オラリオで好き勝手するのはまちがっているだろうか   作:JP_JK_Loling

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十六話 はじまりはじまり

決戦を前にしたある夜、俺はいつものようにダイダロス通りの奥にある、一見客を拒むような寂れた酒場でゼウスとヘルメスと卓を囲んでいた。

 

「……儂らは今後忙しくなる。今回のように集まることは、もうできんくなるだろうな」

 

エールのジョッキを置いたゼウスが、いつになく真剣な、神としての相貌を覗かせる。

 

「そうだね。今までも暇ではなかったけれど、今後は集まることができなくなるほど忙しくなるだろうね、オレたちも」

 

ヘルメスも、いつもの軽薄な笑みを消して同意する。その視線は、まだ見ぬ戦地の空を見据えているようだった。

 

「……なんかあんのか?」

 

俺が尋ねると、ゼウスが静かに答えた。

 

「儂のファミリアはベヒーモスを討伐する」

「オレはそれのサポートだね。って言っても物資とかの面でだけど」

 

「ベヒーモスってあれだろ? 三大クエストの」

 

「そう。オレたちがまだ下界に降りる前に大穴から侵略してきたモンスターの中で、強大すぎて今もなお討伐されていない三体……陸の王者(ベヒーモス)海の覇王(リヴァイアサン)、そして隻眼の黒竜だ」

 

ヘルメスの言葉を継ぐように、ゼウスが言葉を重ねる。

 

「儂は陸の王者を討伐し、ヘラのとこが海の覇王を討つこととなっておる」

 

「ふ~ん。え? 皆行くの? 俺も連れてけよぉ~!」

 

俺が身を乗り出すと、ゼウスは呆れたように鼻を鳴らした。

 

「馬鹿を言え。大事な時に、普段いない奴が居ても連携がとれんじゃろ。足手まといにはならんだろうが、余計な波風を立てる必要もない」

 

「え~、じゃあ俺が黒竜担当しようかな」

 

冗談めかして言った俺に、ヘルメスが鋭い口調で釘を刺す。

 

「駄目だよ。黒竜は竜の谷に封じられてる。不用意に刺激するとその封が解かれるかもしれない。今は時期じゃない」

 

「それに、後に儂らがヘラのとこと合同で討伐することとなっておる。ちなみに、儂とヘラのとこは長年競い合ってるからな、あいつらとは阿吽の呼吸で連携が取れるんじゃ」

 

ゼウスは誇らしげに胸を張る。

だが、俺は不敵に笑って返した。

 

「へー。じゃあ、俺がお前らに勝ったら、俺が下界最強か」

 

「……フン、言うようになったわい」

 

ゼウスはトートの無謀さに呆れつつも、三大クエストの達成を当たり前のように信じている無邪気な信頼に、少しだけ照れたように視線を逸らした。

 

 

 

 

 

「……始まったか」

 

それから数ヶ月。俺はダイダロス通りの薄暗い路地裏から、大通りを埋め尽くす群衆の狂熱を遠くに聞いていた。

 

表舞台では、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの凱旋パレードが行われているはずだ。地響きのような『ベヒーモス』を屠ったゼウスの豪傑たち。そして、荒れ狂う『リヴァイアサン』を沈めたヘラの女傑たち。

本来なら、俺もあの熱狂の渦中で「最高だぜ!」と叫んでいたはずだった。

 

だが、一応俺は闇派閥に属する日陰者だ。*1

あの日、処刑台の上で「全男たちの英雄」となり「全女性の敵」となった俺は、神たちの興味も引き、深掘りされるとめんどくさいため大通りを歩くことができない。何より、主神タナトスから「今は目立つな」と釘を刺されている。

 

「……アルフィア」

 

俺は、意識を研ぎ澄ませ、遠くに感じる彼女の気配を探した。

直接姿を見ることはできないが、彼女がそこにいることはわかる。Lv.6に到達し、五感が研ぎ澄まされた俺の感覚は、かつてより鋭敏になっていた。

 

(リヴァイアサンを倒したんだな……。また、遠くに行きやがったか)

 

ゼウスとヘラ。世界の頂点に君臨する二大勢力。

あいつらが残る最後のモンスター――隻眼の黒竜を仕留めた時、下界には真の平和が訪れる。そして、その『最強』を成し遂げたあいつらを俺が叩き潰して、俺が世界最強になる。

それが、俺の描いた「俺が主人公大作戦(パーフェクトプラン)」だった。

 

「待ってろよ、アルフィア。黒竜を倒して戻ってきたお前を、俺が力ずくで振り向かせてやる」

 

数日後、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの主力が、オラリオを発った。

最後にして最大の災厄、『黒竜』を討伐するために。

 

オラリオの民衆や冒険者は一人として、彼らの勝利を疑わなかった。

彼らは無敵だった。負ける姿など、想像もできなかった。

 

その隙に、俺はダンジョンへと潜った。

あいつらが戻ってくるまでに、少しでもその背中に届く力を手に入れるために。

深層のモンスターを相手に、俺は自分の体を、精神を、そして技術の洗練のため極限まで追い込んだ。

 

「もっとだ……! まだ足りねえ……!」

 

血反吐を吐き、肉を削り、俺は狂ったように深層の闇を駆け抜けた。

 

 

 

 

一ヶ月後。

俺がボロボロになりながらダンジョンから地上へと戻ると、そこにはかつての熱狂は微塵も残っていなかった。

 

オラリオは、凍りついたような静寂に支配されていた。

行き交う冒険者たちの顔は一様に青ざめ、街全体が深い絶望の澱に沈んでいる。

 

「……おい、何があった」

 

俺は馴染みの酒場の前で、力なく座り込んでいる男の肩を掴んだ。

 

「お、お前……知らねぇのか……。終わったんだよ……全部……」

 

男の声は震えていた。

 

「ゼウス様も……ヘラ様も……負けたんだ。あの『黒竜』に……。最強の冒険者たちが、羽虫のように蹴散らされたって……」

 

「……は?」

 

耳を疑った。

あのゼウスのとこの最強も、ヘラのとこの女帝も、そして……あのアルフィアもいたはずの軍勢が、負けた?

 

「それだけじゃねえ……。傷ついて戻ってきた僅かなゼウスとヘラの連中を、ロキとフレイヤのファミリアが……『もうお前たちの時代は終わった』って……街から追放したんだ……」

 

男は、涙を流しながら笑った。

「新しい時代が来るんだとよ……。最強がいなくなった、クソみたいな時代がな……」

 

俺は男の手を振り払い、一人、ダイダロス通りの暗がりに戻った。

脳味噌を戦鎚で叩かれるような、鈍い痛みが走る。

 

(負けた……? アルフィアが……? 追放……?)

 

あいつをぶっ飛ばして、振り向かせる。

その俺の目標は、俺が知らない場所で、俺が知らない力によって、無残に砕け散っていた。

 

「……ふざけんなよ……」

 

腸が煮えくり返るような怒りが、心臓をどす黒い熱で焼き焦がす。

俺は戦斧を掴み直し、狂ったような足取りで大通りへと向かった。ロキ、フレイヤ……弱った英雄を追い出した、その身勝手なハイエナどもの顔を拝んでやる。

 

だが、その時。

 

「待ちなよ、トート君」

 

背後に、冷ややかで、それでいて有無を言わさない神の声が響いた。

闇派閥の長、タナトスだ。

 

「どけ、タナトス。あいつら……ロキとフレイヤの連中をぶっ殺しに行く」

 

「今の君が行っても、ある程度は倒せるけど主要なメンツを倒すことは不可能だよ。それに君が死ぬことはないだろうけど、君が所属するこのファミリアの情報も、君自身の貴重なステイタスも、全部あいつらの手に渡ってしまう。それは困るんだ」

 

「知るかよ! 離せ!!」

 

暴れる俺の肩を、タナトスは細い指で素早く離した。

 

「まぁ、君を止めるのはもう無理そうだね。いいよ。ただし、条件がある」

 

 

そして、条件を了承した俺ははふらつく足取りで、狂気に満ちた街へと繰り出した。

*1
本作ではタナトスファミリアは暗黒期前は闇派閥として本格的に活動するのではなく半グレの組織として活動している

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