「ちょっと、いつまで寝てるの?いい加減起きてよー。」
肩を揺すられる感触と喧しい友人の声を耳に受けて目を覚ます。
……いつの間にか眠ってしまっていたのか。
突っ伏していた机から顔を上げて、小さく伸びをする。
家の外で本を読んだまま眠るなど少しだらしのないことをしてしまった。
ここにいるのが友人だけで良かった。
「…今の時間は?」
「日没前ってところ。早く帰らないとまた家の人に心配掛けるよ?私もそろそろ店閉めたいし。」
古びた木造の小屋と飽きるほど嗅いだ書物の紙の匂い。
幾重にも通い見慣れた光景。それが寧ろ落ち着く。
「大体借りた本くらい自分の家で読んでよね。何で私の特等席を独占して気持ちよさそうに眠っちゃうのよ。」
「…悪かったって。流石に今日はもう帰るから、また明日ね。」
立ち上がって今日借りる本を荷袋に纏める。この続きはまた家に帰ってから読むことにしよう。
「…明日も来るの?ここのところずっと通い詰めだけど…。」
「どうせお客さんなんてほとんど来ないんだしいいでしょ?曲がりなりにも看板娘なら常連客をもてなすくらいしなさいよ。」
「残念。ここはそういうサービスやってないから。でもお疲れなら肩くらい揉んでやってもいいよ?」
「力加減下手そうだからパスで。」
私と同じで本の虫の癖に何故かこの子は私よりも体力があって力もある。
恨むべきは憎たらしい目の前の友人と軟弱なこの身のどちらなのか。
「……何か困ったことがあるなら言ってね、阿求。一応友達なんだから。」
「"一応"は余計ね。有難く受けとっておくわ、小鈴。…それじゃ。」
***
沈みかけの太陽を背に里の往来を歩く。
この時間にもなればすっかり盛んだった人通りは落ち着き始め、ゆったりと歩ける。
もう数刻もしない内に日は完全に沈み、往来の人通りも完全に絶えることだろう。
その賑やかさと静寂の移ろいは少し寂しさを感じるが、別にどうということはない。
また日が上れば賑やか人間の営みは戻ってくるのだから。
「あ、阿求ちゃんだー。こんばんはー!」
前から一人小さな女の子が走っていた足を止め、礼儀正しく私に頭を下げて挨拶をしてくる。
「はい、こんばんは。今から帰り?」
「そうだよ。慧音先生に授業の分からないところ教えてもらってたらこんな時間になっちゃった!」
「うふふ。真面目で偉いわね。気を付けて帰るのよ。」
「うん!阿求ちゃんも無理せずまた寺子屋に遊びに来てね!皆待ってるから!」
「また近い内にね。ばいばい。」
「ばいばーい!」
体を大きく使って一生懸命こちらに手を振って走って行く女の子。
いつの時代であってもこの里は、温かく賑やかな場所。
それは遥か昔から紡がれてきた人間達の健全な成長の積み重ねの証。
しかし全てが全てこんな上手くいくものばかりでないことを私はよく知っている。
上澄みは綺麗に見えてもかき混ぜて中身をよく見れば軽蔑する程汚いものが隠されていることもある。
かつての里にはそういうものもあった。
でも今ではそれすらほとんど無くなった。
とても凄いことだ。
それはこの世界の変化によるものが大きいのか?間違いなくそれもある。
時折里の往来のど真ん中で新聞を撒き散らす山の天狗。
ふらっと里に顔を出しては見事な人形劇で里の人間を魅了する魔法使い。
里で定期的に飲み屋を営み、既存の飲み屋と客を奪い合っている夜雀の妖怪。
外との交流が全くなかった百年前と比べると、間違いなく里は妖怪との繋がりが増えてきている。
しかし時代は変わっても里の営み自体はほとんど変わらない。
じゃあ一体何が彼女らを招いたのか。
何が里の汚いものを消し去ってくれたのか。
私にはそれを時代の変化によるものだとして片付けるのはあまりにも寂しいことだと感じる。
「お邪魔します。…やっぱりまだ残っていましたか、慧音先生。」
寺子屋の戸を開けるとそこには机の上で一生懸命書物とにらめっこしている先生がいた。
彼女は私に気付くと書物から目を離してこちらに顔を向ける。
「おお、来たか阿求。……随分と遅い時間だが何かあったのか?」
「何もないですよ。調べ物をしていたらこんな時間になっただけです。」
明日もまた早い時間から寺子屋があるというのにこんな時間になってもまだ明日の授業作成に励んでいる。
どこまでも手を抜くことを知らない先生。だからこそ今里で誰よりも信頼されているのだ。
「そうか。…うーむ。」
「何の御用でしょうか。寺子屋のお手伝いなら喜んでまたお引き受けしますが。」
先生の隣に座らせてもらい、話を聞こうとする。
実は今日の今朝方、出掛ける前に使用人から言伝を受けていた。慧音先生が私に用事があるから都合のいい時にまた顔を出しに来て欲しいと。
生活リズム上、私と先生が腰を据えて話が出来るのは寺子屋の手伝いをした時か、寺子屋が終わってからしかない。なので今日やるべきことを一通り終えてから顔を出しに来ようと思っていたのだが…。眠っていたらこんな時間になってしまったという訳だ。
「……いやぁな。ここ最近のお前は何だか様子がおかしいような気がする…っていう話を里の子達から聞いて、ちょっと心配でな。」
「…え?」
予想の斜め上の話に困惑の声が漏れる。
私が、里の人達に?
「…確かにこうして顔を合わせると私もよく分かるよ。……阿求、お前殆ど寝てないだろ。」
そう言って私に手鏡を渡してくる先生。
それを覗き込むと、目に隅が出来、少しばかり疲れた顔をした私の姿が映っていた。
……さっき寝たばかりなんだけどな。
「今は少し幻想郷縁起の方が立て込んでいまして。もう少ししたら落ち着くと思いますので安心してください。」
「…息をするように嘘を吐くな。私にそれが通じると思っているのか?」
…どうしてこうも鋭いかな、この先生は。
昔から何か物事を隠そうとすると簡単にそれを見破ってくる。表情も仕草も何もかも違和感のないように隠し通している筈なのに。
恐らくだが、彼女の長い先生としての経験の中で磨き上げてきた観察眼なのだろう。嘘を吐く際のさり気ない特徴などを里の人間一人一人全て把握しているのかもしれない。かなり恐ろしい。
「…先生、私はもう子どもでは無いのです。お小言は勘弁してください。」
「子どもだろうが大人だろうが関係ない。何か問題を抱えているなら誰であろうと私の教育の対象だ。…というかお前の場合、私にはまだまだ背伸びしようと頑張っている子どもにしか見えないのだがな。」
……背伸びした子ども、か。
まさか先生までそんなことを思っていたなんて。
もうちょっと身の振り方を弁えた方がいい…なんて。
…むず痒くなってくる。
妖怪とは人間を子ども扱いする習性があるのかもしれない。
……メモしておこうかな。
「…縁起の方が立て込んでいるのは嘘ですけど、それが関係しているのは間違いないですよ。ゆくゆくの完成に向けて少し調べ物をしているんです。」
「ほう。それはどんな調べ物だ?」
「…何故そんなことを聞くのですか?」
「そこにお前が秘密にしておきたいことがある。違うか?」
…や、遣り難過ぎる。
最早心の中を読んできているのではないだろうか。
じゃないと教師の観察眼だけで納得できない。
「……今は医学や精神疾患について書かれた書物を少々…。」
「はて。それが縁起の完成にどう関わってくるんだ?」
「………」
「…はぁ。だんまり、か。それだけ私に言いたくないことなのか?」
先生が私を心配して話を聞こうとしているのは痛いほど伝わってくる。
だからこそ全て曝け出して頼りたくなる気持ちが出てくる。
だが、少なくとも今はまだ、そういう訳にはいかない。
「……一つだけ聞かせてくれ。それはお前自身の…御阿礼の子に関わることなのか?」
「…いいえ。私はこの身の運命を嘆くことはあれ、これまでもこれからも後悔は決してしません。絶対にです。」
「……そうか、じゃあいい。悪かったな、変なことを聞いて。」
「…いえ。」
ふっと目を閉じて頭を下げる先生。
良心の呵責はある。
でもありのまま全てを伝えたら、この方はきっと怒り嘆く。
私の話したことを全部信じてくれて。
本当に優しい先生だから。
…いい加減私も腹の内を決めなくてはならない。
「それともう一つ。……お前、私や家の人達に内緒で、例の妖怪に今も会いに行ってるだろ。」
「秘密にしていた訳ではありませんよ。あの墓地は霊夢さんの結界も張られてて里からも近いので、どうせなら縁起に載せようともう少し調査をと。」
「……嘘は吐いてないが本当のことも言っていないな…。…はぁ。」
溜息を吐きたいのはこちらである。
もういよいよ先生が私の何を見て嘘を判断しているのか知りたくなってきた。
「危険が無いのは私も知ってるし、以前調査をお前に丸投げしたのは悪いと思っている。だが阿求、あまり一人で動こうとするのは辞めろ。お前の身に何かあった時に私も対応できない。」
「…それも私が、子どもだからですか?」
「くどいぞ。分かっている癖に何度も言わせるな。妖怪に襲われることの恐ろしさは私よりもお前の方が何倍も詳しい筈だ。もし今後も調査に行くなら自警団の護衛を一人でもいいから連れてから行くんだ。それくらいの融通は妹紅の奴も利かせてくれる。」
「…分かりました。気を付けます。」
傍から見れば私は誰にも言わずに危険があるかもしれない妖怪に会いに行っていることになる。
ばれてしまうのは時間の問題だとは思っていたが、こればかりは仕方がない。
「それとだな……その、阿求。」
「はい、何ですか?」
「…いや。困ったことがあれば何でも頼ってくれていいからな。…私はお前の味方だから。」
「…ありがとうございます。」
***
暗いからと家まで送ってくれた先生と別れて自室の暗い部屋。
蝋燭の小さな灯りを頼りに本を読み進めて行く。
心配されているようなので流石に今日くらいはしっかり寝ようと思うが、せめて鈴奈庵で眠っていた分だけでも取り返しておきたい。
「こんな夜中まで熱心にお勉強かしら?」
暗闇から突然声が響き渡る。
その声に少し体をピクッと振るわせながらもその方向に目を向けると、彼女が半身だけ顔を出して手を振っていた。
「…夜中に急に来るのは辞めてください。心臓に悪いです。」
「あら、ごめんなさい。何分人間の常識に疎くて。」
普通に考えて何の報せもなく人の家に勝手に上がり込み、あまつさえ女性の部屋に上がり込むなんてこと、決して看過できることではない。
しかしそれが妖怪の仕業であり、言っても聞かない者ならばどうしようもないと割り切るしかない。
「御用があるなら簡潔にどうぞ。疲れているので。」
「酷いわぁ。折角来たんだからもう少しお話を楽しみましょう?」
「…揶揄いに来たのならお引き取りください。貴方の我儘に私が合わせる気は微塵もありませんので。」
「はいはい。本題ね。分かったわよ。」
面白く無さげに溜息を吐く彼女。それを一瞥しながら続く言葉を待つ。
「貴方、いつまで件の多々良小傘のことに首を突っ込むつもり?いい加減にしないと温厚な私もそろそろ堪忍袋の緒が切れるんだけど。」
ピリピリと劈くような感覚が肌に伝わってくる。
もう何度も身に受けたので理解している。
これは妖怪が威圧する時などに放ってくる妖力そのもの。
凄まじい圧力で普通の人間であるのなら気を失いそうになる程のものだが、この程度に屈していては彼女と同じ土俵に立つどころか、妖怪の調査すら出来ない。
ポーカーフェイスと気合いでどうにか耐えて、目線だけは逸らさない。
「私は幻想郷縁起の作成に尽力しているだけです。それに何か問題が?」
「それを言い訳にしてあの子のことを探っているのは最初から丸分かりなのよ。いい加減縁起を隠れ蓑に使うのは辞めなさい。」
彼女に隠し事が出来ないことなんて私も端から分かっている。
私よりも遥かに多くのことを見据えて動いている妖怪だ。
言葉でどれだけ取り繕っても目を付けられてしまえば簡単に丸裸にされてしまう。
「随分と身勝手な話ですね。自分にとって都合の悪いことは隠し通し、こちらが少しでもそれを探ろうとすれば介入してくる。」
「…貴方にはこれまでの大方の顛末は説明して上げたでしょう?何が不満なのよ。」
…だからきっと、この妖怪にはこちらの胸の内を全て曝け出してしまっても、結局同じことなのだ。
「全部ですよ。あの方の苦しみに何も気付くことの出来なかった自分への後悔。大掛かりな記憶改竄という訳の分からない処置を選んだ貴方への疑念。今のこの現状、全てが不満です。」
「…。」
「全て覚えている私からしてみれば里にいて気持ちが悪いんです。大切な記憶を失っている者達が今も尚そのことに気付きもせず過ごしているという事実そのものが。」
どれだけ手を尽くそうとも彼女に私の記憶は消せない。
そういう"
この体質に感謝の念を抱くのは初めてかもしれない。
「欠けた記憶のピースが埋まると思っているのですか?彼女が築き上げてきたもの全て壊して平穏が保たれていると思っているのですか?…堪忍袋の緒が切れるのはこちらのセリフですよ。…貴方は私達の記憶を弄んで、何がしたいんですか?」
里の人間が私の様子をおかしいと心配していたと先生は言っていた。
きっとそれはもう煮え滾る程押し殺してきた怒りの感情が隠し通せなくなっていたからなのかもしれない。
今の人里の現状。
小傘さんのことを私だけが覚えていて、それ以外は誰の記憶にも残っていない。
出来るなら私だって里のど真ん中でそれを悲劇だ、残酷だと喚き散らしたい。
でもそれは周りからしてみれば狂言に他ならない。
向ける感情の矛先を見失ってはいけないのだ。
するべきことは悲しみ嘆くことではなくこの現状を生み出した者への怒号。当然のことだ。
それも彼女が相手なら無理だと今までは半ば諦めていたのだが
ここまで来たらもう押し殺す必要なんてない。
妖怪の賢者だろうが何だろうが言いたいことを全部ぶつけてやるともう決めた。
そうじゃないともう…踏ん切りがつかない。
「私の願いはこの楽園を保ち続けること。それ以上でも以下でもない。貴方も知ってるでしょうに。」
「そうですね。それでは小傘さんに関する全ての記憶改竄とそれと何が関わってくるのですか?」
「前にも言った。"あれ"をどうにかしなきゃ人里にも莫大な被害が」
「もう回りくどいんで率直に言いますね。何故“殺す”選択を取らなかったのですか?」
彼女に話を聞いた時から抱えていた疑問。それが喉に刺さった小骨のようにずっと突き刺さって取れなかった。
「この世界に甚大な被害が及ぶ前に理性の働かなくなった妖怪を殺処分する。これが最善手でしょうし、いつもの貴方ならそうした筈です。違いますか?」
「…殺して欲しかったのかしら?」
「黙ってください、聞いてるのは私です。」
「…。」
「記憶の改竄という綻びが生じかねない方法を小傘さんのみならずこの世界全域に広げて行った。それは何故ですか?」
多々良小傘の記憶を消去することでしか彼女を元に戻すことは出来ないことは聞いた。
そもそも記憶の改竄自体が神業と言っても差し支えない程とんでもないことをしており、彼女がそれだけの力を持っていることは間違いない。
でも記憶というものはそんな単純なものでは無い。
さっき私も言ったように、欠けた記憶のピースは埋まること無くそのまま残り続ける。
彼女と親しいものはいずれ誰もが疑問を抱くようになる筈だ。
この空白は何なのかと。
謎を解き明かすべく私は必死に動き続けた。
だからと言って手掛かりは何もない。でも動かずにはいられなかった。
だからこそ無駄足だと分かって、今日はいつかの小傘さんの家で見掛けた本を探した。
でもそれを読んでも彼女が自らの苦しみに抗おうとしていたのは分かるだけで、胸が痛くなるだけ。
里の外れにある小傘さんの家の中身は全て空っぽになっていた。それもきっと目の前の妖怪の仕業。
結局知っているのは彼女だけ。
「…。」
だからもう彼女が何も話さないことを選ぶのならそれは“詰み”なのだろう。
諦める気はさらさらないが。
「…今代は随分と肝が据わってるわね。吸血鬼に気に入られているって話も強ち間違ってないのかしら。」
放っていた威圧が一際大きなため息と共に霧散する。
そうして彼女は参ったわと私に笑顔を向けてくる。
「その無謀な勇気に免じて質問に答えてあげましょう。うふふ♪」
…はあ。
嬉しいのやら悲しいのやら。
彼女にしてみればさっきのやり取りすらも遊び半分に過ぎない。
私が人里において必要な存在とは言え、所詮は私もただの人間。
小娘一人に怒りを向けられたとてだから何だと突っぱねられるのが現実だ。
私が唯一彼女に抗える手札は記憶の干渉が出来ないことのみ。
それを理解してしまうと無力感に苛まれて仕方がない。
今はそんなどうでもいい感情に時間を使っている暇はないが。
「貴方の言うように確かに殺すのが一番手っ取り早いし、万が一のことも起こり得ない。そうしなかった理由は明確に二つ。一つは多々良小傘を殺した時に起こり得る影響の大きさ。あの子は里の人間だけでなく、博麗の巫女やその他大勢の者から好かれていたせいであまり迂闊なことが出来なかった。良くも悪くも関係を広げ過ぎてしまったってことね。殺してしまった時の影響は私でも完全に把握できない程多くの者に伝播する。それならいっそのこと記憶ごと消してしまった方が後処理も色々と楽だと思ったから。これが理由の一つ。」
…それは少し予想はしていた。
小傘さんは人里のご意見番みたいなもので、外交関連は全て彼女が行っていたようなものだ。
とにかく顔が広くてそして何よりも里の人間から慕われている。
仮に小傘さんが人間に危害を加える程手が付けられなくなったから殺したと里の人間に説明したところで多分誰も信じないのではないか。
この妖怪からしてみれば里の人間がこの世界の体制に疑問を抱いて綻びが生じ、自分達の畏れが得られなくなるのが最悪のケースの筈。
「…霊夢さんは退治しようと動いたと以前聞きましたが、それは?」
「…あんなの唯の未練たらたらの甘ちゃんよ。あのまま任せれば間違いなくその後の巫女の仕事が滞ったし、一生消えない傷として残り続けることになる。繊細なのよ、あの子は。」
「…貴方も十分霊夢さんに甘いと思いますけどね。それで二つ目の理由は。」
彼女の立場の都合上そうせざるを得なかったのは納得できるが、それでは記憶の綻びの疑問が解消出来ない。
遥か先の未来を見据えている彼女のことである。それにも何かしら深い意図が…。
「二つ目は単純よ。私もあの子のことが気に入っているから。」
「…………。」
「本当よ?」
…考えていたことが色々と頭の中から出て行ってしまった。
何を言ってるのだ、この妖怪は。
「…気に入っているから殺したくなかったと?」
「ええ。彼女は幻想郷をより一層面白い世界にしてくれた。だから感謝してるのよ。」
…この妖怪も小傘さんに影響を与えられた一人?
世界の維持の為ならどんな残酷なことでも非情なことでもやってのける彼女が?
…本当に?
「揶揄い甲斐もあるわねぇ。背後から突然声を掛けて上げると良い声で鳴くのよ。震えあがった小動物みたいに。」
駄目だ。一切信用できない。
もう何代にも渡って彼女と駆け引きを繰り返してきたが、そんな感情的な理由でリスクのある選択肢を取る訳が無い。
…私は結局揶揄われているだけなのか?
「…気に入ってるなら尚更分からない。貴方は小傘さんの居場所を奪った。この先に彼女が幸せに生きていける未来があると思っているのですか?」
「居場所ならまた作ればいい。生きてさえいればどうにかなる。人間らしい考え方だと思わない?」
「…っ!もういいです!貴方が真面目に話す気が無いことはよく分かりました。帰ってください!」
時間の無駄だ。
彼女はいいように私を言い包めることだけしか考えていない。
真実など何も語っていない。
「…そ。分かったわ。」
いつもそうだ。
いつも私はこの妖怪と同じ土俵に立てない。
遥か高みから見下ろして弄ばれる。
…本当に何を考えているのか全く分からない。
…悔しくて仕方がない。
「最後に私から一つだけ。貴方が多々良小傘を人里に連れて来なかったのは英断。…タイムリミットは近いわ。」
「…それはどういう」
「貴方の考え方は間違っていない。精々これからも頭を働かせて動きなさい。」
彼女は言いたいことだけ言ってそのまま消えてしまった。
残された暗闇。
私はしばらくの間ただ呆然とそれを見つめることしか出来なかった。