あ…あああああああああああああああ!!!
突然のことだった。
真夜中に、突然耳を劈くような悲鳴が鳴り響いた。
その声は聞き馴染みのある声。
しかしこれ程苦しそうにしているものは聞いたことが無かった。
急いでその声の場所に向かった。何か異常事態が起こったと思ったから。
眠気なんていつの間にか吹き飛んでいた。
家からそう遠くない場所。
だからそこへはすぐに着いた。
何があった!?大丈夫か!?
……ああ、ごめんね。起こしちゃった?
…!お前、泣いて…
ちょっと怖い夢を見ちゃった、あはは。
強がって笑顔を見せてくるこいつが、無理をしていることはすぐに分かった。
涙は滝のように溢れ出ており、歯はガタガタと震わせている。
相当怖い夢を見たのだろう。明らかに疲労困憊している。
…無理して表情を作ろうとするな。この暗さだし私もお前の泣き顔なんてよく見えない。
…はは、よく見えてるじゃん。流石妖怪だけあって夜目が利くね。
喋らなくていいから休んでろ。もし私が邪魔なら帰るし…
いや、お願い。もうちょっとここにいて。
……分かった。
こいつがこんなにも弱っている姿を曝け出すのを始めて見た。
何か嫌なことがあっても周りに心配を掛けさせないように気丈に振舞っているのに。
それだけ辛いものを見たということか。
暫くの静寂。聞こえてくるのはこいつの鼻水を啜る音だけ。怖い夢を見たことなら私にもある。そういう時は大抵次に眠る時が恐ろしくなってしまう。
曲がりなりにもこいつも私と同じ妖怪なのだ。不安定な精神状態は生死に直結してしまう。
こいつが目を閉じて次に目を覚ますまでは一緒にいてやろう。私でもこいつの心の不安を紛らわせることができるなら。
…ねぇ。ちょっとお話してもいい?
私はお前が眠るのを待ってるんだが。
今ちょっと頭の中がこんがらがっちゃっててさ。眠れそうにないんだよね。
さっさとほどけ。
出来たらやってるよ。
我儘だな。
私もいつも貴方に振り回されてるしお互い様じゃない?
…はぁ。それで満足するなら好きにしてくれ。
やった。ありがと。
『むかーしむかし。あるところに、小さな女の子がいました。』
眠らせる本人が昔話を読み聞かせるなんて斬新だな。
茶化さないで聞いて欲しいんだけど。
分かった分かった。
『その女の子はある人の帰りをずっと待っていました。雨の日も風の日も雷の日も。女の子はその場所から動くことなくずーーっと待ち続けましたが、とうとうその人が帰って来ることはありませんでした。』
『そうして女の子が待つのを諦めた頃、転機が訪れました。その女の子にとって初めての友達が出来たのです。ずっと独りぼっちだった女の子はそれを心から喜び、遂にはその友達の家で暮らすことになりました。こうして女の子はその待ち人のことを忘れ、そこで暫くの間平和に暮らしていきましたとさ。』
お~。パチパチ
どうだった?
感動した。う、うう。目から涙が。
あからさまな嘘は置いといて…結末としてはハッピーエンドだからさ、愚作でもまだ許せるところはあるよね。
愚作になったのはお前の語りが下手だからだろ。
…ちょっと傷付くんだけど、それ。
すまん。
こんな風に子供向けの御伽噺だったらさ、大抵はハッピーエンドに向かっていくと思うんだよ。最終的に悪いことをにした奴が痛い目に遭って、良い行いをしたものが報われるみたいな。そういう教訓みたいなものが詰まっているからこういう物語は面白いんだよね。…さっきのお話の中のさ、悪者って誰だと思う?
……普通に考えるなら女の子を置いて行った人間だろうな。
そうだね。でもそれってこの物語が女の子を主人公として置いた場合の話であって、実際にはその置いて行った人間にも何らかの事情があったのかもしれないし、そもそも待ってること自体女の子の独りよがりのものかもしれない。背景が何も分からない以上主観をどこに置くかによってそれは色々と変わってくるよね。
はあ。…つまり何が言いたいんだ?
今の話は女の子を主観に描いた物語。自分にとって都合のいいことを切り取っただけの内容だから真実が分からない以上、教訓も何も得られるものなんてない。
…この物語には続きがあって…本当の結末は、こう。
『しかしその生活も長くは続かず、やがてその女の子の友達も待ち人と同様に忽然と姿を消していなくなってしまいました。再び独りぼっちになってしまった女の子。彼女はその後友達の跡を必死に探し続けましたが、何も見つけられることができず時間だけが過ぎて行き、やがて周囲の人間からも排斥されるようになり、その女の子も姿を眩ませてしまいましたとさ。おしまい。』
こうすれば身近な人物が姿を消したり、周囲の人間から排斥されるようになったのも女の子の方に何か原因があるんじゃないかって推察できるようになる。バッドエンドにはなっちゃうけど少なくとも意味のある物語にはなるんじゃないかな?
お前が言うならそうなんだろうな。
…話聞いてた?ってくらい適当な返しだね。
本はあまり読まないんだ。お前の作った物語の添削を聞かされたところでどう返せばいいのか分からんぞ。
あはは。そうだったね。ごめんね?一人で長々と喋っちゃって。
別にいい。…さ、もう寝ろ。眠れないなら今度は自作した子守唄を聞かせてやる。
…それは辞めて。
全部わかってた。
こいつが遠回しに私に全てを打ち明けようとしてくれていたことを。
止まっていた涙を再びポロポロと流しながら喋っていたのだ。
気付かない筈がない。
でも私は気づかないふりをした。それを言及してしまうことは私のポリシーに反するから。
誰にだって隠し事の一つや二つ持っているもの。当然私にだってある。
それを興味本位でしつこく詮索しようとする奴を私は好きにはなれない。そういう輩はどこにでもいるものだ。
でもこの里は本当に懐が深かった。私が妖怪であることを皆薄々理解していながら、態度を変えることなく受け入れてくれた。だから私も好きになれたのだ。
私は恩がある友人の傷口に泥を塗るような真似をしたくなかった。自分がされて嫌なことをしない。ただそれだけのこと。
ねぇ蛮奇ちゃん。もう一つだけお願い聞いてもらってもいい?
…なんだ?小傘。
もしも…蛮奇ちゃんと今こうして楽しく話してる私がさ…貴方にとって救いようのない嫌な奴になっちゃう時が来たらさ…その時は
遠慮なく私との関係を断ち切っていいからね。
私の選択は正しかったのだろうか。
私とこいつの関係は客観的に深くみえてもその実浅い。
出会ってからの時間がまだ短いということもあるが、結局こいつとの時間は表面的でくだらない会話ばかりだったように思う。
それでも私にとっては既にかけがえのない存在。でも多分こいつにとっては最近できたちょっと喧しい友人程度の認識の筈だ。
踏み込めなかった。
こいつが何かに悩んで涙を流していることは明らかなのに。
遠回しでも助けて欲しいという信号を送ってくれていた筈なのに。
私にその役目は務まらない。
そう自分な中で勝手に結論づけて
その日から今に至るまで、結局
小傘が心の内に秘めているものを、私が知ることは無かった。