◇ロスト・セレスティア
遺跡風になった地帯を歩いていると、ミッションに必要な緑のスケルトンが出現することがある。彼らは魔法を反射する厄介な能力を持つ。図鑑からも実例からも明らかだ。普通の魔法少女なら苦戦するか、被害を出すところだったのだろうが、幸運にも既に被害を受けた奴に会ったおかげで、対策も簡単だった。殴ればいい。あまりにも単純な攻略法だ。そしてそれなら、セレスティアも得意分野だった。
「……終わり」
振るわれる槍を巻き上げた空気の勢いで僅かに逸らして最低限で回避、そのまま脊椎の最も脆い部位に正確に打撃を打ち込む。骨格のウィークポイントは人体と一緒だ。一撃でバラバラとなったスケルトン。周囲の雑魚も細戯遺失が武器を振り回して倒しており、戦闘終了のアナウンスが聞こえた。
「おぉ〜……なんだ、ふたりともめちゃくちゃ強かったウサね」
「相手とウサちゃんが雑魚なだけだよ!」
「ザッ……!!??」
「だって戦えないじゃん」
「それはそうウサけど……!」
「これで……20。そろそろ……補給もしたいけど。どうする?」
キャンディはミッション報酬も合わせ、かなり溜まっている。このゲームには時間経過による空模様の変化はないらしい。それでも時間は経っている。そして時間が経過していると、魔法少女に変身しているにも関わらず腹が減っている。こんなゲームで餓死するなんて御免だ。ショップには携帯食料があった。モンスターは骨しかなく、食料がドロップする気配もない。ということは、町に戻り補給するしかないだろう。
「……これ、外の時間経ってるウサかね」
「端末機能が制限されててわかんないよね。まあボクはどっちでもいっかな!」
「えぇ!? ちょ、仕事とか家族とかないウサ!?」
「……デリケートな話題でしょ。そういうの」
「あっ……ウサ……」
戻りたくない、居場所がないのはセレスティアも同じだ。ウサ・アハのような無遠慮な奴にずけずけと入り込んでもらっては困る。私にも踏み込んで来るなよという牽制も含め、彼女は睨む。小柄なくせにもっと縮こまっていた。
「あ、あっちに水場があったウサ。町に戻る前に空腹もごまかせるかもしれないウサ!」
「水場……」
例の海賊団がそもそも海賊を名乗っていたことを思い出す。ついでに釣り人もいた。接敵の可能性は高い。
「……海賊団がいたりはしない?」
「さっき逃げながら見た時は、誰もいなかったウサよ?」
「なら……まだいいけど」
可能性は下がったものの、ゼロにはなっていないのが不安要素である。そこはリーダーに任せるだけだ。細戯遺失の方を見ると、そうだねえ、と頷いた。行くことが決まれば早い。途中出現するスケルトンは、それなりに手を抜いて、余計な消耗をしないように調整しながら歩いた。これはもう、戦わないで逃げてばかりいるウサ・アハの方が疲労しているだろう。
「見えた! あそこウサ! あそこに……」
水場が、と続けようとしたウサ・アハ。確かに遺跡地帯の中に、小規模な池のようになった場所がある。けれどその傍らには人影。そして求めていたはずの透き通った水……ではなく、池の中には、全く底の見えない淀んだ黒ばかりが溜まっていた。
「は?」
あんなもの飲めるわけがない。そしてこの光沢、黒さ、間違いない。これは噴水広場で見たのと同じだ。そしてこんなことになる理由は、傍らの人影に集約される。一悶着を起こしたウサ・アハと海賊団の間に割って入っていた、石油の魔法少女である。
「来ましたね。こちらは重油の池です。もちろん魔法の重油です、毒ですわ。でも私……マジカル石油女王ジュー・ユーなら、飲用水にも戻せましてよ。キャンディを頂くか、私のために働いていただければ……サービスして差し上げましてよ?」
「うっ……ウサ……」
……なるほど。魔法少女でさえ渇きを覚えるということは、こういうことを考える奴が現れる。吐き出したのは深いため息だった。ウサ・アハが自分の端末と睨めっこして、戦っていないのだからあるわけもないキャンディの数を確認、そのまま落胆するのを横目に見ながら、セレスティアは彼女の前に出た。
「……サザは? どうする?」
「ん? ボク? まあ、水源はあった方がいいよね! キャンディ節約にもなるし! 海賊団とも交渉材料になりそう!」
「了解」
セレスティアはジュー・ユーに歩み寄る。彼女はにこやかに、石油まみれの手を出すと、人差し指だけを立ててみせた。
「キャンディ、百個。一杯、百個ですわ。どうでしょう? 色つきスケルトンを倒せば数十手に入りますし、持っているなら」
「買わないから。黙って」
言葉を遮り、地面を蹴りつけた。草原の表面が僅かに削れる、と同時に、巻き上げられた草や土ごと、ジュー・ユーを包んでいた石油が、その場から消失する。
「……っ、ま、また、これが貴方の!?」
「だったら?」
「この……っ!!」
ジューはぐっと腕を突き出し、池に溜まっていた石油を操った。渦を巻いて迫る石油の波。飲み込まれれば一溜りもないのだろう。
そんなの──飲み込まれれば、の話だが。
ふぅ、とセレスティアは息を吐き、そして地面を蹴った。むしろジューとの距離を詰めながら、魔法を使ってやる。視界に映る蠢いた石油が消え失せる。ジューの体表に溢れ出していたものも綺麗さっぱりだ。薄手のドレスだけを残された彼女は、咄嗟に両腕をクロスする。そのくらいはわかっている。即座にその腕を掴み、引き倒しながら脚を蹴りつけ、倒れるまでに腹に二発。ついでに顔面にも拳を振るい、口から噴出した重油に阻まれた。浴びた石油は確かによくないものだろう。が、セレスティアには付着したところで関係ない。一息に魔法で消す。
またしても自分を守るものがなくなり、歯を食いしばるジューに対して、掴みかかり顔面を殴りつける。呻き声が漏れ、彼女の体が強ばるのがわかった。マウントポジションは貰った。後は単純に、被害を与えるだけ。武器も必要ない。拳を作り、振るう。
「がっ!? ぐっ、うっ、や、やめっ、やめてくだ、さい、ましっ! わ、わかりました、わかりましたからっ、キャンディは、いりませんからっ」
「……別に」
「は!? ぐぁっ!? っ、し、従わせたかったのでは、なくっ、て!?」
キャンディの総数は4桁ある。払えば水を手に入れることは簡単だ。あるいはこれが湧いて出ているなら、一度セレスティアの魔法で綺麗にしてやってもいい。あるいはウサ・アハの魔法なら少しは浄水に変えられるかも。
しかし関係がない。取引だなんだ、狡猾に立ち回ろうとする奴には、こうなることを知ってもらわなきゃいけないだけだ。
「ぁぐぁっ! ぐっ、ぅううっ……げほ、げほ、ま、待っ、そんな、この場所も、明け渡します、ですからっ」
「はい、1人目」
「ひ、ぃっ」
終わりにするつもりで振り上げた。盾にしようと分泌、展開される油も、セレスティアなら関係ない。そのまま消して、拳は突き刺さるはずだった。けれど、止まった。殴ろうとした手が固まっていることに気が付き、その隙を突いたジューに突き飛ばされる。マウントポジションは崩壊し、今度は反撃にセレスティアが殴りつけられた。重い液体を纏ったパンチは強烈で、自分が吹っ飛ばされる。いや。それよりも腕が問題だ。動かない理由を探し、見て気づく。腕そのものが、包帯まみれの、怪我をした腕に変わっていた。
「……まさか」
「やめるウサ……!! その人、もう負け認めてるウサ!」
ウサ・アハか。なるほど、スケルトンにも使おうとしていたらしい、『見つめ続けたものに変化をもたらす』魔法か。噴水広場での借りでも返そうとしたらしい。しかしそれは裏切り行為足り得る。彼女よりも先に、セレスティアとパーティメンバーとして行動していた者は、セレスティアの味方をする。既に動いていた。首元にナイフの刃が突きつけられる。
「……ッ……な、なにする、ウサ」
「セレちゃんの邪魔してるから。敵認定」
「や、やめるウサ……ウサは……アタシは、ただ! 殺し合いなんて嫌なだけで! また見捨てたら一緒になっちゃうんだよぉ!!」
涙を浮かべて叫ぶ彼女に、細戯遺失の反応は冷徹だ。大した返事もしないまま、首元にナイフを当てている。わずかに裂けて、赤い線が走った。ウサ・アハからはより悲鳴が出る。そんな中、息も絶え絶えになりながら、ジュー・ユーがこちらを怯えた目で、警戒しながら、ずっと睨んでいた。
「……」
見捨てたら同じ、か。
思い出す。勝手にセレスティアを庇った、かつての友人のこと。ひとりでクラムベリーに立ち向かい、あっけなく殺された、愛に生きられたはずの少女のことを。
殺すのは抵抗がないと思っていた、ないはずだった。それでも、だ。現実にセレスティアたちの居場所はない。だが、プレイヤーキラーになるとすれば、細戯遺失の居場所がゲームの中にもなくなってしまう──かもしれない。
「……はあ。無駄足。町、先に戻ってる」
「ん? んー、やめるの?」
「……せっかく最短で通行証取りに行ってるんだったの、思い出したから」
「確かに! 邪魔はない方がいいかなーと思ったけど!」
細戯遺失もぱっとウサ・アハを解放した。彼女は呆然としたまま、離された時の勢いで地面に座り込んだ。もうこちらについてくる気力はないらしい。
「次のミッションは?」
「緑があと30だね!」
「まだそんなに必要なの……」
「周回作業って虚無いよねー」
細戯遺失も、セレスティアも、何事もなかったかのように、町に戻るルートを辿る。仕返しがあるかと後方への警戒は常に張り巡らせていたが、その気配はなかった。