騒々しい二人がやってきてから一週間後。
あれから、訪れた春をどう満喫しようかとお布団の中で色々と計画し、動けるようになったらすぐにでも行動に移そうと考えていた。
しかしどういう訳だろう
痛む体は一向に快方に向かうこと無く、今も尚私を布団の中に縛り付けていた。
「あああああぁーー。暇だぁあああ!」
こうやってお腹に力を込めて言葉を発するだけで胸の中がズキズキと痛んでくる。
一週間って…。
何故こんなにも治るのが遅いのか。
「喧しいぜ。今こうして魔理沙さんが遊びに来てやってるだろ?」
数刻前にうちの庭の方から入り込んできたのは、先日の異変でまたもや美味しい所を霊夢に奪われて悔しそうにしていた魔理沙。我が物顔でうちに上がり込み、うちの物を物色しながらも私の愚痴に付き合ってもらっている。
この子も魔法の森に居を据えるようになってからうちに来るのは初めてだからなのか、ここにいるのがちょっと新鮮に感じる。
しかし今はそんなことよりも。
現在、私は自らの生死にかかわる重大な問題に直面しているのだ。
布団の中に拘束されて一週間。
外に出ることも叶わず、天井にあるシミを数えるだけ。
…そう、つまり。
「春が…春が足りないんだよぉー…。」
今の私には"春"が不足しているということ。
魔理沙が入り込んできた庭の方から吹き付ける春の風。時折入り込んでくる桜の花びら。
違う、そうじゃない。
私は満開の桜の花びらの下で皆とお話ししたり、美味しいご飯を食べたり…。とにかく春にしか出来ないことをいっぱいしたいのだ。
今年の春は異変の影響で冬が長引いた分短い筈。つまりお花見できる猶予はあまり残されていないということだ。
なのに…ああ、無情にも今の私には手足をばたつかせることしか出来ない。無念である。
「幼児退行ってこういうことを言うんだな。勉強になるぜ。」
やってきた当初は私のことを心配してくれていたのに、元気になっているようで安心したのか。それとも喧しくし過ぎて鬱陶しくなってしまったのか、とうとうこっちに見向きもせず私の嘆きに皮肉で返すようになってしまった。悲しい。
「…いや。そもそも魔理沙が悪いんだからね!私は一生懸命我慢してたのに余計なこと言うから!」
魔理沙が態々こうしてやってきたのは私のお見舞いという名目の他にももう一つあった。
それは
「は、はぁ?暴論過ぎるだろ。寧ろ宴会の誘いに来ただけなのに、何でお前の愚痴を永遠と聞かされているんだ?」
宴会開催のお知らせ兼参加者集め。異変を解決して春を取り戻したついでに今年最後の桜を満喫しようと、魔理沙が率先して方々を飛び回って声を掛けているらしい。
宴会とは言っているが、要は私が楽しみにしていたお花見である。
それも絶好のお花見スポットである博麗神社で。
そんな楽しみ満載の行事に参加出来ないなんて…こんなの生殺しも同然だ。
「そもそも…こういうお酒の席ってお前苦手じゃないのか?」
「…何それ。誰からの情報?」
「いや、一部界隈では有名な話だぞ?小傘はいつも無理矢理お酒を飲まされて中毒寸前だって。」
「………え?」
確かに里の飲み屋で一杯飲んで帰ろうかなと店に入った瞬間、お店の人に駆け寄られて入店拒否されたこともあったけども。これ以上お酒は辞めた方がいいと凄い剣幕で言い寄られるものだから訳も分からず断念したのだが。…私お酒から抜け出したくても抜け出せない可哀想な子って思われてたのか…。結構ショック。
思い当たる節は………もういいや。分かり切ってるし。
あの呑兵衛のことを思い出すと今度はお腹の方が痛くなってくる。
「まあ私も霊夢にお願いされてお前を誘いに来たんだけどな。身内で程々に飲むのはお前も好きなんだろ?」
「…まあ、うん。」
全くもってその通りで、気の知れた友人と酔い潰れない程度に静かに飲むお酒が私は好きだ。といいつつも度々ペース配分を誤って二日酔いなんかしてるからさっきみたいな噂が広がるんだろうけど。
魔理沙の言う宴会は、恐らく大人数が一堂に集まって開かれる。本来ならそういう大人数が会するところでお酒を飲むのは少し憚られるのだが、今はどうしてか誰かと一緒にいたくてたまらない。先程から私が駄々をこねているのもそれが理由だ。
何と言うか…恥ずかしい話ではあるが、今までずっと家に籠っていた反動なんだと思う。暫く誰かと会ってなかったせいで心の中がぽっかりと空いてしまっているような、そんな感覚。これをどうにかしないと寂しい気持ちが募りに募って気が狂ってしまいそうになる。
「元気になったらまた顔を出しに来ればいいさ。別に宴会に参加しなくても春の間であれば私と霊夢だけでも集まれるだろうしさ。」
だからこうして魔理沙がうちに顔を出しに来てくれて凄く嬉しかったりする。それを言うのが小恥ずかしくてなるべく帰さないように延々と駄々をこね続けている訳である。…魔理沙の言う通り幼児退行してるみたいだなぁ。
「…あ、そうだ。その当の霊夢のことなんだけどさ…。一週間前にうちに来たきりすぐに帰っちゃったんだけど…霊夢、大丈夫だった?」
結局あの日の霊夢のことが気になって神社に向かいたかったのに、今日に至るまでそれが叶わなかった。
正直かなり心配している。
あの子の顔は俯いてよく見えてはいなかったが、去り際に一瞬見えた顔は少し涙目になっているように見えた。
リリーの話で霊夢は三日間、私に付きっきりだったことが分かった。
蛮奇ちゃんをあの顔にしたのも多分霊夢だろうし…誰もうちに入れないようにしてくれてたんだと思う。
そんな霊夢に…私はなにかしてしまったんじゃないだろうか。
正直あの時間は記憶が少し曖昧になっている部分があってその可能性は否めない。
恩を仇で返すこと。それだけは絶対にしたくなかった。
「……ああ。あいつのことなら心配いらないぜ。取り敢えずは神社でいつも通りのんびりやってる。」
勿論もし私がそんなことをしていたら霊夢と仲の良い魔理沙がそれに触れずに霊夢の話題を出すことなんてしない。
良くも悪くもこの子は人の顔を見るのが上手い。
機嫌が良い者には気さくに声を掛けに行くし、逆に悪い者にはその原因を探りながら立ち回る。
表情豊かな霊夢の顔を見て異変に気付かないなんてことはなく、仲の良い霊夢に関しては、多分この子はずかずかと心の内にでも入り込む筈だ。
…魔理沙は今“取り敢えず”と口にした。
少し含みがある言い方をする辺り、何かあったのは間違いない。
…のだが。
それを追求しようとすると、魔理沙は寝室を徘徊していた足を止め顎に手を置き、何か考え事をし始めた。
「………。」
考え事の最中に声を掛けるのも気が引け、私は吐き出そうとした言葉を飲み込む。
訪れた静寂。
…やっぱり私は私が思っている以上に弱っているのかもしれない。
この時間がとてつもなく嫌なものになってしまっているから。
***
目を開ければ見たことある天井。
どうやら色々考え事をしていたらまた眠ってしまっていたようだ。いつもだったら昼寝をしてしまうと、一日の時間が縮まったような気がしてしまうのだが、体を休める名目もあり罪悪感があまり無いのはいいものだ。
辺りを見回すと、さっきまでうちにいた魔理沙はもういなくなっていた。次なる宴会の参加者を探しに向かったのだろう。
あの子のことだから見境なしに色んな所に声を駆け回っているんだろうけど、普通の人間なんかは当然そんな妖怪が集まる場所でお酒を飲むなんてことは自殺行為も同然なので、来る筈もない。
つまりは魔理沙が頑張れば頑張る程人外だらけの宴会になってしまうということを、果たして分かっているのだろうか。
想像してみると、妖怪連中が好き放題騒いで暴れ散らかす地獄絵図みたいな光景が浮かんでくる。
…ほんと、霊夢に許可取ってるのかな。
暴動にしろ片付けにしろ、一番大変なのはあの子だと思うんだけど。
「ハロ~。お元気かしら?」
「え?……っひゃぁぁぁぁ!!!」
天井をじっと眺めて考え事をしていると、突如虚空から体の上半身だけがひょこっと現れて挨拶をされる。油断していただけに情けない声をあげてしまった。
「ふふ。期待通りの反応ね。嬉しいわぁ。」
驚かすのを狙ったかのように現れたそれは、私の反応を見てクスクス笑うと、その気味の悪い上半身だけの状態のまま話しかけてくる。私は鳴り止まない心の音を落ち着かせつつも溜息を吐く。
「…何か用?」
妖怪の賢者、八雲紫。
簡単に言えば幻想郷のお偉いさんである。この世界を作った立役者の一人であり、それを維持する為の結界を管理している私の何百倍も位が高い妖怪だ。本来なら私程度の妖怪が易々と会える訳も無いのだが、何故か、本当に何故か私の目の前に時折突然出て来ては驚かすような真似をしてくる為、一応面識はある。
多分向こうは私のリアクションを楽しんでいるだけだろうけど。
「ちょっとね、貴方に会わせたい子がいるのよ。」
しかし今日はどうやら何か別件があるようで、彼女が手に持っている扇子をピッと前に出すと、私に隣から黒く禍々しい空間が生まれ、そこから二つの人影が出てくる。
例の桜の木の場所で霊夢と闘っていた桃色の髪の少女と、その従者の妖夢。二人はストンと畳の上に着地すると、そのまま私に話掛けてくる。
「こんにちは~。養生中に押しかけちゃってごめんなさいね。」
にこにことした笑顔を浮かべている桃色の主人は、挨拶からこちらに目線を合わせようと座り込む所作に至る一つ一つが気品で溢れている。あれだけ大きな屋敷に住んでいるのだからそれも当然かもしれないが、霊夢と闘っていた時の真剣な顔とのギャップがありすぎて、ちょっと戸惑ってしまう。
妖夢の方はこちらを見るなりぺこりと軽く会釈をしたので頭を下げ返しておく。
彼女は名前を西行寺幽々子と名乗った。冥界と呼ばれる死者が集う場所の管理を任されているらしく、彼女自身もまた妖夢と同じように幽霊の類なのだそうだ。
確かにどことなくお化け感を漂わせる何かがある。
帽子についてある変なマークのせいかもしれない。
「ここに来たのは一言お礼を言っておきたくてね〜。あの桜が人間を殺さないようにしてくれて、本当にありがとう。心より感謝します。」
帽子に付いてるぐるぐるをずっと見てたら目が回りそうだなと関係ないことを考えていたら、幽々子さんは私に頭を下げて感謝の言葉を述べていた。
それが何だか居心地が悪く感じてしまい、私は慌てて言葉を紡ぐ。
「…えっと、何がどうなったのか私何も分かってないんだけど…。」
霊夢を庇って攻撃を受けたのは事実として覚えているが、その後どうなったのか。そもそもあの桜の木は何だったのか何も分かっていない。だからお礼を言われても素直にどういたしましてと言うことも出来ない。
「あれは私が封印を施したから心配しなくていいわ。結果がどうあれ、貴方はあれの暴走を止める時間稼ぎをしてくれたってこと。」
上の方から相変わらず上半身だけ覗かせた紫さんが、クエスチョンマークを浮かべた私に説明を加えてくれる。
…まああの後どうにかなったのは怪我も何もない霊夢と魔理沙を見れば分かるんだけどさぁ。一番気になるのはあの桜化け物の中に見えた数多の数のヒトの形。あそこが冥界とするなら必然的にあれの正体は幽霊と解釈することは出来るが、それを身に纏っていたあの化け物の正体は何なのか。
「それ以上は貴方が知る必要はありません。目にしたであろうものは忘れてしまいなさい。」
…と。それを聞こうと口を開こうとしたところで、思考を先読みされたのか紫さんに釘を刺されてしまう。
そんな何食わぬ顔で心を読まないでほしい。心がドキッとしてしまう。
勿論怖い意味で。
「紫〜?そんな怖い顔しないの。私はこの子に感謝を伝えに来たんだから。それを潰さないでくれる?」
「はいはい。」
「貴方だってお気に入りの子を救ってもらったんだから感謝する理由はある筈でしょ?こっちに降りてきなさいよ。」
「…生憎私は忙しいの。用が済んだなら早く帰るわよ。」
幽々子さんが紫さんの方を見上げ言動を嗜めると、ちょっとした言い争いに発展する。
この二人、何となく付き合い長そうだなぁ。二人ともフランクに話してるし、友人関係ではあるんだろうけど。雰囲気的には長年連れ添った老夫婦みたいなものを感じる。
まあこれ言ったらすっごく失礼な気がするから口にはしない。
紫さんに睨まれてる気がするが気にしない。
「紫ったら素直じゃないんだから〜。ごめんなさいね?」
「い、いえいえ。」
何だかこんな大物が私のうちに集っていることを意識してしまうと、今更だが何で私この空間にいるの?っという気持ちになってしまう。
なんとはなしに妖夢の方を見つめる。私の視線に気付くと、軽い会釈を返される。その半霊、夏は抱きながら寝ると冷たくて気持ちよさそうだから一つ欲しいかも。
「療養中に長居しすぎるのも無作法だからこれで失礼するわね。今度また、お礼させてちょうだい?」
幽々子さんはウインクしながらそう言ってふわっと笑うと、手を振りながら紫さんが出した黒く禍々しい空間の中に帰ってしまった。
なんというか…紫さんと同じで何を考えているのかあまり読めないひとだったなぁ。さっきのお礼は本心からではあると思うけど。
そうして傍にいた妖夢もそれに続いていこうとしたところで黒い空間の奥から幽々子さんの声が聞こえてくる。
「あ、そうだ。妖夢をここに置いていくわね。家事でもなんでも任せて上げてちょうだい。」
「…えっ。」
その言葉を最後にして、返事の有無も聞かないままそのままスキマは閉ざされてしまった。妖夢はそんなこと聞いていないとでも言うような表情を浮かべて呆然と立ち尽くしている。私もポカンとしたままさっきまで空間があった場所を眺めることしか出来ない。
気づいたら上にいた紫さんもいつの間にかいなくなってるし。
「えぇ…。」
辺りに響いたのは妖夢の困惑した声だけだった。