~Stage2~ side 霧雨魔理沙
家の中で魔法の研究をしていると、いつの間にか朝から夜になっていることがよくある。
ここ二日間は外にも出かけず、一日中そのような不健康な生活を送っていた。
こんな生活を送っているのを小傘に見られると、また氷のような冷たい目で私を見られるので程々にしておかなければならない。
しかしいつも定期的にやってきて無駄にお節介ばかり焼いてくるあいつは、最近全く家に顔を出さなくなっていた。
あの心配性が私の様子を見に来なくなるのはよっぽどのことがあったのかもしれない。
少し里に行くのは気が引けるが、今度私から顔を出しに行こうか。
さてさて、鍋が美味しい季節なのは良いが、久しぶりに外に出て少し違和感を感じた。
もう桜の花が咲いてもいい時期であるにもかかわらず、外ではまだ真冬のような気温と雪が降り注いでいる。
これを異変と断定してよいのかは分からないが、丁度試したい魔法もあったのでとりあえず飛び出したわけだ。
しかし何の情報もないので、視界の悪い中適当に飛んでいたら
「迷った…。」
一人白い息を吐き出す。
今回こそは霊夢より早く異変を解決してやろうと息巻いていたのだが、流石に猪突猛進が過ぎた。
周りの風景から山の中なのは間違いないのだが、さっきから道を進んでいる筈なのに全く進んでいる気配がしない。
偶々なのか妖怪か何かの仕業なのか。
「よし。」
こういうのを確かめるためには何か目印になる物を置くと相場が決まっている。
そうして何かポケットにないかと手を入れると、何故かそこからみかんが出てきた。
…ふむ、これは魔法の研究の合間に糖分補給で食べようと思って取っておいたものだろう。
何故まだポケットに入っているのかは自分のことながら分からないが、色も目立つしこれを置いておこう。
上手くいけば抜け出せるし、上手くいかなくても冷えたみかんが味わえる二段活用である。
早速先程と同様に道を進んだが、しばらくすると予想通り同じ場所に戻ってきた。みかんを食べながら立ち止まって少し考える。
「となると妖怪の仕業か…。」
「そこの人間!止まれ!」
噂をすれば何とやら。今日初めてた出会ったその妖怪の声は少し幼い。
声の方向に体を向けるとそこには、茶髪で頭に耳を生やした小さい人型の幼獣がいた。
後ろに尻尾が二本ゆらゆらと揺れている。おそらく猫又の類だろう。
「どうした?お前も迷子か?」
「ここは私のお家だよ。貴方の方こそどこから侵入してきたの?」
「お家だと?」
少女がやってきた方向をよく見ると、視界は悪いが確かに何か建物があるのが見える。あそこが家だとするとこの場所はその庭だったりするのだろうか。
「随分良い家に住んでいるんだな。」
「正確には借りているだけだけどね。一人前になるためにここで毎日修行しているの。」
「ほう。」
妖怪なのに修行とは珍しい。
この少女の妖力からしてまだ化け猫になって日は浅いのだろうが、目的をもって何かに取り組んでいるとは感心である。
「ってそうじゃなくて…。侵入者!何処から入り込んできた!」
「侵入者じゃなくて私は霧雨魔理沙だ。悪いが私は迷ってここに来てしまったんだ。」
「そうなんだ、大変だね。あ、私は橙だよ。良かったら出口まで案内しようか?」
「…お前の情緒どうなってるんだ?」
友好的なのか排他的なのか、はたまた猫の気まぐれなのか。
どちらにしろこんな立地の悪いところで一人修行をしている妖怪など、修行僧でないのなら変わり者に違いない。
…少し興味が湧いてきた。
「その前に勝負しようか。」
「勝負?」
「私がお前の言う修行とやらに付き合ってやる。」
私は相手に見せつけるように星形の弾幕を近くにあった木に当てる。
こんなことしなくても人間と妖怪が行う勝負など一つしかないが。
「へえー。貴方も弾幕ごっこができるんだね。」
橙は私の弾幕を見て笑顔を見せる。
こんな場所に住んでいるとおそらく練習相手もいないのだろう。
私にとっても実践的に弾幕ごっこをする機会は古馴染みのあいつぐらいしかいない。
だからこそこの提案はお互いにとって利のある決闘になる筈だ。
「当然。か弱くて可愛いお姫様なんかじゃないぜ。」
「誰も言ってないけど。でも面白そうだね。人間がどこまでできるのか相手をしてあげるよ。」
「人間様を甘く見ていると痛い目を見るぜ。」
橙は爪を構えて戦闘態勢に入る。
私も何時でも対応できるように魔力を溜めておく。
相手がどんな奴だろうと関係ない。
私はいつも通り私の全力を出し切るだけだ。
***
橙の戦い方は、とにかく私の周囲を縦横無尽に動き回り、様々な角度から弾幕を放つものであった。
弾の数は少ないが、攻撃に緩急を付けてくるので中々やりにくい。
しかも猫だからなのか分からないが回転しながら移動するので次にどの方向に動くのかが読みにくい。
「ほらほらー。守ってばかりじゃしょうがないよー?」
猫の俊敏性を存分に活かした立ち回り。
スピードはさほどないが、上下左右の切り返しが素早い。
あの状態でも周囲の状況判断は出来ているのだろう。
「喋っていて舌噛んでも知らないぜ。」
目が慣れてきたところで相手の動きに合わせて動き始める。
俊敏さは大したものだが言ってしまえばそれだけである。
弾幕を躱しながら相手以上のスピードで立ち回り、逆にこっちが動きを制限するように弾幕を張ればいい。
そうして逃げるルートを絞った先に、集中砲火する。
「…っ!思ってた以上に速い!」
避け切れないと判断したのかスペルを構える橙。
陰陽「清明大紋」
先程の動きとは一変して、自らの周りに陣を作るようにその身で五芒星を描いていく。
弾幕は橙の中心をただぐるぐると回るだけだったが、次の五芒星が描かれる頃には弾がこちらに放たれていく。
弾幕が作られるペースがとても速く、こちらに弾が辿り着く頃にはもう既に新たな五芒星が描かれ、橙を守るように弾が円環する。
これでは中々近づけない…が。
恋符「マスタースパーク」
態々近づく必要はない。相手の構築している陣諸共、高火力なスペルでぶっ飛ばせばいいだけだ。
流石の橙もいきなり放たれた光線に反応出来ずに飲み込まれていく。
単純に馬鹿でかいレーザーを放つだけのスペルのように見えるが、魔力が圧縮されており、威力と使い勝手の良さに関して右に出るものはない。
やがて射出していたものが消えると、服が少し焼け焦げた橙が咳をしながら出てくる。
「あ、貴方のどこにこんな力が…。」
これで終わらせるつもりで撃ったのだが以外にもしぶとい。
だが体力は大きく削った。このまま押していけば先に落ちるのは相手の方だ。
「…これならどう!?」
橙は頬を叩いて気合いを入れ直し、自分に言い聞かせるように高らかと次のスペルを宣言する。
童符「護法天童乱舞」
橙は先程と同様に回転を始めて、砲弾のようにこちらに突っ込んできたと思ったら、通った場所から弾幕が放たれる。
動きは直線的だが、素早くてこちらの攻撃が当たらない。
突っ込んだ後の隙を狙い打とうとしても、そこにはもう橙の姿はなく、違う場所で装填を始めている。
そのインターバルが非常に短いので、対応が後手に回ってしまう。
突進して弾幕を放つだけ。だが私好みの面白いスペルだ。
「スピードで負けるつもりは無いぜ。」
相手のルートを絞るやり方ではなく、正面からこの動きに対応してみせる。
また相手がこっちに向かって突進をしてくる。
それを今度は上方向の僅かな移動で躱し、相手を観察する。
角度を変えて次の装填に移るまでの僅かな瞬間、それを見計らい魔力を溜めて一気にブーストできるようにしておく。
「…ここだ。」
相手の勢いが完全に止まっているところに、逆にこっちから突進しそのまま体をぶつける。
反動でこっちも少し衝撃をもらうが、相手の回転を止めることは出来たようだ。
「…もう!さっきから痛いよ!」
橙は少し声を荒げ、イライラした感情をぶつけるかのように次のスペルを使ってきた。
方符「奇門遁甲」
勢い任せに使われたスペルは、低速、中速、高速の弾が入り混じった単純な数による弾幕の応酬であった。
これは…弾の動きをしっかり見極めて動かなければ誤って被弾する可能性が高い。
少し相手との距離を離し、避けることに集中する。
…成程。弾幕自体の軌道は一定だが、橙の動きによって軌道に変化を生み出している。
相手の動きのパターンさえ読めれば射程範囲に入って攻撃できる。
恋符「ノンディレクショナルレーザー」
スペルを相手に当てるのではなく、行動制限と進行方向の弾幕を打ち消す目的で使う。
その間に相手との距離を詰め、一点集中に弾幕を放つ。ここまでくればこちらに分がある。
橙は避けようと大きく動こうとするが、レーザーに阻まれやがて逃げ場が無くなる。
やがてこちらの放った弾幕の照準が定まり、被弾が重なっていく橙が落ちていく。
私の勝ちだ。
***
「あー!もう悔しいー!」
よほど悔しかったのか地面に仰向きに寝そべり手足をジタバタさせる橙。
見た目通り子どもみたいな奴だ。
しばらく悔しがっていた橙だが、私が近づくとピタッと動きを止め、体だけ起こして私の方をじっと見つめる。
「…貴方強いね。」
「生憎私はこのルールで誰にも負ける気は無いんでね。」
座り込んでいる橙に手を貸して立たせる。
「お前も戦い方の発想は悪くないが、まだまだ実践不足ってところだな。」
身体能力の高さを活かした動きは面白いものが多かったが、弾幕の撃ち方や回避に関してはまだまだ素人な印象。
何よりこちらが想定外の行動を取った時、一瞬固まってしまうのは明確な隙。
そういうのはやはり実践で覚えていくしかない。
「人間にアドバイスされるなんて私もまだまだね…。次は絶対に負けないんだから!」
橙は腰に手を当てこちらを指差してそう宣言する。
人間を下に見ているのは変わらないようだが、少なくとも私のことは認めてくれたようだ。
「おう。その意気だぜ。」
勝負に負けた時の悔しい感情は、自らをさらなる高みへと引き上げるスパイスになる。
私はこれまで、その感情をバネにして努力を積み重ねてきたと言っても過言ではない。
橙も妖怪の身でありながらそういう反骨精神を持っている。
何となく自分を鏡移しに見ているみたいで応援してやりたくなった。
「出口に案内するね。後この花びら魔理沙に上げるよ。」
手渡されたのは桜の花びら。
道中でも同じものを見かけたが、触れてみると少し温かみを感じる。
春が来ない理由とどこからか降ってくる桜の花びらは関係しているのだろうか。
手渡した当の本人に聞いてみても何も知らないと言う。
彼女にとっては収集したコレクションをお土産代わりに渡しただけなのだろう。
こういうところは猫っぽい。