大庭雨傘物語   作:Poko.bell

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第2話

 

郷に入っては郷に従えという言葉があるように、基本的に私は人間の生活に合わせたリズムで動いている。

朝に起きて日が暮れるまで活動し夜に眠るところは変わらないが、一つだけ種族の違いによって決定的に変えられない部分がある。

それは人間なら誰しもがお腹を満たす為に取る食事だ。

 

私がお腹を満たす為には人間の"驚き"の感情を食べる必要があり、普通の食事ではあんまりお腹を満たすことが出来ないのだ。相手が何かにびっくりした時の心の揺れ動き、それが大きければ大きい程ご馳走になると言う訳だ。

 

とはいってもお腹を満たすために毎日のように人間を驚かすのは大変な上、下手をしたら人間達から嫌われる可能性だってある。

なるべく控えなきゃなと頭の中では思ってたりするのだが、お腹が空いてくると妖怪としての本能が疼いてくるのだ。こればかりはしょうがない。

 

だから時折こうやって建物の陰に忍び、通り過ぎる人間を驚かせている。今も極上の美食が目の前を通り過ぎようとしている。タイミングを見計らい、相手が油断している一瞬の隙を見逃さず建物の陰から飛び出して傘を広げる!

 

「おどろけ~!」

 

こうすれば相手は驚天動地の感情に支配され、恐れ慄くという訳だ。相手は突然出てきた私に対応しきれず、固まってしまっている。ふふっまた人間を一人驚きの渦に誘ってしまったようだ。

 

「わ、わー。小傘ちゃんかー。びっくりしたなー。」

 

これまでの私の戦績は百発百中。誰もが驚きのあまり丸い目で私を見て一瞬固まる。今回も私の無敗記録に白星がついたようだ。私は勝ち誇った顔で人間を見つめ、かっこよくその場を去る。

ここまで上手くいくと逆に警戒されてもおかしくないのだが、周りの人間達は注意するどころかいつも優しい目で見守ってくれているので、認められているということだろう。

 

一つ難点を上げるとするならばこのやり方ではあまりお腹が満たされた気分にならないということだ。腹持ちがいいのと、意図せずに相手を驚かせてしまうこともあるので空腹に悩まされることはあまりない。

 

でもいつかはお腹いっぱい幸せになるまで周囲の人間を片っ端から驚かせてみたいものだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

今日人里で行うノルマを一通り達成しほくほく顔で歩く。驚かしたその日は残りの一日を気持ちよく過ごすことが出来る。だから陰鬱な気分になるこの場所"魔法の森"に向かう時は必ず人里で誰かを驚かせてからにするようにしている。

 

魔法の森の入口にひっそりと佇む古道具屋。古びた看板に書かれた店名は香林堂。人里から森に向かうルートでは必ずここにぶつかるようになっているので、誤って子どもが此処に迷い込みそうになった時の最後の関門のような役割を果たしていたりもする。店内に入りきらず外に乱雑に置かれた道具達が相変わらず寂しそうに私を見ている気がするが、今日は悪いけど構ってあげられない。

 

「霖之助さん、入るよ。」

 

ここの店主である森近霖之助は、慧音と同じ半人半妖らしい。無縁塚というゴミ捨て場のような場所から拾ってきた道具を売り物として店内に置き販売しているようだが、その一方で蒐集家としての一面もあり、自らが気に入った物は売らない主義。変なとこに店を構えてるし、この主人を一言で言えば変人である。

 

「ああ君か。いらっしゃい。」

 

私の顔を見ると、興味を無くしたように手元の本へ視線を戻すまでがいつものルーティーン。店主としての印象が悪いが、こういう人なのだと割り切ればあまり気にはならない。

 

「今日も何か買っていくかい?」

 

この荒れた店内に置かれた道具達のほとんどは、外の世界で捨てられた産物であるのだが…。ここの管理されていない道具達を見るといつもため息が出てくる。彼が拾ってきた物なのでとやかく言いたくはないのだが、この散らかりようは流石にどうなのか。

 

使える道具は私が買い取って、家に置いたり誰かに譲ったりするようにしているが、中には使い道が分からない物や、買取を拒否する道具もあるわけで。そうやって使わない物はなるべく処分するように言っているのだが、この店主は頑固者で聞いてくれない。店に行けば大体そんな争いをする大したことのない間柄でしかないが、彼とはそれ以外にもう一つ共通の話題がある。

 

「今日は森に入るついでに寄っただけだよ。」

「…また魔理沙のところかい?君も大変だね。」

 

それは魔法の森にたった一人で住んでいる人里から家出をした人間の事である。どちらかというと今は霖之助との争いより、こっちの方が頭痛の種である。

 

「あんな所に一人で住んで心配するなと言う方が難しいよ。」

 

こうなったのは私の責任でもある。本人が大丈夫そうに見えても、偶にこうやって顔を出しに行かなければ気が済まない。

 

「私の所にも偶にやって来るよ。魔法の研究の息抜きがてらに寄って、勝手に茶菓子を食べに来るぐらいだが。」

 

霖之助も魔理沙が小さい頃から時折親の代わりに面倒を見てやっていた為か、かなり気には掛けてくれている。それでも今では手が付けられない程お転婆な子になってしまったわけだが。

 

「魔理沙が霖之助さんを信頼している証拠だよ。これからも気に掛けてあげてね。」

 

そう言葉を残して香霖堂を出る。魔理沙が家を出た事情は私自身も良く知っており、里にいる父親にも魔理沙の様子を逐一報告するようにはしている。…まあ行く度に必要ないとは言われているのだが。しかし口では勘当したと言ってはいるが、彼も一人の親だ。言葉でごまかすのは上手くてもその内心、心配していることは分かっている。

 

とは言っても家庭事情に深く首を突っ込むつもりもない。仲直りしてもらいたいとは心の中では思っているが…今はまだ時間が必要だ。何とかしたいという想いはそっと胸にしまいこみ、私は霖之助に別れを告げて魔法の森の奥へと足を進めた。

 

 

 

「…あの子は私なんかより君の方に懐いていると思うんだけどね。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

魔法の森は自生している植物から放つ害のある瘴気が充満しており、幻想郷でも有数の危険地帯である。人間だけでなく妖怪にとってもこの環境に適応できる者でなければ、立ち入ることもできないだろう。しかし魔法使いにとっては、研究の媒体となる試料が手に入り、研究の邪魔の入らない最適な環境なのだとか。

 

私も魔理沙がここに住むようになってから足を運ぶようになったが、やはり最初は幻覚作用のある瘴気に耐えられず苦悩したものだ。それでも何度も通っている間に耐性が付いたのか、少し気持ち悪い気分になりながらも魔理沙の家に辿り着けるようになった。我ながら強引なやり方だなとは思うが、体だけは丈夫なので問題ない。

 

そうこう歩いている内に、少し開けた場所にある魔理沙の家が見えてくる。この家は元々空き家だったのだが、住めるように上手く改装をしたらしい。人里にある家屋とは材質から異なり、本で見るような洋風の小さな館という外観である。所々木の枝や蔦が巻き付いており、少し不気味なオーラが感じられるが、本人曰くそれも含めて気に入っているそうだ。

 

扉のドアを叩くと、中からドタドタと忙しない足音が近付いてきて扉が開く。

 

「はーい。おお、小傘か。」

 

そうして中から出てきたのは下着と白い薄地の服だけを身に纏った、寝癖が酷い金色の髪をした少女。少なくとも人前に出ていい恰好ではない。

 

「…魔理沙。お客さんの対応するときぐらい最低限身だしなみを整えてよ。」

「こんな所に来る奴なんて限られてるから別にいいだろ。」

 

魔理沙の後に続いて家の中に入る。この家は一人で住む分にはとても広い。なので少しぐらい掃除が行き届いていない所があっても仕方が無いとは思っているのだが。…こうやって訪れる度に足の踏み場もない中を見ると溜息が零れる。

 

「いい加減片付けくらいできるようになってよ。」

 

そう言っても魔理沙は肩を竦めるだけで、何とかしようとする意思すら感じられない。この子のいい加減な部分は日に日に酷くなってきている気がする。

 

「落ちててもどこに何の道具があるのかはばっちり覚えてるぜ。」

「誇れることじゃないと思うな。」

 

この子も霖之助の影響か色んな物をどこからか拾ってきて蒐集する癖がある。部屋を見る限り、その道具管理の杜撰さに関しては彼よりも酷いと言える。というかこの子の場合は普通に生活する為の能力が不足していると考えるべきか。床の上にはうっかり踏みつけてしまうと危険なマジックアイテム何かも混ざっており、家の中が地雷原みたいな有り様である。流石にこれを放置は出来ない。

 

「よし。掃除するよ」

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

取り敢えず足元に散らばっている物をそれぞれ分別して整理しておく。魔理沙には床に散らばっている物を必要なものと捨ててもいいものに分けることを提案した。この家の物は私が来るたびに増えており、もはや収納が間に合っていない。あの収納庫も開けた瞬間に多分雪崩のように中の物がこっちに降り注いでくる筈。もう既に三回引っ掛かってる。

 

「えー。この中に捨てたいものなんてないぜ?」

 

拾ってきた物を手放せないのは、霖之助然り道具屋の元で生まれた育った者の性なのかもしれない。しかし魔理沙には霖之助とは違い道具を大切にしてもらいたい。

 

「それでも使う予定が無くて放ったらかしにするぐらいなら、処分した方が道具の為でもあると思うよ。」

 

私がそう言うと、魔理沙は足元に落ちてある物を適当に拾って疑問を投げかけてくる。

 

「道具の立場なら処分される方が嫌じゃないか?」

 

人間なら確かにそう考えるのかもしれないが、道具の価値観をそのものさしで測ってはいけない。

 

「この子達にも元はご主人となる持ち主がいた筈でしょ?その人にもう要らない物とされた時点はこの道具達の生は一回終わってるのよ。」

 

道具とは当然人間の役に立つために生み出されている。作り手が心を籠めて作った物がやがて使用者の手に渡り、持ち主の都合に合わせて使われる。つまり道具とは持ち主に使われて初めて存在意義が見いだせる存在であり、そこにあるだけでは何も意味がない物なのだ。

 

「私が第二のご主人になってるんだからいいんじゃないか?」

 

魔理沙が疑問を投げかけてくる。使われなくなった道具が新たな所有者に渡るケースも沢山ある。それで新たな価値を見出してもらえるのならそれでも構わないのだが。

 

「魔理沙は結局"何となく使えるもの"だから拾ってきてるだけでしょ?」

「もったいないからな。」

「持ち主を主人と称するなら、道具の方は従者。それを拾ってきた時点でそこには責任が付いて回ると私は思うんだよね。」

 

道具と人間の主従関係は人間同士のものよりもよっぽどドライだ。お給料も出ないし都合のいい時にだけ使われる。尊厳のようなものは存在せず、使えなくなる程酷使した後はそのままポイである。でもそれが道具としての本来の在り方だし、存在意義であると私は思っている。

 

「この道具達にもそれぞれ捨てられるにまで至った物語がある。それが良いものなのか悪いものなのかは分からないけど、魔理沙はそれを上書きするってこと。」

「…ああ。何となく言いたいことが分かったぜ。そう言えば小傘も付喪神だったな。」

 

魔理沙の理解の速さに少し驚きだが、結局私が言いたいのは物にも魂が宿るということである。自らを乱雑に扱ったご主人に対して思う感情は道具によっても千差万別だと思うが、仮にそれが悪い感情なのだとしたらどうだろうか。

 

「付喪神だって妖怪の一種だからね。恨みを持った道具が後ろから襲い掛かってくるなんて嫌でしょ?だったら未練を作るんじゃなくて潔く処分した方がお互いの為だと私は思うな。」

 

まあ私も魔理沙にこうして偉そうに道具のことを説いているが、結局それは私の中にある道具としての感性を伝えているだけに過ぎない。人間にも幸せの形がそれぞれ無数にあるように、道具の幸せも無数にあるのだろう。そもそもすべての道具に魂が宿るのかと問われても肯定は出来ない。

 

「そんな話を聞くと悪いことしてる気分になるぜ。」

 

ただ物を大切にする心を人間には持ってもらいたいと思っているのは本心だ。人間でもそうだが、よりよい関係を築いていくためには相手のことを知ろうとすることが一番の近道ってね…っと。長々と喋ってしまったが、その間に何とか物の種類ごとに整理することが出来た。これなら魔理沙も選びやすいだろう。後は不必要な物を外に運び出して焼却するなりすればいい。私は笑顔で魔理沙の方をじっと見つめる。

 

「…はぁ、仕方ないな。」

 

魔理沙は溜息を吐きながらも床に座り込み、落ちている物を必要な物と不必要な物に分け始めた。この子は普段は荒々しい言葉遣いが目立つが、根は優しい心を持っていることを知っている。感情に訴えかけるやり方なのはちょっと狡いかもだが。

 

「生まれたての付喪神なんか私の敵じゃないんだがな。恨まれるのも癪だから処分してるだけだぜ。」

 

何でちょっと張り合ってるんだろう。

 

「小傘も付喪神ってことはそういう主人となる人物がいたんだよな。そういう記憶ってやっぱり鮮明に残ってたりするのか?」

 

 

「いや、何も。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私には付喪神になる前の記憶は残っていない。古い記憶を遡ってもこの里で暮らし始める以前のものはなく、気付けば今のように人間達と共に暮らすようになっていた。普通は覚えていそうなものなんだけどね。これまでにも何度も記憶を遡って道具だった頃の記憶を思い起こそうとしたことがあるが、何度辿っても今いる人里以前までの記憶を思い出すことは出来なかった。

 

「よく分かんないけど長い間里で暮らしている内に唐傘としての本質を何処かに落としちゃったのかもね。」

 

今となっては特に記憶が抜けていることを気にすることも無くなった。だってもう私の道具としての生は終わっているのだから。今は多々良小傘という付喪神の妖怪として第二の妖生を謳歌しているので、ご主人には悪いがこれでいいのだ。

 

「…まあ覚えてないってことは忘れてもいい記憶だったのかもしれない。それに過去を振り返るより今をどう生きるのかを考える方がよっぽど有意義だぜ。」

 

「…?励ましてくれてるの?」

 

何だか凄く言葉を選んで喋っているような感じがしたので聞いてみる。

 

「…らしくないことはするものじゃないな。」

 

やはり魔理沙は私が記憶を失くしていることを気に病んでいると思って心配してくれていたようだ。それが嬉しくて少し笑ってしまった。

 

「その内思い出すこともあると思うしね。私は今が楽しければそれでいい…ってね!」

「そういえばこういう奴だったぜ。」

 

私にとっては今過ごしている里が故郷であり、居場所でもある。きっと道具として過ごした何倍もの時間を私は生きており、私にとってはこっちで暮らした時間の方が大切だ。道具としての私はもうきっとほとんど残っていないのだろうが、それでも構わないと思うほどの思い出を今まで作ってきた。それで私にとっては十分すぎる程だ。魔理沙は心配して損したぜとぼやきながら目の前の仕分けに戻っていった。

 

 

 

そうしてしばらく魔理沙と協力して物の仕分けを行い、ようやく収納が出来る程度まで不必要な物を外に運び出し終えることができた。後はこれをどう処分するかだが。

 

「少し離れてろ。」

 

魔理沙が懐からカードを掲げたと思ったら、魔道具を構えそこにエネルギーが収縮していく。

 

恋符「マスタースパーク」

 

極太のレーザー光線が辺り一面を覆い隠す。やがてその覆われた光が見えなくなる頃には、殆どのものが焼け焦げて塵になっていた。凄まじい威力である。

 

「おー!」

「へへ、凄いだろ。これが私の魔法だぜ。」

 

何気に魔理沙の魔法をちゃんと見たのは初めてな気がする。手元の魔道具に魔力を一点に集めて一気に放つ魔法。魔道具の補助はあるものの、ここまで魔力を凝縮して放てるのか。

 

「驚いたよ。もうすっかり魔法使いだね。」

 

魔理沙が人里を出て行くきっかけになった"魔法"。当時家出をしたばかりのこの子が森に行くと言い出した時、私は引き留めようと思っていた。

当然だ。何の力も持たない人間が人里の外に行けば、妖怪に襲われる。人里の中の世界しか知らない人間が外に飛び出したところで、命を無駄にするだけだと。

だから彼女が泣きながら私の家に来た時はそう諭して、一緒に父親の元へ謝りに行こうと誘った。

 

しかし魔理沙は泣きながらも、決して自分の意志を曲げなかった。叶えたい夢があると。たとえ死んででも叶えたいと願える夢が。

その内容を聞いた時に私は思わず笑ってしまい、魔理沙に笑うなと怒られたことも記憶に新しい。馬鹿にした訳では無い。魔理沙らしい素敵な夢だなと思ったからだ。

だから私もそれが叶うことを信じてその夢を応援することにした。生活が杜撰だったり、魔法の研究でボロボロになっていたりと心配することは多いが、こうして夢の一歩を踏み出す姿を見ると感極まるものがある。

 

「弾幕ごっこも霊夢とばっちり練習したんだ。この土俵で他の連中に後れを取るつもりは無いぜ。」

「…うん。本当に頑張ったんだね。」

 

私の知らないところで途方もない努力を重ねたのだろう。人間というのは何故こうもキラキラと輝いて見えるのか。

短い生の中で生きる意味を見つけ出し、それぞれの道に進んで行く。

少し前までは他の子の後ろを付いていくだけだった子どもも、大人になる過程で様々なものを経験し、やがて立派に成長した姿を見せてくれる。

これからは霊夢同様に妖怪退治へと関わっていくらしい。幻想郷の新たなルールは魔理沙にとって最適な環境ともいえる。お互い競い合いながらどんどん成長していくのだろう。

 

きっとこの子ならどこまでも進んで行ける。

 

「これからの私の活躍、小傘も見ててくれよな。」

 

歯をニカっと出して笑うこの子の姿を見て、私はそう思った。

 

 

 

 

 

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