大庭雨傘物語   作:Poko.bell

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第22話

 

「すみません…。幽々子様が勝手に変なこと決めちゃって。」

 

「え?いやいや。むしろ助かってるよ。」

 

 

幽々子さんに置いて行かれた妖夢には、今まで溜まっていた家の洗濯、掃除等の家事全般をしてもらうことになった。正直私だけ寝転んだままご主人がいる従者にこんな雑用を押し付けていいものなのかという抵抗もあるが、このまま帰すのも違う気がするし、幽々子さんも任せていいと言っていたのでお言葉に甘えさせてもらっている。大きな屋敷の従者とだけあって手際が良く、凄く助かっている。

 

 

「…こんなところですかね。」

 

 

私から見える限りの範囲でも、家全体が普段のものよりもピカピカになっている。

 

…これが普段から大きい屋敷の家事全般をやっている従者の実力…。天晴れ。

 

心の中で賞賛を送っていると、掃除用具を片付けた妖夢がこちらに近づいてくる。

 

 

「小傘さん。今回はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。」

 

 

妖夢はこちらにペコリと頭を下げて謝罪の言葉を述べる。それを少し疑問に思い問いかける。

 

 

「…それって異変でのこと?何で貴方が私に謝るの?」

 

 

異変を起こしたのは幽々子さんで、私が怪我したのもあの桜の木のせいだ。

仮に幽々子さんと共に異変に加担していたのだとしても、この子が謝る必要性は無いと思うのだが。

 

そう妖夢に伝えると彼女は少し顔を俯かせ話し始める。

 

 

「小傘さんには今回私の尻拭いをしてもらったと認識しています。」

 

「尻拭い?」

 

 

 

 

「あの桜のことは…私のおじいちゃんに昔から聞かされてきました。目覚めさせたら幽々子様を危険に晒すことになる。だから決して目覚めさせてはいけないと。……分かっていたんです。分かっていたのに私は、あの方が桜の木をいつも悲しそうに眺めているのを知っていたから…何も言えなかった。きっと小傘さんや紫さんが来てくれなかったら…取り返しの付かない事態になっていたと思います。」

 

 

妖夢は自らに言い聞かせるように想いを語った。表情は暗く、やりきれない想いがひしひしと伝わってくる。

 

 

「正直…今でも何が正解か分からないんです。幽々子様を説得するべきだったのか、あのメイドに勝つことが出来ていたら何か変わっていたのか。あの局面、小傘さんの手を借りて私はあの瞬間あの場に居た筈なのに、何も出来なかった…。幽々子様が危険に冒されるのをただ見てるだけの……役立たずでしかなかったんです。」

 

 

 

 

……相当思い悩んでるな、この子。それを今まで微塵も見せなかったのは主人に自らのことを心配してほしく無いからなのか。だとしても何故私に心の内を話そうと思ったのかは分からないが。

 

 

 

妖夢の話を一通り聞いた限りでは、真面目な子だなというのが率直な感想だ。異変で怪我を負っていた時もそうだったが、主人の為に自分に何が出来るのかをただ一途に考えて向き合い続けている。

 

 

 

異変の詳細を詳しく知らない私は幽々子さんが異変を起こした意図を理解するのは難しい。だからこの子の求める正解を教えてあげることは叶わないかもしれないが、少なからず私から伝えてあげられることはある。

 

 

 

 

 

「私が思うに妖夢はさ、ご主人を守りたいっていう貴方自身の想いを無碍にしちゃってるんだと思うよ?」

 

 

この子が危険を承知でご主人の願いを受け入れたのは、その願いを叶えて上げたいという気持ちが勝ったから。その結果ご主人を守るという自らの想いを蔑ろにしてしまい、それが今の後悔に繋がっているのだろう。

 

 

 

 

 

「そんなことは…。」

 

 

妖夢は何か言葉を返そうとして口を噤ぐ。

ご主人を自らの手で守れなかった事実を悔やんでいるのかもしれない。

 

 

「妖夢が主人を直向きに想ってることは私にも伝わってるよ。…必要だったのはその想いを打ち明けることだったんじゃないかなって私は思う。」

 

 

 

異変の最中、この子はご主人を守ることに必死になっていた。それはボロボロになり這ってでもご主人の下に向かう程。それだけその想いもこの子自身が強く持っていたということ。

 

 

 

要は板挟みになってしまったのだ。

ご主人を守りたいこの子の想いと幽々子さんの願いを叶えたい想い、どちらもこの子にとっては第一に優先するべきことであり、こなさなければならないものだった。

目まぐるしく戦況が移り変わり、それに自らも身を投じていたあの場面で冷静に正しい選択を取るのは中々難しい。

ではどうするべきだったのか。

 

 

 

 

簡単な話、異変を起こす前の段階からご主人と話し合うべきだったということ。危険なことをして欲しくないという正直な気持ちを打ち明けるしか無かったのではないかと思う。

 

 

「…それは幽々子様の願いを否定することに繋がるのではないですか?私はあの方の従者です。何よりもまず優先されるべきは幽々子様の求めることであって、それを遂行しながらお守りするのが私の授かった命です。」

 

 

「…厳しいことを言うけどそれが出来なかったから貴方は今後悔してる。あれも大事、これも大事だって優先順位も付けずに一人で抱え続けたら処理出来なくなるのは当然のことだよ。」

 

 

「…っ!じゃあどうすれば良かったんですか!幽々子様のあの悲しそうな顔を見た後で私にどうしろと!」

 

 

心の内に隠されていたものが溢れ出てくるかのように語気が強くなる。

何となく私にこのことを打ち明けた理由も分かった。

 

 

 

この子はずっと自分で自分を責め続けている。

もっと力があれば何かできることがあったのかもしれない。

もっと先を見据えていたら傍で守ることが出来ていたかもしれない。

 

異変が終わった後もずっと吐き出せずに胸に残ったまま抱えていたもの。それも結局ご主人に何も吐き出せないまま、今こうして爆発してしまった。

 

 

「異変は失敗に終わったけど、私には幽々子さんの言動がそれを悔やんでいるように聞こえなかったんだよね。妖夢って、その悲しい顔をしてた理由って幽々子さんに聞いたりした?」

 

 

「……いえ。」

 

 

「そこに妖夢の後悔してることの全てがあると思うよ。最初はお互いが強い想いを持って行動したけど、最終的に目的を達成できなかった幽々子さんよりも、過程がどうあれ結果的に幽々子さんを守る目的を果たせた妖夢の方が今はこうして後悔しているように見える。不思議だよね。」

 

 

あの紫さんと気の合う幽々子さんの行動の意図を汲み取るのは難しいんだろうなぁと思う。

 

それでも妖夢が見た幽々子さんの悲しい表情のように、普段から一緒に過ごしている者なら、何気ない変化でも気づくことはある。でもその気付きって自分の中で解釈したものだから、それだけじゃ何に悲しんでるのかとか詳しいことは何も分からない。

 

 

 

私が幽々子さんに悔いがないというか、異変を達成出来なかったことをあんまり気にしてないなと思うに至ったのは結局会話だ。

彼女はあの桜の木が誰かの命を奪うのを防いだ私に感謝した。つまりあれは彼女にとって想定外の出来事だったということで、ということはこの異変自体どこまで計算されたものだったのかすら怪しくなってくる。自らの命が危ぶまれることすら考慮出来ていなかったのではないか。そんな気がする。

 

 

犠牲が生まれなかったこの結果に幽々子さんが納得しているのだとしたら、仮に妖夢が事前にあの桜の木の危険性を知らせていたらどうなっていただろうか。

 

 

 

まあそれはやってみないと分からないだろうけど。

でも

 

 

 

 

「盲目的にご主人の命令に従うことが従者の務めじゃない筈だよ。ご主人が考えていることを少しでも理解できるように努力することも必要だと思うな。」

 

 

 

手元にある自らの傘を強く握り締める。

 

従者(妖夢)道具()は違う。

 

ただその用途のままに使い使われる関係なら、代わりなどいくらでもある。命令を忠実に聞き入れるから幽々子さんは妖夢を傍に置いている訳ではない筈なのだ。

 

この子は無機物なんかではなく感情があるから。

 

 

「気持ちは言葉にしないと中々伝わらない。だから幽々子さんは私に態々お礼を言いにうちに来てくれた。伝えたい気持ちを正直に言葉にするってちょっと恥ずかしいことだけどさ、幽々子さんが妖夢のことを大切に想ってくれているなら、貴方の想いも受け止めてくれる筈だよ。」

 

 

この子の主人への忠誠心は赤の他人である私の目から見ても痛い程伝わってくるし、本当に大好きなんだろうなって思わせるものがある。それを幽々子さんが気付かない筈がない。仮にそれを煩わしいものと思うならこの子はここにはいない。

 

つまりはそういうことなのだ。

幽々子さんにとって妖夢は替えの効かない価値がある存在だということ。

 

 

 

 

 

 

ああ。“受け入れてくれる存在”がいるのが羨ましいな。

 

 

 

道具はいつだって必要なくなれば使い捨てられるのに。

 

 

 

どうしてこんなにも違うのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…頭が痛い。何故大人しくしているのに私の体はこうも不調なのか。流暢に口だけ動かせても、足が動かせなきゃ意味がない。いよいよどうにかする方法を考えなきゃいけないかなと思ったところで、ドスドスと力強く足を踏み締めて、妖夢がこっちに近づいてくる。そしてその勢いのまま肩を掴んでくる。

 

 

「小傘さん!」

 

 

何だかすごい興奮したように鼻息をふんすと鳴らしている。どうしちゃったのだろうか。

 

 

「小傘さんは私のおじいちゃんみたいな方ですね。私、感動しました!」

 

 

この子のさっきの話に出てきたおじいちゃんが誰のことなのかは分からないが、恐らく褒められているのだろう。老けているとかだったら傷付く。っていうか頭が痛いから肩を前後に揺らすのを辞めて欲しい。

 

 

 

 

 

「私は…これまで迷いは自らの手で払ってきたつもりでした。迷いは己の刃を鈍らせるから。でも私はきっと…もっと周りを頼ってみても良かったんでしょうね。だって幽々子様もその友人である紫さんも…とっても頼りになって優しい方だから。」

 

 

「…うん。」

 

 

 

「あの方を心から慕っている私の気持ちに嘘偽りはありません。これからはもっと自分の気持ちに正直に在ろうと思います。ご指導ありがとうございました!師匠!」

 

 

「…うん。………ん?」

 

 

さっきまでの落ち込んだ顔は何処へやら、キリッとした自信に満ち溢れた顔になってくれた。

 

それは良かったのだが、今先程この子が口にした“師匠”という呼び名がよく分からず、単純な疑問を投げかける。

 

 

「…何、その師匠って。」

 

 

すると待ってましたと言わんばかりに嬉々として言葉を返す妖夢。

 

 

「私の迷いを晴らしてくれた貴方は師匠です!これからもよろしくお願いします!」

 

 

今何をよろしくされてるの?私。

 

…まあ訳が分からないけど元気になったみたいだし、いっか。

 

 

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