも懸命に歩こうとするその姿からは、自然の裁きにも負けない強い意志が感じられる。そうして右は青色、左は赤色のオッドアイを携えた少女は前を見据える。

 

「…嘘吐き。」

 

少女が歩みを止めることはなかった。何処に向かっているのか。何をしようとしているのか。それは少女にしか知り得ない。そうして最後にポツリと吐いた言葉は誰の耳にも届かないまま嵐の中に消えていった。

 

 

 

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幻想郷の四季は巡る。梅雨の時期が明け、気が付けば夏を迎え始めている今日この頃。

人里の人間はまるでそんなことは関係ないとばかりに、客寄せをする八百屋の者、ガラガラと荷台を引く者、寺子屋帰りに遊んでいる子ども等、多くの人間が里を往来している。

この光景だけを見れば、活気に満ち溢れた唯の人里だと思うかもしれないが、少し違う。

 

この世界には妖怪と呼ばれる人ならざる者が跋扈しており、人里の外から一歩でも外に出てしまえば、彼女たちのテリトリー。大抵の人間は妖怪に襲われた時に抵抗する手段を持ち合わせていない。

つまり里の外に出た瞬間それはそれは取り返しのつかないことになる。何ともまあ物騒な世界である。

とは言っても人間はいつ妖怪が襲ってくるのかと怯えて暮らしている訳では無く、人里と言う身の安全が保証された箱庭で、こうして精一杯生きている。

 

「いらっしゃいませ!こちらお安くするんでいかがですか!?」

「良かったら茶屋で少し休憩していきませんか?」

「一緒に遊ぼうよー。」

 

人間と妖怪は相容れない。妖怪は人間を襲い、人間はそれに対抗して退治する。

この関係は昔からの自然の摂理で、それを捻じ曲げることは出来ない。これが正だとするなら、いずれ人間と妖怪のどちらかは滅び行く運命。

その滅びに抗うべく生まれたのがここ

 

---幻想郷---。

 

人間と妖怪が共存できるように、偉い妖怪によって管理されたのがこの世界。

しかし実際は妖怪が存在を保つためのシステムであったりする為、共存とは名ばかりにこうして人里という場所に人間が押し込まれている実情だったりするのだが。

 

「こんにちはー。みんな今日も元気いっぱいだねー。」

 

しかしそんな中でも人里の往来を何の気も無しに歩き、すれ違う人皆に笑顔で挨拶をする妖怪がいた。

その妖怪は全身が水色の奇妙な恰好をした少女の姿をしており、まだ雨でもないのに手に大きな唐傘を手に携えている。

不思議なことにその少女が挨拶をすると、周囲の人間は恐れることなく笑顔で挨拶を返す。人間の生活の中に自然と馴染んでいるその妖怪の名前は多々良小傘。里の外れに居を据える唐傘の付喪神である。

 

「♪~」

 

周囲の人間達はその少女がいつから人里に住んでいるのか知らない。しかし人間の寿命より遥か昔からその少女は人里で暮らしている。人畜無害で非常に面倒見が良い性格をしており、里の人間は誰しもが一度はその少女のお世話になった事があると答えるだろう。種族の垣根を超えた不可思議な関係を何百年と築き上げてきたその少女は、今日もマイペースに幻想郷で生きていく。

 

 

 

***

 

 

 

「慧音ー。いるー?」

 

中から出てくる子ども達に手を振りながらも目的の場所に辿り着き、扉をたたく。子ども達が遊んだり学ぶ為に建てられた、里の中でも最も大きい敷地を誇る寺子屋。この学び舎は信じられないことにたった一人の先生で授業を行っている。

 

「小傘か。入っていいぞ。」

 

扉を開けるとガタガタと音を鳴らす年季の入った木造の建物。補修されながらも幾度となくこの場所から数えきれない程の子ども達の成長に関わってきたと思うと、この建物も誇らしい事だろう。

 

中に入ると授業を終えたばかりにも関わらず、忙しそうに筆を動かしている先生の姿があった。その先生の名前は上白沢慧音といい、昔から里で寺子屋を営む半獣として暮らしている。

彼女とは古馴染みとでも言うべきか。私と同じ人外の血も混じっているが、誰よりも人間を愛し、現在もその成長を見守り続けてきている。

 

「今日は何か手伝う?はい、お弁当。」

 

今朝に作ったお弁当を慧音に渡す。特に予定も無い日はこうやってお弁当を作り、授業が終わる昼過ぎに寺子屋へ届けることがいつの間にか日課になってしまった。

こうでもしないとこの先生はお昼ご飯を抜いてしまうのだ。忙しいので仕方ないとは思うが、先生として子どものお手本になる以上、こういうところはしっかりしておかなければならない。

 

「ああ、いつも悪いな。今日は夕方頃には終わるだろうから手伝いは構わんぞ。」

 

慧音は筆を置き、私の作ったお昼ご飯を食べ始める。普段この時間は慧音と雑談して、作業の邪魔にならないように退散する。

基本的に授業の作成に関することは一人でやりたがるのだが、簡単な単純作業はここに来たら手伝うようにしている。

 

時折授業の際に様子を見に来ることをお願いされたり、子どもと遊ぶことをお願いされたりすることがある。何でも私が来ると、子ども達が喜んで良い姿を見せようと頑張るらしい。

子ども達から好かれているっていうのは嬉しい限りだ。里の人間は私が定期的に寺子屋にお弁当を持って通う姿を見て、慧音の通い妻のようだと噂しているらしいので、ちょっと恥ずかしいけど。

 

 

 

「まだしばらくの間は里の周辺の警戒態勢は少し上げておいた方が良いだろうな。あの提唱されたルールが里にどんな影響を及ぼすのかだが…。」

「どちらにしろこの世界が良い方向に転ぶのは間違いないよ。本当によく考えられてると思う。」

 

今話しているのは、最近新たにこの世界の掟として発足された『命名決闘法案』人間と妖怪の決闘方法についてだ。

現在の人間と妖怪の膠着状態に終止符を打つべく制定されたこのルール。幻想郷での揉め事を本気の殺し合いではなく、ルールの範囲内で決着をつけるというもの。

 

その具体的な方法として提唱されたのが『弾幕ごっこ』と呼ばれるものなのだがこれが何とも面白い。人間は妖怪と対峙するハードルやリスクが大幅に下がり、事故が起こりにくくなる。妖怪は人間の里を襲ってはならないという規定上、人間からの怖れが無くなり存在が消失する者も出始めていた。そんな状況に終止符を打つべく、法案には『妖怪が異変を起こし易くする』『人間が異変を解決し易くする』といったことが定められている。

この事項が今後どのような事態を及ぼすのかまだ予想は出来ないが、少なからず静止していた人間と妖怪の関係が動き始めるきっかけになるだろう。

 

「随分と今代の博麗の巫女を高く買っているんだな。決闘ルールでの試運転もまだ出来ていないのだろ?」

「霊夢はやればできる子だよ?」

 

何よりも驚きなのが、このルールを一番に提唱したのが今代の博麗の巫女である博麗霊夢であること。昔から博麗神社には度々巫女の様子を見に行くことがあるのだが、歴代の巫女と比較してあの子は天才だった。

武術を学べば一瞬で自らの技として吸収し、弾幕を放てば避け方、撃ち方の最適解を瞬時に理解する。霊力も申し分なく、年を重ねれば間違いなく歴代の中で最強になれる器があった。

 

そんなあの子が人間と妖怪の在り方について、自らの力の使い方について真剣に考え、提唱したのがこのルールだ。

昔は無口な子故にあまり思考が読めなかったが、この世界の未来をしっかりと考えている。その成長っぷりが嬉しくて、本人の前で泣いてしまったことも記憶に新しい。

 

「ふふ、そうか。お前がそう言うからには期待できるんだろうな。」

「うん。きっとこれからもっと面白い時代になってくると思うよ。」

 

これまでに誰も思いつきもしなかった斬新な発想により、新たな時代が始まろうとしている。何が起こるかは分からない。だからこそわくわくするのだ。

時代を切り開いていく人間達は何時だって強い意志を持ち、生命力に満ち溢れている。私のような妖怪は人間の少し脆い部分を後ろから少しでも支えてあげられる存在になれればいい。

 

この時代の人間達の行く末を見るのが今からとても楽しみだ。

 

 

 

***

 

 

 

帰り際に子ども達と少し遊んだり、寄り道をしながら人里を適当にぶらぶら歩いていると、あっという間に陽が沈み始める夕暮れの時間である。

季節的には夏とはいえ、この時間帯でもまだ少し肌寒く、活気のあった人里もこの時間になれば落ち着き始めていた。とは言ってももう少し暗くなってくれば今度は飲み屋の方が騒がしくなってきたりするのだが。仕事終わりの人々に労いの言葉を掛けたり、こんな時間になってもまだ遊び足り無さそうな子どもに帰るよう促しているといつの間にか家に辿り着くのが私の日常だ。

 

幻想郷の人里は一般的な人里と比べるとかなり大きいが、何百年もこういう生活をしていると里の人間はほとんど顔見知りのようなものだ。頼り頼られ、人間の輪の中に入って生活することを変わっていると思う者もいる。その者らは私がどういう存在であるのかを理解していない。

 

付喪神とは元々人間が作った道具から生まれた妖怪だ。そんな存在が人間と共に暮らすことは何もおかしなことではない。もちろん人間に害を成す妖怪であれば拒絶はされるが。私は細々なれど何だかんだ上手いことやっていけていることを誇りに思っている。

 

「あ、小傘さん。こんばんは。お待ちしておりました。」

 

家に近づく程人通りは減っていき、辺りは静寂に包まれていったが、家の前に着くと見知った顔が大きな風呂敷を背負って私を待っていた。椿の花の髪飾りを付けた少女。その子は私を見るなり小走りで駆け寄ってきた。

 

「いつからここにいたの?」

「大体十分程前です。もう少しで帰って来ると思ったので待っていようかと。…あ、ちょっと。」

 

見るからに重そうな風呂敷を阿求からひょいっと取り上げる。これは私がこの前に貸して上げた本で、それを返しに来たのだろう。

 

「阿求。体が弱いんだからあんまり無茶したら駄目だよ?」

 

まだ早くに帰って来れたので良かったが、もっと遅くなった可能性もある。従者の人に行ってもらうなりすればいいのだが、彼女は頑なにそうしない。相手からの好意で自分で借りた物は自分で返しに行きたいのだと。

 

「もう私も子どもじゃないんですから。外出くらいで目くじらを立てないでくださいよ。」

 

そんな真面目な性格をした少女の名前は稗田阿求。種族は人間だが、記憶を受け継ぎながら何代にも渡って転生を繰り返し、使命を全うしている転生者である。転生という言葉だけ聞けば凄いと思うかもしれないが、その反動なのか彼女は代々生まれながらに病弱の気質を持っており、昔から事あるごとに体調を崩すことがある。

 

「私は阿求を心配しているんだよ。こんな場所で倒れたりしたらそれこそ手遅れになっちゃうんだから。」

「…小傘さんぐらいなんですけどね。いつまでも私を子ども扱いしてくるのは。」

 

家の扉を開け、中で風呂敷の中身を確認する。阿求が借りていく本は、変わり者の店主が経営している変わった物を専門で売っているお店で買ったものだ。里の貸本屋では見掛けない面白い本が沢山あるので定期的に通っており、阿求にも貸し出しているのだ。

 

「今回の本はどうだった?」

 

本の感想を求めると、阿求は待っていましたと言わんばかりに目を輝かせながら話し始める。

 

「素晴らしいの一言に尽きますね。今回借りた外の世界の教科書ですが、我々が使っているものよりも遥かに見やすいのです。歴史書であれば子どもに分かりやすいよう、人物に脚色を少し加えた絵が描かれていたり、算術の教科書であれば図や表のイラストに可愛らしい絵や文字が使われていたり、ただ知識を載せる本というよりは子どもがとっつきやすいような本になるよう工夫が成されています。着色は私達の技術ではかなり難しいかもしれませんが…少なくともこのような教科書が一つでもあれば寺子屋の先生の授業も楽しくなるのではないでしょうか。」

 

話している内に次第に熱量が上がったのか声が大きくなっていく阿求。毎回こういう満足気な反応をしてくれるのは貸していて嬉しいものだ。本もきっと彼女の反応を喜んでいるだろう。

 

「まるで慧音の授業が楽しくないみたいな言い方だね。」

「あ。し、失礼しました。」

 

恥ずかしそうに顔を赤らめる阿求。夢中になると我を忘れる性格は昔からだが、それは本のことが好きだからに他ならない。御阿礼の子とは私も数代に渡って友人関係を築き上げてきた。

彼女らが転生を繰り返す理由は世代ごとに一冊の"幻想郷縁起"と呼ばれる本を完成させるため。いつの時代もそれの完成に精魂を込めている歴代の御阿礼の子らと同様に、阿求もそれを手掛けることになる。

 

阿求も年齢的にはそろそろ取り掛かり始める時期であり、とても楽しみだったりする。そういう人間が歩む人生の経過を間近で見ることが出来る私は幸せ者だなぁ。

 

「もう外も暗いし送っていくよ。詳しい感想は道すがらにでもね。」

 

里も私の日常もいつも変わらない。いつからこんな生活を続けているのかももう覚えていない。でも私にはこんな何でもないような生活があるだけで十分幸せだと思える。

 

「ありがとうございます。お手数をお掛けしますがよろしくお願いします。」

「言葉が固いなぁ。友達なんだからもっと言葉崩してよ。」

「ふふ。考えておきます。」

 

楽園と称されるこの世界も永遠には続かない。私とこの世界のどちらが先に無くなってしまうのかは分からないが、私の妖生が此処で終わるのは確かだ。ならば先のことは深く考えず今はこうやって時代の流れに身を委ねてありのままに生きていければいい。この先に私の存在意義があることを信じて。

 

 

 

 

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