第15話
幻想郷の風土は四季が巡っている。
その四季の移ろいは素晴らしい景観を生み出し、人々や妖怪の暮らしに変化を与える。
美しい桜が咲き誇れば春、それが散って梅雨が来れば夏、やはて紅葉が色付けば秋になり、寒波が襲ってくれば冬と、誰もが四季の変化を五感で感じられる。
しかしもしその理が乱れたならどうなるのだろうか。
幻想郷では今、長すぎる冬が続いている。
ほとんどの人間はこの事象が異変であることに、まだ気付いていなかった。
~Stage1~ side 十六夜咲夜
「咲夜。」
紅魔館のテラスで紅茶を飲む我が主は、降りしきる雪を眺めながら私の名前を呼ぶ。
「はい、ここに。」
私はその言葉に迅速に応える。私にとってこの方の命令は絶対であり、今まで一度として背いたことはない。
「この雪、どう思う?」
「十中八九異変によるものかと。」
「…そうよね。」
お嬢様は最近上の空になって何かを考えることが多い。
今もそれだけ言葉にすると口を噤んで押し黙ってしまった。
悩まれていることを直接聞いた訳では無いが、その原因が妹様であることはこれだけ一緒にいれば流石に分かる。
お嬢様と妹様が幾度となく続けてきた大喧嘩。
お互いが思うままに暴れて紅魔館を壊してきたあの恒例行事に、最近変化が生まれて来ていた。
それは暴れる時間よりも言葉を交わす時間が長くなってきていること。
このいつから始まったかも分からない喧嘩に終止符を打ちたい。
そろそろ地下で暮らすのも辞めないかと、最近のお嬢様は妹様にそう訴え続けている。
しかしその訴え虚しく、毎回悲惨な結果に終わっている。
無抵抗のお嬢様を妹様は容赦なく攻撃し、ボロボロになって戻って来るのが日課になってきていた。
…私にも何か手伝えることがあればいいのだが、お嬢様には手を出すことを止められている。
あくまで二人の問題だから、自分が解決しなきゃ意味が無いのだと。
私には残念ながら戻ってくるお嬢様のドレスを整えてさしあげることくらいしか出来そうもない。
無力感。最近の私を襲っている邪な感情だ。
「咲夜も異変解決に行ってみる?」
「………え?」
考えごとをしていてお嬢様が今何と言ったのか聞こえなかった。
…いや、聞こえてはいたのだがその内容を上手く頭の中で処理することが出来なかった。異変を…私が?
「貴方にも得られるものがあるかもしれないわよ?」
「…何か運命でもお見えになられたのですか?」
お嬢様が気紛れに何かを言う時は大抵何か面白い運命を見た時だ。
今回も何か面白そうな運命でも見えたのかと思ったのだが、お嬢様は首を横に振る。
「何も見てないわ。ただ、貴方にも気分転換が必要だと思ってね。」
「…。」
…もしかしたら今抱えているこのもやもやとした思いを表に出しすぎて心配させてしまったのかもしれない。今苦しい思いをしているのは間違いなくお嬢様なのに。
…こんな調子ではこの方の従者として隣に居る資格はない。
「解決して参ります。今冬の燃料もそろそろ底が尽きますので。」
異変解決が気分転換とはおかしな話だが、今の私には頭をリフレッシュする時間が必要なのは間違いない。
どちらにしろこの長すぎる冬にお嬢様も飽き飽きしているご様子。
異変を解決することが今の私が唯一役に立てることなのかもしれない。
であるなら行かない手はない。
…そうだ。どうせなら霊夢や魔理沙よりも先にこの異変を解決してみせよう。
今の私があいつらにどこまで迫ることができているのかを、確かめる良い機会である。
あの日負けて以来弾幕ごっこの鍛錬は怠っていないしナイフも新調した。自信はある。
「ええ、いってらっしゃい。風邪ひかないようにね。」
お嬢様に見送られながら、雪の中に飛び出していく。館のこともあるので、今日中には元凶を割り出し解決しようか。
***
湖は雪の影響で所々水面が凍っているのが見える。
勢いよく飛び出したはいいものの、何処に向かうべきなのか。
しらみつぶしに巡るのもいいかもしれないが、事情を知るものから手掛かりを入手した方が手間が省けて楽なのかもしれない。
取り敢えず適当に周辺の妖怪やらから聞き出すのが手っ取り早いか。
襲い掛かって来るようなら撃退するとしよう。多分あの巫女でもそうする気がする。
しかしこんな異変を起こす輩はきっと冬が大好きな奴なんだろう。
「おい!そこの人間!」
呼ばれて振り向くと、見たことのある青い妖精こちらを指差していた。
…確かこいつはこの辺りを勝手に縄張りだと主張している妖精ね。
普段は時間を止めて移動しているのでエンカウントすることはないのだが。
「何か用かしら?」
「ここは私達の縄張りよ!勝手に入って来るな!」
「成程。こういう輩を片っ端に潰していけばいいのね。」
「え?おい!」
まだ何か喋りたそうにしていたが無視をして、パチュリー様に作っていただいた魔道具を使い、ナイフを相手に向かって発射させる。
基本的にこの魔道具は私の周りを付いてくるように作られており、命令すれば自動で弾を発射してくれる。
攻撃への意識を割く必要が薄まった分、避けることに集中できるようになったので凄く楽になった。
今も相手の攻撃を避けているだけで相手は少しずつ被弾を重ねている。
「…うっ。ふいうちとは卑怯な奴ね!でもこれで終わりよ!」
霜符「フロストコラムス」
相手がスペルカードを切ってきた。
青と白の弾幕は動きに抑揚があり少し面倒だが、それでも動きは単調で密度も少ない。
この氷精は妖精の中ではそれなりに力を持っている部類のようだが、それでも妖怪と比べても下の上がいいところである。
こんな妖精に手間取っている場合ではないのだ。
弾幕を避けながら弾幕を放ち続ける。この程度ならカードを切らずとも捌くことは容易だ。
段々と相手は被弾が重なっていき、ボロボロになっていく。
「…うわああ!」
相手の氷精は力尽きたように湖に落下していく。それをぎりぎりのところで拾い上げ、適当な岸辺の上に寝かせておく。
…あれね、気絶させてしまったら情報も何もないわね。
まあ物忘れの酷い妖精に期待するだけ無駄だったって思うことにして次に行きましょう。
よく見れば近くの緑色の妖精がこの氷精を心配そうに木の陰から顔を覗かせて見ている。介抱はあの子に任せていいのかしら。
***
雪の勢いは増してきている。
先の運動で多少は体は温まっているのだが、視界の悪さだけはどうにもならない。
…異変の調査どころか妖精一匹見当たらず、このままでは異変解決どころではない。
しかしこうして吹雪が強くなっているということはこの先に首謀者がいるのかもしれない。
そう考えながらもゆっくりと飛んでいると、誰かが進行方向を妨げるような形でそこに現れた。
「こんにちは~。人間さん。」
全体的に白と青の寒色系の色で構成されているウェーブの掛かった髪をした彼女は、気さくな感じで話しかけてくる。
纏っている空気から何となく雪女っぽい。
「何か用?」
そう問いかけると彼女はうーんと少し首をひねる。
「別に~。通りがかったから挨拶しただけよ?」
中々掴みどころの無さそうな妖怪である。
だが先程からどんどん増してきている冷気はこの妖怪の仕業であり、雪女かはともかく何か寒さに関連した妖怪であることは間違いなさそうだ。
「貴方、この異変について何か知っている?」
この寒さの中、あまり長く居座り続けるのも体がもたないので、用件だけ伝える。
何か隠している素振りを見せるなら強引に聞き出すことも厭わない。
「ん~異変ね。知ってるわよ~。」
…どうやら当たりのようだ。少し拍子抜けだが、異変解決の糸口を掴めたのは大きい。
早速知っていることを聞き出そうとした瞬間、周囲の冷気がさらに強まった。
「聞きたいことがあるなら、力尽くでね。」
不意打ち交じりに弾幕を撃ってくる相手。
昨今の幻想郷は血の気が多いのばかりのようだ。仕方なく攻撃態勢を敷く。
「刃物なんて物騒ね~。」
相手の弾幕は大したことは無いが、こちらの弾幕もひらひらと躱されてしまう。
私は相手との距離を詰めるために時間を止める。
「…!」
相手からしてみれば私が瞬間移動したかのように見えている事だろう。
この能力を初見で対応するのは上級妖怪でも至難の業だ。
相手の驚く顔を尻目に近距離から弾を放つ。流石に対応が遅れたようでナイフを掠らせながら、スペルを宣言する。
寒符「リンガリングコールド」
ナイフを打ち消すような形で水色の弾幕が私に向かって放たれる。
一度止まってから広範囲に広がる弾幕の軌道は少し読みづらいが、慣れてしまえば簡単だ。
相手が距離を離したそうに動いているので、適度な距離を保ちながら相手を捉え続ける。
やがて距離を離すのは難しいと考えたのか、苦しそうになりながらも真っ向から向かってきた。
怪符「テーブルターニング」
先程よりも単純だが、質量が明らかに増した。
私の行動を制限するように弾幕が場を埋め尽くす。
避け切るのは簡単だが、これ以上距離を離されるのも面倒か。
幻符「殺人ドール」
質量には質量で返す。大量のナイフを取り出しそれを相手に向かって一気に放つ、シンプルながら使い勝手が良いスペル。
弾幕を消し去りながら向かってくる大量のナイフに、流石の相手も対処しきれなかったようで正面から受けてしまう。
「私の負けね~。」
ナイフを受けた彼女はまだピンピンとしているが、あっさりと負けを宣言した。
威力を調整しているとはいえ、服が少し引き裂かれている程度で、彼女自身へのダメージはほとんどないようだ。
「…貴方手を抜いているでしょ。」
私が疑いの目で見ていると、彼女は少し申し訳なさそうに手を合わせる。
「ごめんなさいね~。私この季節になると力加減が分からなくなるから~。」
戦闘後でも彼女の間延びした声は変わらず、余裕がある。
もはや何故突っかかって来たのか目的も何も分からないが、楽に情報を聞けるのならそれに越したことはない。
「勝ったのだから異変の情報を教えてちょうだい。」
「情報?あ~それ嘘。」
「は?」
彼女はニコニコと笑いながら悪気も無く嘘だと宣うので、思わずナイフを構える。
元は彼女から言い出したことで、それを嘘で引っ込められて納得できるはずがない。
「素直に私達妖怪の言うことを信じちゃだめよ?」
ペロッと舌を出しておどける彼女。
…ただ私をからかっているだけで、相手にするだけ無駄なようだ。
私はナイフを仕舞い彼女の横を通り過ぎて先に進む。
「チルノの相手、してくれてありがとね。」
後ろで彼女が何かを言った気がして顔だけで振り返ってみる。しかしそこにはもう姿は無く、ただ彼女のいた方向の上空から小さな桃色の花びらが流れてくるだけだった。