本物のキューティーヒーラーが登場したためか、周囲の魔法少女たちはざわついている。明らかに警戒心を強める者もいれば、目を輝かせている者もいる。ただ、フレーズの言葉で不穏な空気は少しだけ和らいだ。そのおかげか、メイド服の少女と、顔が落書きされた白い布袋を被ったような格好の少女がふたりでこちらに声をかけてくる。メイド服の少女のそれは弱々しいもので、それを布袋の方がほぼ同じ抑揚で繰り返した。
「キューティーヒーラーさん、だったんですね。私たち、魔法少女学級で、キューティーヒーラーの子と同じクラスで」
「同じクラス」
「そうか! 在籍中ということはホークとレイヴンだね、実はふたりとは親友なんだよ!」
「そうなんですか! ……あ、えっと、私はのっこちゃんです」
「ブギー・イン・ジ・エア。ブギーはそこにいる」
「ブギーちゃんはちょっと変わった子なんですけど……悪い子ではないです」
確かに、そもそも表情も読めない個性派だ。ただし魔法少女は皆個性派である。落ち着いたメイド服であるのっこちゃんが、誰よりも普通に見えるし、よく考えたらおかしいほぼ水着なリップルでさえ霞む。なにしろ、この周りには、きわどいバニーガールに、常に謎の黒い液体がどろどろ流れ出ているチョコレートフォンデュみたいな魔法少女、そして明らかにゾンビか何かがモチーフだろう毒々しい見た目の三人組なんかもいる。魔法少女とはそういうものなのだ。
ひとまず、のっこちゃん、そしてブギー・イン・ジ・エアの二人組にスワローテイルも名を答え、リップルもぶっきらぼうながら答えていた。
「あ、魔法少女学級って?」
「魔法少女だけが通う学校……」
「そんなのあるんだ! 将来通ってみたいなあ」
「……何年も先の話」
「と、いうことは、スワローテイルさんは小学生さんですか?」
「うん! 一年生! 魔法少女になったのは、もうちょっと前だよ」
「私も小学校に入る前から魔法少女をしていて。この名前も……何せ四歳の時だったもので、自分の名前を聞かれたものだと思い……」
「改名拒否されること二十五回」
「もう諦めてます」
魔法少女スワローテイルは、自分がアゲハチョウの英名を知っていてよかったと思った。語ってくれたのっこちゃんが遠い目をしていたからだ。
「ふたりも儀式の場に?」
「……? 儀式? すみません、なんの事でしょう……? 私もブギーちゃんも、学校帰り、気がついたらここに」
「学校帰り。経緯、不明」
と、いうことは、フレーズやリップルののように儀式の場に居合わせていた魔法少女だけがここにいる、とは限らないらしい。あるいはあの風が超広範囲に及んだのか。シャドウゲールは何を起こしたのだろう。
「ふははは!!! 素晴らしい真っ赤仲間だと思えば本物キューティーヒーラーだったとは!! しかも魔法少女学級、つまりエリート中のエリートまでいるとはな!!! 手を組もう、それがいい!!!」
そこへいきなり話しかけてくるのはこれまた真っ赤な魔法少女。眼帯にドクロの描かれた帽子は明らかに海賊風だが、全部赤い。そして片手が大きなハサミになっている。カニかザリガニか、どちらだろう。両脇にも魔法少女がふたり控えている。仲間なのだろう。
「すまないが不勉強でね、名を伺っても?」
「ああいいぞ、我が名はミステリーク・レイ!!! ミステリーク海賊団を率いて、部下と共に魔法少女海賊王になるべく日々海賊活動中だ!! 何とあのM市海洋研究所を壊滅の危機に追い込んだ、あのミステリーク海賊団だぞ!!」
「……聞いたこともない」
「ごめんなさい、海洋研究所って?」
「なぬぅう!?」
ミステリーク・レイはとにかく声量が大きい。他の魔法少女たちからはより警戒の目を向けられるようになった。もしかするとどんどんやって来るのが危ない人になっているかもしれない。リップルの警戒心も増している気がする。
「水辺……水辺は……」
「ゲームなのにコンプ要素ないの? まだ? ガチャは? チュート飛ばしたのに?」
そして部下ふたりはそんなミステリークのことはそっちのけで、周囲をぼんやり見回していたり、ずっと端末をいじっていたりだ。水辺を探している釣り人がフィッシャーラッシャー、端末を触っている半透明なコスチュームがGPカプセラ……というらしい。大声でミステリークにより紹介され、周りには嫌でも聴こえただろう。
「して!! 同盟の件だが!! 是非広報部門に話を!!」
「検討しておくよ」
「よし!!!」
大丈夫なのかなと思ったが、のっこちゃんが耳打ちで、あれは検討しないから大丈夫だと思いますよ、と言ってくれた。ミステリークは上機嫌である。フレーズはよくわからない。
「てかはよ説明くらい始めろっていうか」
「ゲームなのに釣りがついていないのか……?」
「魚の気配どころか骨以外なんも出てきてないっていうか」
両方不満を募らせている。もうちょっと明るい雰囲気になってほしい。ゲームが始まったらきっとムードも変わるだろう。そうして説明会が始まるまで、ミステリーク海賊団にもしきりに話しかけられながら、主にフレーズとのっこちゃんと、状況について話し合うなどして過ごして、やがてふいに、噴水広場の中央に、映像が投影された。
──それは潰れた饅頭のような、太った金魚のような、白黒のマスコットだった。
『お待たせしましたぽん』
「お待たせされた」
『これより説明を始めますぽん。解説は、この第一コロニーのみんなならきっとご存知の、ファヴが務めますぽん』
「……は?」
その名を聞いた途端に、いきなり雰囲気が変わる。瞬間、リップルはクナイを抜き放ち、いきなりファヴに向かって投げつけた。クナイはファヴの、ホログラム映像をすり抜け、その向こうの噴水に刺さった。同じように動こうとします者は少なくないらしく、わかっていないのは恐らくスワローテイルだけだろう。あとは、顔が見えないブギーくらいだ。
『ここは仮想空間だぽん。このゲームは、以前、みんなみたいな魔法少女たちを再度選抜するために使う予定だったものだぽん。新しいマスターがそれを流用して、ルールを変えて作ったものだぽん』
「……御託はいらない。さっさと次を話して」
『リップル! まったく、怖い怖いぽん。それではルールを説明させていただきますぽん』
ファヴに対して、他の魔法少女たちは、これまで以上に敵意を抱いている。スワローテイルは何もわからないが、とにかく、ファヴは歓迎されていないようにしか見えない。ただ、相手はそんなことには構わずに、鱗粉を散らしながら説明を続けた。
『それではまず。ここはゲームの中だけど、ゲームの中で死んだら、現実でも死んじゃうぽん』
──息を呑み、そして呼吸を整えた。そう驚いている者は多くない。ここまでリアルな感覚で、そうなることは薄々勘づいていた。
「はぁ……そういうのばっかり!! 魔法の国って最低ウサ。この腐りかけ饅頭!」
『ここから出るには、ゲームをクリアしてもらうしかありませんぽん』
「どうしたらクリアなのかな?」
『クリア条件は、「マスター」が最後のひとりになったらクリアだぽん。各コロニーにはひとりずつ、「マスター権限」を持ってるプレイヤーがいるぽん。それが脱落したら、最後に権限を持っていたマスターが勝者ぽん』
「……潰し合え、って?」
リップルの言葉に、また雰囲気が冷たくなる。ただ、ここにいる16人同士で戦う必要はないように聞こえる。スワローテイルはファヴに確認した。
「他の人は、関係ないってこと?」
『マスター権限は端末の機能で移譲できますぽん。でも、移譲されなければ関係ないと言えなくもないぽん』
あくまでも、権限は勝者を決めるためのもの。他の、マスターではない者は、戦い合う必要がない。はずだ。
『あと。他のコロニーに行くには、通行証が必要ぽん。通行証は町にあるショップで、コロニー内の魔法少女が8人以下なら買えますぽん』
「……え?」
「ちょっと待ってくれ、それはつまり」
『? プレイヤーが半分にならないと別のコロニーには行けないぽん。ちゃんと、まずはそこから、潰し合ってもらわないと』
「はぁ!? 意味わかんねーウサ!! 関係ねーって言ってたくせに!?」
不満が噴出する者もおり、ファヴに対しては非難轟々だった。それでもファヴは淡々と説明し、そのまま一方的に映像がぶつんと切れた。マスター権限を持つ者がいなくならなければゲームは終わらない。そして、その他のマスターがいる他のコロニーには、殺し合わなければそもそも行けるようにもならない。
間接的にだが、誰かが消えなければ、外には出られないということだった。
「こんな事に巻き込んでっ……またふざけたゲームなんて……」
「……本当に戦わなきゃいけないのかな」
「……貴方のことは……私が守るから」
リップルはスワローテイルの手を握ってくれた。こうして現実味を感じられていないスワローテイルよりも、リップルの方が、怖がっているものがあるような。繋いだ手のわずかな震えから、そう思うのだった。