──アニメ『キューティーヒーラーショコラティエ〜ル!』において、キューティーフレーズは初期メンバーのキューティーヒーラーでありながら、陣営を渡り歩き、敵味方をともに翻弄し、何を考えているのか明かされない、そんなキャラクターであった。
フレーズは仲間想いでありながら、手段はそうした、時に危ないものだ。そうして描かれた理由を、いち視聴者として不思議に思っていた。いわゆる正義の味方らしくない、本当のことを
なぜフレーズはそうなのか、以前、そんなことを、知人であるキューティーラムに聞いたことがある。ラムからの答えは単純だった。
モデルとなったフレーズ本人が、そういう人間だから、だと。
今目の前で、口の端に喀血の血を滲ませながら、強がりを杖に立ち上がるその姿を見て、よくわかった。こんなのは無茶でしかない。それでも、嘘を吐きながらでも、戦うのだ。そうまでして正義の味方を貫く彼女に、胸が苦しくなる。
「キヒヒ、そんなフラフラの体でかぁ? パン姉の強毒を貰って立ってられる魔法少女なんていないんだよ!」
「いるさ。ここに、ひとりだけ、ね」
背中に装備されていた泡立て器、即ち彼女らの武器『ショコラティエホイッパー』を抜き、殴り掛かる。毒に冒されているとは思えぬ体捌き、対するエン・デ・ミクが長い爪で受け止め、呻いた。
「っうぅ……キヒヒ、痛いぞぉ、なかなかに!」
「それはよかった」
「そんなにビョーキが欲しいならくれてやるからな!」
爪を振り回すエン・デ・ミク、毒々しい、見るからに触れてはいけない色をした爪が残像を描きながらフレーズに襲いかかる。今度はホイッパーが受け止め、受け流し、引っ掻きをとにかく躱す。暴れ回る彼女よりも、フレーズは冷静だ。冷静に攻撃を捌き、相手の片手を泡立て器のワイヤーの間に捕まえて封じた。このぉ、と怨嗟を吐き、もう片手での反撃は悠々と避け、足払いで崩して押さえた腕を折りにいく。
「んぎゃああ痛い痛い痛い!! エピ姉助けてぇ!!」
「しょーがない妹……いいよ、エピの穢れた血も味わいなよ」
すると見ているだけだったエピ・デ・ミクが動いた。彼女は小さなナイフを取り出すと、フレーズに向けるのではなく自分の手首に突き立て、切り裂く。しぶいた血は落ちるのではなく、ひとりでに蠢き、フレーズに向かっていく。するとフレーズはエンを蹴っ飛ばして解放し、飛来するエピの血に対峙する。惹き付けてぎりぎりで避け、枝分かれして囲もうとまでしてくるのにわずかな隙間からすり抜けてみせる。あの血だってあの爪だって、少しでも受ければ、もっと酷い病気に蝕まれる代物に違いない。それでも当たり前のように、恐怖などまるで無いかのように振る舞う。だって今のフレーズは──『毒なんて効かない』のだ。
「……エピ……エン……そいつ嫌だから早く終わらせて……」
「パン姉無茶言い過ぎー」
「キヒッ、パン姉も、病毒強くしてよ、こいつ強いんだよっ」
「当然さ。私はいつでも正義の味方で、正義は必ず勝つものだからね」
ホイッパーのグリップにあるダイアルを回し、何かが起動する。
「実は……キューティーフレーズは木苺の魔法少女なんだよ。ショコラティエ・フランボワーズ!」
ワイヤーが開き、グリップの奥から刃が飛び出した。そのまま炎を纏い、エピの血の襲撃を迎え撃った。切り裂かれた血は焦げ、その瞬間に魔法から外れたのか地面に落ちる。枝分かれした支流も一閃し、フレーズの反撃は続く。赤いコスチュームが焼けつく赤の明かりに照らされて、美しく見えていた。
「こ、のぉっ!!」
エン・デ・ミクからの苦し紛れの突き。刃を当て攻撃をズラし、直撃を回避。押し返して斬撃を浴びせにかかり、しかし飛び跳ねて避けられ、上から何度も引っ掻き攻撃が降り注ぐ。金属音が何度も響き、さらに後方ではエピが再び自傷から血を飛ばしてくる。ホイッパーの炎を血への対処に回し、するとエンへの防御が薄くなり、その瞬間さらに猛攻を仕掛けられ、フレーズは後退ってしまう。
「キヒヒヒッ! ほらほらどうした!!」
「げほ、げほ……っ、フレーズ、さん!!」
痛む肺で、咳をなんとか抑えて、叫んだ。フレーズは一瞬だけこちらに視線をやると、ふっと笑ってみせた。その瞬間、エンの爪がフレーズの頬を掠める。エンは意地の悪い笑みを隠そうともしない。事実、その瞬間から、傷口が腐ったかのように変色してしまっている。それでもフレーズの表情は変わらず、ただふわりと、エンとの距離を詰めた。
「ショコラティエ・サーペント」
炎を纏っていた刀身が一気に伸びる。ワイヤーによる刃の分裂だ。鞭のようにしなり、瞬間、防御しようとしたエンの片腕を絡め取り、刃でありながら食い込み締め上げる。彼女がぎゃあと悲鳴をあげ、手を引き抜こうと暴れ、刃が突き刺さり、そしてばきりと嫌な音が響いた。腕の骨が折れたのだ。
「ヘビイチゴの果実には毒があるんだ。私も毒の魔法少女なんだよ」
「い、意味、わかんなっ、ひ、ひ、ひぃっ、パン姉っ、エピ姉っ」
「エン……! ちょ、な、なんなの! 勝手にビョーキ貰っただけのくせに! 酷い!」
「君は戦わないのかい? そんなに戦いたそうにしているのに」
怪我をして泣くエン・デ・ミクに、彼女を支えて共に抗議するエピ・デ・ミク。そんな妹たちの様子を、何も言わずに見ていた長姉パン・デ・ミクに、フレーズが問いかけた。彼女は答えない。答えずに、妹を置いて逃げようとした。待ってよパン姉、という声が聴こえるより前に、既にフレーズの剣が伸び、パン・デ・ミクの足を捕らえていた。
「ぁぐっ……ぅ、あ、や、やぁ……」
「はぁ。できれば誰も殺したりしたくないんだが」
「……!! 待って! やめて!!」
逃げようにも足を動かせず、振り向いて震えるだけのパン・デ・ミク。そんな彼女に刃が振り下ろされようという時、咄嗟に声が出た。フレーズの動きが止まる。
「……本気で言ってる? こいつら……正真正銘のクズ。止めても……」
「で、でも、殺すなんて……」
リップルの言葉を否定することはできない。事実、彼女らと分かり合える気はしない。苦しめたいがために病気をばら撒くなんて、魔法少女にあるまじき行為で、いてはいけないのかも。
それでも、命を奪うのは、何よりも重くて。
この抵抗感と罪悪感は、フレーズが放った揺らめく炎の向こうに、スワローテイルが殺してしまったあの子のことを思い出したせいかもしれない。
「お、お願いします……殺さないでください……そ、そうだ、私の血で、ほら、解毒剤にしますから、パン姉もエンも見逃して? ね?」
そしてあっさりと土下座をするエピ・デ・ミク。その姿を見て、刃を振るう気も起きなくなったのか、フレーズは構えていたホイッパーを下ろした。
「はぁ。仕方ない。次に会った時は話し合いで解決するとしよう」
命を奪う、という判断は撤回してくれたようだ。ほっとして、気が抜けて、激しく咳き込んだ。フレーズがエピ・デ・ミクを睨み、彼女は慌てて自分を短刀で刺すと、その血を真っ赤なシャボン玉にして、スワローテイルのところまで飛ばした。リップルがクナイで刺して弾けさせると、中和成分が周囲に広がったのか、少し楽になる。
それで取引は終わったと判断してのことか、ここでパン・デ・ミクが突如、フレーズのことを突き飛ばす。バランスを崩したフレーズだが、1歩だけで留まった。その間に、三姉妹はさっさと逃げていく。
「どいつもこいつもっ、暴力ばっかりだ! わたしは……力なんてないのに……何もしてないのに……みんな暴力で奪っていくんだ……」
「パン姉、大丈夫、うちら、いるから」
「エピ姉ぇ……痛いよぉ……」
「あぁエン、痛いよねぇ……お姉ちゃんがなんとかしたげるから我慢してね……」
あんな酷いことをしていた者達なのに、スワローテイルにはただ支え合おうとしているだけにしか見えなくて、わからなくなってしまった。どんなに酷い人でも……やっぱり、守りたかったり、大切にしたい思いは、ある。だとしたら。誰かが消えることを強要されているこのゲームで、スワローテイルはどうすればいいのだろうか。
「のっこ、平気?」
「は、はい……なんとか、楽になりました」
のっこちゃんも無事だ。ブギーはそもそもあまり病毒を吸い込んでいなかったらしく、平気そうである。リップルは顔色が悪いものの、動けないほどじゃないらしい。スワローテイルのことを心配して、背中をさすってくれる。
「はぁ、はぁ……ありがとう、リップルさん」
「……別に……」
目を逸らされた。心は、開いてくれて……いるのだろうか。
「一時はどうなるかと思ったよ。いやまったく、余裕だったからよかったもののね、毒耐性がなかったらかなり大変な相手だったんじゃないか、な──」
「わ、わ、フレーズさんっ!?」
そしてフレーズは、戻ってきたかと思うや否や、ふらりその場に座り込んでしまった。慌てて駆け寄って抱き起こす。凄い熱だった。やはりあれは、強がりだったのだろうか。いずれにせよこの窮地、脱するには彼女の力がなければできなかったと思う。
「ありがとう……キューティーヒーラー」
労うにはこれが一番だと思ってそう声をかけると、フレーズは笑ってくれた。
「いやーほんま、今のは死ぬかと思ったわ。あんなんがおるなんて、えぐいわ」
「あ、ご無事、だったんですね」
「お陰様でこの通りや! あんたら命の恩人やな! うち、『
拾ヱと名乗った魔法少女は、倒れていたわりにはかなり元気そうだった。ただ、味方はやはりいた方がいい。この状態だとついていけないなと思いつつ、まずはよろしくね、なんて微笑み返した。それが精一杯だった。