“お前みたいなのがよく今まで生きてこれたな”
やあ諸君。ごきげんよう。
年がら年中意味もなく里の外でのさばっているお前らに向けて
突然だが今日は私のルーチンを紹介しようと思う。
ん?興味がない?
うるさい、黙ってくれ。
いつも退屈そうに娯楽を求めながらも何も行動に移せない集まりだろ?
黙って私の話を聞きやがれ。
コホン
さあさあ。まずはふかふかの布団からの誘惑をなんとか退けて、窓の隙間から漏れ出ている朝日に向けて伸びを一つ。
早起きは何とかの得。一日の始まりを気持ちよく始めることができるならきっとその日にはいいこと山盛り盛り沢山。
お前らも夜は自分達の時間だ何だと偉そうに講釈垂れる前に少しは早起きを習慣付けてみやがれ。
顔を洗いいつもの装束とリボンを頭に付ける。
するとあら何ということでしょう。
これだけでいつもの私が出来上がり。
鏡の前で色々とポーズを取ってみる。
うむ。今日もキマってる。
少し機嫌が悪そうな目付きに太々しく閉ざされた口元。
赤いマントに青いリボン。
里にこんな異質な格好をした者はほとんどいない。
だから教訓として、ここでは自分が周りと違うことは自覚しておいた方がいい。
“恥晒しめ。お前と同族なことに虫唾が走る“
”はは!あんまり言ってやるなって“
はみ出し者はいつだって割を食うものだから。
生き辛いことこの上ない。
…。
…そろそろ出なきゃ。
***
「おう、おはようさん。それじゃあ今日も荷車に載せてある物品の運搬から頼む。」
いつものように店の主人の言われるがままに荷車を引いて方々へ向かう。
積み荷の量は……うむ、まあいつも通りくらいか。
太陽がてっぺんに登り切るまでに運搬を終わらせ、その後は店に戻って雑用等を手伝う。
「いらっしゃい!待っていたわー。今日もサービスするから客引きよろしくね!」
仕事が終われば甘味処に寄って、モグモグと美味しい団子を店の表の席で食べる。
いつからか私がここで食べるだけでお客が寄ってくるようになったみたいで、ここの主人からは色々と感謝されていたりする。
何故寄ってくるのかは謎である。
並んでいる人間からの視線は感じるので、私が関係しているのだとは思うが。
そしていつもサービスされるので浮いたお金の使い方に今迷っている最中である。
また今度もこたんを誘って一緒にミスチーのお店で飲んだりしようかな。
姫やカゲに里のお土産を買うのも悪くない。
あ、姫とカゲっていうのは私の妖怪友達で定期的に会って話す二人のこと。
里で売ってるものって基本的に外に無いものばっかりだからとても喜ばれる。
…考えてたら二人に会いたくなってきた。
あの二人がもっと里の近くにいるならもうちょっと頻繁に顔を出せるのに。
また近いうちに会う予定なのでまたお土産を考えておこう。
甘味処を出たらもうそのまま夕日を背に自分のお家に帰るだけ。
という訳で
以上、蛮奇ちゃんの一日のルーティーンなのでした。
「…ふう。」
まだ一日終わってないけど恥ずかしくなってきたからもう終わりでいいか。
お仕事疲れたし。
でも…ここでのこういう生活を始めて数年。
未だ慣れないことは多いが何だかんだと人間の生活に染まることが出来てきたと思う。
最初は色々な仕事場を転々としていたが、今の気の良いご主人の下で働き続けることが出来ているし。
荷車を里のど真ん中で全てぶちまけて殺されそうになる事件も何やかんやとあった気がするが。それでもこの場所にまだ置いてくれていることには感謝しかない。
今の私は…外にいた頃より少しは変われているのだろうか。
ドンドン
「おい、もう帰ってるか!?」
今日はこの後何をして過ごそうかと思い巡らせているところに表の戸が乱雑に叩かれ、荒げた声で私を呼ぶ声が聞こえた。
思考を振り払ってゆっくりと戸を開けると、そこにはガタイのいい若い男がいて、私の顔を睨みつけてきていた。
「…首無し妖怪。昨日今日と来てるんだから流石にもう俺の要件は分かってるよな。」
私の家は里の外れに位置しており、こうやって来客が来ることもほとんどない。
そもそも人がいっぱいの騒がしいところがあまり好きではないので、この場所は私に合っていると自負している。
そういうところは妖怪っぽい。
「…今日も我が物顔でここをうろつきやがって。早く里から出て行け。」
私はもうこの里で妖怪であることがほとんど露呈してしまっている。
それは転んで首が取れること然り、躓いて踏みとどまりながらも首が取れること然り。
それはそれは言い訳もしようがない程に妖怪の部分を曝け出してしまっている。
しょうがない。
不器用だから。
「上手く里に馴染んでいるつもりのようだが、本来ここにお前ら妖怪の居場所は無いんだ。考えれば分かるだろ?」
これまで私は里の人間達に妖怪だと弾糾されること無く、こうして暮らすことが出来ていた。
それが何故なのかと問われれば、それは結局里の人間の器の広さに甘えているだけ。
この生活も結局は砂上の楼閣でしかない。
彼のように妖怪を恨んでいる人間も少数とはいえいるのだから。
「……いつまでもだんまり決め込んでるんじゃねぇ。今日はそれで俺が納得して帰ると思うなよ。」
妖怪は人間がいなければ生きられない。
でも人間は妖怪がいなくても生きていけるし、寧ろ妖怪が存在することでその命が脅かされる。
共存?
唯の寄生だ。
嫌われる方が当たり前なのだ。
私が関わってきた皆が優しいだけで。
皆毒されているだけ。
妖怪っていうのは人間が思っているものよりももっと残忍で容赦の無い根っからの悪だ。
「……もういい。追い出してやる、今ここで!」
考え事をして上の空になっていたら、目の前の人間に動きが見えた。
腰に携えた刀を抜きとり構える人間。
すぐさま私に照準を合わせ刀を振り被る。
けたたましい声と共に振り下ろされる
それを私は
「何をやっているんですか!!!」
瞬間、男の後ろから聞こえてきた声が男のものを掻き消すほどの声量で放たれ、刀がぴたりと止まる。
男を挟んだ延長線上にいるその声の主に目をやるとそこには藤色の髪を靡かせた小さな知り合いの人間。
「有事以外の武器の使用は里では厳禁の筈。ましてや殺生に用いるなんて言語道断。その刀を仕舞ってください。」
男は暫くの間静止した状態のままであったが、やがて舌打ちをしながら刀を仕舞い、後ろを見る。
「これは阿求様。失礼致しました。少しカッとなってしまいまして。」
表情はこっちからは見えないが、その声色が先ほどまで私に向けられていたものと思えない程優しいものになっていることに身震いしてしまう。
「…貴方も自警団の一人なら節度を弁えてください。貴方の勝手な行動が里を危機に晒し得ることを理解しておくように。」
「…以後気をつけますよ。」
言い終わるも前に体をくるっと回してこの場を去ろうとする男。
言動だけ見れば反省の意が窺えるが、態度からはそれが全く見えない。
さっきのあれは冗談でも何もなかった。
殺気と憎悪が入り混じった目。私をここから追い出す為ならこの身も厭わないという覚悟。
人間は必ずまたここに来る。
その時はきっと
「怪我はないですか?」
家の戸の前で固まったままの私を心配して駆け寄ってくる。
「大丈夫だ。ありがとう。」
感謝の言葉は伝えておく。
この人間の行動は善意からのものであることは明白だから。
善意と悪意。
建前と本音。
妖怪とは違い、人間は皆難しいことを考えて生きているからか本質を理解するのは難しい。
言葉と行動からその者の思考を掬い取り、人間のことを少しでも理解しようと。私もここに来てからは難しいことばっかり考えていた気がする。
早く馴染みたかったから。
「…あの方は普段は紳士的なのですが、肉親を妖怪に殺されて強い恨みを心に秘めています。止めなければ間違いなく刀は振り下ろされていました。」
「そうか。危ないところだった。」
だけれども、私は無口だ。話しかけられても知り合いでなければ基本言葉を返さない。
理由は……まあ語る必要もない。
きっとこの不愛想な顔も相まって初対面の印象は誰であっても最悪に映る。
当たり前。
無視をされていい気分になる奴なんていない。
私はそういう奴。
私が一番よく分かっている。
客観から見える嫌な自分を理解していながらも
里に馴染もうと周りのことを意識していながらも
自分を変える努力をしない。
それでいいやと諦めてしまっている。
それはきっと自分のことを理解しているからこそ、私を好いてくれる者なんてどうせいないと勝手に思ってしまっているから。
私が私を好きになれないでいるから。
…。
暫くの静寂。
私から話すことも無いし、目の前の人間が帰るのを待っていたのだが。
「……先程は、何故抵抗せず斬られに行ったのですか?」
そうもいかないらしい。
どうしよう。今日はもうお布団に潜りたい気分。
…。
よし、適当なことを言って納得してもらおう作戦で。
「真剣白刃取りというものを試してみたくてだな…」
「…。」
疑いの目を向けられた。
何故。
「…死なない程度に痛めつけられたい気分というか…」
「…。」
…いや、これは逆に信じられる方が不味い。
私の立場ぁ。
「この頭は残像。本体はこの家の地下に隠して」
「下手な嘘吐くくらいなら喋らない方が良かったと思いますよ?」
「……。」
咄嗟に出てくる言い訳がこれなのが悲しくなってくる。
もう少し働いてくれ、私の頭。
…はぁ。
「…私が手を出せば里に居られなくなることくらい阿求なら分かるはず。」
妖怪が里の人間に手を出すことはご法度。私が手を出してしまったらここに私の居場所は無くなる。
それがたとえ相手から吹っ掛けてきたものだったとしても。あの人間がほらを吹いて回ればそれで終わり。
自警団に所属する若い青年と私の信用なんて天秤に掛けるまでも無い。
「…逃げるなりなんなりすればいいじゃないですか。」
「何処に?里の人間に情けなく助けを乞うのか?そんなの…私のプライドが許さない。」
はっ
妖怪の世界から逃げ出してきた愚図の癖に無駄なプライドだけ持ち合わせてる。
その癖に元々いた里の外に帰る度胸は無い。
反吐が出る。本当に。
逃げる勇気も立ち向かう勇気も何もかもが無い。
あるのは劣等感を抱えた弱い心を守る為の一握りの自尊心とプライドだけ。
それに
刃が自分に向けられた時、私は何を感じていた?
確かきっと安堵していた。
愚かしく恥だらけの自らの生に終止符を打てることにきっと私は無意識に喜んでいた。
…。
私は死にたいと思っているのか?
"人間と混じって暮らしてるんだって?あはは!愚図のお前らしいな!"
「っっっ!もう、うるさい!いい加減黙れ!」
「…!?」
まるで悪夢の中にいるかのように声は鳴り止まない。
ここ最近はずっとそうだ。
トラウマみたいに頭の奥に強く強く響いてくる。
定期的に聞こえてくるそれに怯えながら暮らしている。
それは過去の残骸。
私がまだ妖怪らしく外にいた頃、迫害されてきた時の雑音。
私は一人で生きられる程強くはないんだって
寄り掛かれる柱が無いと立つことも出来ないんだって
仕方ないじゃないか。
責めないでくれ。
肯定してくれよ。
もう辞めてくれ。
頭が痛くて痛くて仕方がない。
「赤蛮奇さん!?大丈夫ですか!?」
……突然叫び出して頭を抱えるなんて、普通じゃない。
こうやってまた私はどうしようもない奴だと思われてしまうのか。
私は
どうやって生きて行けばいいんだ。
「大丈夫、だから…今日はもう帰ってくれ。少し、疲れた。」
考えれば考える程どうしようもない自分と向き合うことになってしまう。
こんな日は眠って忘れよう。
醜い過去から目を瞑ろう。
明日になれば自分の中の何かが変わっていることを願って
「…話しては…くれませんか?貴方が抱えているもの。」
この人間とは喋れる間柄ではあるが、関係性は薄い。
妖怪の生態を書き記し残す人間と、その対象の妖怪。ただそれだけのもの。
そんな人間に心の内を曝け出すなんてこと出来る筈もない。
そもそもこんなこと話して何になるというのだ。
私の醜い部分を唯露出させることになるだけだ。
「……話して楽になることもあります。その抱えきれない程重い荷を少しでも減らせるなら、私は話を聞きたいです。」
でも
人間のその瞳は何処までも真っ直ぐに私の目を射抜いて
何処までも真っ直ぐに想いを言葉に乗せて
どうしてここまで私のことを見てくれるんだろうと
何故か少し懐かしいものを感じるような。
「赤蛮奇さんががどう思っているのかは分かりませんが、貴方は私の中ではもう大切な友人です。この縁は…私の別の友人からもらった大切なもの。だから私は、もう後悔しないように、手の届く範囲にいる大切な者が何処かへ行ってしまわないように…最善を尽くしたいんですよ。」
"妖怪が人里に普通に暮らしているのがそんなに変?別にいいじゃん。人間だろうと妖怪だろうと好きなところで生きて暮らせば?凝り固まった考えに囚われてたら楽しく生きられないし。…少なくとも私はそう思うよ!"
私が人里で暮らそうと思った理由。
一人では生きられない弱い人間。
だからこそ身を寄せ合って慎ましく生きている彼らと自分を照らし合わせて
羨ましいと、思った。
でもそうだ
忘れていた。
中々一歩を踏み出せず躊躇していた私を
醜いプライドと劣等感を抱えた私を
誰かが見つけて
掬い取ってくれたんだ。
それで…
「…私は、まだ恵まれてるんだろうな。こんなにも想ってくれる友人がいるんだから。」
胸の中に何時からかぽっかりと開いていた穴が、少し埋まった気がした。
別に話を聞いてもらった訳でもないのに。
不思議である。
「…ふふ。いつもの赤蛮奇さんの顔に戻りましたね。安心しました。」
いつもの私の顔とは。
表情菌がピクリとも動かないことで名を轟かせた私の表情を読み取るとは。
やはり阿求。出来る人間である。
「そんなに私のことが知りたいなら話そう。家に上がれ。今夜は帰さないぞ。」
「…え?夜通し話すつもりなんですか?それなら元気も出たようですし後日でも…」
「飲み物はお茶がいい?お汁粉がいい?あ、家の床。私の生首がいくつか転がってるから気を付けろ。」
「え、ちょっと……え?」
「偶に自我持って体当たりとかしてくるけど気にしないでくれ。子猫みたいなものだと思ってもらえれば。」
「………。」
「まあ灯りも何も無いから陽が落ちれば阿求には何も見えないか。」
「……これ明日まで私の心臓、持つのかな?」
胸にぽっかり空いていた穴。
それが少し埋まった瞬間、一瞬だけ誰かの面影が見えた気がした。
それが何なのかは分からない。
でも私の中で大切な者だった気がする。
何を失くしてしまったのか。
頭を捻って思い返そうとしても、外で醜く私を嘲笑う
その記憶は溝に沈めて永久に浮かんでこなくても構わないのだが。
私はその大切な記憶もその溝に一緒に捨ててしまったのか。
でも全く何も思い出せないならどうしようもないが、少しだけ私の中に返ってきたものがある。
ムズムズとする胸の奥を掻き毟りたくなるような。
一体全体この胸の穴はどうすれば埋まってくれるのかと。
"私?私はねぇ、人間が好きだからここにいる!人里を周って人間の小さな頼みごとを聞いたり…子ども達と遊んだり…。まぁ誰にでもできるようなことしかやってないけど"
探せばいい。
欠けたピースがカチッと嵌るまで。
そのピースは何処かにまだ残っている筈だから。
当ても何もない。それでいい。
だって
何も難しく考える必要なんてないってもう分かったから。
"楽しければ私はそれでいいかなって!あはは"
煩わしい頭の中の雑音は鳴り止み、後に響いてきたのは愉快な女の子の声だけだった。