昔々、人里離れた森の奥にひっそりと佇む廃屋に、人間のことが大好きな傘がいました。
その傘は人間に生み出され、人間に使われ、人間と供に在る為に、主人となる人物を敬愛していました。
<主人が帰ってこなくなる>
主人が留守の間に付喪神として新たな体を宿した傘。彼女はご主人様に既に捨てられていたことにも気付かず、主人と対面する日を心待ちにしていました。
しかし当然ご主人様が帰ってくることはありません。
与えられた心の温もりが忘れられない傘はそれでも直向きにご主人様を待ち続けました。しかし途方もない時間の中で身も心もボロボロになり、やがて全てを諦めてしまいました。
<傘に友達ができる>
しかし悪いことばかりではありませんでした。
暫くして森の中に迷い込んで来た一人の女の子。近くの人里から冒険と称してやってきた命知らずのその子は、好奇心のままにその傘に近付き、ちょっかいを掛けにそこに遊びに来るようになりました。
騒がしくなった日常。
初めは鬱陶しく思っていた傘も、何度もその子と遊ぶ内にその時間が楽しいものだと感じ始めてくるようになりました。
そうして段々と傘は心を開き始めていき、やがて二人はお互いを友達と認め合うようになる程親密な関係になりました。
しかし一つ問題がありました。
その女の子は人間です。まだ年端もいかない人間の女の子が里の外に出るなんてことを毎日のように続けていれば、いずれは妖怪に食べられてしまうでしょう。
それを危惧した傘はもうここには来ないように女の子に言い聞かせます。
しかし、我儘な女の子がその話を聞き入れることはなく、話をぶった斬るようにその傘を自らの住む人里へと連れ帰ることを提案します。しかもそれに渋っていると、自らが主人になるといい加減なことを言い張る始末。
ほんっと…色々と常軌を逸した子だった。だからこそ惹かれたんだと思うし心のどこかで受け入れちゃったんだろうけど。
<傘は人里で暮らす>
それからの日々は…今でもよく覚えている。
私は女の子の住んでいた家にお邪魔させてもらい、一緒に暮らすことになった。新しいご主人様と人里を巡ったり、遊んだり、時には強引に里の外に冒険に連れ出されたりと。今までの日々が嘘みたいに色んなところに連れ出されて忙しくなった。
里の人間は私を見ても騒ぎ立てることはなかった。
寧ろ
周りから見れば多分トラブルを引き起こす女の子の友達という認識だったのだろう。そこら辺で遊んでいる子どもと同様な扱いだったと思う。
だからこそ嬉しかった。
存在を認めてもらえているみたいで。
楽しかった。
新しいことの連続で人間の生活に馴染んでいく日々が。
新しいご主人様はご主人様らしいことを何もしなかったけど、“温かい居場所“を私に与えてくれた。
こんな日々がずっと続いてたらな…なんて思う。
多分その生活は今まで孤独に生きていた私には眩しすぎた。
だから突然訪れた終わりを自覚せず現実から逃げようとした。
<傘は再び捨てられる>
ある朝
ご主人様が姿を消した
必死に探した
でも
見つからなかった
人里で噂が広まった
私がやった…と
否定した
罵詈雑言を浴びせられた
否定した
武器を構えられた
それでも否定を続けた
それでも…
血の雨が降り注ぐ。
腕が、足が斬られていく。
優しかった筈の人間は鬼の形相になって此方を睨みつけ、化け物を相手しているかのように容赦なく刃を振るってくる。
痛かった
心が
どうして私だけ?
まだご主人様は生きてるかもしれないのに
私だって証拠は何もないのに
どうして?
<
人間は弱い。
皆自分のことで手一杯。
都合の悪いことが起こっても、解決よりもまず誰かに責任を擦りつけることを優先する。悪いものがこっちに飛び火してこないように。自分達の日常を守る為に。いざとなったら誰かを切り捨てるのも躊躇わない。
優しさなんてない。
皆自分達のことしか考えられない。
私と交わしてきた言葉も通じ合ってきた思ってた心も全部紛い物で、所詮私は今まで人間に害がないから見逃されていた。
いざという時にいいように使うことのできる都合の良い存在だと。
ご主人様もきっとそう。
結局彼女がどうなったのかは今となっても分からない。
外に出て妖怪に食べられたのか、神隠しにでもあったのか。
どちらにしろ里を追い出された以上何の手掛かりもなく、もう会えることはないと分かってしまったから
悲しくて涙が止まらなかった。
結局こうなるならあの森の中で孤独に死んでいった方かマシだったのだ。
信じても最後には裏切られてしまう。
無意味に価値を与えるくらいなら放っておいて欲しかった。
そうやってご主人様までも勝手に悪者だって決めつける私も結局は人間と同じなのだと思ってしまった。ご主人さまに悪意はないことくらい何となく分かっているのに。勝手に被害者面して泣いてる私もまた…弱いのだ。
だから強くなりたいと、思った。
もう二度と泣きたくないから。
これ以上何かを失う悲しみを味わいたくないから。
悲しむのももう辞めようと思った。
誰かに甘えてしまうのも。
また一人ぼっちでもここから始めればいいと。
ご主人様は口癖のように言っていた。
この世界は広いと。
目を輝かせて楽しそうに語っていたそれを私は見てみたい。
きっと私のこの悩みも周りから見ればちっぽけなものなのだろうから
見出した希望。
それはあの生活の中で得たものだった。
そう思えば里での生活も悪いものではなかったのではないか。
そう考えた。
しかしどうやら世の中の物事は上手く事が運ばないらしい。
瞬間
私の意思も関係なしに
頭の中でプツンと何かが切れる音がした。
そうして私の中に残ったのは
<傘は■■■■■■■■>
それからどうしたかは単純明快。
思いのままに里を襲った。
妖怪が人間を襲う。
まあ世の常だよね。
幸運なことにその里には碌に戦える者はいなかった。
武器を持ってもただ振り回してるだけ。
そんなんじゃ私でも無力化出来る。
よくこんな有象無象の寄せ集めで今まで生きてこられたものだ。
そこら中から泣き喚く声
気持ち良かった。
腕が折れて痛みでのたうち回る姿
いい気味だった。
あいつらは私が報復してくるなんて微塵も考えていなかった。
私を悪い妖怪だと言って追い出したんだからこれくらいのこと予想できる筈なのにね。
きっと頭の中がお花畑だったのだ。
可哀想に。
そう、結局これが一番手っ取り早かったのだ。
どうして一方的に裏切られてこっちは泣き寝入りしなければならない?
悪いのはいつだってあっちなのに。
なら私もそういう風に扱ってやればいい。
あっちがこっちの思いも何もかも見ない振りするなら同じようにするまで。妖怪らしく力で捩じ伏せる。
ね、簡単でしょ?
馬鹿みたいに簡単なことなのに今まで私はそうしてこなかった。
ただ人間を信じていると宣いながらその本質に見ない振りをしていた。
結局自分から動かなければ何も変えられないのだ。
あの日の血生臭い匂いは、長い時が経った今でも忘れられない。
胸の中にあるのは変わらず人間への復讐心。
それだけ。
もう止まれない。
ずっと待ち焦がれていた。
ようやくだ
ようやく私は
自由に
***
私今、どこ歩いてるんだろ。
喧騒が頭に痛いほど響き、破裂しそうなくらい痛い。
視界はもう朧げにしか見えておらず前後左右の感覚も分からなくなって来ていた。
…もう限界なのか。
早いなぁ。顔だけでもいいから最後に皆と会いたかったんだけど。
まあ妹紅とリリーに会えただけ御の字かな。
『…ごめん小傘。…私にはこうするしか…』
『お、お姉さん…?あ、あ。ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!!』
『…どうすればいい?どうすればお前を…!』
『悪夢にうなされてる間は一緒にいてやるくらいのことはできるから…安心して眠ってろ。』
誰かの声が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
もうここ最近の私の頭の中はとにかくぐちゃぐちゃで、何が現実で何が違うのかよく分からなくなってきている。夢のように情景がぼんやりと浮かんでは消えていく感じで、覚えていないことがほとんど。
それでも私はこの数週間、色々な人に迷惑を掛けてしまった筈だ。
私の周りは優しい人ばっかりだから。
きっとそうなんだろうなぁと思う。
それも…今日で終わり。
ここに来ようが来まいが私の運命は既に決まっていた。だから難しいことを考える必要なんてなかった。
目を閉じて心の奥底に意識を向ける。
黒い塊のようなものから雫が滴り落ち、盃に注がれるかの如く体全体に染み渡る。
何故こんなものが生まれてしまったのか。
それは分からない。でも多分、色んなことが起こりすぎて感情が滅茶苦茶になってしまったのだ。
前にある希望を見据えた私と、後ろにある酷い仕打ちを忘れられなかった私。感情のコントロールが下手くそな私には抑え方が分からなかった。
全てが黒に染まってしまえばそこに“私”はきっと残らない。ただ自らの負の感情のままに動く
私にできる選択肢はまだ残されている。
でも私にはそれをする勇気がない。
私は皆のことが大好きだから。
だからもう…任せることにしたのだ。
身勝手で…ごめんね。
黒い感情が流れ込んでくる。
頭の中がどうしようもない
誰か
誰か助けて
「小傘!」
どこかから名前を呼ばれた気がした。
でも声の方向はもう全く分からないし、最早自分が立っているのかどうかも分からない。
それでも
誰かが支えてくれてるんだろうなって感覚だけはその温もりで分かった。
「おいおい霊夢…。なんで小傘がここにいるんだ。お前が抑えてるって話だっただろ。」
「…先に運ぶの手伝って。…酷い熱がある。」
この声は…霊夢と魔理沙かな…?
何だか慌ててるみたいだけどどうしたんだろ。
「お師匠…!大丈夫ですか!?…お師匠!」
「布団敷いたわよ。早く運んで。」
妖夢に咲夜も近くにいるみたい。
嬉しいなぁ。最後にこんなにも沢山の知り合いと会えるなんて。
それも最近知り合って仲良くなった子ばかり。
もう体はもう思うように動いてくれず、声を出そうにも口は開いてもくれない。
…はは、情けないなぁ。
支えてくれる何かに体を預ける。
布団の中よりも何倍も温かい。
今なら母親の腕の中で眠る赤子の気持ちが理解できそうな気がする。
こんなにも安心できるものだったんだ。
睡魔が襲ってくる。
最近は悪夢ばっかりだったけど
今ならとびきり良い夢を見られそうな気がする。
もう眠ってしまおう。
ここにいる皆を"信じて”
心残りがあるとすれば…
なんだろう…
そうだなぁ…
やっぱり…もっと皆と一緒にいたかった…かな。
***
博麗神社本殿。
その中にある寝室では布団の中に寝かせられた一人の妖怪、それを囲むようにして四人の少女が話し合っていた。
「…この熱でどうやってここまで来れたのよ、この子。」
「…お師匠もここに集められた…ということでしょうか?」
「その可能性は高いけれど…。ちょっと待って、さっきからお師匠お師匠って誰のこと言ってるの?」
「お師匠はお師匠です。」
「話聞いてる?」
そこにいる四人は目の前で静かに眠っている妖怪の知り合いであった。
それ故に突如として四人がいた裏庭の方に、フラフラとした足取りでやってきた彼女に誰もが驚いた。
何故彼女がここにいるのかと。
「それで?さっきの質問の答えはどうなんだ、霊夢。」
深い眠りに入った渦中の妖怪をこの場にいる誰もが心配そうに見つめている…訳ではなく。ただ一人、彼女への心配を他所に、怒気を含ませた声を発し、別の者に意識を向ける人物がいた。
「…答えも何も、あのお札は当の本人が易々と剥がせる代物じゃない。だから外部から誰かが意図的に剥がしたとしか考えられないわ。」
「…それは分かってるんだよ。お前のお札の威力や効果は私が身に沁みて知ってる。そんなことは聞いてない。私が聞いてるのは何故お前が今の今まで神社から動こうとしなかったのかを聞いている。傷はもう塞がってきてるんだろ?」
「前にも言ったはずよ。それで“充分”だって思ったから…」
「…まだそんなことを言うのか…?もうこいつは爆発寸前だ。どうしようもない段階まできてるんだぞ…。分かってるのか?」
「…その時がきたら退治する。それだけの話よ。」
「……本気で言ってんのか?…お前。」
もしも外で馬鹿騒ぎしている妖怪達がこの場にいたなら、誰もが酔いを醒ましてしまうことだろう。
そうなってしまう程この場所にはピリピリとした重い空気が流れていた。
「…二人とも、今は言い争いしてる場合じゃないんじゃ…」
「…私は少なからず小傘のことを親しい友人と思っている。今まで世話になってきたしそれを恩返ししたいって気持ちも持ってる。だからそれに報いる為に今まで行動してきたつもりだ。お前は違うのか?」
「…魔理沙はいいわね。そうやって自分がやりたいように動けるんだから。」
「……何だと?」
「私には博麗の巫女としてこの世界の均衡を維持していく責務があるの。それが私がこの世界に生まれた瞬間から背負ってきた宿命。知り合いだろうがなんだろうが、そこに情を挟み込んで判断を鈍らせる訳にはいかないのよ。」
「…お前のそれは自分の感情を押し殺す為の言い訳だ。長い付き合いだからよく分かる。仮に本当に小傘を退治したとして、お前…死ぬ程後悔することになるぞ。」
「そうね。」
「…っ!なら何で…!」
「…あんたは毎日のように小傘の家に通ってたみたいだけど…“あれ”を見なかったの?」
「…何の話だ。」
「私は…実際に見たし、声も聞いた。」
***
『小傘!目を覚ましたの!?』
『…。』
『何か返事してよ!ねぇ小傘!』
『ユルサナイ』
『……え?』
『イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!!ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ!!!ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサイ!!!!!!』
『え…あ、あ…』
『…。』
『な、何…?ね、ねぇ。小傘!!!』
『…霊夢?どうしたの?そんな顔して。』
『……!ごめんなさい…。……っ!』
『え?…ちょ、ちょっと!』
***
「文が言ってたことは全部正しい。小傘には私達がよく知る一面の他にもう一つ顔を持っている。それは底が見えない程深い人間への憎しみを抱いた妖怪としての顔。…今でも信じられない。あんなのがあいつの中にいたなんて。」
「…。」
「…その時泣いてたのよ…。心の中にあるなにかにずっと苦しんでた。それを押し殺して平気そうな顔してるのを見るのが…辛かった。」
「…だから今の今まで何もしてなかったって言いたいのか?」
「あれの憎しみの対象は人間。策も何もないのに私や貴方がいたずらに刺激しても憎しみを持った人格が増長していくだけ。ましてや毎日のように通ってたんじゃタイムリミットが早くなるだけよ。」
「…あ?私のしてきたことが無駄だって言いたいのか?最初から指を咥えて見てただけのお前が?」
「ちょ、ちょっと…」
「私はもう楽にしてあげたいの。里の人間に被害が及ぶことを私達のよく知る小傘が良しとする筈がない。だから被害が出る前に私が止める。それが今の私に出来ることだから。」
「…ははっ!死が救済とでも言いたいのか?お前からそんな言葉が出るなんて…これは傑作だな。」
「…。」
「ふざけるのも大概にしろよ。生きてて辛かったり苦しいことがあるのは当たり前だ。どれだけ心が痛もうが辛かろうが…死んだらおしまいだろ。それを乗り越えて乗り越えて、必死に生きてく。躓いて倒れてどうしようもないなって思う時が来ても、生きてもがいてさえいりゃいつか報われる日が来るんだって…。そう私は信じてきた。…お前のその考えは多々良小傘という存在の侮辱にしか私には聞こえない。」
「人間じゃなくて妖怪でしょ小傘は。あんたの勝手な尺度で測らないで。」
「…っ!………もういい、話にならない。表出ろ。」
「ねぇ二人とも冷静になってって!どうしてこんなことになってるの!?」
「…いいわよ。それであんたの気が済むなら…付き合ってあげるわ。」
制止も聞かず立ち上がり外に出ていく二人を、残された二人は見届けることしか出来なかった。それもその筈、彼女達は目の前の妖怪の身に起こっている異変について、何も知らない。何故彼女達があれだけの言い合いをしているのか、理解するのは難しかった。
「…な、何なんですかあの二人。病人が目の前にいるのに何故あんな…」
「…その病人のことで言い争ってるんでしょ?話の内容から察するに、今の小傘は体に爆弾のようなものを抱えている。それも解除がもう出来ない段階まで時間が進んでいる…ってところかしら。」
「ば、爆弾!?お師匠が…ま、まさかそんな…」
「…あの二人が異変に無頓着なのもそれが理由だったんでしょうね。…全く。」
現在、幻想郷には異変が起こっている。
それはこの周域全体を覆うように広がっている妖気を纏った薄い霧と、博麗神社で三日おきに催される花見を謳った宴会。それらが何者かによって恣意的に引き起こされているのだ。
それに気づいた二人、十六夜咲夜と魂魄妖夢は元凶を追いかけている。
だからこそ先程出て行った二人、博麗霊夢と霧雨魔理沙を味方に付けようと先程まで話をしていたのだ。
「…何か力になれることはないのでしょうか?」
「…原因も何も分からないんじゃ手の打ちようが無いわ。今はあの二人が当てにならない以上異変の解決が優先した方が…」
「出来るもんならやってみなよ。」
「「!?」」
突然何者かの声が部屋に響き渡る。
二人はすぐに戦闘態勢をとるが、姿はおろかどこから声が聞こえるのかも分からず、虚空を睨みつけることしか出来なかった。
「…盗み聞きなんて行儀が悪いわね。隠れてないで姿を見せなさい。」
はいはいと気の抜けた返事が聞こえたかと思うと、辺りに薄く漂っていた霧が一か所に集まっていく。
それはやがて人の形を作り、そこから出てきたのは
「こりゃあ鬼ごっこは私の勝ちかな?まともに付き合ってくれたのはあんたらくらいだったけど。」
足取りの覚束ないただの酔っぱらいだった。
背格好も顔つきも幼く、瓢箪片手にフラフラ体を揺らしている。
二人が敵意を向けているにも関わらず、余裕の笑みを浮かべているのは強者の表れか。
「実体がないものにどうやって触ればいいのよ。貴方が私達を見ていたのはずっと前から気付いていたし、かくれんぼなら私の勝ちよ。」
「はは。じゃあ引き分けでいいよ。どっちみち本番はこれからだしさ。」
佇まいも表情も全てが油断しきっているのに、二人は警戒を緩めることが出来なかった。
それは肌を劈く程漏れ出ている妖力。それぞれの主人が持つものと大差ないそれに油断など出来る筈もない。
只者では無いと二人は本能で察していた。
「…咲夜さん。もしかしてこのちっこいのが例の…」
「そうでしょうね。小さくても"鬼"だから、気を付けなさい。」
十六夜咲夜は今まで目の前の存在に相対することは叶わなかったが、その正体には既に見当が付いていた。
それはとある魔法使いの入れ知恵だったりするのだが
「おい!ちっこいって言ったそこのお前!お前も大して背丈変わらんだろ!」
「は、はぁ!?いやいや、天と地の差がありますよ!出直してください!」
「今ちょっと背伸びしてるだろ!ずるいぞ!」
「私はまだ成長期なんです!成長の見込みのない貴方と一緒にしないでください!」
「…。」
隣の協力者は話を聞いていなかった。
協力する相手を間違えたかもしれない…と。十六夜咲夜は今になって後悔するのだった。
「…それで結局、貴方は何の目的で異変を起こしたのかしら?」
「そんなもん決まってるだろ。喧嘩だ喧嘩。平和ボケしたお前らに先輩の私が渇を入れてやろうってな。」
「はあ…。それはまたなんと傍迷惑な。」
「お前の主の方がよっぽど迷惑だっただろ。」
「この鬼…幽々子様の悪口を!咲夜さん!この鬼一緒にぱぱっと片付けちゃいましょう!」
売り言葉に買い言葉でしかなかった。
この見た目そのまんまの子どもの喧嘩みたいなやり取りは何なのだろうかと十六夜咲夜は溜息を零す。
しかし二人がこの終わらない宴会に飽き飽きしてきているのは確かだった。
宴会で食べる料理の準備から異変の調査に至るまで、目の前の鬼のせいで随分と忙しくなってしまっていた。
その溜まった鬱憤を晴らす器が欲しい。そう願う二人にとって目の前の鬼が言う喧嘩はあまりに都合が良い。
「鬼退治。いい響きね。お供がこれなのがちょっと不満だけど。」
「…え?…ちょ」
「いいねいいねぇ。私が鬼であることを知りながら引かない人間なんて何百年と見たこと無いよ。後はそれが口だけじゃないかどうかかな?」
「私は貴方より強い"鬼"を知っている。負ける道理なんかないわ。」
「咲夜さん?私って頼りないですか?冗談ですよね?」
「その心意気やよし!二人まとめて相手してやる!かかってきな!」
「その余裕の表情からまずは崩して上げるわ。後さっきから妖夢うるさい。」
「ええ!?なんで!?」
闘いの火蓋が切って落とされた。