夜は長く宴会はまだまだ続く。
今は身勝手にも好きなだけ騒ぎ散らかしているこいつらも、疲れたら各々勝手に帰っていく。そんな自由で秩序の欠片もない混沌としたものだからこそこれだけの連中が集まったのだ。
そこら中からむせ返る程きついお酒の匂いが充満しており、思わず鼻を摘んでしまう。どうしてここの連中は揃いも揃って馬鹿みたいにお酒が好きなのか。
まあ理解したくもないんですが。
さて、次の取材対象を捕まえたいのですが…。
辺りを見回しても如何せん手頃に話しかけられそうなのがいない。
…困りましたねぇ。
この取材は宴会参加者らの面白い話を聞き出すことは勿論、先日の異変の中での”とあること“を聞き出すことも目的にある。
確か巷の方では春雪異変と呼ばれていたか。
冥界の管理人である西行寺幽々子が幻想郷中の春を集め、冬を長引かせた異変。博麗の巫女と人間の魔法使い、そしてなんとあの紅魔館のメイドまでも出張って解決した。途中、桜の木が暴走する事態に陥るも、多々良小傘と八雲紫が介入し事なきを得る。
具体的なことはともかくこれくらいの情報は既に押さえてある。
異変に関係が深そうな面々には出来る限りの情報を既に聞き出している。勿論取材を断固拒否したメイドもいるのだが。
そこはいい。
問題はそこではない。
違和感を感じたのは異変の事後対応だ。
…と、言うわけで
今回は私が独自に調べ上げたものの答え合わせも兼ねている。その話は後々のメインディッシュに置いておくとして、先程の件を挽回すべく取り敢えずは明日の朝刊に載せるネタ探しをと思っていたのだが…。
紅魔館の吸血鬼。
私の顔を見るなり敵意剥き出しになって睨みつけてくる。メイドの方は現在料理を作りに炊事場の方に行っており近くには誰もおらず、一人で静かに飲んでいる。
まあ元よりあの吸血鬼に取材出来ることを期待してはいませんでしたが、何故あそこまで露骨に表情を出してくるのか。そうやって感情を剥き出しに威圧するのは小物に見えるので辞めた方がいいですよ?レミリアさん。
冥界の亡霊と妖怪の賢者にその式神。
幻想郷の新顔の話が聞ける今が旬のところではあるが、多分今行ったら食事中のあの亡霊に殺される。
一度冥界に取材に赴いた際も食事中に話しかけたことで、割と洒落にならない弾幕を放ってきた。よく分からないがあの美味しそうに食べている表情から察するに、食事の邪魔をされるのが嫌いなのだろう。
隣にいる賢者と狐も駄目だ。まともに取材を受けてくれる筈がない。
…あの猫の方は少し可愛げがありそうなんですけどね。
手を出そうにもいつも狐に邪魔されて中々話を聞けない。
過保護な式神の式神。非常に興味があるのでいつかお話を聞いてみたいものです。
…と、いうわけで現状面白そうなネタを聞き出せそうな大物連中はいそうにない。
適当な野良妖怪に声を掛けてみてもいいのだが、知名度のない奴を記事に載せたところで当然良い反応は得られない。
うーむ。どこかに大衆からそれなりに知名度があって多少脚色しても苦笑いして受け入れてくれる小傘さんみたいなのはいないものですかねぇ。
「あ、いた!チルノちゃん見て見て!こんな可愛いお人形さんの作り方を教えてもらっちゃった!」
そうして少しの間その場で立ち尽くしていると、興奮した様子の大妖精が隣に居るチルノに飛び付いてきていた。胸元には恐らくはチルノを模したであろう人形が大事そうに抱えられている。
「お?おー!これ大ちゃんが作ったのか?凄くうまいぞ!」
チルノはその人形を見るなり、色んな角度からそれを観察し始める。私から見てもそれは初心者が作ったとは思えない程とても上手に作られている。
下手なお店で売っていても遜色ないレベルの出来だ。
「えへへ。アリスさんの教え方が上手なんだよ。少し手伝ってもらったし。」
「貴方の手先が器用だったからよ。」
大妖精の後ろから人形を引き連れたアリス・マーガトロイドが現れる。ここは彼女らが元いた場所からは遠く離れている。チルノに人形を渡しに行く大妖精の後を態々追って来たのだろう。
見ればもう一人の魔法使いはその場所で気にせず本を読んでいる。
例の本に記載されていた二つ名の“動かない大図書館”の名は伊達じゃないらしい。
「こんばんはアリスさん。相変わらず子どもから人気があるようで。」
「この子がどうしてもって言うからね…。頭まで下げられちゃったら断れないわ。」
アリス・マーガトロイドとは人里で稀に出会うことがあり、面識自体はある。とは言っても周囲の連中と同様にあまり良いイメージは持たれていないみたいだが。人形に囲まれながら過ごしているこの魔法使いも噂には敏感らしい。
「今日はどうしてこちらに?」
「“静かに”桜が見たいから。こんな機会も中々ないしね。」
わざとらしく“静かに”の部分を強調するアリス・マーガトロイド。
暗に面倒だから取材をするなと伝えているのだろう。
居は気を移すとはよく言ったもので、やはり陰湿な魔法使いのようだ。
しかしそれはともかくとして…さっきからチラチラと視界に映り込んでくるこれは一体…。
「…あの、すみません。一つだけいいですか?その人形のことなんですが…。」
「何って、貴方も知ってるでしょ?小傘を模した人形よ。」
…いや。ここ最近その人形を使って人形劇をしていること自体は知っている。聞きたいのはそういうことじゃなくて、何故それを今持ち歩いてるだけじゃなく隣に浮かべているのかを聞いているんですが。
「この子、面白いのよ?見てみなさい。こうやって軽く小突くと……ほら。」
アリス・マーガトロイドが人形の頭を軽く人差し指で小突くと、その小傘人形は大袈裟に表情を歪ませてその場に倒れ込む。
そうしてその場にしばらくなんとも言えない空気が流れたかと思うとその人形はムクリと立ち上がり、片目を閉じながら舌を出しておどけて見せた。
「おお、すごい!」
「可愛いー!」
妖精もとい子ども二人の反応が良く、自慢げにそうでしょうそうでしょうと胸を張るアリス・マーガトロイド。
「…。」
こういう時どういう顔をしたらいいのだろうか。余興としては面白いものなのかもしれないが、私には悲しい一人芝居にしか見えない。総じて人形劇とはそういうものなのかもしれないが。
「貴方もこれくらい凄い芸を身につけなさいよ。鴉なんだし。ヒックッ」
…これアリスさん酔ってますよね?今のしゃっくりもそうだが何だかいつもより言動が阿呆っぽい。
顔には全く出てないのに隣の小傘人形は凄いフラフラしていたりと、もう器用なんだかポーカーフェイスなんだかよく分からない。
「そ、そうですか。あ、パチュリーさんが呼んでますよ。行ってみては?」
「あー、パチュリーが?なるほど、それは大変ね(?)行ってくるわ。」
そうして偶に空中でこける小傘人形と平時と何も変わらない足取りのアリス・マーガトロイドは元の場所に戻って行った。
彼女とこれ以上喋ってもまともな情報は話してはくれないだろう。言語能力は落ちていても私の警戒は解かないあたり、思考自体はある程度正常に働いているのだろう。この状態でまともなことを喋ってくれる訳もない。
変な酔い方をする魔法使い…。
今日は中々取材対象に恵まれないですねぇ。
戻ってくる前に私もいい加減向かうとしようか。
「チルノさん。大妖精さんも戻って来たことですし、取材は終わりにして二人で遊んで来てはいかがですか?」
と、その前に取材の同行者の処遇をどうにかしなければ。
元より暇潰しの為について来たチルノは大妖精が戻って来た今、私についてくる理由はない。このまま強制して二人の時間を潰してしまうのも悪いので、解任しておく。
「えー?もう終わりなのかー?もうちょっとだけいいだろー?」
そう思っていたのだが、意外にも渋った様子を見せるチルノ。
自由の身になって喜ばないとはなんと奇特な。
この子にとって取材とは遊び感覚でしかないのだろうが、それよりももっと楽しいことが目の前にあるでしょうに。
「そういえばチルノさん。貴方は大妖精さんから人形をいただいてお礼は言いましたか?」
「…あ、…まだ。」
「大妖精さんは折角チルノさんの為にプレゼントを用意したのですから、まずはそれからです。これからどうするかは貴方達で決めてくださって構いませんから。」
そう話すとチルノはアリス・マーガトロイドの所に戻るかどうか悩んでいる素振りを見せていた大妖精の方にトテトテと走っていき、二人で話し始める。
全く、子どもの相手というのは大変なものですね。
私は子どもが好きなのかと問われたらきっと違うと答えるだろう。
何故なら私は誰かの世話を焼くこと自体疎ましいことだと思っているから。
例えばアリス・マーガトロイドに多々良小傘、それにあの寺子屋の教師もそうだが、子どもに自らの意思で関わろうとしている者は世話焼きに見える。
世話を焼くというのは思っている以上に大変なことだ。
血の繋がった家族だけならともかく、赤の他人と同然の子どもにもそれをするとなると、気疲れても仕方のないことである。
我々のような思考や身体等の発達しているものと比べても、子どもは大抵のものが劣っている。考え方や行動一つ取っても何処かしらには穴がある。それら一つ一つに突っ込んで正して行こうとしたらキリが無い。
私には到底それが出来るとは思えない。
だから
私が思考の海に飲まれたり頭の回転が悪い時のリフレッシュに、チルノという存在を“利用”するような。
そんな自益でも得てない限り
世話焼きにはその相手のことを思う強い意志。
綺麗な芯を持っているのだと私は思っている。
分かりやすいのは寺子屋の教師だ。自らの知識を伝え、醸成させていくのを通して、この世界で生き抜く術を噛み砕いてそれを子どもに教えている。彼女と話しても、言葉の節々からは人間を愛する強い気持ちと、妖怪が跋扈するこの世界から人里を守るという揺るぎない信念が感じられる。
それは大きく捉えれば人間という種の存続。半妖である彼女が抱えても何の益もない筈の大義を何百年とその背中に背負い続けている。ああいう者を聖人君子と言って、綺麗な芯があると言えるのかもしれない。
では残りの二人はどうか。
魔法使いに付喪神。
アリス・マーガトロイドは以前も語ったように、人里に溶け込もうとする行動に何か裏があるのでは無いかと睨んでいる。つまりは私と同じ、一番は自分の目的達成のために動いているということ。
彼女の芯は魔法使いとしての部分にある気がするからだ。
しかしまあ現状として彼女の普段の行動を見る限り、子どもと接するのが好きなのは間違いないだろうし、実際に子どもからも好かれている。
今は彼女のことは置いておいていい。
そもそも何故こんな世話焼きに見える者の行動理念を分析して無意味に道徳的なことを語っているのか。
それは
全てはこの話に繋がるからだ。
『多々良小傘はどうなのか?』
彼女の話は里で聞き込みをすれば嫌でも耳にするし、彼女自身と話してみてもそれがよく理解できる。
自由奔放のように見えて実直。
存外思慮深いのに往々にして天然。
的を得ていると思う。
頼まれ事を断れず、色んな物事に気付けば首を突っ込んでいる。
そんな変わった妖怪。
彼女のことを知る者なら、寺子屋の教師と同等に人間の味方をしてくれる優しい妖怪だと認識する者が大半の筈。
以前当の本人から、人里に来る前の記憶は失くしていると聞いたことがある。
だから付喪神になる前のことは覚えてないし、道具としての未練もないのだと。
それでは彼女の今抱えているであろう人間に対する深い気持ちの出どころはどこにあるのか。
記憶を失っても、彼女は数え切れない年月を里の人間と過ごしている。その中で色んな出会いや経験をして来たことだろう。それが土台になって人間を愛する気持ちが芽生えた。元来持っていた道具としての芯は失われても、そこに人間への恩返しの気持ちであったり共に生きていたいという新しい感情が生まれて、周りを笑顔にする彼女の綺麗な芯になり得た。
これはあくまで今私が考えた物語だ。
だが、仮にこれを多々良小傘を知る者が聞いたとしても、誰もが疑うことなく納得してしまうんだろうと思う。そう思わせる程彼女は純粋な心を持って色んな者の世話を焼き続けているように見えるのだから。
ただの理想論でしかない。
多々良小傘の本質は本当にそこにあるのか?
忘れてはいけない懸念事項はあるだろうに。
私のこの推測が正しければ恐らく多々良小傘は…
「天狗!なあ天狗のお姉さんってば!」
…おっと。つい考え込んでしまいました。
前を見ればチルノと大妖精が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「少し考え事を。…それでどうするか決めましたか?」
「うん。天狗には悪いけど大ちゃんと遊んでくる。」
「それがいいです。子どもは元気に遊ぶのが一番ですから。」
「ごめんなさい文さん。何だか気を遣ってもらったみたいで。」
「気にしなくてもいいです。それでは。」
この真相を解明することで新聞の記事に載せることが出来るかは分からない。だが分からないものを分からないままにするくらいなら暴いてしまった方がよっぽどいい。
事態がどう転ぶかは分かりませんが、首を突っ込ませてもらうことにしましょう。