第31話
巡る日の国の風景。儚くも趣深い四季の移ろいは時の流れを嫌でも感じさせてしまう。
木々の枝一本一本に綺麗に色付いた桜の花びらは枯れ落ちもう春の情景を消してしまった。
綺麗な花びらの模様は見る影もない裸の樹木。それらはやがて秋になると綺麗な朱色の衣を見に纏う。
彩りを失っては取り戻すその循環。唯自然の摂理のままに彼らは咲いては枯れてを繰り返していく。
己が再び芽吹くその瞬間を待ち焦がれているかのように。
そこに静かに佇みこの世界を見守り続けている。
動き始めた世界は止まる術を知らない。
儚い春の夢。四季の巡りはこの世界の情景を一新させてしまう。
だが目を凝らしてよく見て見るとどうだろう。
その時代の一瞬一瞬を生き抜く人間の姿。森や湖で遊ぶ妖精。その辺を跋扈する妖怪。
数多の種族が暮らすこの世界でも、昔から変わらないものは沢山ある。
きっとそういう風に世界は回っているものなのだ。
変わっていくものと変わらないもの。
何が正解で間違いなのか分からずとも、この世界のそんな曖昧な一面は酷く美しいものに思える。
見続けていたい。
彼女らが織り成す物語を。
見届けなければならない。
その者達に訪れる結末を。
きっとこの私の在り方も変わらないものだ。
それでいい。きっとそれでいいのだ。
だからこの世界が終わるその時までは
どうか……
***
かんかん照りのお日様に虫たちの大合唱。
…ああ、何故こんなにも夏というのは暑いのか。
忌々しいお日様を仰ぎ見ればその明るさに目が眩み、目が痛くなってくる。
いつかあの空の上にあるお日様にもお願いしに行かなければならないのかもしれない。
もう少しその輝きを抑えて欲しいのと、お月様との交代を速くして欲しいって。
「はぁ~。」
その辺の大きい石の上に座り込み、足をぱたぱた動かすくらいしかやることがない。
流石にこの時間くらいは木陰に入ろうかなぁ。
光の遮るものがないこの場所にいると冗談でもなんでもなく燃えてしまいそうだ。
カランカラン
…と思っていた矢先。誰かやって来たみたいだ。
私はすぐさま座っていた石の後ろに隠れる。
足音のする方を覗き込むと、少し小さな人間の女の子一人で歩いてきていた。
なんともまあ無防備なことで。これじゃあ襲ってくださいっていってるようなものだ。
これを…葱が鴨背負ってやってきた…って言うんだっけ。…ちょっと違う気がするけど…まあいいや。
女の子の方を覗き込みながらタイミングをうかがう。
幸いにもこの目の前を通るみたいだ。
ふっふっふ。
その可愛いお顔を恐怖のどん底に沈めてあげるよ。
さあ刮目せよ!そして泣いて逃げ出せ!
最適の瞬間に女の子の前にばっと飛び出し、手元の傘を広げる。
「おどろけ~!」
「……………。」
妖怪が出てきて驚かない人間などいない。ましてや意識外から突然だ。この驚かし方はそんな人間にトラウマを与えてしまう程の威力を持っていることだろう。ふふ、罪な妖怪ね。
まあ目の前が傘でいっぱいになるせいで相手の反応が見えないのがこの驚かし方唯一の欠点か。
向こうから声が全く聞こえないことから恐らく失神してしまったか。ふっ。流石私。
傘を畳んで前を見る。
「………やっぱり噂の正体は貴方でしたか。」
目の前にはさっきと何も変わった様子の無い女の子の姿。
………心の中で自分を鼓舞したのに。
今回も駄目だった。
…はぁ。何が駄目なんだろう。
もっと何か工夫した方がいいのかなぁ?
「あのー、すみません…。大丈夫ですか?」
…っと。駄目駄目。反省は後にしなきゃ。
落ち込んでる姿なんか見られちゃったらそれこそ驚いてもらえなくなっちゃう。
「ごめんごめん。何でもないよ。」
それにしても本当に女の子一人でここに来たのだろうか。
一応ここはこの子達のいる里の真隣で私が知る限り危険は殆ど無いのだが、それでもこんな所にまで行かせるこの子の親御さんは一体どうしているのやら。
「こんなところに子ども一人で来ちゃ危ないよ。近くまで付いて行ってあげるから一緒に帰ろ?」
私は妖怪だけど、諭すように優しく声を掛ければ子どもは安心してくれる…ということを偶に来る子供連れの人間を見て学んだ。
…その人間達も私が突然出てきたことに驚きもしなかったなぁ。…はぁ。
「私は子どもではないので大丈夫ですよ。ふふっ。」
……いや。子どもじゃん。身長も顔つきも正に見た目そのままの少女でしかないけど。私みたいな妖怪でもあるまいし。
いや、これは…あれか。大人ぶりたい子どもの心理ってやつか。
機嫌を損ねちゃうと色々と大変だし、ここは合わせておこう。
「うんうん。確かに大人だったよ。ごめんね。」
こういう人間の心理を理解していくことでどうすれば驚いてくれるのかが分かって来るのかもしれない。
私もまだまだ勉強不足だ。
まあ
"まだ私は生まれたばかり"だから仕方ないのかもしれないけど。
「…さっきまで貴方、この墓石の上に座っていましたよね?」
「墓石?」
この大きな石のことだろうか。
この辺りにはその墓石とかいう石が沢山置かれている。日中に時折人間がこの場所を訪れ、墓石に水を掛けたり手を合わせて祈ったりとよく分からないことをしているのを見かける。
「ここは過去にお亡くなりになった人間を弔っているお墓です。この墓石一つ一つに埋葬された人間の遺骨が眠っていて、故人を思い偲ぶ厳粛な場所なのですよ。なのでそういった罰当たりなことは辞めて頂きたいです。」
「…え、あ、うん。ごめんなさい。」
年端もいかない女の子に普通にお説教されてる。
…まあ知らなかったとはいえ完全に私が悪いなぁ。
「……そ、それで貴方はどうしてこんなところに来たの?他の人間と同じように墓石に手を合わせに来たの?」
墓石の数だけ人間が眠っているということはそれだけ手を合わせにやってくる人間が多いということ。
数え切れないほど多くの墓石がある大きなお墓だ。
定期的に人間がここにやってくる理由もそれなら頷ける。
「いえ。この墓地に人間を驚かせようとする妖怪が居座っていると聞きましたので調査を。驚かせるのが下手で無害だと聞いていたので…まあ護衛も要らないなと。」
「……。」
里の人間に驚かせるのが下手だと言われている事実。
大人を連れて来ずとも大丈夫だと子どもに言われている事実。
……私、嘗められてるのかなぁ。
悲しくなってくる。
ぐぅぅぅぅぅ
盛大にお腹の音が鳴る。
誰のものなのかは言うまでもない。
「……えっと、おむすび持ってきたんで…食べます?」
女の子に憐れみの目線を向けられる。
ちょっとメンタルが持たないんだけど。
「…いらなぁい。それじゃお腹膨れないし…。」
私は人間の“驚き”を食べる妖怪なのである。
自分でも正直意味が分かってないけど、そういうものなのだと生まれた時から頭に刷り込まれている。
とはいえ驚きにも色々種類があることは理解している。
例えば
「今だ、隙あり!」
「え?…きゃ!」
こうやって少し脇腹を擽ってやれば人間は簡単に驚いてくれる。
「な、何するんですか小傘さん!酷い!」
お腹が少し膨れる。
…この方法、一番楽なんだけどなぁ。
でもこれって傍から見れば人間に手を出してる訳であって。こんな驚かし方を目撃されたり広められたりすれば、色々と誤解が起こりそうなもので。
…まあ空腹に耐えられない時の最終手段と言う奴だ。
「…ってあれ?私名前名乗ったっけ?」
さっき可愛い裏声に混じってさり気なく私の名前を呼ばれた気がする。
名乗った覚えもないので疑問を唱えると、女の子は少し眼を逸らして答える。
「…まあそれも里の情報です。」
…そもそも里の人間に名前名乗ったこともない気がするんだけど。
もしかして私、指名手配されてる?最終手段使いすぎちゃってた?擽り妖怪として怖い人に退治されちゃう?
調査って言うのはまさか私の悪事を大っぴらにする為のものだったのか!?
普通に驚かせれば上手くいかず、嘗められまいと試行錯誤した手段を講じれば危険視される。
だからといって何もしなければ空腹で餓死してしまうだけである。
世知辛い世の中だなぁ。
今後もっと上手いやり方を考えて行かなければならない。
因みに、この世界には悪いことをする妖怪を退治する人間がいるらしいので、その者に出会ったら時の対処法は抜かりなく考えてある。
簡単だ。泣き喚いて縋りついて心に訴え掛ける。
私は人間を驚かせようとしているだけで襲っていないって。
私だってまだ妖怪の赤ちゃんみたいなものだし心ある人間なら躊躇ってくれる筈。
まあ作戦はこれしかないので無理だったらおしまいなのだが。
「…でもこの墓地にはもういられないのかなぁ。」
さっきこの子は調査をしにきたと言っていた。
無害とは言われていても噂される程には存在が広められているのだろうし、この子がここに来た理由は大方出て行けという意味合いも込められているのだろう。
だって大きい声出してるし。墓石に向かって驚かす練習とかしちゃってるし。祈ってる時に驚かせて凄い迷惑そうな顔をされたこともある。
まだ居座って数えられる程度のものだが、ここを離れるのは少し寂しく感じる。
この場所、凄く落ち着くのだ。
さっき危ない場所とは言ったが、私以外の妖怪や妖精がいるところを見たことがない。
人間がいない時は静かにゆったりと過ごし、誰かやってくれば驚かしスイッチを入れる。
もうほとんど私の家みたいなものだ。
だが、この場所の役割を知った今では、妖怪が居座っているなんて迷惑でしかないと思う。
「別に貴方がここにいてもらう分には構わないですよ?」
「…え?…そうなの?」
…と、思っていたのだが、予想に反してあっさりした答えが返ってきた。
「貴方が人間にとって害が無いことは分かりましたので。里の方達には私の方から上手く説明しておきます。」
おお、まさかの展開。ここで人間を驚かすことに許可が下りるとは。この子がさっき擽ったことを根に持ってないみたいで良かった。
「…まあさっきみたいな驚かし方は辞めてもらいたいですが。」
「…はい。すみませんでした。」
そんな訳なかった。
…まあ、話の途中にいきなりあんなのされたら誰だってムッとなるよね。
まだ策はいっぱいある筈だ。
怒られない程度にこれから色々と試してみることにしよう。
「でも貴方が説明しても大人たちは納得するのかなぁ。」
気掛かりなのはこの子がまだ子どもであること。
仮に大丈夫だと説明しても里公認となるには至らないんじゃ。
「これでも里の中では権威のある立ち位置ですのでご心配要りませんよ。」
え?その見た目で?
…と言うと失礼になるので心の中に留めておく。
人間社会にも私の知らない何かが色々とあるのだろう。多分。
折角掴んだチャンスを無碍にするポカはしないのだ。
「それにそもそもこの墓地は…妖怪によって作られた場所ですしね。」
女の子は私から視線を外し、墓全体を見渡しながらそう語る。
「…人間を弔う場所を妖怪が作ったの?」
意味がよく分からなかったので聞き返したが、口にしてみるとやっぱりおかしい。
妖怪が人間のお墓を?一体何故。
「ええ。ここにある全ての墓石はその妖怪が手作りしたものです。その他にも里からここに来るまでの道の整備だったり、博麗の巫女に頼み込んでこの周囲一帯に結界を張ってもらったり。…その方のおかげで成り立っている場所と言えますね。」
「へー。」
中々に面白い話である。
この墓石一つとっても簡単に作れるものでは無い筈。その上、人間がここまで祈りに来れるようにまで手を加えた。
一朝一夕で成せることではない。どれ程の時間を掛け、どれだけの想いを込めて作られたのか全く計り知れない。
きっとこの場所が作られた理由はその中に詰まっているのだろう。
「そこまでするなんて、その妖怪って人間のことがよっぽど好きなんだね。」
「…ふふ。そう…かもですね。」
居心地が良く感じるのはその辺りの背景のおかげもあるのかもしれない。
もう会えない過去の人間に何を思い馳せるのかはその人次第。悲しく辛い後ろ向きな気持ちもあるだろうし、思い悩まず死者と静かに対話できる場所としての前向きなものもある。
ここは様々な感情が集まっている場所なのだ。
「小傘さんも…偶にでいいので祈ってあげてください。きっと彼らも喜ぶと思いますので。」
「え?…まぁ。うん。」
祈ってあげてと言われても…会ったこともない人間に何を祈ればいいのか。
静かに眠ってるところを騒がしくしちゃってごめんなさいとか?
「………今も昔も貴方は貴方。たとえ全て無くなろうとも、また新しく始めていけばいいよね。」
もしくは人間が祈っている横で一緒に祈ればいいかな。
今までは目を瞑っていてラッキーと容赦なく驚かせていたが、この場所の意味を知った今ではそんな気にはとてもなれない。
郷に入っては郷に従えってね。
また一つ賢くなれた気がする。
「それでは私はこれで。時折顔を出しにくるのでその時はよろしくお願いします。」
何をよろしくされているのかは分からないが
「折角だし貴方の名前教えてよ。私だけ知られてるのも変だし。」
大人みたいにしっかりした子ども。
この子とはこれからも付き合っていくような気がする。
勘でしかないけれども
「“稗田阿求”です。しっかり覚えていてくださいね、小傘さん?」
私のお腹の都合上、人間とは付き合っていくしかないのだ。
だったら少しでも良好な関係を築き上げようとするこの考えは
悪いものじゃないよね。