「どうした?そんな浮かない顔して。」
心配そうにこちらを見つめている慧音と目が合う。
それにハッとして思考を戻す。
「ごめん。何でもないよ。」
また考え事をしてボーッとしてしまっていた。今は子ども達もいるんだから切り替えなきゃ。
昨日紅魔館から無事に里へ帰ってきたのが昨日のこと。今私は慧音と一緒に寺子屋の子ども達に囲まれながら、とある人形使いによる人形劇を見ている。
「いけー!そんな奴やっつけちゃえー!」
「あの人形可愛いー!お姫様みたい!」
劇とは思えない程周りの子ども達はガヤガヤと騒いでいるが、語り部からキャストのセリフ、効果音から音楽に至るまで魔法で頭の中に直接響くようにしているらしく、これだけ騒がしくてもスッと劇が頭の中に入ってくる。
劇の脚本は毎回全て独自で考えているものらしく、今回の演目は敵に攫われた女の子を助ける為に旅に出るという物語。
人形達による躍動感溢れる動き。ストーリー展開。人形の可愛らしさ。たった一人の魔法使いが到底作ったとは思えないクオリティーで、本当に凄い。
子ども達から人気が出るのもよく分かる。
「…こうして小さなお人形さんの旅は終わりを迎えましたとさ。めでたしめでたし。」
出演した人形達が次々と舞台に出てきて皆一斉にぺこりと頭を下げると、カーテンが徐々に閉まっていく。
そうして幕が下りると同時に拍手の嵐が巻き起こる。
今回も脚本から舞台のセット、人形達の動かし方に至るまで文句のつけどころがない凄いものだった。
流石はアリスである。
「いつも悪いなアリス。遠くから足を運んでもらって。」
「別に私が好きでやってることよ。気にしなくていいわ。」
「ねえねえ!今度はいつやるのー?」
「そうね。もう次の劇の内容は大体決めてあるから、またすぐに開けると思うわ。」
「やったー!次のはどんなお話なの?」
「ふふ。それは楽しみにしておいてちょうだい。」
最近突如として里に現れ、可憐な人形劇を寺子屋で開催しに来る魔法使い、アリス・マーガトロイド。
人形劇の腕もさることながら、容姿が整い、面倒見の良い人当たりの良い性格もあって、里にも上手く溶け込んでいる。
人形劇が終わった後でも人形の人気は凄まじく、外の庭の方では数人の子ども達が人形と一緒になって遊んでいる。
これだけアリスと人形達の間には距離があるのに、普通に会話をしながら操っているのは凄い。
…今日私凄いしか言ってないかも。
「中々悪くなかったでしょ?」
アリスが自慢げに私の方を見てくる。
…そのドヤ顔に少しムッとしてしまう。
人形はその可愛さから勿論女の子にも人気があるが、劇の中にはかっこいい戦闘シーンも盛り込まれており、男の子の人気も高い。
これだけの完成度なら寺子屋の子どもに限らず、里の中心で人形劇を開いても老若男女問わず人が集まるのは間違いない。
確かに今回の劇も凄かった。でも私にだってアリスの人形劇に負けないくらいの傘回しという芸を持っている。
エンターテイナーとして、負ける訳にはいかない。
「まあ、アリスにしては上出来なんじゃない?」
「ありがとう。小傘の傘回しもまた今度見せてちょうだい。劇の参考になるかもしれないから。」
「むむむ。」
皮肉を言ったつもりなのに余裕の表情で返されてしまう。
私にとってアリスはライバルみたいなものだ。
可愛い人形が派手に動く人形劇と、古風ながらも色んな技で魅了させる私の傘回し、どっちが子ども達の人気を集めているのか。
…まあ別にそれぞれに良さがあるんだし、競い合う必要はないと言われれば無いのだが、どうしても意識してしまう。
さっきの自慢げな顔も何だか挑発されてるみたいだったし。
腕は確かでもまだまだ新参者の彼女に負ける訳にはいかないのだ。
「…ねぇ小傘ちゃん、アリスお姉ちゃんと仲悪そうだけど…どうして?」
「私にとって二人は優しいお姉ちゃんだから絶対仲良くなれると思うよ?」
しかし子ども達の中では私とアリスの仲が悪いみたいに映ったみたいで、皆して悲しそうな顔で仲良くして欲しいと訴えかけてくる。
べ、別にそういう訳じゃないんだけど。
「うふふ、安心して。小傘はちょっと拗ねてるだけで私達は友達よ。その証拠にまた今度小傘の人形を作って持ってくるから。楽しみにしててね。」
…え?…ちょっと待って。
「「「えー!ほんと!?やった!」」」
アリスの話を止める間もなく、よく分からない方向に話が着地してしまった。
私の人形って…。
「…そんな約束して大丈夫なの?」
誰かを模した人形を作るってかなり大変な筈だ。
アリスなら多分作れるのだろうが、私の人形を作る労力を割ける余裕があるのか。
「劇にも少しずつ変化を出していきたいのよ。観客に馴染み深いキャラクターを劇に組み込めれば、より面白くなると思わない?」
…すっごい上昇志向。彼女がこの人形劇に掛けている思いがひしひしと伝わってくる。
確かに私の人形ってちょっと楽しみ。
目の付け所と言い流石は私のライバル。これは負けていられない。
「…さっきまでちょっと不機嫌そうだったのに急に嬉しそうな顔になったわね。」
「あいつの顔は分かりやすいからな。自分の人形を作ってもらえるのがそれだけ嬉しかったんだろう。」
言われると恥ずかしいからあんまり言わないで。
「…確かに表情がコロコロと変わるわ。どうせ作るならやっぱり喜怒哀楽を表情で豊かに表現できる人形かしら。或いは手に持っている唐傘に何か仕込ませてみるか、簡易的な傘回しが出来るように腕の関節をよりしなやかにするのも面白いかも。」
…アリス?張り切るのはいいんだけどちょっとそこまでされると私の立つ背がなくなるというか。
アリスじゃなくて私の人形と競い合うことになっちゃう。
***
寺子屋の子ども達には傘回しをねだられたが、今日は遠慮しておいた。
断じてアリスの人形劇の後で自信を無くした訳では無い。
本当である。
演劇の後しばらく子ども達や慧音らと喋りながらも日が傾き始めると、彼女も家があるであろう魔法の森の方へ帰って行った。
いつも周りに浮かべている可愛らしい人形も、あの薄気味悪い森でバッタリと出くわしてしまえば不気味に映ってしまうのだろうから悲しい。あんな場所に好き好んで居を据えることだけは理解できないが。
それでもアリスにしろ魔理沙にしろ昨日知り合ったパチュリーさんにしろ、魔法使いという存在は個性的で魅力的なものをどこか持っているなと思う。
アリスだったら人形。魔理沙だったら弾幕ごっこ。パチュリーさんだったら知識。そういう何か物事に熱中している姿というのは心惹かれるものがある。
やっぱり私は羨ましいのかもしれない。
そうやって縛られずに自分の道を突き進んでいっている者が。
思い描いた理想を夢見て手を伸ばしているような生き方が。
どんな形であれあの者らには少なからず何か新しい変化が生まれる。
それは成長であったり発見であったりと様々だが、手探りながらも前に進むことができる。
その生き方を私は人間の専売特許だと認識していたのだが、
最近はどうしてか私の周りには自ら変化を求める者が増えてきていた。
何か繋がりを求めて里に入ってきた者であったり、屋台を繁盛させる為に四苦八苦している者だったりと。
そういうのを近くで見てしまうと、今まで言い訳して逃げてきた自分が情け無く見えてくるのだ。
…でもやっぱりこのままじゃ駄目だよね。
私も皆に負けないくらい前を向いて進まなきゃ。
………よし!
俯き加減になっていた思考を振り払うべく、物理的に頭をぱっと上に方に上げる。しかしそこには目と鼻の先に人の姿があって
「こんにちは小傘様。」
「………うわああああああ!」
突然のことに私は叫び声を上げて尻餅をついてしまう。
い、今一体どこから。
「いい反応…。ちょっと癖になりそうですわ。」
そこには昨日紅魔館でお世話になったメイド、咲夜さんが私の格好を見てクスクスと笑っていた。
「…どうしてここに?」
取り敢えずみっともない姿を正して立ち上がり、何故ここにいるのかを問い掛ける。
「阿求様の取材、まだ私と美鈴が済んでおりませんでしたのでこうして伺った次第です。もう話は済ませてきましたが。」
…来るのも早いし取材を終わらせるのも早いなぁ。こちらとしては凄く助かる話ではあるけど。
っていうか何で今私驚かされたんだろう。
「それじゃあ今から帰りってこと?」
「いえ。帰る前に少し寄りたいところがありまして。そちらに向かっている最中でございます。」
「寄りたいところ?」
「はい。実は…」
***
「…うん。これなら一週間程度で終わると思う。届け先は紅魔館でいいのかな?」
「遠いと思いますし私が取りに来ます。…それにしてもまさか噂されていた腕のいい鍛冶職人がまさか小傘様のことだったとは。」
…噂されるほどのものじゃないんだけどなぁ。
咲夜さんからの依頼は大量のナイフの製造。
先日の弾幕ごっこでもナイフを投げていたことから、その用途は殺伐としているようだが、依頼されたら何でも引き受けるのが私のモットーだ。
何百何千本だろうが丹精込めて作れば苦にはならない。
こういう変なところで職人気質の人を演じているからそういう噂に繋がったのかもしれないけど。
「小傘様は多芸ですね。鍛冶に料理に傘回しも上手だと聞きました。」
…咲夜さん。さっきの噂もそうだけど昨日里に初めて入った筈だよね?
昨日の会話の中で私を知る機会なんて無かった筈なのに、それ誰から聞いた話なの?
「里の人間をつかまえて聞きました。小傘さんのことを伺ったら嬉々として色んなことを話してくださいましたよ?」
…里に溶け込むのが早いよ。
既に阿求の取材を終わらせていたことといい、この人だけ時間の概念が歪んでいるのかと疑ってしまうくらい仕事が早い。
「多芸なのも勿論そうですが、何より私が驚いたのはあの制御の利かない猛獣二人をあそこまで手懐けていることです。」
………え?いきなり何の話だろう。
猛獣…?
……霊夢と魔理沙のことかなぁ。
「知ってますか?あの二人、昨日小傘様がお帰りになられた後、ご丁寧に館を破壊しやがりましたんですよ。そのせいでこの後私に待ってるのは館の修復作業。…ふふ。美鈴はどこまで進めてくれているかしら。」
め、目に光が無くなっちゃってるよ?咲夜さん。
…話の内容からして霊夢と魔理沙で間違い無いみたいだけど、これは相当あの二人に対して溜まっているものがありそうだ。
昨日の件は阿求を守ることに二人とも一生懸命頑張ってくれたと思う。
流石にわざと破壊したわけでは無いと思うので、大目に見てもらいたいのだが。
「黒白の方はこれまでの度重なる不法侵入の件も合わせて、時計台の上に吊るして天日干しにでもしましょうか。あの子の泣き声が気持ちのいい朝を演出してくれるでしょう。」
…まあそんなこと言える状況じゃないくらい怒ってらっしゃる。
それでもこのままでは流石に次に出会ったら一触即発みたいな空気になりかねないので、ここは私がなんとかしなくては。
「咲夜さん。私はまだ貴方のことをあんまり知らないんだけど、霊夢と魔理沙とは仲良くできるんじゃないかなって思ってるよ。」
「………はい?」
信じられないようなものを見るような目で見られてしまう。
下手なこと言ったら私が天日干しさせられちゃうのかなぁ。
今みたいに言葉に棘があるのが咲夜さんの素っぽい。
それは主人がこの場にいないからなのかもしれないが、彼女はありのままの自分を私に曝け出してくれたのだ。
私も思ったことをそのまま言うことにしよう。
「昨日の霊夢との会話、少しだけど聞いて相性いいなって。」
「耳が腐っているので医者に診てもらわれた方がよろしいかと。」
…辛辣。人によっては心折れちゃうよ。
「私も最近変な友達が出来たから分かるんだけど、言いたいことを言える関係ってさ、中々貴重なんだよ。」
その友達の顔がぼやっと頭の中に浮かんでくる。
鬱陶しい顔をしていたのですぐに掻き消す。
「いや。昨日のあれは唯の悪口合戦みたいなものなのですが。」
「そうなんだけど。…うーん。なんて言ったらいいかなぁ。」
悪口で相手を傷付けてしまうのはよくない。だが昨日の会話は、何となくこれがこの二人のコミュニケーションなんだと妙に納得させられるものがあった。それを上手く言語化することができない。
うーん。ちょっと違う角度から話してみようかな。
「私と咲夜さんってさ、似てると思うんだよ。」
「…なんですか?いきなり。」
咲夜さんという人間が紅魔館でメイドをしていると知った時から感じていた親近感に近い感覚。
「私は人間に囲まれて暮らしてる妖怪で、咲夜さんは妖怪に囲まれて暮らしてる人間。ちょっと似てない?」
悪魔の巣窟とも呼ばれている紅魔館。そんな場所に彼女は人間として生活しているのだ。
勿論昨日実際に会ってみてそこまで恐ろしい者だらけの場所ではないことは分かったのだが。
「…まあそれはそうかもですね。」
「うん。でもそれって周りからは異端だなぁって思われるかもしれないけどさ、両方の価値観を少なからず理解している部分があるってことだと思うんだよ。」
「はあ。」
「つまり何が言いたいかっていうと、本来のものとは異なる価値観を受け入れてそこに馴染めている私達って、種族関係なく誰とでも仲良くなれる可能性を秘めているんじゃないかなって。」
人間と妖怪の共存を謳っているこの世界も、スペルカードルールが出来るほんの少し前までは人間と妖怪の間には埋められない溝があった。それをほとんどの者は疑問に思うことはなかったのではないだろうか。
しかしこの世界に生まれた新たなルールはその溝を頑張れば超えていけるものにしてくれた。これがこの世界を変える新たな一歩であるのは間違い無い。
でも、大多数の者は渡ったことのない向こうの領域に自ら飛び込もうとしない。
当然だ。前例も何も無いのに今までのしきたりや常識が通用しない場所にどうして行こうと思えるのか。今はまだお互いがお互いのことを知らなすぎる。だから今はまだ時間が必要。
でも、その垣根を私と咲夜さんは軽々しく超えていけるものを持っていると思っている。それは紛れもなく私達の強み。
「…つまり小傘様は人間であるあの二人と私に友人になって欲しいと仰っているのですか?」
「そんな感じ。霊夢と魔理沙はこれから嫌でも付き合っていく存在になると思うからさ。仲良くしたらいいのになーって。」
当のレミリアさんが霊夢を気に入っているのだ。多分これからも彼女の従者である咲夜さんは嫌でも顔を合わせることになる。
それならいっそ関係を模索していく方が為になるのではないだろうか。
「お言葉ですが人には誰だって相性というものがあります。私があの二人とそりが合わうとは思えません。」
咲夜さんは頑なに拒絶する。
別に本人が感じたことを否定するものは持ってはいないのだが。
それでも彼女の言う"そりが合わない"という言葉に少し引っ掛かりを覚える。
「確かにそりが合わないなって感じる人も生きていれば沢山出会うよ。でも思うんだけど、単に嫌いなんじゃなくてそりが合わないって表現を使うってことは少なからず相手に対して何か悪くない感情も持ってるんじゃない?」
一方的に嫌いだから突き放そうとしているのではなく、あくまで相性が悪いと思うからという理由。
そりが合わないというのは、相手のことを少しでも理解しようとしていなければ出て来ない言葉ではないだろうか。
誰かと仲良くなる為に条件なんてものはない。
気に入った者とは付き合うし、気に入らない者とは無意識に距離を置く誰だってそんな単純な考えだ。
でも目を凝らしてよく見て見ると、気に入らなかった者にはこんな素敵な一面があったと気づいたりすることもある。
実際のところ、他者に好意や嫌悪だったりの感情を抱く過程は思っている以上に複雑なものだ。
だって他者に抱くイメージなんてものは簡単に書き換わるものなのだから。
仮に十年来の友人で会ってもその者の全てを理解できる訳では無い。
でもこうして今私は咲夜さんとこうやって話してるだけでも、従者としての咲夜さんではなく、素のちょっとどす黒い部分を見ることが出来た。それを知ったから私は今こうやってこの話を咲夜さんにするに至ったのだ。
「言葉を上手く切り取っていいように言ってるだけと言われたらそれまでだけどね。…でも咲夜さんはあの二人ともっと仲良くできると私は思ってるってことは覚えてて欲しいな。」
咲夜さんの言う相性なんて結局彼女から見た勝手な偏見でしかない。付き合っていけばその内あの子達の印象がガラッと変わると私は思っている。
だって私はあの二人のいいところをいっぱい知っているから。
切れない縁を煩わいしものとするのでなく、逆にこれでもかと強く結ぼうと努力する。そうすればいつの日か掛け替えのないものになることだってある。それを信じて繋がりを求め続けるものなんじゃないかな、人間って。
「…何となくですが小傘様がどういう方であるのか理解することができました。やはり里の人間が仰っていた通りの方なのですね。小傘様は。」
「え?…私じゃなくて霊夢と魔理沙の話をしたつもりだったんだけど…。」
…長々と話しすぎてお喋り好きな妖怪だなぁと思われちゃったかな。
「ふふ。…ありがとうございます。小傘様のおかげで悩みの種を一つ取り除くことが出来た気がします。」
それでも喜んでくれているのならよかった…のかな。咲夜さんがこうして笑っている姿を見るのも初めて見る気がするし。
「喋りたいこと喋っただけだから気にしないでいいよ。それよりも私はさっきみたいに素の咲夜さんで話して欲しいかな。」
「それは……どうしましょうかね?」
美人さんは笑うととっても綺麗。
この人がナイフを弾幕代わりに投げて闘うとはとっても思えないけど。
それはそれでギャップがあっていいのかな?
私もこれからはちょくちょく紅魔館にはお世話になることだろうし、今日咲夜さんと仲良くなることが出来てよかったってことで
今日もいい一日だった。
――――――――――
夢を見た。とてつもなく長い夢を。普段なら夢の内容など一日もすれば忘れるのだが、妙に現実味を帯びたそれは一日経っても頭の中からこびりついて取れることはなかった。
見たのは産まれたての付喪神の話。孤独にご主人の帰りを待ちながらも帰ってくることはなく、遂には生を諦めた物語。
まるで長編の物語を頭の中に直接投影されたような、登場人物に感情がそのまま移されたような感覚。凄く気持ちの悪い感覚だった。
というのも夢から流れ込んできたその付喪神の感情は本当に酷いものだったからだ。
最初は付喪神として産まれ落ちた喜び、役に立つことへの期待と未来への希望で満ち満ちていたものが日に日に廃れて悲しみに変わり、やがて虚無に。
期待が失望に移っていく緩やかな時間の流れが徐々に感情を壊していく。
それだけの夢だった。
正直もう二度と見たくはない。
何故こんな夢を見てしまったのか。
まあ…そんなものよく考えなくても、唐傘の付喪神という私との共通点があれば嫌でも分かってしまう。
これは私の過去の記憶なのだ。じゃなきゃこんなに既視感を覚える筈が無いから。
私にはこの里に来る以前の記憶が無い。
何故この里に住むに至ったのかも。気付いたらこの場所にいたのだ。
とはいっても、無意識に自分にとって都合の悪いことに蓋をしただけなのだろうと思っている。だって今に至るまで思い出そうとする気すら無かったから。
これが私の過去に起こった出来事なのだとすれば、予想通りの話なのだ。ご主人に捨てられてこの里に流れ着いただけ。
だから別に今更こんな面白くない夢を見せられても思うことは何もない。
その筈だったのだが
まだ…幕は下りていないようだった。
最後に視界に映った女の子。不思議と見覚えがあった。
それからの私がどうなったのかは思い出せない。でも今までのが序章とするならこれからいくらでも巻き返すことが出来る。
中途半端な幕引きではそれこそ三文芝居以下の駄作。結末も見届けずにその物語を評価する資格などないないのだ。
だから…一度知ってしまった以上は、どんな結末が待っていたとしても、その行く末を最後まで見届けたいと思った。
過去を振り返る勇気が無かった愚かしい私に残された唯一の手掛かりだったから。
どうして私がこの世界で記憶をなくして生きるに至ったのか。
今が楽しければそれでいい。そうやって楽観的に毎日を過ごしていても、自分の唐傘をふと見ると自分が何をして生きているのか分からなくなる時がある。
魔理沙やミスチーのようにキラキラとした野望を抱き、そんな不安を考える余裕もないくらい一生懸命生きることが出来たのなら違ったのかもしれない。
私には何か使命がある訳でもない。ただ漠然と誰かの役に立ちたいという思いを胸に毎日を生きているだけ。
でもそれはどこまで行っても"替わりの利くもの"なんだと実感させられる瞬間がある。
子ども達が笑って過ごせる里?
そんなの慧音がいる。
妖怪からの脅威に怯えなくてもいい里?
そんなの阿求や霊夢がいる。
役割ならある。
でもここはきっと私がいなくても皆笑って暮らすことが出来るところなんだなって思うと、ちょっと悲しくなってしまうのだ。
きっとこんな考えじゃ、私が皆に胸を張って生きられる日は永遠に来ない。
だから…ちょっとだけ勇気を出して過去を振り返ってみようと思った。
そうすればこのもやもやとした気持ちを晴らす答えが見つかるかもしれないから。
今の私は道具ではなく付喪神。
"誰かに使われる"のではなく、自らのことを知って"私の使い方"を学習しなきゃ。
過去にまだしがみついてるのが皆に知れたら笑われちゃうかもしれないけど、とっても大切なことだと思うから。
だから…頑張ろう。
長くなってしまい申し訳ないです。
次回ちょっと物語の時間が飛びます。
あしからず。