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私は何者なのか。
ここはどこなのか。
薄暗い森に囲まれた空間に建てられている小さな古びた家屋。
そんな一歩踏み出せば鈍い音を立てて軋み始める程廃れた場所で、突然私は自我を持って生まれた。
建物から出て外を見回してみる。誰もいない。
森の方向に目を向けてみる。
暗すぎて奥の方は全く見えず、遠くの方からは時折獣のような鳴き声が聞こえてくる。
空を見上げてみる。
覆われた木々の葉っぱの隙間から少しばかり陽の光が差し込んできている。
たったそれだけ。それ以外何もない世界だった。ここは。
薄暗い森の方に進んで行く勇気はない。
じゃあこんな寂しい場所に居続けなければならないのか?
それは…怖いし嫌だ。
だから足りない頭を使って必死に思い出そうとした。
私が何故こんな場所にいるのかを。
そうして頭を捻って捻って浮かびあがってきた言葉は
『ご主人様の帰りを待つ』
一つの誓いだった。
ふと、今まで無意識に手で持っていた傘の方に目を向ける。
そこで今まで忘れていた事実にようやく気付く。
ああ、"これ"が私なんだ…と。
これまでのことが走馬灯のように頭の中を駆け巡り、ようやく自身の存在意義を理解する。
そうだ…私には帰りを待つべき存在がいるんだ。
私を必要としてくれている"ご主人様"が!
待とう。いつここに帰って来るのかは分からない。
でも一人でここにずっといる訳では無いことが分かっただけで、怖い気持ちはどこかへ飛んで行ってしまった。
幸いにもボロボロになってしまった家のお掃除とか、庭の手入れとか、この体を使ってお役に立てることはいっぱいある。
そして帰ってきたらいつかの曇り空の日のように、ご主人様の憂鬱な顔を晴らして雨風からお守りするのだ。
…この体はご主人様と同じもの。
今はそれが途方もなく嬉しい。
帰ってきて私を見たら驚いてくれるかなぁ。
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「…で?こんな朝方にどうしてあんた達は私の神社に転がり込んできたのかしら。」
小傘からお願いされた阿求という人間の女の子を護衛したのが昨日。
あのフランとかいう吸血鬼を大人しくさせた後、帰ろうとした時にはもう既に外は真っ暗闇だった。
門番の奴にあの二人はどうしたのかと聞くと、もう既に帰ってしまったとのこと。
私を待つより暗くなる前に帰った方が安全という小傘の判断だろう。
私も流石にあのやんちゃ娘の相手で疲れていたので、そのまま帰って床に就いたのだが
「お屋敷が半壊してるから。」
「暇だったから。」
「お話を伺いに来ました!」
ゆっくりしたい時に限ってこういう面倒臭い奴らが来るのはどうしてなのかしら。
レミリアに魔理沙に…こいつは確か鴉天狗の射命丸文とか言う名前だったか。
新聞記者を自称しており、最近はその新聞の記事になるネタ探しに来ては、薄気味悪い笑顔を浮かべて何かと探りを入れてくる面倒臭い奴。
関わっても碌なことにならないので、こいつの言うことは大抵無視することにはしている。
「まあレミリアのは分かるわ。仮にも私も関わった訳だし。」
「半壊の原因は主に貴方達が標的を変えてややこしくしたせいってことは分かってる?」
それは知らない。
「あんたら二人は帰りなさいよ。私は今疲れてるの。」
「そう湿気た顔すんなって。老けるぞ。」
理由からしてこいつが一番ふざけてる。
もしかしたら暇になったら死ぬ病気にでも罹っているのかもしれない。
ここに来ても何もないってのに。
「私は紅魔館で起きた謎の爆発の件について聞きたいです!」
誰も聞いてないのにペラペラと話し始める天狗。
朝っぱらからこいつの喧しい声を聞いてると頭が痛くなってくる。
「レミリア、パス。」
取り敢えず押し付けておこう。
お喋りが好きな者同士仲良くすればいい。
…滅茶苦茶迷惑そうな顔された。
「…私、その鴉天狗嫌いだから魔理沙にパスで。」
「任せろ。なんかこう内側からドッカーン!と衝撃を与えてボッカーン!と吹っ飛んで行ったんだ。」
「説明下手くそか。」
そうやって体で爆発を表現されても訳が分からない。
っていうか何故こいつは爆発そのものを説明しようと思ったのだろうか。
「まあ爆発の件はお二人がテロを起こしたということにしておきます。」
おい天狗。
「それよりもレミリアさん、いい加減私の取材を受けていただけませんかね?早くしないと貴方の情報の旬が過ぎてしまうんですが。」
「目障りだから消えなさい。羽虫みたいにうちのことを嗅ぎ回る奴に話すことは何も無いわ。」
不本意だけど、この天狗が嫌いなのはレミリアと同じね。まあ取材対象に欠片も配慮しない記者だし当然だろうけど。
「つれないですねぇ。まあいつか弱みを握って吐かせますのでお忘れなく。それでは私はこれにて!」
言いたいことだけ言って凄まじい速度で飛んでいく天狗。相変わらず暇なのか忙しいのかよく分からない奴。もう二度と神社に入って来ないでもらいたいものだ。
***
「っていうかあんた、本の返却忘れてないでしょうね。小傘との約束破るつもりなら許さないから。」
呑気な顔でお茶を啜っている友人にそう告げる。
絶対にここに来るより前にやるべきことだ。
もしも昨日のトラブルを理由に有耶無耶にするつもりなら、今すぐ森の方へ投げ飛ばしてやろう。
「分かってるって。そんなのちょちょいと行ってスパーンだぜ。」
「…さっきからあんた適当に喋ってるでしょ。」
「ばれた。」
…もう何なの?こいつ。
「今紅魔館に行ってもあのメイドに復興を手伝わされるだけだからな。ちょっと遅れて行くのがベストなんだ。」
「…私が言うのもなんだけどあんたは絶対手伝いに行った方がいいわよ。」
崩壊の原因の八割はこいつが無差別に極太レーザーをぶっ放したせいだ。何なら私もちょっと巻き込まれたし。こいつの場合はテロで間違ってないのかもしれない。
「咲夜なら今人里に行かせてるわよ。阿求の取材をまだ受けてないから。」
「……え?じゃあ今誰が紅魔館を直してるのよ。」
「そりゃあ美鈴でしょ。力仕事はあの子の仕事なんだから。」
…うわぁ。あの惨状を一人で片付けているのか。流石に不憫に思えてきた。
「咲夜にはついでに美鈴の取材の分もお願いしたからこれで全員。ってことで霊夢、報酬お願いね。」
「何よ報酬って。」
「決まってるじゃない。これから霊夢は私の手駒になるのよ。この神社は私が買い取るとして、貴方は紅魔館で私の為に尽くして……ってあら、今何を境内に投げたの?」
「吸血鬼が死ぬ結界を神社に展開するお札。後五秒で起動するわ。」
「誰か助けて!」
冗談だけど。
それにしても…報酬か。確かに私も小傘の依頼をこなしたんだからもらう権利あるわよね。
…今度また新しい料理作ってもらおっと。
「…ふぅ。…ところで霧雨魔理沙。貴方はうちのパチェと仲良くしてくれているみたいね。」
「おう、どうしたいきなり。」
「あの子の友人として礼を言っておくわ。頭の固いパチェと交流を持ってくれたこと。」
「礼には及ばんぜ。」
何の会話してるのよこいつら。
「これからは私が霊夢で貴方がパチェ。一緒に篭絡して行くわよ。」
「なあ霊夢。こいつは何を言ってるんだ?」
「無視していいわ。」
ほんっとに時間の無駄にしかならない話にしか脱線しない奴らね。
結局この二人は神社を暇つぶしが出来る程度の場所にしか思ってないのだろう。
それに巻き込まれる私の身にもなってもらいたい。
***
「それでレミリア。あのフランとか言う貴方の妹のこと。」
「…。」
その名前を出した瞬間、今まで薄く笑みを浮かべていたレミリアの表情が消えて無表情になる。
こうした表情になるのも以前レミリア自身から妹のことを聞いたことがある私もある程度は理解しているつもりだ。
「日常的にやってるんでしょ?あのじゃれ合い。それも殺し合いに近い形で。」
気が触れているという言い方をしたらこいつは悲しそうな表情を浮かべるが、実際にはその表現で間違ってないように思う。
気まぐれに閉じ籠っている地下室から時折出てきては、理性のタガが外れたように暴れ散らかして満足したら戻って行く。
曰くそれ以外で顔を合わせることはないらしく、会えば昨日みたいに殺し合いを繰り広げているらしい。
流石のレミリアもその状況をいいものだとは思っていないようだが。
「仕方ないでしょ。それ以外のコミュニケーションなんて取ったこと無いんだもの。」
まあこんな感じでレミリア自身がその状況を変えようとする意思がないのだ。
ほんとにどうやってこの姉妹は今の今まで生きて来られることが出来たのか。
「言っておくけどあの殺意が外に出て行った瞬間、私は容赦なくあの子を殺すから。」
あれが里の人間や妖怪に向かった瞬間、容易に全てを破壊してしまうことだろう。
今はまだ身内同士のいざこざという形で処理できる。
だが手加減を欠片も知らない威力で放ってきたあの弾幕。
小傘が防いだから良かったものの、あれがもし阿求に一発でも当たっていたなら確実に死んでいた。
もちろん状況的には人間が妖怪の住処に乗り込んでいる形なので、仮に何かあっても自己責任ではあるのだが…問題はそこではない。
「…私らのせいかもしれないけど、明らかにあの子外に興味示してるでしょ。このままで大丈夫なの?」
根っからの戦闘狂。今まではレミリアと闘うだけで満足できていたのかもしれないが、新しい相手を見つけてしまったのだ。
正直今この場所にフランが私達に昨日のリベンジを挑みに現れても何の違和感もない。
しかしだからといって手加減や理性のコントロールの仕方を知らない吸血鬼を野放しになることを私は許すわけにはいかない。
「何とかする。お願い、信じて頂戴。」
こっちに体を向けて真摯に頭を下げてくるレミリア。
短い付き合いだがこいつが簡単に頭を下げるような奴では無いことは分かっている。
だからといって完全に信用することは無いが。
どちらにしろこいつら姉妹の関係性含めた諸々、まだ分からないことが多すぎる。
まずはそれを知らなければ判断のしようもない。
「取り敢えずは貴方に任せる。でもこれからは紅魔館に定期的に様子を見に行くから覚えておきなさい。」
「…ええ。恩に着るわ。」
まあ…これが妥協案ね。
私が行くとあの子を刺激する可能性もあるが、こいつは昨日閉鎖的な紅魔館の状況にうんざりしていると言っていた。
つまりはこれから先客人を受け入れる可能性もある訳で、そうなったら結局は時間の問題にしかならない。
であるなら私が逐一様子を確認しに行った方がよっぽどいい。
「魔理沙もついでに。これからあの図書館に出入りするなら頼むわね。」
「ん?ああ。要は監視と鎮圧だな。相手に不足は無いし引き受けたぜ。」
魔理沙はこういう調査の時にはかなり役に立つ。
何も考えずに振舞っているように見えてその頭の中では思考を巡らせることを止めない。
たとえ本を盗みに……間違えた。借りる本の選定にかまけていてもその辺りは守ってくれるだろう。
「…やっぱりここに来たのは正解ね。ようやくこれで逃げ道を断つことが出来た。」
***
「霊夢篭絡の鍵はやはり料理にあると思う。小傘みたいな料理のスキルを身に付けてここに通ってだな…」
「成程。…咲夜に教わろうかしら。」
「その話、今すぐ辞めないと追い出すわよ。…魔理沙。何で貴方も乗り気なのよ。」
「ちょっと面白いなと思って。」
他人事だと思って…。生憎私にそんな趣味はない。
っていうか万が一にもこいつが本気で料理を勉強したとして、多分血液かなんか入ってるだろうし食べたくない。
「見てて思うけど貴方達って小傘に凄く懐いてるわよね。魔理沙も昨日は怒られてる時小動物みたいになってたし。」
「…あんまり思い出させるな。」
「それって何か特別な理由があるのかしら?」
そうレミリアに問われて私はそれとなく魔理沙の方を見る。
魔理沙の方も態々私の方に振り返って目を合わせてくる。
…多分こいつもなんて答えたらいいのか分かってない。
「それは…ほらあれよ。昔からの付き合いだからよ。こいつ以上に昔からの付き合いだし。」
「…私も似たようなもんだ。あれだ、近所の優しいお姉さんってところだ。」
「…何で二人共そんなにどもってるのよ。」
別に嘘は言ってない。
ただ…小傘との関係を言葉で表現するとなると複雑というか、何というか。
「…まあいいわ。私が小傘を気に入ったのはね、度胸があるだけじゃなくて貴方達同様、この先近い未来に中々面白い運命を辿るからなのよ。」
運命?…何だか急に胡散臭い話になってきた。
「言ってなかったかしら?私は他者が最も行き着く可能性の高い結果としての未来を少し覗き見ることが出来るって。」
「…どういうことですかね?霊夢さん。」
「私に振らないで。」
冗談を言っている雰囲気では無いので多分本当なのだろうが、いまいち理解が及ばない。
「…つまりは貴方達がこれから先どういう人生を歩んでいくのかっていう情景みたいなものを写真で切り取ったみたいに見れるってことよ。」
…うーん。かなり凄いことを言っている気がするが、こいつが言うと胡散臭い占い師の戯言にしか聞こえない。
「それが本当ならさっきの妹の問題も未来を切り取って修正していけば今からでも余裕で解決できる筈じゃないのか?」
「生憎私は私の未来を見ることは出来ない。フランも肉親だからなのか私と強い関わりがあるからかなのかは分からないけど運命は一切見えないのよ。」
…ややこしい能力ねぇ。
結果一番大事な問題の解決に使えないということはあんまり役に立たない能力なのかもしれない。
「それでまあ貴方達には色々と世話になる訳だし、そのお礼にこれから起こり得る未来のことで少しアドバイスして上げようと思ってね。」
「…何?それは。小傘と私達に何か関わることなの?」
「それは教えないわ。」
何がしたいんだこいつは。
でも話の流れ的にはそういうことだと捉えていいのだろう。
「…先のことを知ってもつまらなくなるだけだから私は遠慮しておく。じゃあな。」
私が悩んでいるのを尻目に、魔理沙は迷うことなく箒に跨って自宅がある魔法の森の方へ飛んで行ってしまった。
散々帰れとは言ったけど…随分潔いわね。そんなに聞きたくなかったのかしら。
「それで…霊夢はどうする?」
「……。」
…よく分からないがこれを聞くかどうかは私にとって何か重大な分岐路な気がする。
そもそも未来へのアドバイスを聞いてどうしろというのか。
それを覚えておいていつかの自分に役立てろとでも言うのか。
私はこれまで自分の運命は自分で切り開いてきたし、それはこれからも変わらない。
そして仮にこいつのアドバイスを聞いて私の中で何か変わることも…
…そういえば昔小傘に、過去に思い馳せるよりは未来をどれだけ楽しく生きられるかを考えた方が有意義って言われたっけ。
色褪せて行く思い出に縋るのもいいが、先の見えない未来に向かって挑み続けるのが人間らしい生き方だと。
そのなんて事のない会話の中で言ってくれた言葉は、私の中にまだちゃんと残っている。
先のことを知ってもつまらなくなる…か。
仮に私が未来のことを知ったとして、これが私の人生だとこの先胸を張って生きることは出来るのだろうか。