数えきれない程通って来た筈の博麗神社の道程。神社へ行くのにこれ程までに緊張したことが今まであっただろうか。
身だしなみは完璧。お茶菓子は持った。今の私を客観的に見れば、まるでお見合いに向かう若く初々しい人間のように挙動不審になっていることだろう。
以前霊夢と約束した例の吸血鬼との邂逅。別にこんなに緊張することでもない筈なのだが、本の中でしか触れたことのない存在に出会うのってワクワクするような、怖いような気持ち。
上手く感情を言葉にして表すことが出来ないが、とにかくドキドキしているのである。
そうして思考がいつもよりブレブレのまま、空を飛んで博麗神社の上空にまでやってきた。…ってあれ?いつも座ってお茶を飲んでいる縁側に霊夢の姿が見えない。その代わりに見えるのは、件の者であろう翼が生えた少女だけで…
「…っ!」
そうして上から様子を見ていると、突然体にとんでもない圧力がかかりはじめる。それは飛んでいられなくなるほどの重圧で、体が痺れ思うように動かせない。
心臓がギュッと握られているような感覚だ。私はふらふらと落下しながらも何とか境内に着地し、傘を杖代わりに何とか体勢を保つ。
威圧が放たれている方向に目を向けると、幼い少女が口元を歪ませてこっちを見ていた。
「あら?追い払うつもりが落としちゃったわ。」
まるで虫を扱うかのように皮肉を投げかけてくる少女。隣には話にあった従者らしき者もいるので、間違いなく例の吸血鬼なのだが、霊夢が話しを通していないのかずっとこちらに妖力をぶつけてくる。
どういうつもりなのかは知らないが、私はその少女を睨みつける。こんな攻撃とも呼べないものに屈する訳にはいかない。
「…何故…こんなことを?」
だからといって声を出すだけでも精一杯の私に抗いようもない。何か反撃の糸口を見つけなければ。
「答える義理も無いわね。貴方は虫みたいにそこで這い蹲ってればいいのよ。」
「…っ!」
そうして更に増していく妖力。掛けられる圧力も同時に強くなり、境内の石に罅が入る。最早立つことも叶わず、膝をつき顔から倒されて文字通り地面に這い蹲ってしまう。
ま、全く動けない。
「ふふ。道具風情の貴方にはお似合いの姿ね。」
…私のことを知っている?ということは霊夢から私が来るということを聞いているという訳だ。
それなのにこんな状況になっているということは…霊夢がいない間に邪魔な私を始末しようという魂胆なのか。
「…霊夢は。」
自らの住処である神社の一部をこんなことにされて黙っている霊夢ではない。何か理由を付けて神社から離れるように誘導させたのだろうか。
「へぇ。まだ喋る元気があるのね。」
やはり人間にしろ妖怪にしろその者の本質というのはそうそう変わるものでは無い。
この吸血鬼からは自らの裁量のままに力を振るい、傍若無人に暴れる妖怪らしい本質が前面に出ている。
…それが知れただけでも収穫はあったか。阿求には悪いがこの情報だけで
「博麗の巫女なら屠ったわ。貴方が倒れてる場所で塵になってるんじゃない?」
…………は?
吸血鬼が面白くもない冗談を口にする。その表情はどこか見下したようなものであるのは変わらず、口から牙を覗かせて笑っている。
その様子がどうしても冗談を言っているように見えなくて。だとしたら霊夢は本当に…。
…実感は湧かない。そんな訳がないと頭の中では考えているが、結局それは私が現実逃避をしているだけで。
…ねえ、本当に…。
「…あああああ!」
沸々と湧き上げってくる感情は悲しみではなく怒り。この吸血鬼は前にも一度神社に来たことがあったと聞いている。
霊夢に復讐したいのならその時にすればいい。でもその時は見送り、今こうして霊夢を討ちに来たということは、少なからず霊夢が油断しているところを狙いたかったからという理由に他ならない。だってそうでもなきゃ霊夢がやられるなんてことありえない。
…何が誇り高き吸血鬼だ。所詮力があるだけでそこには信念も何もなく、自分さえ良ければいいという傲慢で浅はかな思考。
霊夢は異変の際には正々堂々と敵陣に切り込んでいったというのに、姑息なやり方で勝って満足なのか?多分私がこの吸血鬼の考えを分かることはない。
…絶対に霊夢の仇はとってやる。私は向けられている妖力を気合いで押し退け、立ち上がる。体は少し痛むがこの程度で根を上げている暇は今の私にない。
「うふふ。やっぱり霊夢が言うだけあって中々面白い奴ね。ちょっと気に入ったわ。」
敵意を向けているのに未だに立ち上がろうともしない。確かに私と少女の妖怪としての格は天と地ほどの差があるだろうが、もう関係ない。
せめてあの表情を崩し一矢報いてやるまではもう気が収まらないのだ。
手に持った自らの傘をギュッと握りしめる。
そうして心の準備を整えた瞬間、私は一気に少女との距離を詰めようと足を前に出し、切り込…
「今帰ったわ…って何やってるの?小傘。」
***
今の私を客観的に見ればそれはそれは真っ赤に染め上がっていることだろう。
だって少しの時間とはいえ私の中では死んだ筈の存在になっていた仲のいい人間がケロッとした表情で目の前に現れたのだ。
それは嬉しいに決まっている。だからといって泣きながら抱き着いたのは辞めておけば良かったと今になってみて後悔が止まらない。恥ずかしい。
「私がこんなのに不覚を取る訳ないでしょ?太陽の下に晒せば塵になるのはこいつよ。」
「ふふ。流石にその程度ではやられないわよ。」
その言葉を皮切りに、霊夢は座っている少女の後ろに回り、その背中に向かって思いっきり蹴りを浴びせる。…霊力を籠めていたのかとんでもない速度で境内の方に吹っ飛んで行った。
「…あ。あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「お、お嬢様!」
そうして少女の体が太陽の下に晒され、声にもならない苦しむ声が周囲に鳴り響く。…容赦なさすぎない?
「変なことしたらぶっ殺すって忠告したはずよ。吸血鬼ってのはそれを理解する頭が無いのかしら。」
霊夢は目の前の光景を壮絶な光景を目の当たりにしても、何事も無かった様に私の隣に座ってお茶を啜る。
前方では従者らしき人物が必死に日傘を少女に持って行って塵になるのを防いでいる。
本当に日光に弱いんだなぁと、目の前の光景に付いて行けずよく分からない感想が出てくる。
「…貴方、表に出なさい。今度こそその体串刺しにして上げるわ。」
従者の者が睨み殺そうとする勢いで霊夢の方を見る。霊夢も無事なことが分かってようやく落ち着いて話が出来ると思ったのに、一触即発寸前なのはどういうことなのか。
「悪いけどリベンジマッチには興味ないのよ。敗者は敗者らしく地に這い蹲ってるのがお似合いね。」
「れ、霊夢。流石にやりすぎじゃ…。」
「あんたが怒らないから私がやり返してるのよ。これでもまだ足りないくらいだわ。」
…まあ揶揄われたのは事実だけど結果的には霊夢も無事だったことだし、何も私の代わりにこんなことしなくても…。
「ふふ、そうね。敗者は地べたを這い蹲ってるのがお似合い。だからこれでも私は貴方の意見を最大限尊重しているつもりよ。」
…さっきまで悲痛な雄たけびを響かせていた筈の少女は、気付けば何事も無かったかのように私と反対側の霊夢の隣に座ってお茶を飲み始めていた。いつの間に。
っていうか何でもう普通に動いてるんだろう。
「じゃあ今すぐ出て行け。」
「それが貴方なりの愛情表現ってことを私は分かって…ぐへぇ。」
…うわぁ。グーで殴られて血反吐出してる。あんまり顔合わせないようにしておこう。
「…コホン。それにしても貴方、小傘とか言ったわね。私の妖力を受けて立ち上がれるなんて低級妖怪にしては中々凄いじゃない。褒めて上げるわ。」
「え?…あ、ありがとうございます?」
今のは褒められたのか貶されたのかどっちなんだろう。
「でも傘にして使うにはデザインがちょっとあれね。私のものになるのは諦めて頂戴。」
え?え?話が跳躍しすぎて何を言っているのかよく分からない。私のもの?
「言ったでしょ?人間でも何でも自分の手中に収めようとする変態だって。」
「失礼ね。認めた者にしかこんなこと言わないわよ。それ以外は眼中に無いけど。」
…ああ。つまり霊夢が前に鈴奈庵で会った時に話してくれた通りの吸血鬼だと。
「大切な者の仇を取るために立ち上がった時の貴方の表情、素晴らしかったわ。ってことで貴方は合格よ。私はレミリアスカーレットで、こっちのメイドは十六夜咲夜。取材でも弾幕ごっこでも受けて立つわ。」
「そ、それはどうも。私は多々良小傘です。」
「言葉、崩してくれてもいいわよ?」
どうやらさっきの件は私を試す為のものだったらしい。
つまり少女自身が定めた試験みたいなものに私は合格したおかげで今こうして話すことが出来ている…と。
何が合格基準になっているのかはよく分からないけど。
「ね?面倒臭いでしょ。追い払おうとしてもゴキブリみたいな生命力を持ってるから難しいのよ。」
生命力に関してはさっき日光に晒された後の再生力を見たので分かる。
それよりもさっきから霊夢がレミリアさんのことを悪く言う度に隣の咲夜というメイドさんの表情が強張るのが気が気ではない。人を殺しそうな目をしている。
「霊夢はとにかく闘い方が美しいの。私の弾幕に一回も被弾せずに突破するその姿。もう一目惚れね。どうしたら貴方を篭絡出来るか今はそればっかり考えてるわ。」
「気色悪い。」
「っていうか小傘、さっき霊夢に抱き着いてたわよね!やっぱり泣きつくのが一番効果的なのかしら。試してみる価値はあるわね。」
「来たら今度こそ潰す。」
…もう帰ろうかな。
***
「…ってな感じでその人間が取材をしたいって話なんだけど。」
一先ず色々と話を聞く中で、レミリアさんがどういう吸血鬼であるのかは少しだけ理解することが出来た。
妖怪らしい欲望に忠実な性格なのは間違いないが、普通の妖怪よりも遥かに高い知性と理性を持っている。
そして何よりも印象的なのが、彼女には何らかの美学のようなものがあり、その審査に認められたら友好的に接することができる。今まさに霊夢に付き纏っているのがいい例だ。
逆にそれにそぐわない者には興味を持たず一蹴してしまう。
…中々癖の強い妖怪ではあるが、イメージとして持っていた吸血鬼像と比べるとこれでも大分マシな方である。
だからと言って阿求に会わせられるかと言えば不安で仕方なかったりするのだが。しかしレミリアさんに会いに来た理由を話さずにいる訳にも行かないので、今こうして伝えているところだ。
「ふーん。命知らずなのか度胸があるのか知らないけど、変わった人間ね。」
お前が言うなみたいな目で霊夢がレミリアさんを見ているが、話しがまた脱線するので触れないでおく。
「妖怪の特徴や対策を本にして書き記すのを生業にしている子なんだけど…まあその本の完成の為なら何でもするような子だね。」
命知らずなのも度胸があるのも多分どっちもその通りで、人間と妖怪が相対した際の危険性については一番頭の中で理解している筈なのにそんなことを言い出すもう色々と凄い子である。
まあそれも縁起の完成にはそれが必要不可欠だからこそなのだけど。
「面白そうじゃない。いいわ。紅魔館一同、歓迎して上げましょう。」
興味を持ってくれるのは有難いが、もうここまで来たら後には引けないなぁ。
それもレミリアさんは自らの館に招待する気満々のようだが…流石にあの紅魔館に阿求を連れ出して私一人で守り切れるわけがない。
「…出来たらこの場所で取材させて欲しいなぁー何て…。」
「却下ね。だってここは霊夢の神社であって私の住処じゃないもの。」
「都合のいい奴。」
「それが礼儀ってものでしょ?私のことを書き記したいならそれくらいの覚悟は示してもらわないと。」
…うーん。ここなら霊夢も一緒にいるから大丈夫かもしれないと思っていたのだが。
吸血鬼が根城とし、その中には危険な者が住んでいる噂されている紅魔館。その主であるレミリアさんが歓迎すると言っているのだから多少は安心できるのかもしれないが…やっぱり無茶な気がするなぁ。
だからと言って今から辞めときますって言うのも失望させちゃいそうだし、どうしたものか。
「小傘小傘。」
…ん?私とレミリアさんの間にいる霊夢が私の名前を呼んで肩をちょんちょんと叩いてくる。真隣に要る彼女と目を合わせると、どこか期待したような目でじっと私の方を見つめている。どうしたんだろうか。
「んっ!」
「え?…何?」
そんな胸を叩いてアピールされても何が言いたいのか分かりようもないのだが。
「私に任せなさいってこと。小傘とその阿求って人間を私が守って上げるわ。」
おお。それはまた願ってもない話だ。元々私だけでは心許なく誰か護衛が必要だなと思ってはいたのだが、霊夢が来てくれるのなら百人力である。
奇しくもこの前に小鈴が提案してくれた道場破り作戦みたいになってしまっているが、流石に霊夢と言えども護衛の最中に暴れたり喧嘩を売ったりすることは無いだろう。…大丈夫だよね。
「ありがとう霊夢!すっごく助かるよ!」
「ふふん。もっと褒め称えてくれてもいいのよ?」
「え!?霊夢もうちに来てくれるの?貴方のお部屋、用意しておくわ…ぼへぇ。」
「何かあったら今みたいにやっつけてあげるわ。」
取り敢えず暴力やめない?
最終的な結論としては結局、霊夢と阿求と私で紅魔館に伺うことをレミリアさんと約束してしまった。
彼女も相当館で暇を持て余しているようで、久しぶりのお客に喜んではくれているようだが。
…取材のことはあまり前向きには考えていなかったのに話がトントン拍子で進んだせいでもう止められなくなってしまっていた。
もうここまで来たら私も腹を括ろうとは思っているが、せめて霊夢にはすぐに手を出す癖をなんとかしてもらいたい。…お腹が痛くなってきたなぁ。