夜も更けていき周りの野良妖怪連中の活気は最高潮に達している。
それに呼応して私の眉間に皺も寄っていく。
喧しいことこの上ない。
全員この場で蹴散らしてしまえば少しはこのイライラも鎮まるか。
本来であれば神社の秩序を乱しているこいつらを抑える役割がいるのだが、その当の本人は“機能”していない。
「こんばんは霊夢さんに魔理沙さん。どうやら賑やかで素晴らしい宴会を開いたみたいで。」
親しみを込めた笑顔を作り、いつもの縁側に二人で座っているところに声を掛ける。すると一人は私の顔を見るなり露骨に嫌そうな顔をし、一人はこっちに見向きもしない。
いつも通り歓迎はしてくれないようだ。
「秘蔵のお酒をお持ちしました。一杯いかがです?」
「…。」
反応は一切ない。しかし霧雨魔理沙の方はともかく、こっちの方は本気でイライラしているように見える。
「折角の異変解決祝いでもあるんですからもっと楽しみましょうよ。ねぇ、霊夢さん。」
「…。」
すると、殺意が込められた視線がこっちに向けられる。
おお、怖い怖い。
「あんた…私がした忠告、忘れてないでしょうね。」
「おや?ここでその話をしてもよろしいんですか?」
「……いいから答えろ。」
「ええ、勿論。ですからまだあの方にも近付いていませんよ?」
彼女が不機嫌な理由は分かっている。
相変わらず感情を隠すことを知らない人間だ。
「…おい霊夢。まさかこいつも知ってるのか?」
「ええ。…厄介なことに丁度その場に居合わせたのよ。」
やはり霧雨魔理沙には共有していたらしい。
それくらい彼女も困っているということだ。
「厄介とは失敬な。その様子ではこれからどうすればいいのか分かっていないのでしょう?お互い問題の解決に協力していきましょうよ。」
「黙れ。」
この方と話すとあれですね。自らの嫌われ具合を再認識できる良いきっかけになりますね。
とはいっても今現在彼女は私を無視することはできない。
何故なら知られたくない情報を知られてしまったから。
「ところで霊夢さん…その脇腹の傷、大丈夫ですか?見たところまだ完治していないようですが。」
「…ちっ。」
今は服の上から隠されているが、恐らくそれを捲れば血の滲んだ包帯が見える筈。ここからでも香る強烈な血の匂い。平気そうにしてはいるが、当時の状況を鑑みても、今こうして平気そうにお酒を飲んでいること自体強がっているようにしか見えない。
「貴方もその傷では中々動きにくいでしょうからね。私の方でも色々と情報を纏めて考えてきました。勿論貴方にも止められていましたから異変の取材の片手間という形にはなってしまいましたが。…確認も兼ねて少しばかりお話しさせてもらってもよろしいですか?」
「…。」
「“多々良小傘の変異”について。」
***
時は遡ること異変が解決された当日のこと。幻想郷を覆っていた寒気が消え去り、春の暖かい風が吹いてきたのを感じ取った私は、早速異変の取材をしようと各方面を飛び回って話を伺いに向かった。
情報は早ければ早いほど読者の関心を惹きやすい。
その日の内に取材から得た情報を纏めて執筆、翌日の朝刊には載せれるように動いているつもりだ。
とは言ってもその起きた出来事によってそれも叶わなかったが。
私が我先にと向かったのは博麗神社。首謀者を求めて右往左往するよりはここに行った方が誰かいる可能性が高く、色々と早く済むからだ。
しかし不運なことに博麗の巫女は不在で誰もいない。仕方なくそれ以外の当てを巡って情報を聞いて回ると、博麗の巫女は怪我を負った多々良小傘を家で介抱しているという情報を聞いた。
その情報の通り、博麗の巫女はそこにいた。その身を庇われ、昏睡状態にさせてしまったその家主を、彼女は一時も目を離すことなく心配そうに見つめていた。
かなり気が立っており、取材をお願いしても全く相手にしてくれない。しばらく粘っても反応がないどころか最早私の存在に気付いているのかすら怪しかった。流石にこれはまた日を改めるしかないと諦めて戻ろうとしたその時
事件は起きた。
なんと、今までピクリとも動かなかった多々良小傘が、突然ムクリと布団から起き上がったのだ。
そのまま博麗霊夢の顔をパッと見るなり
手元の傘を薙ぎ払い攻撃した。
正直目を疑った。
噴き上がる血飛沫。予備動作も何もないまま躊躇なく、“それ”が傘を振り払った事実に一瞬脳が追いつかなかった。
幸いにもその傘が博麗の巫女の体を貫通することは無く、次の攻撃の前に身動きを封じるお札を使って何とかその場を抑えてはいたのだが。
それでも何が起こったのかその場に理解できた者はいなかった。
『こ、小傘?…な、なんで…』
『…』
その問いに、目を開けたまま何も言葉を返さない多々良小傘。
その視線は変わらず博麗の巫女の方に向けられており…今でも強烈に印象に残っているのが
強い強い憎悪に塗れた殺気。
それがただ目の前の人間一人に向けられていた。
『う、ううう。』
『霊夢さん!』
それがショックだったのか痛みに耐えられなかったのか、彼女はそのまま意識を失ってしまった。
…今思うと皮肉な話ですね。命を張って助けてくれた恩人とも言える存在がその時になって牙を剥くなんて。状況としては訳が分からない上、多々良小傘も正気とは思えない。
取り敢えずその日は博麗霊夢に処置を施し、その家の寝室とは別の場所に寝かせておくことにした。私としても今この方に死なれても面白くありませんからね。仕方なく新聞の方は見送った。
次の日、私もその場でしばらく仮眠をとっていると、気付けば博麗霊夢がその部屋にいない。どこに行ったのかと捜索するとそれはすぐに見つかり、多々良小傘が眠っている寝室の方で昨日と変わらずそれを心配そうに見つめていた。
『おはようございます霊夢さん。大丈夫ですか?』
『…平気。…それよりもあれから小傘の方に異常はあった?』
『……まず自分の身を案じた方がよろしいのでは?』
『いいから答えて。』
『…貴方を運んだ後はすぐに元の小傘さんに戻りました。貴方が眠っていたのは一日だけです。』
『…そ。ありがと。それじゃああんたはもう帰りなさい。悪いけど取材には今応じられない。』
『流石に状況は弁えているので控えます。…しかし貴方は』
『小傘のことは私が見る。…だからお願い、今は一人で考えさせて。』
『……分かりました。それでは』
『待って。…一応言っておく。このことを記事にでもしたら…絶対に許さないから。』
『…肝に銘じておきますよ。』
もしもこれを記事に載せでもしたら多々良小傘の人里での立場が危ぶまれる。それを危惧して態々釘を刺したのだろう。
それをするにしても恐らく何か裏を取りでもしなければ恐らく里の人間には信じてもらえない。私の新聞と多々良小傘、信頼の度合いだけ見れば天と地の差があるからだ。
しかしそれでも多々良小傘が実際に人間を襲う現場を目撃してしまえば、それはその者の中で真実に変わる。
だからなのだろう。
博麗の巫女は、その日から多々良小傘の家に来る訪問者を軒並みあしらい始めた。
彼女の状態を何処かから聞きつけ、心配でやってきた里の子どもから大人。寺子屋の教師から御阿礼の子に至る全ての者を。しばらくの間は私もあの家の周りの観察を続けていたが、中でも酷かったのがあの赤蛮奇という妖怪だ。
彼女は博麗の巫女の制止に耳を貸す事なく強引に多々良小傘の様子を見に行こうとした。それも二日連続で。その結果痛めつけられて見るに耐えないことになってしまっていた。
心意気だけは凄い。博麗の巫女であっても手を出すことなく無理に押し通ろうとするその姿は、無謀でありながらも心から多々良小傘を心配していることが分かった。
…まあ今あの妖怪の話はどうでもいいんですが。
しかしイマイチ分かっていないのは、それだけ外部の者を遮断していたのに、“いつもの”多々良小傘が目覚めたら、今までの行動がまるで嘘であったみたいに呆気なく帰ってしまったこと。原因も何も分かっていない以上また“あれ”が出てくる可能性は考えられるのに。
おまけにこの宴会の開催も謎が深い。数を集めたのは霧雨魔理沙だがこの会場を借りている以上、所有者である博麗の巫女の承諾も得ている筈。
…さて、この宴会にはどんな意味があるのか。
***
これまでに起きた情報を整理するとこんなところか。
個人的にはかなり興味深い出来事ではあるのだが、記事にすることを止められていた以上、それを後回しにせざるを得なかった。
それでも私はあの日起こった出来事の“答えの可能性”にまで辿り着いた。
「二点確認したいことが。一点目は小傘さんが目を覚ましたあの日、何故霊夢さんはそのまま帰ったのか。二点目はこの宴会を開いた意味、教えていただけますか?」
この多々良小傘と親交が深い二人にどれだけ進展があったのか。
お互い情報共有をしておくのは悪い話ではない筈。
「…あんたに教えることは何も無いわ。」
だというのに頑なに口を開こうとしない博麗の巫女。
心の中はあの付喪神への心配でいっぱいの癖に。
普段の行いのせいとはいえ、ここまで信用されていないとなると何も話が進まない。
…はぁ。面倒ね。
「それでは私の方から話しましょう。まあ実は言うともうあの小傘さんが豹変した姿には大方の答えは出ているんですけどね。」
「…何?本当か?」
別に隠すことは何もない。この情報は遅かれ早かれ渦中の当人によっていずれ明らかにされることだ。記事で早出しすることにあまりメリットもない。
「まずは前提の話です。貴方達二人は小傘さんが異変が起きる前の…大体数ヶ月くらい。自宅に篭っていたということはご存知ですか?」
「…。」
「篭ってたかどうかはともかく最近顔出さないなとは思ってたな。」
「はい。それでその間にも、私は何度か彼女の家に取材をしに伺ったんです。」
私にとっての多々良小傘は少し言い方は悪くなるが、人里で起こった出来事を把握するのに便利な存在という認識だ。彼女自身が色々なことに巻き込まれていることは勿論、よく里を練り歩いているので、その日に里で起こった小さな事件や面白い情報を持っていることが多く、里で取材をする時なんかは彼女を探すことから始める。
まあ私のルーチンみたいなものだ。
そんな何時も里にいる存在が突如姿を消した。これも小さな珍事件しか起き得ないこの平和ボケした幻想郷においては大きな出来事だった。
「そこで何をしていたかというと、彼女は本を読んでいたり、瞑想をしたりと…。まあ何かに目覚めたのではないかと疑う程妙な生活をしていました。」
本を読むことはそれなりに好んではいたみたいだが、それでも魔法使い連中のように一日中篭って読むなんてことする性格ではない。ましてや瞑想している姿なんて見たこともない。
「気になって本人に何故こんなに生活をしているのかと尋ねたところ…はぐらかされてしまいましてね。あの小傘さんが言いたくないこと…。すごく興味があるじゃないですか。」
基本的に多々良小傘は他人を槍玉に挙げない限り、取材に対しては正直に何でも答えてくれる。だからこそ彼女自身のことで明確に答えを明かさなないことには何か理由がある筈で、興味を持つなというのが無理な話だ。
「その答えは彼女の読んでいた本のタイトルに記されていました。数冊手に取って少し拝見したところ、それは全て学術書や医学書だったんですが…その全てに共通して記載されている文字があったんです。」
「その文字とは“記憶”。頭の中で物事を覚えることの仕組みから、脳の病気に関することに至るまで幅広く。そんな専門的な分厚い書物と…頭を捻りながらも格闘していました。」
私も数ページ開いて内容を一部読んでみたが、何も頭に入ってこないほど難しい用語がズラリと載せられていた。それは前提知識がないと到底理解できない内容。多々良小傘も何を書いてるのか殆ど理解できていない筈だ。
…まああの方は何にでもまず形から入るところがありますからね。しかしそれを飽きることなく数ヶ月間続けたことには凄まじい執念を感じる。
「…ところでお二人は知っていますか?小傘さんって人里に来る以前の記憶が欠けているんですよ。」
今話したことと、多々良小傘の身に起こったこと。
繋ぎ合わせれば答えは自ずと見えてくる。
つまりはそういうことなのだ。
「……おい、お前まさか。」
霧雨魔理沙の方は私が何を言いたいのか気付いたようだ。
まあよくよく考えれば単純な話だ。
寧ろ何故この事実を真っ先に浮かばなかったのかと疑問に思ってしまう程。
それもきっと彼女のことをよく知っているが故の先入観でしかないのだろうが。
「付喪神も元を辿れば精霊や霊魂であり、道具という媒体に数多の歳月を経てその身に宿ったもの。そう解釈するのであれば、小傘さんはその魂の根幹とも言える記憶そのものを失くしていると言えます。…それじゃあ今の多々良小傘の人格は一体何処から湧き出たものなのかという話になります。」
「…もういい。黙って。」
「具体的なことは分かりませんが、少なからず今の小傘さんは“新しく形作られたもの”。小傘さんの根幹は失われた記憶の中にあり、その記憶を彼女は恐らく取り戻そうとしていることが分かりました。それもかなりの努力をされて。記憶喪失の者がそれを取り戻すに至る方法など私は知りませんが…少なからず妖怪である彼女に取って記憶を取り戻したいと強く願う気持ちは大きく関係していると私は考えます。」
「もういいから…。」
「…霊夢さんを襲ったあの小傘さんの正体。それは多々良小傘…いや、それ以前から元々持っていた“本質”ではないかということです。つまり…
【あの唐傘妖怪は人間への何らかの強い憎しみによって魂を宿した存在。】
こう解釈すればあの行動の意味も…」
「黙れって言ってるでしょ!」
博麗霊夢はそこで神社の喧騒を掻き消すくらいの大きな声で怒鳴る。
その瞬間、会場全体がしんと静まり返り、全ての視線がこちらへと向けられる。
その光景に我に返った彼女は、血が滲む程強く拳を握り締めながらもパッと立ち上がり
「…ごめん。頭冷やしてくる。」
そう言い残して神社の裏手の方に飛んで行ってしまった。
…もしかすると彼女は私が言うまでもなく、薄々気付いていたのかもしれない。或いは彼女が多々良小傘の家で監視を続けなかったのもそれが理由か。
もしもこれが真実であるとするなら、多々良小傘が博麗霊夢へと振り払ったあの攻撃も殺意も、何かの間違いではなく全て本物。
いつもの多々良小傘からは到底及びもつかない程、黒く黒く濁った憎悪の塊。その眼差しが向けられた彼女の心の内はどうなっているのか。
「…あいつ。自分自身を庇って重傷を負った小傘に何度も謝ってたんだ。…あんな弱い霊夢は見たことがないってくらいにな。だからもうさ…色んなことがいっぺんに起こりすぎて頭の中が整理できてないんだ。勘弁してやってくれ。」
「…何故貴方がそれを私に?」
「お前が腹の内に何を抱えて今の話をしたのかは知らんが、それは私らが目を背けていた真実だ。あいつの代わりにって訳じゃないが、応えてくれた分は返す。そういうことだ。」
それはまあ随分気前のいいことで。
貴方も少なからず今の話を聞いて思うところはあるでしょうに。
それをおくびにも出さないのはお得意の強がりか。
…いえ。今茶々を入れるのは無粋ですね。辞めておきましょう。
「一応私もあいつにこのことを相談されてから昨日実際に小傘に会いに行ったんだ。最初は安心してた。唯動けないことに癇癪を起こしているだけのいつもの小傘だったから。…しかしそれもあいつが目を閉じて眠り始めた瞬間急に豹変した。叫び始めたり泣き始めたり…とにかく地獄だったぜ。私の場合は相手の動きを麻痺させるお札を霊夢が事前に貼ってくれていたおかげで何ともなかったんだけどな。」
…ああ。つまり目を覚ました今も尚多々良小傘を外で見かけない理由は、博麗の巫女が動きを封じ込めているからなのか。まあそうでないとこうやって呑気に宴会なんてする筈もない。
「動けないとはいえあんな姿里の人間に見られでもしたら騒ぎになる。だから一応外に療養中なのでしばらく入って来ないでって書いた立て看板を置いておいた。…あまり効果には期待してないが。」
…まあ、それはそうだ。
私だったら容赦無く中に入るし、小さな子どもでも心配で中の様子を覗くくらいはしてしまうだろう。つまりほとんど意味はない。
「まあ定期的に様子を見に行くさ。…今はそれくらいしか出来ることも思い付かないしな。」
…そう。結局開かれた記憶への蓋を閉じる手段など普通は持ち合わせていない。だからどうしようもないというのが今出せる答え。
博麗霊夢もそれを頭の中で理解してしまったのだ。
寝ている時にだけ例の人格が表に出てくるのだとしたら、現状はまだ記憶を完全に取り戻せてはいないということ。しかしそれも多分時間の問題になってしまっている。
完全に記憶を取り戻したら多々良小傘はどうなってしまうのか。人格の二分化、或いは一方に取り込まれるか。どちらにせよ、それが自制も何もなく人間に牙を剥く存在になった瞬間、それは“この世界”の敵になってしまう。そうなった時に真っ先に駆り出されることになるのは…。
「お前の質問の一つ目。何故霊夢が小傘を置いて帰ったのか。それについては私は何も聞かされていない。起きた直後から動きを縛ってはいたみたいだし取り敢えずは大丈夫と判断したんじゃないかっていうのが自論だ。」
…まあ納得できない部分もあるが、それしか思いつかないのも確かだ。脇腹の傷が誰の手によって付けられたものなのか明るみに出るよりかはマシだと考えたのかもしれない。
「それで…二つ目の宴会を開いた理由なんだがな…」
そこで霧雨魔理沙は初めて困惑した表情を見せた。
この宴会は霧雨魔理沙か博麗の巫女のどちらか…いや、両者が開いた宴会だと認識している。その目的などスッと出てきておかしくない筈なのだが。
「私と霊夢…お互いがお互いに相手が主催したものだと思い込んでて、よく分からないんだ。」
………は?
突然の幕切れ。(ごめんなさい)
次回ようやく視点戻ります。