『はは。すまないな。さっきまでは私の能力で認識できないようになっていたんだ。お前はずっと里の中を歩いていたんだぞ?』
狐につままれた気分とは正にこういうことか。
いつの間にか侵入してしまった夜の人里。整備された歩道に所狭しと建ち並ぶ住居達。見慣れない光景に最初は戸惑ってしまった。
『今、外の妖怪連中が異変の影響で暴れ始めている。だから私が里の外、里の自警団の者達が中を見回っていたんだ。非常事態というやつだな。…こんなことしなくても私の認識阻害で異変の影響を受ける程度の妖怪からの侵入は防げるんだが。』
最後の最後で名前を明かした慧音という半妖は、悪戯に成功した子どもみたいに笑いながら話した。
今ではその顔が恨めしい。
『帰りは気を付けてな。今里の人間達は妖怪の存在に過敏になっている。そこに例外はないから。』
「何処に隠れた!唐傘の妖怪!」
………こうして自警団の人間から隠れる羽目になってしまったから。
…いや、どうしてこうなっちゃったの!?
私弱っている半妖さんを助けようとおぶって移動していただけなのに…。
どうしていつの間にか人里、それも武装した人間がわんさかいる時に取り残されちゃったの!?
あの半妖の慧音は人間達に何の説明もなく帰っちゃったし!
貴方人里でも信頼得ている立場の筈でしょ!?
こんな状況になるのを見越していたなら私に警告するんじゃなくて里の人間に事情を説明するとかして安全に帰らせてよぉ!
うう…。軽率に巡回中の人間の灯りに近づいた私が悪いのかもしれないけどさぁ。
恩を仇で返された気分。
建物の間に隠れながら、地団太を踏みたい気持ちを抑える。
「やっちゃったなぁ…。」
今から慧音を頼ろうにも人間を撒くのにでたらめな道を通った為、もうそこまでの道を覚えていない。
そして更に追い打ちを掛けるようにここが里の何処に位置するところなのかも分からず、帰る方向がどっちなのかも分からない、正に八方塞がりという状況。
…そもそもあれだけの人間、ここに来るまでに全く見かけなかったんだけどなぁ。
慧音は能力だ何だとは言っていたが、こいしちゃんみたいに認識を歪ませるようなものを持っているということなのか。
変なところはある。
異変という里の緊急事態の時に私という妖怪を里に誘導したこと。
家まで送って欲しいと提案したのは彼女の方。
得体も知れない私を里に入れることはリスクにしかなり得ないのに何の意図があったのか。
…あの先生はいい先生だとは思うが、悪い予感は拭えない。
「あの唐傘は"墓地の妖怪"だ。捕まえたら牢にぶち込んでおけ。」
皆躍起になって私を探している。
私に悪意が無い事を伝えてもタイミングは最悪で信憑性は何もない。
…はぁ。
『妖怪が里に入ってはいけない規約がこの世界にはありません。だから最近の人里には少なくない数の妖怪が人の生活に密かに交わり始めています。』
頭に思い浮かんでくるのはこの世界のことを知らない私に様々なことを教授してくれたいつかの阿求の言葉。
『人間と妖怪の在り方を大きく変えるルールが提唱されたことが今追い風になっている。彼らにもそれぞれ思惑はあるのでしょうが…今のところは平穏と言えるでしょう。』
『…しかし彼らの存在を里の人間全てが受け入れている訳ではなく、妖怪に肉親を殺されて深い恨みを抱えているような者も少なからず存在している。…だから今里は少しピリピリしているんです。今まで干渉してこなかった隣人が急に自らの生活にずかずかと入り込んできたことで、少なからずストレスを感じている。』
『小傘さんが人間への悪意は無いことは私の目から見ても分かるのですが…里で噂立った貴方が里に顔を出すのはよろしくないかと思うんですよ。…何かと問題を起こしそうですし。』
…あーあ。私はそんなトラブルメーカーじゃないって笑い話だった筈なのになぁ。
折角の助言もこうなってしまってからでは何の役にも立たない。
罠に嵌められたにしろ偶然にしろ、いつかは阿求の家とか墓地に来た子ども達のところに遊びに里に入ってみたかったのに。
こんなことで人間と関係が悪くなってしまうのはちょっと悲しい。
「…ふぅ。」
大きく息を吸って吐き出す。
先程人間と相対して私に向けられたのは殺意。
でもか弱い人間が妖怪に抗う為にはそれくらいの気持ちでいなきゃいけないから仕方ないのだ。
「…よし、武者震いの時間終わり。」
怖がって震えているなんて間抜けなことはもうしない。
今はこの状況を抜け出す為に動くとしようか。
***
…とは言ったものの正直困っている。
人間は飛べないんだから闇夜に紛れて飛んで帰ればいいと最初は思い、追われている時に飛んだら何処からか弓矢のようなものが飛んできた。
恐らくだがどこかしらの屋根の上に部隊がいくつか配置されている。まるで私を絶対に逃がすまいとするかのように。
強引に飛んで逃げてもいいのだが、飛ぶのが遅い私では里の外に出る頃には血達磨になっているかもしれないのでちょっと嫌だ。弓矢って分かんないけど多分痛いし。
だからといって狭い通路に身を隠しながらどこかの方向に進んでもそこに必ず人の姿が見えるせいで進めない。
そもそも地形戦では圧倒的に不利なのだ。でもこのままここで密かに待ち続けてもじわじわと隠れ場所を潰されて追い詰められるだけ。
袋のネズミとはまさにこのこと。
統率取れすぎじゃん。
逃げ場どこなの?
時間は刻一刻と過ぎている。
このままじっとしたまま悩んではいられない。
穏便かつ痛くない最適の方法
頭を捻って私が導き出した結論
それは
「うおおおおおおおお!!!」
建物の屋根の上を伝って走り抜ける!
これしかない!!!
「いたぞ!あそこだー!」
あ…。勢いで声出しちゃったせいで多分全員に居場所伝わっちゃった!
う、うわああああ。凄い数の弓矢が四方八方から飛んでくる!
とにかく捕まらないように動き続けて…
「…っビャン!」
瓦が抜けて建物の中に落ちてしまった。
考えてもいなかったアクシデントだ!
幸いにも受け身は取れたので直ぐ体勢を整えることができた。
早く落ちた穴の外に戻って…
「…え?」
視界の端に布団の中で寝転がった眼鏡の少女がいた。
目が合う。
少女の顔が驚愕に満ちていく。
あ、お腹満たされた。
「きゃ、きゃあああああ!」
「し、失礼しましたー!ごめんなさいー!」
ね、寝床に襲ってきた妖怪だと勘違いされちゃった?
…ま、まぁこの瓦の弁償とか諸々のことは…今度阿求に相談するとして…。
すぐさま穴から外に戻って再び走り出す。
弾幕ごっこの要領で襲い来る矢の雨を掻い潜りながら。
「出て行くから見逃してってー!」
「黙れ妖怪!大人しく捕まりやがれ!」
ただ嘆きの声を上げながらひたすら屋根の上を跳んで跳んで走り続ける。
矢の応酬は止まらない。
後ろには私と同様に屋根の上を跳ぶ身にこなしの軽い人間達。
…どうしてここまで追いかけ回されているのだろうか。
さっきのアクシデントを抜きにすれば私は別に人間に手を出してないし、出て行くって追いかけ回されている時に何度も言っているのに誰も聞いてはくれない。
私は貴方達に何もしていない。
その"憎しみ"を私にぶつける筋合いは何も無い筈。
『「お前ら妖怪は、全員滅びやがれ!」』
………?
"ちょっと失礼~"
死符「ギャストリドリーム」
「…は?う、うわああああ!」
瞬間、後ろから誰かに抱き抱えられる浮遊感と共に視界が眩い光に埋め尽くされる。
何が起こったのか全く分からず、その目が痛むほどの光に唯目を瞑ることしか出来ない。
「ちょっと揺れるけど辛抱してね。」
私を抱きかかえているその声の主に従って、ぎゅっと体に力を入れる。
すると気持ちの良い涼しい風に包まれながらも、里の人間達の阿鼻叫喚の声が遠ざかっていく。
次第に目が慣れてきたので目を開けると、そこには桃色の髪をした少女。
「こんな日に里に迷い込むなんて、災難だったわねー。」
「え、あ…。」
こちらに目をやりにこにこした笑顔で話す彼女に対して、頭が混乱したままの私は言葉を返すことは出来なかった。
お花のいい匂い。後ろからお腹の方に回すその手も優しかった。
………。
辺りはとても静かになった。
前方を見るともうそこは獣道で、いつの間にやら人里を抜けていた。
里の人間達の声や攻撃が来ないことから、上手く逃げることができたのだ。
「…。」
そのことに強い安堵感を得ながらも、彼女のことを信じてただ身を任せようと思った。
***
「ただいま~。」
それ以上言葉を交わすことも無く桃色の髪の少女と進行方向に目を右往左往と向けていると、前方に人影が現れた。
木の幹に体を預け座り込んでいたその人影は、こっちの存在に気付くなりすっと立ち上がる。
「幽々子様!一体どちらに行かれていたんですか!?」
白髪の少女。隣にはふよふよと白玉が浮いている。
その少女はこちらに掴みかかる勢いでそのまま言葉を捲し立てる。
「ひ、一人で勝手に行動しないでください!幽々子様に置いて行かれたのではないかと不安で不安で…」
「あら~?私はちゃんと貴方にここで待っておくように伝えたじゃない。私が戻って来ないと思ったの?」
「そういう訳では…」
「この子の名前はね~、魂魄妖夢って言うの。今見た通り暗い所と幽霊が怖い半分幽霊の可愛い子よ~。」
「変な紹介しないでくださいよ!」
…状況が相変わらず飲み込めないまま急に騒がしくなってきた。
取り敢えず窮地は脱したので抱き抱えている手を放してもらおうと口を開ける。
「…えっと。もう大丈夫です。助けていただきありがとうございました。」
「いえいえ~どういたしまして~。」
顔だけ後ろに向けて頭を下げながら、もぞもぞと体を動かして抜け出そうとするが、手に力が込められている為抜け出せない。
…もう既に地に足を付けている為、抱き抱えられているというよりは抱きしめられているだけになっているのだが。
「その妖怪はどうしたんですか?まさか攫ってきたとか…。」
「人聞きが悪いわねぇ。襲われているところを助けただけよ。」
「…態々道を戻ってまで妖怪を助けに?」
「私はね、西行寺幽々子よ~。見ての通り唯の亡霊。よろしくね~。」
「え?あ、よろしく、お願いします?」
「♪~♪」
何を宜しくされたのかは知らないが、返しておく。
…亡霊。亡霊か…。
つまりは亡くなった死者の霊が彼女?その霊が私を助けてくれた?
いや、でも目の前の彼女はちゃんとした人の形を取っているし。
見ての通り亡霊って…亡霊ってこういうものなの?
……んー?
「……その妖怪が何か異変に影響しているということでよろしいですか?幽々子様。」
「心外だわ〜。どうして私の善意を疑っているのかしら。ねぇ~。」
「え、は、はい。」
振られたので何となく返事だけしておくけれども。
…取り敢えず手を離して欲しい…。
お話をするにしても知らない亡霊さんにくっつかれている状況下はちょっと気が気ではない。冷たくて気持ちはいいけども。
「…。」
…何だか目の前の妖夢という少女からもちょっと鋭い目を向けられている気がする。
違うんだよ。私だって出来るならこの訳の分からない状況から抜け出したいんだよ。
「…はぁ。何か考えがあるのならもういいです。今はとにかく急ぎましょう。早くしないと夜が明けてしまいます。」
「伝手は何か見つかった?」
「先程大きな衝撃が響いてきましたあちらの竹林が怪しいかと。確証はありませんが。」
「そっ。それじゃあそっちに行ってみましょうか。」
…会話に入れないまま話が進んじゃってるなぁ。
「あのー。ごめんなさい。それなら私はもう降ろしてもらっても…」
目の前の幽々子と呼ばれた少女はニコッと微笑み掛けるだけであった。
私はもしかしてあれかな。この亡霊さんに黄泉の国に誘われてたりするのかな。
実は私はもう死んでいたみたいな。
…。
あーもう駄目だ。今日はもうちょっと色々と起こりすぎて思考が悪いものに寄ってしまっている。
慧音のこととか…人間に襲われたこととか…助けてもらった亡霊さんに拉致されていることとか。
「♪〜♪」
鬱蒼とした竹藪の中へ入っていく。
何処か楽し気な鼻歌を辺りに響かせながら。
ちょっと冒険しているみたいでワクワクしている…
なーんてちょっと考えている私はきっと危機管理能力が足りていないのか。これも今に始まったことじゃないんだろうけど。
月がどうとかっていう異変のことは全然分かっていないけれども、多分私は巻き込まれ始めているのだろう。
なれば私もこのお祭り騒ぎを精一杯楽しまなきゃ損というもの
因みに本音は“拉致されてる!誰か助けて!”である。
叫んでも寄ってくるのは荒ぶった妖怪か人間だけなので大人しくしているだけなのである。
憂いと期待と恐怖。
正直色んな感情が混ざり合って自分でも訳が分からないことになってしまっている。
そこで私は難しく考えることを辞めにした。
こうやって亡霊さんの腕の中で揺らされながら夜風に当たるのも悪くはない。
私は彼女の鼻歌に混ざりながらも、身を任せることを選んだ。