宛先不明の手紙で、
飛び出せるのは学生の特権だ。

綺麗な彼女も、
彼らだけの世界にしかいなかった。

ちっぽけな勇気は、
どう転んでも一生の思い出になるさ。

ありふれていた全部が、
鮮やかな青春へ。

ここはすべての、第一歩。

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第1話

 

 「あのッ!!」

 「はい……?」

 

 やってしまった!呼び止めてしまった!あの手紙が無ければ、絶対こんなことしなかったのに!

 ざわめく昼休みの教室。みんなが弁当を取り出すか、学食に走っている中で明らかに僕は注目の的だった。そりゃそうだ、僕みたいな陰キャがクラス一の美人に声をかけるなんて、誰も予想してない。

 ヒューヒューと聞こえてくる、完全に笑いものだ。手の中で四つ折りになってる手紙を強く握る。でも、僕も生半可な覚悟で声なんて掛けないさ。

 

 「あの……?、もしもし?」

 「えっと、あの。えーと」

 

 完全にやばい奴になってる。わたわたと、クラスの皆に囲まれてしまって、もう逃げだせる雰囲気では無くなってしまった。

 もう一度、少しだけ近くなった彼女を見る。かわいい、きれい。違う!あの話を聞くために来たんだろ。

 誰か助けてくれないか、と周りを見回す。ニヤニヤ笑うクラスの皆の後ろ、少しだけ見える人の隙間に僕の友人たちは隠れていた。目くばせをしても逸らされる。冷や汗が更に背中を走る。

 

 「実は、聞きたいことが……あって」

 「なんでしょう?」

 

 彼女は慣れっこなのか、汗一つかく気配すらない。少しだけ鈍くて長い金髪が揺れてる、いつも目で追ってるそれだ。いや違う!聞かないと!

 『あの子、次遊びに誘ってくれた人と付き合う気だよ』昨日、僕の靴箱に入っていた紙。違うのは分かってる、偶然隣りの靴箱と入れ間違ったとか、そもそも僕をバカにする為に誰かがやったとか。

 それでも、もし彼女がそうだったら……?ただでさえ、同じクラスにはサッカー部の顔のいいあんちくしょうや、僕らをからかってくる野球部が多いのだ。このままやってるだけじゃ、流れるだけの人生だ。

 

 「あの手紙って、君が入れたの……?」

 「手紙?」

 「え……」

 

 一気に汗が引き、周囲の視線が一段と重くなった。これで違うなんてなったら、もう僕は生きていけない。

 周りの雰囲気も、彼女の顔さえ見れない。このまま消えてしまいたい。両手を握りしめたまま、下を向いて止まってしまう。

 

 「……大丈夫ですか?」

 

 大丈夫な訳ない。彼女の気づかいでさえ、更に僕の頭を重くするだけ。あの手紙を信じるなら、一言、彼女に言うだけでいいのに。それが、どこまでも遠い。

 信じないなら、最初から声なんて掛けなければよかったんだ。ぐしゃぐしゃになって湿った手紙が、こぶしの中で騒いでる。周りのげらげら笑う声が、耳を揺らしてきた。

 

 「諦めちゃうの?」

 

 小さく、でもはっきりとした声が聞こえた。バッと前を向く、彼女は僕を見ていた。いつもと変わらない、優しい目。でも顔は、さっさと言ってくれませんか?とイラついてるようにも見えた。

 そうだよな、もう引き返せないんだ。ならもう、飛び出すしかない。彼女に断られたら、潔く死のう。すぅっと息を深く吸った。

 

 「あの!僕と遊びに行きませんか!?」

 「……まぁ、及第点ですかね」

 「え?」

 「はい。行きましょう、一緒に」

 

 静まり返った教室、僕は言い切ったまま静止していた。彼女だけがあごに手のひらを当てて、ふわっと笑っていた。笑っていた周りの奴らは、そのまま時が止まったかのように固まっていた。ざまあみろ、と普段なら思ってた。でも、それどころじゃなかった。

 思わず帰ってきた肯定の返事を飲み込むのに、みんな数分は止まっていたと思う。少しずつざわめきになって、なんで!?と男子は阿鼻叫喚、女子はなんであんな奴!?、と彼女に詰め寄っていた。僕もそう思うけど、でもOKならいいって事だし、大丈夫ってことだよね?

 

 「いつ行きます?」

 「え、あ、土曜とか?」

 「じゃあそれで行きましょう」

 「うん……でも、なんで?」

 「なんでって……」

 

 キョトン、と驚きと心底不思議そうな表情を浮かべた。えっ、知らないの?みたいな感じで出されても分からない。今日まで僕は、この教室にいないも同然だった。同じやつらとつるんで、ようやく一人分。誰も僕らの存在なんて、認めてすらないんだ。

 

 「貴方が誰かをいつも見ているように、私も誰かを見てるんですよ?」

 

 女子にもみくちゃにされながら、彼女はニッコニコの僕を見て、まったく……と呆れた様子で額に手を当て、頭を横に振った。女子数人にガッと掴まれ、廊下に連れていかれる彼女の様子を見ていると、男子連中が僕に詰め寄ってきた。なんでお前が!?何使った!?なんて言われても、何もない。あの手紙がなければ、何もなかった。

 そういえば、と強く握っていた手紙の感触を確かめるも、こぶしには何の感触もなかった。え、と開いてみても、そこには強く握られたせいか、赤く染まった手のひらしか残っていなかった。

 

 「あ!詳細はまた、相談させて下さい!」

 「は~い、お待ちしてますね~」

 

 友人たちに引っ張られていく彼女に一声掛けると、肯定の返事を返しながら、今度こそ廊下へと連れていかれた。残されたのは僕と、普段関わることのない男子連中。

 昼休みはこれからだ、もみくちゃにされてるけど悪い気はしない。でも、この先どうなるかは分からない。手紙の通りに行くのか、行かないのか。

 

 「……いやったぁ!!」

 

 人の目なんて関係なく、飛び上がる。そして、とにかく一歩は踏み出した。それが何より、嬉しくてしょうがない。今日の勇気は無駄にならないし、無駄にはしない。

 

 「おい!どうやったんだよ!」

 「お前すげぇよ!よくやったな!」

 「そんな褒められるほどのことじゃ……あるかも」

 

 少年は後頭部を掻き、口角は頬の中ほどまで上がっていた。さっきまで一枚の紙を握っていた手は、下を向いて握られるのではなく、上に飛び出して開かれている。当然、手紙はすっかり忘れ去られていた。

 笑い声と喧騒に包まれている教室の外窓、青空の中でひらひらと揺れる紙片の数々。それは二人を祝福するライスシャワーのようで、風に舞い上がり、ふっと消えた。

 


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