幸せの定義について考えたことはあるだろうか。
人間は生涯を共にする伴侶を見つけることが幸せへの一歩だという話を以前どこかで耳にしたことがある。確かに家族という掛け替えのない絆で結ばれる存在が出来るのは素晴らしいことだ。子どもの成長を見守りながら家族の為に身を粉にして仕事や家事に勤しみ、最期は愛する人に看取ってもらいながら安らかに眠る。お互いを支え合いながら生きている人間らしい幸せの理想観だ。
しかし逆に考えるとそれは伴侶を見つけられなかった者は幸せが薄いのか?という話になる。そういうネガティブな思考を持つ者に対して私は声に出してそんなことは無いと伝えたい。寧ろそういう理想だけを追い求め続けることは、幸せを見逃してしまうことに繋がるのではないだろうか。
縁日にある金魚掬いをイメージしてみると分かりやすいかもしれない。限られた網の耐久性と時間の中で金魚をどれだけ掬い上げることが出来るのか。友達と競い合ったり網が破れるギリギリのところを攻めたりするのが楽しい遊びだ。そしてその屋台の醍醐味の一つに、掬い上げた金魚を持ち帰ることが出来るというものがある。自らの手で取った金魚を飼えるともなればそれは魅力的なもののように思えるが、いざ飼ってお世話するとなると大変だったりする。そうして後になって後悔する…なんてことを経験した者もいるのではないだろうか。
金魚掬いの屋台に群がる人の中には、単純に遊びを楽しむ者、沢山掬って周りに見せびらかしたい者、飼ってお世話をしたい者等様々な考えがあれど、特別なお祭りの日に楽しい時間を過ごしたいという思いが一緒なのはみんな変わらない。つまりは幸せにしろ楽しい時間を過ごしたいにしろ、それに到達する為の手段が沢山ある中で、ゴールとなるものを見失ってはいけないということだ。
幸せとは享受するものであり、比べるものでは無い。伴侶を作ることが人間にとって普遍的な幸せの形であるのは間違いないのだろうが、色々な手段がある中でそのことに固執しすぎるのも勿体ないように思う。それよりかは、自分の思うままに生きて自分だけの道を一歩一歩踏みしめて行く方が、ワクワクとドキドキが溢れた人生になるというのが私の結論である。
…と、まあこういう話を頭の中でぐるぐると考えていると止まらなくなってしまうのは私の悪い癖だ。以前、酔った勢いで妹紅にこの話をしたことがあるのだが、微妙な顔をされて、それは相手を見つけられないことへの僻みか?と返されてしまった。どうやら彼女には私が長々と言い訳しているように聞こえたらしい。心外である。
閑話休題。
寺子屋で子ども達と遊んだ帰り道。食料や必需品などを買い込んだ後、最近私には必ずと言っていい程寄っていくようになったお店がある。それが
「ああ…幸せ。」
甘味処である。おしるこやみたらし団子などのスイーツを食べながら、夏の暑い日差しから逃れて休憩出来る場所だ。
甘いものが好きなのは人妖共通の事実であり、私も甘いものを食べたいという欲求が、最近むくむくと湧き上がってきている。
手軽に幸せをいっぱい感じ取ることが出来るこの場所はまさに人里の楽園と呼ぶに相応しい。
「小傘さんは昔から本当に甘いものが好きですよね。」
甘味処の外に置かれている赤い敷物が敷かれた長椅子の上。大きな日傘の下で涼みながら、往来を行き交う人々を眺めながら食べるスイーツに勝るものはない。
隣にはさっき道端でばったりと会った阿求も一緒になってみたらし団子を頬張っている。
「甘いものを食べるとさ、よし、頑張ろう!って気持ちにならない?」
「ふふ、分かりますよ。私も偶に食べたくなっちゃいますから。…買いすぎだとは思いますけど。」
もう一つ団子を口に入れてよく味わいながら飲み込み、甘くなった口の中をほろ苦いお茶で流し込む。ああ…幸せ。
「お店にとって小傘さんは良い客寄せですね。凄く美味しそうに食べるから。」
阿求が見ているお店の方に目を移すと、先程まではそこそこだったお客さんが軽く行列ができるほどまでに増えていた。
誰かがが美味しそうに食べているものを見るとつい自分もと食べたくなる気持ちはよく分かる。それにしてはお客さんの増え方が凄まじいが。
「それで小傘さん。…本当なんでしょうか?取材に行くアポが取れたと言うのは。」
私が二つ目の団子に食べ掛かろうとしたところで、阿求にそう問い掛けられる。
昨日のレミリアさんと取り決めた約束については先程阿求に伝えてある。日程についてはまた追々連絡するとのことで、いつでも行ける準備はしておいて欲しいとのことである。
吸血鬼なのでやっぱり夜に向かうことになるのかな。
「うん。何かそういうことになっちゃった。」
もう私は霊夢が付いてきてくれるから大丈夫だと思うようにしている。レミリアさんのあの性格や霊夢の喧嘩っ早いところ何てもう知らない。何とかなるだろう。ああ、みたらしの甘さが胸に沁みる。
「そうですか。…直接会ってお願いしてくれたんですよね。本当にありがとうございます。」
阿求は律儀にこちらに体を向けて頭を下げてくる。ほとんど私何もしてないけどね。…さて、どうなることやら。
レミリアさんは多分私の時みたいに阿求を試すようなことをしてくる。流石に霊夢が目を光らせてる中で妖力を全開に放つことはしないだろうけど。彼女が阿求のことをどう判断するのかは分からないが、そこまで心配はしていない。だって私は阿求のことを凄く魅力に溢れた人間だと思っているから。
「腰が抜けて立てなくなるとか辞めてね?後、第一印象気にして空回ったり、自分主体の話に移っちゃったり…。」
「…全部先代の頃の話じゃないですか。よく覚えてますね。」
思えば懐かしい。先代の御阿礼の子、阿弥と妖怪調査の為に色々な場所を奔走したあの日々。あの子は色々と猪突猛進な部分があってそれはもう振り回された大変な記憶しかないが、何だかんだと楽しかった。まあ阿求は阿弥と違って大分と落ち着きはある方なのでそんなことはないと思っている。
「でもあの頃の冒険が帰って来ると思うとちょっとワクワクしますね。」
阿求の目には吸血鬼に会うことに対する恐怖は一切感じられない。その豪胆さが先代の頃から全く変わっていないのは、魂に刻み付けられたものだからなのか。
「小傘さん。」
先代、先々代と続くこの子達との付き合いも期間だけ見れば長いが、短命である御阿礼の子の特性上一緒にいた時間はそれほど長くない。それでもこの子達が、転生と薄命の業をものともせず自らの使命を果たさんとする強い意志を持っていることを私は知っている。そして阿求もその道を見誤ることはなく、その生の目的の為に突き進んでいくということを。
「改めて、よろしくお願いしますね。」
「うん。よろしくね。」
阿求に触発されて、何だか私もちょっとワクワクしてきた。
***
『いきなりレミリアさんに取材って言うのもあれだから、練習相手を連れてくるね。』
…と、突然小傘さんは席から飛び出して行ったのが数分前。食べかけのみたらし団子をそのままに、私はその背中をポカンと眺めることしか出来なかった。
小傘さんは相手の話を聞かずに先走って行動することがよくある。それも自由奔放な彼女の個性なのでしょうが、せめてもう少し会話のキャッチボールをしてほしい。
…あまりにも急な話なので取材の準備も何も出来ていないのですがいいのでしょうか。それにこんな人里の往来に連れて来れる練習相手とはどんな方なのか。
「お待たせ―。連れて来たよー。」
そうして手元の団子を口に入れながら小傘さんが帰って来るのを待っていると、意外にも早く小傘さんが帰ってきた。
「…。」
小傘さんに手を繋がれて連れて来られた隣の方は、赤い髪に赤いマントと特徴的な出で立ちをしており、笑顔を浮かべている小傘さんとは対照的に恨みがましい表情で小傘さんを見ている。
…帰ってくる速さからして絶対無理やり連れて来てる。彼女は何とか繋がれている腕を引きはがそうともがいているが、その手は強く握られているのか離すことが出来ていない。
「…小傘さん。流石に嫌がっている方を無理やり取材する訳には…。」
本に書き加える以上、話を聞くには相手方の了承を得ることは必須だと考えている。ずっと涙目になりながら手をブンブンと振ってもがいている彼女には取材も何も出来そうにない。
「大丈夫大丈夫。この子、恥ずかしがっているだけだから。」
それなら大丈夫とはなりません。
しかし連れて来てもらった手前、何もせずに帰ってもらうのも悪い。取り敢えずは相手の方が落ち着けるようにと一緒に座って団子を食べることに。
「美味い美味い。」
そうして団子が食べれると聞いた瞬間、さっきまで暴れていたのが嘘だったかのように大人しくなった。
今は私の隣の席で小傘さんの団子を幸せそうに食べている。一瞬餌付けという言葉が頭の中をよぎるが、頭を振って否定する。
「蛮奇ちゃんはこんななりでも立派な妖怪だからね。取材の練習相手には丁度良いと思うよ。」
小傘さんは蛮奇ちゃんと呼ぶ妖怪を挟んだ奥の席で先程の団子を頬張りながらそう話す。
彼女がこうして里に連れてくるということは見境なしに襲ってくる危ない妖怪では無いのだろう。
小傘さんと同じように団子をもぐもぐと頬張っており緊張も和らいでいるように見える。今なら話を聞いても問題ないかもしれない。
「…分かりました。それでは…コホン。無理矢理付き合わせる形になってしまい申し訳ございません。私は稗田阿求と申します。」
「…赤蛮奇。」
小さい声だが名前を名乗ってくれた赤蛮奇さん。小傘さんの言うように取材自体を拒絶しているというよりは、単に顔を合わせて話すのが恥ずかしいという感じがする。
「赤蛮奇さん。本日お聞きする内容は、本の一部として里の皆さんも借覧されます。よろしいでしょうか?」
「…は、はい。」
「蛮奇ちゃん声小さいよ。もっとはきはきと喋って。」
保護者が会話に入ってきた。
「うるさいぞ。茶々を入れるな。」
「ほら、ちゃんと阿求の方見て。リラックスリラックス。」
「…くそう、ここぞとばかりにいじめやがって。」
…この二人ってどういう関係なんだろう。
***
「うむ。人里にはまだ一年程だがもう人前に姿を出すのにも大分慣れたものだ。」
「成程。しかし妖怪ということで、最初のうちは人里で過ごすのも苦労されていたのではないですか?」
「初めてここに来た時は確かに何処に行けばいいのか分からず路頭に迷っていた。しかし小傘がそんな私に手を差し伸べてくれてな。藁にも縋る気持ちで付いて行ったら、色々と助けてくれて今に至るということだ。」
取材を始めてしばらく経った頃には最初の方の緊張は何処へやら、赤蛮奇さんは質問に饒舌に答えてくれるようになった。
人前に出ることに慣れたというのも間違いではなく、小傘さんに仕事を斡旋してもらいながら少しずつ人里の生活に慣れて行っているようである。
「ちなみにどうして人里に?」
「…それは秘密。」
赤蛮奇さんと問答を繰り返しながら、大体縁起に書けるだけの情報は集まってきた。
しかし…話を聞く中で、彼女のことを書き起こすことで起こり得る問題が一つあった。
「今更ですが…もしこれを縁起に載せたら赤蛮奇さんが妖怪だと里の皆さんに公開することになってしまいますが…。よろしいのですか?」
今は里の人間達の中に混じって生活しているようだが、縁起に載せることでその生活が壊れてしまうことも考えられる。折角今まで積み上げてきたものを壊すことになりかねない。
「いずれはばれることだ。構わないぞ。」
そう思っていたのだが意外にもあっさりと了承する赤蛮奇さん。そんな先のことは何とかなるだろうという考えで簡単に載せて本当にいいのだろうか。
「実際もうばれているようなものなんだけどね。蛮奇ちゃんよく頭落としちゃうから。」
赤蛮奇さんの隣から小傘さんがひょこりと顔を出し、とんでもないことを口走った。
確かにろくろ首とは聞いていたが、もしそんなことが起こったら大騒ぎどころでは無いと思う。
「偶にはそんな時もある。」
…事実なんだ。突然人間だと思っていた者の頭が取れたりしたら、私は正気ではいられないと思う。
それを受け入れている里の方々の胆力は凄まじいですね…。赤蛮奇さんはもしかしたらその行為のおかげで畏れを維持できているのかもしれない。
どちらにしても書き出す内容は少し考えなければいけませんね。
「かっこよく書いて欲しい。」
「駄目だよ。おっちょこちょいキャラで通さなきゃ。」
「おっちょこちょいじゃない。」
「普通の人間は頭を落とすなんて醜態さらさないよ?」
「接着剤付ければ落とさない。」
「やったことあるの!?」
「今も付けてある。べたべたして気持ち悪い。」
「二人共仲いいですね。…そんな目で見られても今のは縁起には載せませんよ。」
取材の事を忘れてたと言わんばかりに勢いよく私の方に振り返ってきたので否定しておく。誰の得にもならない情報である。
「まあ私と小傘はずっ友だからそう見えるのも当然だな。」
「後この子虚言癖があるから気を付けてね。」
「酷い。将来を誓い合った仲なのに。」
「口も接着して上げようか……っていつの間にか私の団子全部食べられてる!」
「美味かった。」
この二人の馴れ初めも話の中で聞いたのだが、出会ってからまだ一年程らしい。それでこんなにも砕けた関係になっているのは少し妬いてしまうものがある。最初の赤蛮奇さんの大人しい印象は何処へやら、この場所では二人の妖怪達による騒がしい空間が出来上がっていた。
***
「…伺いたいことは以上です。ご協力ありがとうございました。」
途中、色々と話が脱線したり二人の漫才を聞かされたりしたが、何とか情報を纏めることが出来た。これをどう縁起に載せるかはまた考えるとして、取材を受けてもらったことへの感謝を赤蛮奇さんに告げる。
「これだけでいいのか?まだ妖精に頭を凍らされてキャッチボールされた話をしてないんだが。」
その話はまた後日ということで。
「もう終わったんだ。意外と早かったね。」
もちろんさっき聞いたことは基本的な事項の一部に過ぎない。
今ここで聞けることはこれだけというだけで、赤蛮奇さんの知り合いの方からの情報であったり、これから何か異変や事件に関わってくるのなら、新たに追加する事項も増えていく。
つまり、縁起の完成にはまだまだ途方もない時間が掛かるということ。こういう本だからこそ生涯を掛けるだけのやりがいがあるのだ。
「阿求、何だかすごく楽しそうだね。」
「…ふふ。そう見えますか?」
縁起の編纂をこれから本格的に進めていく中で、今私はわくわくしている。
それは実際に妖怪の方から話を聞けるということももちろんあるが、何より人間と妖怪が作る新しい時代の編纂を任されているということが何より嬉しいのだ。
昔が悪かったという訳ではない。先代までの時代は妖怪が今以上に跋扈する世界で、人間が妖怪への対抗手段として私の縁起が役に立っていた。
しかし当時は危険な妖怪が多く、取材と言うよりかはほとんど観察に近い形での調査しか出来ずに、こうして干渉することも中々できなかった。
今代の縁起は今までとは違い、もっと身近なもの。つまり人間と妖怪の共存をテーマにした題材で書くことが出来る。
それも取材という形で直に情報を仕入れて。こんなにも嬉しいことがあるだろうか。それも全部目の前の友人が用意してくれたものだと考えると、本当に感謝してもしきれない。
「私との会話が楽しかったのだろう。っふ、惚れさせてしまったか。」
「取材の進め方はもうばっちりかな。本番の取材では私だけじゃなくて霊夢も一緒だから。安心でしょ?」
「悪いが嫁ぐのは勘弁してくれ。私にはもう心に決めた者が…」
「蛮奇ちゃんうっさい。今阿求と話してるから黙ってて。」
「…私の扱い雑じゃない?」
私達御阿礼の子は普通の人間とは違い、生まれた瞬間から定められた使命があり、それに全てを注ぎ込むことが義務付けられた人生。
人間として普通の人生を享受できないその宿命に、今更嘆くことなんてないけども。
一つだけどうしても慣れないことがあった。
それは当時仲が良かった友人との死別。普通の人間よりも薄命である以上、私は何時の時代もどうしてもその者達よりも早く死に、看取ってもらう立場にある。
そうして別れを告げた後再び百年後にこの里に戻って来た時、先代の記憶の中にいる友人は誰もいない。
全てがリセットされたこの世界で再び先代と同じ轍を踏むことに嫌気が差すのも仕方がない。
「はい。でも私、小傘さんが頼りないとは一切思ってないですよ?」
「…妖怪に襲われても私には時間稼ぎくらいしか出来ないんだけど。」
「それでも十分心強いです。」
何時からだろうか。この唐傘妖怪が私の隣に居てくれるようになったのは。
いつの間にか私の日常の中に入り込んできて、友人として私を支えてくれるようになった彼女。
百年経ってもも変わらない存在がこの里にいてくれるだけでどれだけ救われたことか。
彼女だって沢山の大切な人間と死別を繰り返してきている筈なのに、一切泣き言は言わない。
仲が良かった先代、先々代との死別の際も笑顔を浮かべ、待っているよと送り出してくれた瞬間は今でも鮮明に覚えている。
私もこういう風に強くなりたいと思った。私はきっと小傘さんが思っている以上に恩義を感じていると思うし、その死生観に影響を与えられていると思う。
「阿求。小傘は調子に乗るとずっこけるタイプだからあんまりよいしょしない方がいいぞ。」
「ふふ。それはそうかもですね。前言を撤回しておきましょうか。」
「えぇ…。そこで意気投合することってあるの?」
今人間と妖怪の在り方が見直された新しい時代の中で、私自身も縁起の中で伝えたいことが新しく出来た。
人間と妖怪の共存。それを実現させて続けていくことの難しさは、幻想郷縁起の編纂を手掛ける私が誰よりも理解している。
しかし仮にそれが手の届かない幻想なのだとしても、少しでも長くこの楽園が続くように願い、私は縁起の完成を目指す。
「あ、小傘お姉ちゃんだ!今日もあの傘回し見せてー!」
「あれ、もう寺子屋終わったの?長話しすぎちゃったなぁ。」
ここにいる唐傘妖怪が実現しているような、人間も妖怪も関係なく笑い合うことが出来る世界を夢見て。
「毬今日持ってきてないや。どうしよ。」
「よし来た。私の頭を貸してやろう。数は何個がいい?」
「馬鹿なの?」