大庭雨傘物語   作:Poko.bell

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第10話

 

昨日のお酒のせいであまり気持ちのいい目覚めではないものの、大きく伸びをして気持ちを切り替える。そうして今日も一日頑張ろうと意気込んだところで、ふと布団の枕元に手紙が置かれていることに気付く。

一体何なのかと恐る恐る封を開けて中を見てみると、見たことのない言語がびっしりと書かれており、全く読めない。

誰かの悪戯かなとも疑ったが、それにしては手が込んでおり意図も分からない。

 

しかし内容は分からないものの、異なる言語を用いる者に何となく心当たりがあった。

一応身の回りの物が盗られていないかどうかを確認し、この手紙を解読できそうな人の元へと向かった。

 

「この手紙は紅魔館から送られてきたようです。」

 

向かった先はどんな言語でも解読してくれそうな阿求の家だ。

どうやらこの文字は英語と呼ばれる異国の言語のようで、達筆に書かれているらしい。

手紙の内容を要約すると

 

【貴方達を迎え入れる準備が整った。太陽が傾き始める前に来なさい。】

 

とのことである。いきなりな話ではあるが、紅魔館と里の距離を考えると訪問する日程の連絡手段がこういう形になってしまうのも仕方ない。寝ている間に忍び込まれていたと思うとちょっと怖いけど。

 

「準備は出来てます。早速行きましょう。」

 

太陽が傾き始めるどころかまだ昇ってきたばかりの時間なのに、阿求は元気一杯やる気満々である。

吸血鬼の根城へ伺う際の礼儀としては夜の方がいいんじゃないのかとも思うが、寧ろそれ以外の時間ならいつでもいいらしい。

この前も天敵であるお日様がギラギラしていた時間に神社にいたし、ちょっとその辺は昼型の吸血鬼だからかどうかなのかはよく分からないけども。

 

取り敢えず私の方は霊夢を連れて来るよと一旦阿求とは別れ、後で里の外門で集合ということにした。

 

 

 

 

 

里の外門は二十四時間体制で自警団の人間が代わる代わる見張り番を回している。

外からの脅威の侵入を防ぐ意味もあるが、里の子どもがうっかりと外に出てしまわないようにする仕事も含まれており、そういう事故をあまり耳にすることが無いのも彼らのおかげだったりする。

夜から勤めているからなのか、昨日の訓練のせいなのかは分からないが少し疲れが見える気がするが。いつもご苦労様である。

 

「お待たせ。連れて来たよ。」

 

神社に行って戻ってきただけなのだが、阿求は既に門の前で待ってくれていた。

背中には取材道具であろう荷物を抱えており、背が小さくとも特徴的な髪色をしているのもあって空から遠目で見ただけでもすぐに分かる。

 

「…どうも。」

 

まだ早朝だったというのに鼻歌交じりに境内の掃除をしていた霊夢。

この子を頼るのも夜だったり朝だったりと申し訳ないが、これも巫女の務めよと嫌な顔一つせずついてきてくれることがこの子の優しさを表している。

そんな霊夢は、阿求を見るなり軽くお辞儀をして少しぶっきらぼうに挨拶をする。

…この二人って面識ないんだっけ?阿求と魔理沙が昔のよしみで顔馴染である関係上、ここも繋がりはあると勝手に思っていたのだが。

 

「存じ上げています。今代の博麗の巫女である博麗霊夢さんですよね。稗田阿求です。よろしくお願いします。」

 

阿求が丁寧に頭を下げて挨拶をすると、こんな対応をされると思っていなかったのか霊夢も慌てて頭を下げて応じる。この光景ちょっと面白い。

 

「私事に付き合わせる形になってしまい申し訳ございません。予定の方は大丈夫ですか?」

「…事件でも起きない限り暇してるから大丈夫よ。もしあの連中が手を出そうものならぶっ飛ばして上げるから安心しなさい。」

 

そのスタンスはどうやら変わっていないらしい。まあ…ほどほどにね。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

紅魔館は霧の湖の真ん中に不気味に建っている洋館である。湖の岸から見たことはあるが、大自然の中に異質な赤で埋め尽くされた外観は、凄まじい存在感がある。

 

「小傘さん。重くないですか?」

「全然。寧ろ軽いよ。」

 

道すがらは森であったり湖であったりと、人が歩けるように整備されていないので、当然阿求を背中におぶって行くことになる。

一応霊夢にはもしも妖怪やら妖精やらに襲われたときに撃退してもらえるようにお願いしているのだが…里を出る前に霊夢から持っておくように言われたこのお札のおかげで、さっきから妖精一匹すら寄ってこようとしない。どうやらかなりの量の霊力が込められているらしく、知能の低い妖怪やら妖精程度なら一切接触してこなくなる程の代物らしい。

詳しいことはよく分からないけど、霊夢が作ったと言うだけあって凄まじい効果である。

 

しかし今は道中に襲われる危険とは違う、別の問題に直面していた。

 

「…昨日のお酒がまだ残っちゃってるかも。」

 

朝起きた時からずっと痛んでいる頭。流石に飛ぶことに支障は無いとはいえ、万全な状態とは言えない。二日酔いは昨日の時点で予想していたとはいえ、長時間空を飛ぶことがこれ程に気持ち悪いとは。

 

「…何でそうなるまで飲んでたのよ。」

「し、仕方ないじゃん。友達に誘われたんだから。」

 

昨日はミスチーの屋台の開店祝いということで飲まないわけにはいかなかった。

今日紅魔館に行くと分かっていたら調整は出来たのだが…後先考えずに飲んでしまった。

流石に阿求を背負っているのに空中で撒き散らしたりなんてはしたないことは絶対にしない。

そんなことをしたら阿求に迷惑妖怪として、隣にいる霊夢に退治依頼を出されてしまうことだろう。

 

「…友達に誘われたら小傘は飲みに行くの?」

「程々に飲むのは好きだけど…誘われる人によるかも。」

「…ふーん。」

 

そうは言っても私はいつも妹紅に飲みに誘われて断ることができた試しがない。

実際は無理矢理連れていかれているだけなのだ。

逃げようとしたところであの馬鹿力で引き摺られて連れて行かれちゃうし。飲むのは強制されないものの、お店に入った以上お酒を頼まない訳にも行かないし…。

 

でも妹紅も昨日は蛮奇ちゃんと楽しそうにしてたし、標的を変えてくれるかもしれない。

仮にそうならなくても何とか道連れに…。

っと、背中にいる阿求が肩をちょんちょんと叩き、小声で何か耳元に囁きかけてくる。

 

「あの…小傘さん。つかぬことをお聞きしますが霊夢さんとこれまでに一緒にお酒を飲んだりしたことは?」

「え?…ないけど。」

 

神社に行ったらよくご飯を作ってとお願いをされることはあるが、一緒にお酒を飲んだりしたことはない。

 

しかし神社にはこんなにも誰が飲むのだと疑うくらい大きな樽の中に並々入れられたお酒があるのは知っている。それを見て霊夢も妹紅と同族だと悟ってしまったのもつい最近の話。

因みにその酒樽は神社の台所にでかでかと置かれているのだが、私がその中身を覗き込もうとすると、毎回台所の戸の隙間から眼を光らせた霊夢が獲物を殺さんとする獣のようにこっちを見てくる。

多分私がお酒を盗んで飲まないか監視されているのだ。妹紅と飲みに行きすぎて里で私がお酒に飢えているっていう変な噂でも流れているのかもしれない。

 

「でしたらまた今度誘ってみてはいかがですか?」

「え、いやちょっと…それは。」

 

何故阿求が急にそんなことを言い出したのかはよく分からないが、あれだけの量を飲む酒豪なら私は絶対についていけない。しかも最近一樽追加で増えてたし。きっと滝のように浴びながら飲んでいるに違いない。…何て恐ろしい。

 

「変な想像してません?…まあ考えておいてください。悪いようにはならないと思いますから。」

「…うーん。」

 

霊夢の方を見る。

前を見て飛んでいるが、その横から見える表情は心なしか悲しそうに見えた。

それが少し気まずく感じ、何も言わず眼を逸らした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

森を抜けて湖を超えて、特に妖怪やらの襲撃による問題も無く、紅魔館の門の前まで無事に辿り着くことが出来た。

眼下には真っ赤なお屋敷と綺麗な庭園が広がっており、この門を超えた先が人外の魔境であることを雄弁に物語っている。

ここからは気合いを入れて行かなければ。ふと下の方からおーいと声が聞こえ、見下ろすと誰かがこっちに向かって手を振って呼んでいるのが見えた。

 

「遠路遥々お疲れ様です。ようこそ紅魔館へ!」

 

地面に着地して阿求を下ろすと、緑色のドレスみたいな服装を身に纏った方が出迎えてくれる。

悪魔の館とも言われる紅魔館の門番ともなれば、どんな番犬が飼いならさているのかと身構えていたのだが、何だかとっても人当たりがよさそうな門番さんだ。

 

「今回紅魔館に住む方々の取材をするためにお伺いしました。稗田阿求です。」

「あ、ご丁寧にどうも。館の門番を任されている紅美鈴です。すぐにお嬢様の下へご案内しますね。」

 

そうして美鈴さんは後ろにある門を開錠して開いてくれた。正直この高さの塀なら空を飛んで簡単に飛び越えられそうだけど。

 

「また帰りにでも美鈴さんの取材に伺ってもよろしいですか?」

「え!私も取材してくれるんですか!?もちろんいいですよ!」

 

美鈴さんは驚いたようにこっちに振り返り、自らも取材するということを聞くと目に見えて喜び始めた。こういう反応も中々珍しい気がする。

 

「暇なので私はいつでも大丈夫です!ここで待ってますから。」

「…え?でもそちらにも仕事の都合が…。」

「平和すぎてやることがないんです。強いて言えば昼寝をすることが私の仕事ですかね。」

「は、はぁ。」

「最近退屈で退屈で…。そうだ!里に武術をかじってる人間っていますか?もしいるなら手合わせ願いたいのですけど…」

 

 

「いつまで無駄話してるの?美鈴。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

館の中は外観と変わらずの赤が一面に広がっていて、入り口だけでも凄く広い。

そして吸血鬼の苦手な日光を遮断する為なのか、窓が無くお昼前なのに夜のように薄暗い。

 

先程突如として美鈴さんの後ろに現れ頭にナイフを刺したのは、この前レミリアさんが神社にいた時に隣にいたメイドさんだった。

レミリアさんに対してはそれなりに忠誠心のようなものを感じたが、同業の者には手心は全くないらしい。

 

「小傘様。手紙の件は申し訳ございません。ぐっすりと眠っておられたので起こすのも悪いと思いまして。」

 

レミリアさんが待っている応接間への移動中にカツンカツンと四人分の足音が鳴り響く中、咲夜さんが足を止めてすっと振り向き、こちらに頭を下げた。

手紙の件とは勝手に家に入ってしまったことだろう。あれは咲夜さんが置いてくれたものだったのか。

 

「別にいいよ。しょうがないと思うし。」

 

ただ、寝顔を見られるのは恥ずかしいのでもう少し家のセキュリティは見直しておこう。

 

「メイドよりも空き巣の方が向いてるんじゃない?転職を勧めるわ。」

 

…また霊夢は余計なことを。

 

「あら?貴方こそ巫女の癖に神様への敬意がなってないじゃない。暇ならその喧しい口を使って少しは布教活動でもしたら?」

「興味ない。」

「聞いて呆れるわ。ただの暴力巫女じゃない。」

「空き巣メイドとどっちがマシかしら。」

「勝手に混ぜないで。…そもそも貴方は今日護衛として付いてきてるんだから大人しくしてなさい。」

「美味しいお茶とお茶菓子さえあればそうしてあげるわ。」

「…図々しい奴。」

 

この二人はいま口喧嘩をしてるのか、はたまたじゃれあっているのか。どちらにしろ私と阿求は置いてけぼりで、その掛け合いに苦笑いを返すことしか出来ない。

 

 

 

「あのー…。可能でしたら咲夜さんにも後で取材をお願いしたいのですが…よろしいですか?」

「はい。お嬢様からもそのように承っております。また後程、宜しくお願いします。」

 

…もうメイドさんとしての礼儀正しい姿と咲夜さんの素の部分がごちゃごちゃになってこの人をどう見ればいいのか分からなくなってきた。

 

 

 

***

 

 

 

「こちらの部屋です。」

 

長い廊下をひたすら歩き、ようやくレミリアさんがいる部屋の前に着いた。

ノックをし扉を開けたその部屋はこれまでの廊下と同様に、高そうな絵画やら造形物が飾られていて、目を奪われてしまう。

部屋の中央には客間のように長椅子と机が置かれており、そこにレミリアさんが座っていた。

 

「いらっしゃい。待ちくたびれたわよ。」

 

神社で会った時はあまり感じなかったが、こうした空間に囲まれているレミリアさんは凄く気品に溢れているように見える。

あの時はただ紅茶を飲んでいる姿が周りの風景に見合っていなかっただけなのだろうが。

 

「失礼します。」

 

隣の阿求が少し緊張して固くなっているのがひしひしと伝わってくる。

こうして妖怪の領域にまで立ち入って話しを聞くことなど慣れるものではないので無理もない。

張り詰めた空気の中、阿求が対面にある長椅子の前まで歩を進めようとすると、突然レミリアさんから凄い重圧感が押し寄せてくる。凄い既視感。

 

「…っ!」

 

それは以前と同様、レミリアさんの持つ妖力を放散させたもの。

彼女ほどの吸血鬼がそれを行えば、低級妖怪程度なら悲鳴を上げて逃げ出したくなるほどの威圧になる。

それでも流石に阿求のことを考えて妖力はある程度抑えてくれてはいるようで、私にもピリピリとしたものが伝わってくる程度のものだ。

 

隣の阿求を見ると少し体が震えている。

当然だ。霊夢や咲夜さんが特殊なだけで、普通の人間がこれに晒されれば心臓がギュッと掴まれているような吐き気のする感覚に襲われている筈。

 

しかし阿求はそれでも怯えた感情を一切外に出すことなく、毅然とした表情でレミリアさんがいる対面の長椅子に一歩一歩踏み出し、そのまま腰を下ろす。

 

「本日はお招きいただきありがとうございます。稗田阿求と申します。よろしくお願いします。」

 

阿求は自己紹介をして頭を下げる。それを見たレミリアさんはニヤッと笑みを浮かべて、放散していた妖力を引っ込める。

 

「レミリア・スカーレットよ。よろしくね阿求。」

 

その光景を見届けてホッと一息吐く。阿求なら大丈夫だと思って静かに見守っていたが、もしものことを思うと冷や汗が止まらなかった。

 

「ここの人間は皆度胸があって面白いわねぇ…って痛っ!」

 

しかし我慢が出来なかった者がここに一人。

 

「阿求。ゴーサインさえ出してくれれば何時でもこいつの頭を捥ぎ取って上げるわ。」

 

おおよそ人間が使う言葉じゃないけど。

 

「ま、待って。私のイメージが崩れるから、髪をくしゃくしゃにしないで。」

「え?ええっと……え?」

 

…幸先悪いなぁ。

 

 

 

 

 

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