最初のは第13話の続きの話です。
***
『別にいいのよ?聞きたくないなら聞きたくないで。私が貴方にその助言をしようと思ったのは、聞いたところで結果は変わらないからだし。』
『…そうなの?』
『ええ。結果っていうのは自然現象から誰かの思惑、無作為的な何かさえも巻き込んで作り上がる物。例えばそうね…。今とその未来が一本の糸で繋がっているとしましょう。そこに辿り着く過程で様々な糸が絡み合い複雑な結び目を形成していく。その事象に多くのものが関われば関わるほどより複雑になっていく。私が貴方に教えようとしているのは…言うなれば結び目を綺麗にする為。結果までの道筋を簡潔にしてあげることで貴方がやるべきことを分かりやすく…』
『ねえレミリア、あんたわざと難しく説明してない?』
『あくまで例えるならよ。実際のところ運命が誰か一人の思惑で書き変わることなんてザラにあるんだけど今回見た運命がかなり複雑で特殊なのよ。まるで結果の先の未来が霞みがかっているような。』
『…ふーん。』
『…まあこれだけは覚えておきなさい。後悔する選択を取ったとしてもいいしどれだけ迷ってもいい。ただ貴方は貴方を貫き通しなさい。それがきっと最良になってくれるわ。』
『全部喋るな、馬鹿。』
***
呆気ない。
強張っていた体を脱力させて前方に目をやる。
「……ガ、ガアア。」
襲いかかってきた時の迫力は凄まじかった。
でも形は違えど結局小傘なんだなぁと。
ただタフなだけで力も速さも何もない。
勢い任せに襲いかかってくるだけの単調な攻撃。
さっきの弾幕ごっこよりも簡単に決着は付いた。
躊躇いはもう無くなっていた。
自分でもよく分からない。
-凄いじゃん霊夢!何でこんなに私の動きが読めるの?手も足も出なかったよ!-
今までお世話になった。命懸けで私を守ってくれた。
それなのに感謝の言葉も碌に伝えることもしないままこの世界から消そうと私はしている。
こんなにも私は無情になれる。そういう奴だったのだ私は。
ふわふわとまるで重圧から解放されたみたいな不思議な感覚。
感情のタガが外れておかしくなってしまったのかもしれない。
…もういいや。
…終わらせてしまおう。
もう相手には回避する余力は殆ど残っていない。
消滅するまで撃ち込めばそれでもう終わり。
呆気ない。本当に。
「うふふ♪流石霊夢ね。」
小傘との延長線上に目障りな奴が割り込んで話し掛けてくる。
その顔に気色の悪い笑みを浮かべて。
「気の知れた知人だろうと薙ぎ倒していける貴方のその気質には惚れ惚れするわぁ。」
「煩い。そこをどいて。」
こいつとは話をするだけ無駄であることは長い付き合いの中でよく分かってる。会話自体を相手の情報を引き出したり誘導する為の道具としか思ってないような奴だ。何か用件がある時以外には関わりたくもない。
今だって何故私の前に出てきたのか。
「少し気掛かりだったのよ。随分とそこの傘に懐いていたみたいだからね。いざという時躊躇うようじゃ博麗の巫女は務まりませんので。ああ、別に疑っていたという訳ではないのよ?」
「…私はどけって言った。ふざけてるの?紫。」
侮辱しているのだろうか。
大切な存在をその手に掛けるというまさにその時に、まるで嘲笑われているかのようにどうでもいいことを伝えてくる。
私の抱えている思いを理解していながら何故そんなことが言えるのか理解できない。
もしも…馬鹿にしているのならこいつもただでは済まさない。
「そうカッカしないで。可愛いお顔が台無しよ?感情に身を任せるだけならその辺りの妖精にだってできるわ。それこそそこの理性を無くした畜生のようにね。」
「…。」
理解した。
こいつは私を怒らせたいのだ。
理由は分からない。
でも意味のないことをする奴ではない。
それに乗ってやる義理も何もないのだけれど。
思い通りにさせるのは癪だとは分かってるのだけれど。
冷静になんかなれるはずがない。
「…ぶっ殺す。」
自分の感情がもうよく分からなくなっていた。
ずっと背負ってきた博麗の巫女としての責務。
それに不満は本当になかったし、重荷に感じることは無かった筈だった。
私が一人で寂しかった時傍にいてくれた存在。
いつだって優しかった。誰かの為に生きていた。
それを近くで見てきて、私もこの世界を愛することができた。守ろうと思えた。
でもこんな肩書きを持っていても掛け替えのない大事な存在一人救うことが出来ないのなら、果たして私がやってきたことに意味はあったのだろうか。
私は私を貫き通すことが…出来たと言えるのだろうか。
答えは分からない。
「…おやすみなさい。霊夢。」
私にできることは無かった。
もう任せてしまえばいい。
色々……疲れた。
……目覚めたらこの悪夢が終わってますように。
***
間に割って入った妖怪が持っていた扇子をパチンと閉じると殺しそうな目付きで睨んでいた人間が突如その場に倒れ込む。
何か術のようなものでも使ったのだろう。
妖怪は倒れ込む人間を慈悲深い顔で数秒間眺め、深い溜息を吐く。
「今回は少しばかり悪戯が過ぎたかしらね。」
独り言を呟きながらも踵を返し、先程の戦いで既に瀕死寸前の小傘の方に向かっていく。
「…ァ。」
さっきまで苦しそうに呻いていたのにもう今では声にもならない呻き声を上げるだけになっていた。
それでも妖怪は歩みを一歩一歩進めて行く。
「…。」
そうして小傘の目の前まで。
「…さてと。」
次の瞬間
謎の浮遊感に襲われ視界が暗転する。
まるで落とし穴に嵌ったかのようにそのまま垂直に落下していく。
あまりにも唐突過ぎて何が起こったのか分からなかった。
視界はすぐに戻ったのだが
「…え?…あれ?」
何故か場所が移動している。
茂みの奥で身を潜ませていたはずなのに
いつの間にか先程まで見ていたものの渦中に私は立たされていた。
「ずっと盗み見てたの、気付いてないとでも思った?私を嘗めすぎよ。」
暫くポカンと目の前の妖怪の顔を見つめることしか出来なかったが、ようやく状況を理解する。
私は引き摺り出されたのか。
「…それで?貴方はあんな所で何をしていたのかしら。」
薄らと笑みを浮かべてはいるが纏っているものが明らかに表情と合っていない。ピリピリと肌を焼くようなものが伝わってくる。
この妖怪は今まで私が出会ってきた妖怪の誰よりも格が違う。
そんな私よりも遥かに格上の相手の逆鱗に触れてしまった…という訳ではないだろうが、苛立っているのは間違いない。
尋問でも受けている気分だ。
「お前ら皆あいつを殺そうとしてるんだろ?だから最後を見届けようかと。」
まあこんな脅しに屈することはないのだが。
無視してやってもいいのだが、まあ状況が状況なだけに大人しく答えておくのが無難だろう。
それに私は別にこいつの邪魔する気も何もなく、唯見届けるだけだ。それくらい許してもらいたい。
「ふーん。…貴方ってそこの傘と随分親しげだったと記憶しているのだけれど、止めないの?」
私はこいつと面識も何もないのに何故小傘との関係を知られているのか。
盗み見ていたことに気付いたことといい、普段からそれを趣味に活動している奴なのかもしれない。
「別に。やるなら勝手にやれ。」
そう考えると目の前で薄気味悪い笑みを浮かべているのが余計に悍ましいものに思えてくる。
リリーに罵られて変な扉を開きそうな私だったが、こっちの方がよっぽどやばい奴だ。
「そう。…相変わらずよく分からない妖怪ね。」
………相変わらずとは?
え?本当に私生活を覗き見られてる?
…こいつはもしかすると……私の過度なストーカー野郎なのかもしれない。
「……私のファンなら握手してやろうか?」
「馬鹿なの?…ふふ。」
自分でも何を言ってるのか分からない。
…そもそも目の前のこいつが絡んできた所為でこうなっているのだが。
今日は色々と考えすぎて頭がパンクしそうなのだ。
意味もなく絡んでくるな。
「私なんかにかまってないで早く終わらせたらどうだ?嫌なことは早めに終わらせておいた方が後が楽だぞ。」
もう"あれ"は小傘では無い。
だから止めはしない。
小傘の気持ちは汲み取ったつもりだ。
あいつがここに来た意味。あの日託そうとした思い。
私の想いとかそういうのは一旦無視して
これがあいつの望んだことならそうさせるべきなのだ。
そう思うことにして自分を納得させた。
心の準備はもうとっくに出来ているし、こいつらがやりたいことももう理解している。後は遺骨なりなんなりを拾って帰って布団の中で泣くだけ。私の計画は完璧なのだ。
「…そうね。…でもまだ時間があるから、少しお話でもしましょうか。」
………えぇ?
…もういよいよこの妖怪が何を考えているのか分からなくなってきた。
***
「里の中には正体を忍び暮らしている妖怪なら多数いるけれど、貴方は大々的にろくろ首であることを明かして里で人間と共に生きている。それもまだ里に来て数年程度の若輩者であるにも関わらず。そんな奇特な妖怪、知らない方がおかしいでしょ?」
別に大々的に明かしているつもりは無い。偶に首が人前で取れちゃうせいでばれるというか、お騒がせしているというか。
まあ要は有名人ってことだ。
「ここまで深く人間と親交を築きながらも妖怪の存在に必要な畏れを得られている。」
…まあ驚かせすぎた人間もいるな。
「貴方は人間と妖怪の新たな共存の形を示した所謂先駆者と言ってもいいわね。」
褒められている気がする。
やった。
「まあそこまで考えて動ける程の知性が働いているとは思えませんけど。」
…上げて落とされた。
やり手である。
「知性が無いのはお前だろ。今お前は何の話をしているんだ。」
「ふふ。唯の雑談よ。意味なんか無いわ。」
…こいつが味方であった筈の人間の邪魔をしたことといい、本当に何が目的なのかさっぱり見当もつかない。
そもそもあのまま何もしなければ、この前私を殴ったあの恐ろしい人間によって事は片付いたはずなのだ。
それを邪魔したとなれば…小傘もどきのあれを始末することに何か不都合があるということか?
そもそも私がここに来たのは小傘が行くと言ったからだ。
そうじゃなかったら私はこんな有象無象の衆が集まる場所になんて絶対来なかった。
何も出来なかった私だけれど、せめて"傍観者"として事の顛末を静かに見届けたいと思っていた。
それも目の前の妖怪のせいでもう色々と台無しになってしまっているが。
今こいつは本当に意味も無い雑談を私にしている。
まるで時間を潰したいかのように。
せめて目の前のことを終わらせてからにしてもらわないと鋼のメンタルを持つ私でも気が滅入っちゃうのだが。
「私はこの世界が大好きなのよ。それを壊そうとする屑は誰であっても許す気はない。たとえそれが知人だろうと神であろうと誰でもね。」
このお喋り妖怪の口を閉ざす方法を誰か教えて。
物理的に?
私が消されちゃう。
まあ……心の友と一緒に心中できるなら…それもそれで悪くないのかもしれない。
「でもね?そこの唐傘、ちょっと面白いのよ。余計なことに首を突っ込んでは物事をかき乱してくる。でもその根元にあるのは誰かの役に立ちたいっていう一心でやってることだからどうしても憎めない。失敗ばかりだけどめげずに一生懸命生きている。この子、見ていて可愛いからよく"見ちゃう"のよ。」
それは…まあ、分かるけども。
…いや駄目だ。さっきから私の頭の中が目の前のこいつが発する言葉を全て変態な奴のものに変換してしまうからもう"そういう奴"にしか見えなくなってる。
黙れ!頭の中の私!
「だから私も少しお節介をね。…まあこれがどういう結果を生むのかはまだ分からないのだけれど。」
「…何だ?お節介って。」
というか何ださっきからこいつは。
本当に私に向かって喋りかけているのか?
ずっと独り言みたいに喋りたいことを話しやがって。
私が無視したら本当にただのやばい奴だぞ。
雑談したいなら言葉のキャッチボールをしろ。キャッチボールを。
「多々良小傘が持つ過去の記憶を全て消去する。それに付随して彼女のことを知る者の記憶も一緒にね。」
…………は?
「そうすれば彼女は元に戻って大人しくなる。この世界から消す必要がなくなるの。」
こいつ、何を言って
「もう里の人間は忘れてるわ。後はこの宴会に集まった者達だけ。中々面倒だったわ。ここまで大規模な記憶の改竄は久しぶりですもの。」
「…待てよ。意味が分からない。」
私の制止に反して妖怪は言葉を続ける。
「萃まる夢、幻。宴会とは一夜の夢のような催し。一度それに加われば夢と現の境界は曖昧になってその中の事象は僅かな時間の流れで簡単に忘れ去られる。これでも萃香のおかげで大分と楽にさせてもらえたわ。」
「待てって。」
「何?」
「…全部、忘れるのか?小傘のこと、全部。」
「そうね。」
「…。」
言葉が出て来ない。
つまりこいつはその為に動いていた。
ただ時間が過ぎるのを待っていた。
原理も何も分からないが、きっと眠ってしまえば忘れてしまうのだ。
ああそうか。だからそこの人間も眠らせたのか。
成程。
「……ふざけるな。」
沸々と体の奥底から何かが湧き上がってくる。
別れの覚悟。己の無力さ。
全部全部呑み込んできたつもりだった。
だが
これは絶対に駄目だ。
させちゃいけない。
これじゃあ後悔すら出来ない。
お墓を建てて謝ることすらできない。
あいつとの思い出が全部…消えてしまう。
「ふざけるな!…お前は人の…皆の…私達の気持ちを!一体何だと!」
湧き上がって来たのは怒り。
感情任せに目の前の妖怪に掴みかかる勢いのままに激しく弾糾する。
「…二度と会えないことは受け入れられても忘れることは許せないの?」
「そうだ!…分からないのかお前は!?たとえ誰かと死別することになっても、記憶の中にそいつとの思い出が残ってさえいればそれは記憶の中で生き続ける。忘れるってことは…そいつと過ごした時間全てが無駄になるってことだ!」
「…。」
「あいつは元々忘れられた傘だ。それでも自分だけは忘れないように持ち主のことを想い続けて。目を背けて忘れてしまった過去と向き合おうとして。今日だって里の迷惑にならないように犠牲になることを選んで…。それなのに今度は…私達の手で小傘を忘れ去られた存在にさせるのか…?そんなの…良い訳ない!私達は苦しむべきなんだ!後悔するべきなんだ!」
涙で前が見えないが、掴んだ首根っこは絶対に離さない。
今まで溜め込んでいた悲しさと目の前の妖怪に対する怒りで、もうよく分からなくなっていたけれど
爆発した感情を全部目の前にぶつける。
忘れる訳にはいかないのだ。絶対に。
「残念だけれどこれはもう決定事項なの。貴方がどれだけ泣き喚こうがもう変えられない。」
「…っ!そもそも私らの記憶まで消す必要ないだろ!」
「…私は彼女自身の人間への憎しみを消す訳じゃない。記憶ってのは色々なものが結びついているものだから完全に消し去ることは私でも難しい。だから仮に記憶を持った貴方と記憶を失くした小傘が相対してはからずも何か脳に刺激を与えて全てを思い出すなんてこともある。そうならない為の対策ね。」
…何故こいつは淡々と機械的に話が出来るのだろうか。
「第一もし貴方が記憶を持っていたら思い出させようと動くでしょ?そうなったらそれこそ計画が水の泡だもの。」
こいつには心が無いのか?
所詮私が嫌いなその辺の
この宴会を眺めたり会話を小耳にはさんだりしていると、小傘はやっぱり人間に好かれているんだなと思った。
そこの人間も小傘が大変な時に
そんな彼女達の想いを踏み躙ろうとしている。
…ああ。やっぱり許せないな。
「もう時間ね。…貴方もそろそろ眠りなさい。起きた時にはいつもの生活に戻れますわ。」
…いつもの生活?
そこに小傘がいないんじゃ。
何もかも無くなってしまっているなら
私はきっと
「…貴方が恨むべきは私ではなく、何も知ろうとしなかった己の怠惰。後悔するくらいならそれを心に刻み付けておきなさい。」
視界がぼやけて行く。私には目の前の巨悪に立ち向かう力も何もかも足りていない。そうやってまた諦めることを強制されてしまう。
ああ。なんて理不尽なんだろう。
どれだけ感情的にこちらの想いを伝えようが。相手の心に訴え掛けようが。あいつらはそれを何てことのないもののように吐き捨て踏み躙る。
…そうだ。こういうものなのだ。この世界というものは。
今までぬるま湯に浸かっていて忘れていた。
世界はこうやってどうしようもないことで溢れているんだ。
ああ。何て生きにくくて恨ましい世界。
唯そうやって私には嘆くことしか出来ない。
…………ありがとう。小傘。
少しの間だったけど良い夢を私に見せてくれて。
記憶が無くなった後もまた
貴方と仲良くなれたらいいなぁ。
~✿✿✿~
斯くして多くの人妖を巻き込んだ三日置きの百鬼夜行と称される異変は幕を閉じた。
異変の首謀者はかつてこの地を牛耳っていたとされる鬼の一人、伊吹萃香。
彼女が異変を起こした理由はお酒が飲みたいことに加えて、強い人間と闘いたかったからだということが後にその口から明かされた。
人間からしてみれば何とも傍迷惑な話だが、この異変に関わった者は思い知らされた筈だ。かつて忘れ去られ消えて行った鬼がまだ幻想郷にいることを。
忘れてはならないのだ。
鬼に限らず、妖怪というものが確かにこの幻想郷に存在していることを。
私達の暮らしの中にも人知れず生きているということを。
此度の異変は人間にとっても妖怪にとっても後世に語り告げるべきもの。皆にとってそんな異変となったことだろう。
~✿✿✿~
第二章 ~完~