大庭雨傘物語   作:Poko.bell

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第34話

 

 

 

お化け姉妹の屋敷でそのまま一晩泊めてもらい、三人に感謝を告げて朝一番に旅路に戻る。

一晩中ルナサとお喋りしたり、飛び出していったメルランとリリカが帰ってきて大騒ぎしたり、とにかく騒がしくて碌に眠ることは出来なかったが、ちょっぴり仲良くなったおかげで今度開催される演奏会の特等席を用意してくれることになった。ありがたやありがたや。

 

旅っていうのは良いね。能動的に自ら好きな場所に足を運びながら、そこでお友達も作ることが出来る。

 

こうやって旅に出るまで、私はあの墓地に一人でずっと人間達が来るのを待ち続けるだけの日々を過ごしていた。

別にそれに不満を感じたことはないんだけど、もしかすると心の何処かではそれを少し寂しいと思っていたのかもしれない。

 

阿求ちゃん以外の人間とまともに話すことも無いからなぁ。

大抵の人間は驚かせても無視してくるし。まあ別に無理してまで人間と仲良くなりたい訳じゃないから別にいいんだけど。

 

 

 

…さてさて。

 

 

 

『妖怪の山の入口。簡素な立て看板が建てられたそこは厳かな雰囲気が漂っていた。』

φ(..)メモメモ

 

 

流石にこれ以上寄り道をしてしまうと本来の目的を忘れてしまいそうなので、飛んで移動することにしたのだが、それがなんともまあ速いこと速いこと。

歩いて行けば半日くらい掛かりそうな道をかっ飛ばし、気付けばあっという間に妖怪の山の麓にまで来ることが出来た。飛行能力様様である。

 

 

「…大きいなー。」

 

 

こうして目の前まで来るとその大きさと高さに開いた口が塞がらない。

山頂から手を伸ばせばお空に浮いてる雲にまで手が届くのではないだろうかと思わせるほどである。

あそこから一望するこの世界の景色はさぞ澄み渡っているのだろう。

 

…ちょっとテンションが上がってきた。

これが武者震いと言うやつか。今なら何でもできるような気がする。

 

傘を天へと掲げる。

目指すは山頂!…なーんてね。

 

 

"あれあれ?ヘンテコなポーズとってる変なのがいると思ったら傘ちゃんだー。久しぶりに見た気がする。“

 

 

だが昨日の今日で目的を忘れる私ではない。ここへは修行をしに来たのだ。

思えば昨日は、妖精に驚かされたりメルランに驚かされたりと、何故か私の方が驚かされている。

これじゃあお腹が膨れる筈もない。

 

 

"何でこんな所に居るんだろ。山に身投げでもしに来たのかな。"

 

 

阿求ちゃん曰く、ここには河童や天狗などのかつて人間達の間でその名を轟かせた妖怪達がうじゃうじゃいるとのこと。言うなれば私の先輩という立ち位置である。

一体どれ程の技を兼ね備えているのか。お手並み拝見である。

 

いざ……出陣!

 

 

"…やあああ♪"

 

 

「え?わ、わああああっぷ!」

 

 

 

意気込んでいるところを突然後ろから誰かに押されてバランスを崩してしまう。

完全に意識外からの不意打ちだったので、そのまま足がもつれて顔から転んでしまう。

 

 

「…。」

 

 

土の良い匂い。

冷たくて気持ちがいい。

 

 

"あはは!豪快に行っちゃった。"

 

 

くぅ。背後から急に襲い掛かって来るなんて非常識な奴である。

文句を言ってやろうと顔だけ上げて後ろを振り向くが、そこには誰もいなかった。

 

 

「…あれ?」

 

 

確かに誰かに押された筈なんだけど。

…おっかしいな。

 

 

"今回もナイスリアクションだね!面白いなぁ。"

 

 

…よく分からないが笑われているような気がする。

相変わらずどこを見回しても何の姿も見えないが。

 

まあ流石に私ももう学んできている。

妖精だったりお化けだったりと、悪戯好きで驚かすのが上手な者はこの世界にはいっぱいいる。

ここにもきっと私には理解し得ない術や技を兼ね備えている者が潜んで暮らしているのだ。

 

 

大きく溜息を吐き、立ち上がって服に付いた土を取り払う。

ここはもう山の妖怪達のテリトリー。

油断は出来ないということ。

 

頬を叩き気合いを入れ直す。

私がここに来た目的を思い出せ。

今更後に引くなんて、それこそ妖怪の名が廃る。

 

大丈夫。私はやればできる付喪神。頑張ろう頑張ろう。

 

 

"涙目になってる…。ちょっと怖がらせすぎちゃったなぁ。"

 

 

一歩足を踏み出すと近くで鴉の鳴き声が響き渡り、それにビクッと驚いてしまう。

まるで私が山に入ることを拒んでいるかのような不吉な鳴き声。

 

 

 

…これ以上考えるのは辞めて進もう。

どんな妖怪が襲って来ても何とかなるの精神だ!

うおおおおおおおおおおおおおおお!

 

 

”あ、待って待って。走っていかないでよー。“

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山と言えば急な斜面。急な斜面と言えば疲れる。

縦横無尽に高い方を目指して突き進んでいると、僅か数分でばててしまった。

 

 

「ふうー。」

 

 

空気が美味しい。

走るもんじゃないね、山は。

 

山道も石や何やらででこぼこしているせいで何回か転びかけたし。

山の妖怪云々の前にまず山登りの知識を身に付けておくべきだったのかもしれない。

阿求ちゃんに聞いておけばよかった。

 

 

"山登りするならゆっくり行こ?危ないよー。"

 

 

それはそれとしてそろそろ誰かとエンカウントしてもおかしくないんだけど。走って下駄の音を響かせても、誰かそれに気付いている様子もない。

 

大ちゃんは余所者に厳しいって言ってたから、てっきり警備とか門番みたいな存在がいるものだと思ってたんだけど…ここって意外にもザルなのかな?

翼の生えた妖怪、恐らくは天狗であろう者が飛んでいるのが見えたりもしたけど、私を無視して何処か行っちゃったし。

 

余所者に厳しいという認識が間違っていて本当は誰でもウェルカムなのか。或いは脅威として認識されていないだけなのか。

 

うーむ。

 

 

"ここに来たってことは目的は身投げでいいんだよね。良いスポット知ってるから私に任せてよ!"

 

 

まるで誰かに袖を引かれているかのように山の中を進む。

道も何も分からないのにこの足はずんずんと前へと進んで行く。

 

 

"身投げ~♪身投げ~♪”

 

 

山に入る前の不安はいつの間にやら吹き飛んでちょっぴり勇み足。

一体この足は何処へと向かっているのやら。

 

 

 

 

 

 

 

「♪~♪」

 

 

 

と、そこで何やら上の方から鼻歌のようなものがかすかに聞こえてきた。

 

見上げると何とそこにはすぐ目の前の木の枝の上で座って上機嫌に鼻歌を歌っている少女がいた。

真っ赤な装束にエメラルドグリーンの髪。全身をリボンで雁字搦め?にされている変な妖怪。

 

山に入って初めての村人である。

普通なら道を尋ねたり交流する為に声を掛ける方が良さそうだが

 

 

 

---------------------------

    話しかける        

   驚かせる     

---------------------------

 

 

 

気持ちよさそうに鼻歌を歌っているあの油断し切った顔を恐怖で歪ませたいという疼きが私には止められない。

私にとっては挨拶みたいなものだしね。

こっちに相手が気付いていないのなら衝動的に背後に回り込んで驚かせたくなってしまうものなのだ。

 

 

っていうかどうして上から見下ろしてるのに相手はこっちに気付いていないのか。目が節穴なのか。

 

 

"ん?あそこの妖怪さん驚かせたいの?…でも傘ちゃん驚かせるの下手だからなぁ。"

 

 

死角になってい木の後ろからゆっくりと上昇して背後を取る。

相手は未だ呑気に鼻歌を歌っていて全く気付いている様子はない。

 

ここまで悟られること無く接近できたのは初めて。

 

 

これは…いける!

 

 

 

 

「おどろけ~!」

 

「わっ!…な、何?」

 

 

妖怪は突然後ろから聞こえた声に体をピクッと震わせる。

 

 

 

やった!驚いた!

ちょっとだけ久しぶりのご飯がお腹に沁みる。

美味しいなぁ。

 

 

食後の余韻を楽しむ間もなく妖怪はすぐさまこちらへと振り向く。

辺りに響いていた鼻歌は鳴り止み、目と目が合う。

 

 

暫くの沈黙。

 

 

 

妖怪が首を傾げる。

 

私も首を傾げ返す。

 

 

 

 

ちょっと気まずい空気になるのは失敗したときと同じなのだ。

 

 

 

「………えっと」

 

 

 

この後って結局どうすればいいんだろ。

 

 

 

 

"ちょっと手伝ってあげるね!"

 

 

「あ…え?」

 

 

時間が止まったようにお互いに見つめ合ったままだったのが、突然バランスを崩してこっちの方に倒れてくる妖怪。

その妖怪は慌てて何か摑まることの出来るものに手を伸ばし、何を思ったのか私の傘に手が行き

 

 

「…え?…わあああああああ!」

「きゃああああああああああ!」

 

 

仲良く絶叫を山一帯に響かせ、一緒に地面の方へ真っ逆さまに落ちて行く。

山彦さんもびっくりの断末魔である。

どうしてこうなったのか。

 

 

瞬間、訳も分からないまま強い衝撃が背中に。

そしてそれと同時に上から降ってきた妖怪の衝撃がお腹に。

 

 

「ぐぼほぉう!」

 

 

あまりにも痛すぎる。

驚かした私の自業自得もあるとはいえ、こんな仕打ちは酷い。

 

 

「きゅー。」

 

 

妖怪は私の上で目を回して気を失っている。

木の上にいたんだから恐らく飛べたよね?この妖怪。

何故あのタイミングで急に倒れてきたのか知らないが、お間抜けさんである。

 

彼女のことはお間抜け妖怪さんと名付けてあげよう。

 

 

けどまあ…これはこれである意味驚いてくれたってことだろうし…大成功と言ってもいいのかな。

体重を掛けられて起き上がれない今の状況で喜ぶのも可笑しな話だけど。

 

 

「やった~♪大成功~♪」

 

 

…ってあれ?

よく見るとそのお間抜け妖怪さんの上にもう一人誰かいる。

髪色はこの妖怪と同じ。だけれどそれよりももっと幼い容姿。

 

その子は何に喜んでいるのか知らないが、その場でぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねていた。

 

私達の上で。

 

 

「痛ー!」

 

 

口から何か出ちゃう出ちゃう。

飛び跳ねるならせめて降りてからにして欲しい。

 

 

 

 

 

「ごめんごめん。大丈夫?」

 

 

ようやく私の声が届き降りてくれた時には、もう上のお間抜け妖怪さんは体中土塗れになっていた。可哀そうに。

 

 

「洒落になってないよぉ。」

 

 

お間抜け妖怪さんをどかして立ち上がる。

重く感じたのはきっと二人分の体重が掛かっていたからだったのか。

 

幸いだったのはお腹の内容物を吐き出さずに済んだことか。

追い打ちどころかとどめを刺すところであった。

 

 

「相手をびっくりさせるのに洒落なんか要らないよ!妖怪相手ならこれくらいはしなきゃ。」

 

 

何故か自慢げに胸を張る彼女。

 

さっきのはこの子の仕業だったのか。

確かに私が驚かせるよりも相手は凄まじい悲鳴を上げてはいたが。

 

でも…うーん。

このやり方は人間には使えなさそう。今回は私がクッションになったとはいえ、当たりどころが悪ければ人間は死んじゃいそう。

 

私はやるなら出来るだけ穏便に驚かせたい。

 

…まあ私もあんまり人のこと言えないかもしれないけど。

困った時の擽り攻撃は未だに私の最終手段である。

 

 

「それにしても気付くのが遅いよ~。山に入った時からずっと一緒にいたんだから。…改めて、久しぶりだね!傘ちゃん。」

 

 

気を失っている妖怪の服の土を掃ってやっていると、そう言って笑いかけてくる少女。

 

 

「…貴方とは初めましてだと思うんだけど。」

 

 

傘ちゃんって。

確かに傘だけれども。

 

少なからず私のことをそう呼ぶ知り合いに心当たりはないし、彼女の顔を見てもピンとくるものは何もない。

私に似た誰かと勘違いしているのだろう。

 

そう言うと少女は楽し気な表情を崩さぬまま、ポツリと言葉を呟いた。

 

 

「………あー、そっか。一年ぶりくらいだから、もう忘れちゃったかな。」

 

 

彼女のことを改めてよく見てみる。

帽子を被った明るい緑色の髪に元気で幼さがある声色。

知り合いにいるなら忘れようもなさそうな子である。

 

言っても私の妖生はまだ全然短い。

どれだけ記憶力が悪かったとしても全く思い当たる節が無いのはあり得ないと思うし、この子の勘違いだとは思っている。

 

 

「折角のお友達だったのに…。あはは。ちょっと寂しいなー。」

 

 

 

何故だろうか。

 

表情も声色もさっきから何一つ変わっていない楽し気なもの。でも言葉とは裏腹にそこには悲し気なものは一切感じ取れない。

 

それだけを聞けば前向きな子だという印象で片付けることは出来るが。

 

 

私にはとてもそういう風に思えなかった。

 

 

「仲良かったんだ。何だかごめんね。」

 

「覚えてないのに謝られても困るんだけどなー。」

 

 

私は他の者よりも"感情"というものを敏感に感じ取ることが出来ると思っている。

それが何故なのかは具体的に言葉にすることは難しいけれど、多分感情が私の"食糧"であることが関係しているのだと思う。

 

 

 

私が人間とか妖怪を目にしてまず最初に思うのは、驚かせた時どんな味がするのかとかそういうことをまず考える。

例えるならお腹を空かせた動物が食事を目の前にした時のように。口に入れた時の味だけではなく、匂いとか見た目とか、そういう五感を使って情報を整理するのと同じで、この子が驚いた顔はこんな感じだろうなぁとか、こうやって叫ぶだろうなぁとか色々考える訳である。

 

 

でもこの子からは何も感じないのだ。

いつもなら言葉の節々や表情の変化一つ一つから感情という食糧の情報が浮かんでくるのに。

 

だから食欲も湧かず驚かそうという気にすらならない。

不思議。

こんなことは初めてだった。

 

 

 

 

まるで感情を持たない"無機物"を相手にしているような

 

 

 

 

そう思うと、目の前の少女が目を離すとパッと消えてしまいそうな程儚い存在のように思えた。

 

これはあくまで直感だけれど

あながちこの子が言っていることは間違っていないんじゃないか。

本当に私が勝手に忘れてしまっただけなんじゃないかって。

 

 

 

「じゃあ、良かったらまたお友達になってくれない?」

「…え?」

 

 

それは何故だか分からないけどすっごく嫌だった。

 

 

 

「都合が良いかもしれないけど…貴方との関係をやりなおしたいなって。嫌なら断ってくれていいから。」

 

 

 

 

だから思い出そうと思った。

 

感情を感じられないとはいえ、生物である以上感情が無いものは存在しない筈なのだ。

笑顔にしろ言葉にしろ、こうしてコミュニケーションが取れている以上は感情が無いなんてことはあり得ない。

この感情が行方不明で不可思議な少女と私はどんな友人関係を築いていたのか。

 

忘れたままよりも少しでもその時のことを思い出すことで少なからず罪滅ぼしになるのかもしれないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"大切なものを無くしちゃうのは、もう懲り懲りだよ。"

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは。……うん、そうだね。じゃあそうしよっか!」

 

 

 

少女は少し言葉に詰まりながらも、それを了承してくれた。

相変わらず表情は笑顔だけど感じるものは何もない。

それがちょっと怖くも感じるけれど。

 

 

「私は古明地こいし。もう忘れないでね?」

「多々良小傘だよ。もちろん。もう絶対に。」

 

 

 

でもきっとこれでいい。

この選択が間違っている筈がないんだから。

 

出会いは大切にする。

この世界に生まれ落ちた付喪神として私はどのように生きて行くべきなのか、考えるべきことはまだまだ多いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ気を取り直して…。傘ちゃんの身投げ山登りの旅に、しゅっぱ~つ!」

 

「ちょっと待って、何それ。」

 

 

 

…まあ、時間はいっぱいあるんだし、気楽に頑張って行こ。

 

 

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