◇GPカプセラ
カプセラはゲーム内仕様として更新された端末を、思いつく限り触り尽くした。ミッションコンプ、アイテムコンプ、図鑑コンプ……このゲーム、意外とやり込み要素が多く、作り込まれている。そして気がついた。腹が減っている。ショップを確認した際には無用の長物だと思っていた携帯食料は、このためにあったらしい。ただそれをすり抜ける方法を、ミステリーク海賊団は持っていた。
「むむむ……む、む! 来た! 来た来た来た来た!!!」
「うわぁなんかウキが虹色に!? 確定演出だこれ! 絶対最高レアだ!!」
「さすが我が船員だフィッシャーラッシャー!!」
左右でカプセラとミステリーク船長が見守る中、フィッシャーはついに激しくしなる竿を引っ張り上げる。そうして、エリアの途中で見つけたこの直径数十センチの小さな水たまりから、明らかに生育できない特大サイズのマグロが引っ張り出されるのであった。フィッシャーラッシャーの魔法は『どこでも釣りができる』。どころか、逆に釣り上げるものを魔法の力で作り出しているのだ。釣り上げられた特大のマグロはビチビチはね回ったが、ミステリーク船長のところに飛んでいったその時、彼女の腕の真っ赤なハサミにより、即座に首をはねられ、身を開かれていった。鮮やかな赤身が露わになる。
「これは……!! 何人前だ!? 何人前になる!?」
「船長はよ切り分けて! お腹すいてきた!!」
「ああもちろんだ! マグロ……ご賞味ください!」
ミステリーク船長は料理の手際がいい。慣れている。包丁ではなく甲殻類のハサミだが、それを器用に使ってサクサクと切り分けていく。カプセラは魔法のカプセルの半分を提供し、皿替わりに使盛り付けていった。刺身サイズに切り分けられたマグロの切り身を、作業が終わり次第、三人で囲んで食べる。さすがフィッシャー、何もつけなくても美味い。
「う〜む美味いな! 醤油とワサビは釣れないのか?」
「釣ったもの使いたくないだろう」
「確かに!!」
「私のコレクション出せないかな? 試してみる。ほーいガチャガチャっと」
カプセラの魔法は閉じ込めて収集するだけではない。自前のコスチュームの胸元には回すレバーがある。カプセラの満足度がある状態でぐるぐる回すと、これまでコレクションしてきたものの中から何かを排出することができる。そして内容はある程度コントロールできるため、海賊団が日用品を必要とする時はたまに使われていた。今回のテーマは『お刺身の時に欲しいもの』全六種。一発目のカプセルが、下腹部に位置する輩出口から、コロコロ音を立てて転がりでる。空けると……中から出てきたのは、細切りの大根、『ツマ』だった。
「醤油もないのに……」
「確かに……」
「もっかいできないのか!?」
「もうちょい食べないと無理」
「ああくそぅ! 待つがいい今から切り分ける!」
そして再びマグロの刺身の生成に取り掛かる船長。が、彼女がそのハサミ捌きを、ぴたりと止めた。かと思いきや、ハサミを二度、高く掲げカチカチと打ち鳴らす。それが合図だ。彼女の魔法が現れる。遥か上空より迫り来るは赤い影。あれは何だ。鳥だ、飛行機だ、否、あれこそミステリーク・レイの魔法。魔法の潜水艦『ミステリーク号』だった。大地を揺るがす地響きと共に着地すると、そのハッチが開く。
「乗るぞ」
船長が珍しく真剣な目をしている。ということは、敵襲だろうか。マグロは勿体ないが、フィッシャーラッシャーがいればいくらでも釣れる。次はマグロじゃなくてもいいかもしれない。誘導されるままにさっさと乗り込み、ハッチを閉めた。そして潜水艦内部の空気清浄機を起動し、さらに中からカメラアイとロボットアームを起動、外の様子を確認する。今しがた放置してきたマグロの切り身に、近寄る影があった。それも3つ。
「あれは……」
「あ! 病原三姉妹! ほら、街ひとつ病気に沈めたバイオテロを起こして、魔法少女狩りにやられたっていう」
「そういえば広場にもあんなのいたか」
「連中……食料を横取りするつもりで来たのか?」
「話しかけてみる?」
「通じるとは思えないが」
「まあやってみるもんでしょ」
カプセラがコックピットのマイクにぐいと顔を近づけ、装置をオンにする。そして明らかにこのミステリーク号を見上げていた三姉妹に向かって話しかけた。
『何何、そんなにマグロ食べたかった?』
「……! キヒヒ、美味そうな赤身、食べたいに決まってるだろ!」
「ねえ、これ、魔法? それともゲーム内の?」
『釣り人が釣ったんだよ』
とりあえず正直に教えてやる。今のところ向こうにも戦う意思はないらしい。少なくとも、爪と、包帯のふたりは。残ったひとりはそのふたりに『パン姉』と呼ばれており、姉であることが窺える。その姉が、こちらに対して明らかに良く思っていない目を向けてきていた。
「どうする? 襲う?」
「消すか? いずれ八人落とす必要があるしな」
こちらには乗り物がある。安全圏からの一方的な攻撃ができるのだ。排除するのならこれを使わない手はない。このまま籠城していれば、病原三姉妹がばらまくというウィルスを食らうこともない。ただ、そんな状況は向こうもわかっていて、だろう。いつでも逃げられる距離は保っている。そのうえでどうするか、だ。船長判断に任せようと思い、彼女の横顔を見ていると、にやりと笑ったのがわかった。
「売るぞ」
「なぁにを?」
「恩だ」
マイクの前を船長に代わる。そしてまた三姉妹に向かって話しかける、前にこちらへ振り向かれた。
「ガスマスクは出せないか?」
「こんなのコレクションにないし!」
「普通のマスクでもいい!」
「えー……それヒゲメガネとかアソート入ってくるよ?」
「それはいらないな!! というかなぜそんなものをコレクションに!?」
カプセラのガチャガチャはアソートを五種類以下にできないため、毎度テーマに乗っ取り五種前後を設定しなければならない。なんでも引っ張り出せるような万能の魔法ではないのだ。仕方あるまいと呟いてから、船長はマイクをオンにした。
『あー、あー、諸君! 我が名はミステリーク・レイ!! ミステリーク海賊団船長である!!』
「知ってるよ……」
「キヒヒ、広場で聞いたぞ」
『そうか!! まあどちらでもいい!! 取引をしよう!!』
「取引ぃ……?」
『見たところその傷、手負いだな。町に残っている魔法少女に追い出されでもしたのではないか? 町に近寄りたくないとなるとショップの利用も制限されてしまうな。そうなると食料問題が出てくる。ではこうしよう。そのマグロ含め、食料を提供する。その代わり!』
「……何が欲しいんですか?」
『単純な同盟としての関係だよ。いずれ八人を脱落させなくてはならないだろう。我々は団体だ、人数を食う。ならばいっそ団結し、生き残らせる八人を先に決めておくべきではないかな!』
「パン姉……」
「……」
顔を見合わせる三姉妹。自分たちが不利なのは知っているだろう。事実、こちらはいつでも攻撃出来る。そのうえで迫る選択は事実上の一択だ。これで三姉妹の協力を取り付ければ、海賊団は病原体をばらまかれて弱体化した相手を叩き潰すだけの役割で済む。ミステリーク号と病原体のダブルパンチだ。船長が明らかに『我ながら素晴らしい戦略』と思っていそうな顔をしているのを横目に、カプセラもまた返事を待つ。しばらくの沈黙の後、ようやくパン・デ・ミクが口を開いた。
「……私は……私たちは」
『ふむふむ?』
「……暴力で……全部……全部奪おうとした奴らを……許さない」
『ふむ……!?』
パン・デ・ミクの周囲に沸き立つ明らかに沈み淀んだ黒い靄。間違いなくあれはウィルスだ。絶対に感染してはいけない類だと、カプセラでさえ見ればわかる。今すぐに叩き潰さねばならない。既に船長は操作を開始していた。振り上げた真っ赤なハサミが、激昂と共に瘴気を噴き出す少女を捉え、そして。
「待って────!!!」
振り下ろしたその時、声と共に、稲妻のごとく残光を放ちながら、滑り込む影があった。影は何かの外殻を纏いながら飛び込んでくる。大質量であるハサミの振り下ろしの衝撃が、叩きつけられた。パン・デ・ミクは吹っ飛ばされていくのが見えた。他の姉妹は唖然としている。そしてハサミの下で、無謀にも飛び込んできたその何かは──あろうことか、ハサミを押し返した。殻が破れ、内側から魔法少女が現れる。背中の蝶の翅で、ようやくそれが誰なのかを認識した。確か、名はスワローテイルだったか。
「……!? な、なんで……追いかけてきて!?」
「偶然、だよ。でも、通りがかったからには、止めなきゃ、だから」
スワローテイルはそう話している間に、パン・デ・ミクの瘴気を吸い込み、激しく咳き込み喀血してしまった。耐性のない魔法少女が吸い込んでいいものではない。あれでは長くはもたないだろう、と思った矢先、彼女は自身の魔法なのか、強く拳を握ると、わざわざ深呼吸をして、それを最後に咳が止まった。それには三姉妹も驚きを隠せず、なんで生きてるの、なんて呟きが聞こえた。
「毒の平気なわたしに、生まれ変わったんだよ」
「……意味わかんない……なんで……なんで血を吐いてまで助けに来るの」
「だから。偶然なんだよ。理由は関係ないもん。もう、傷ついてほしくないって、わたしが思ってるだけだから」
遅れて、向こうから忍者と、籠を背負った水着風の魔法少女が駆け寄ってくるのが見える。あれはスワローテイルの仲間だろう。船長自慢のクラブハンマーを受け止められた以上、これ以上攻撃しても、損しかない。
「船長」
「ああ。残念ながらキューティーヒーラーは来ていないようだが、ここは従っておくとしよう。彼女、スワローテイルには、私も興味が出てきた!!」
「うん。コレクション……したいな。映えそうだもんね」
「そういうものか? 私は、水辺があればなんでもいいのだが」
「フィッシャーちゃんも大物釣りたいでしょ」
「大物か。レア物か。いいな。逃す手はないな」
「納得が早すぎてむしろ心配になるよ」
だが目標は定めた。スワローテイルは後から来た仲間たちに説教をくらっているようだった。その間に、病原三姉妹は逃げていく。特にパン・デ・ミクはよろめいていて、妹たちに支えられてようやっとな様子だ。あのヘトヘト具合なら、簡単に潰せる。そうしないのは、スワローテイルの顔を立ててやるためだ。
「よし! では気を取り直して! 次の同盟候補に行こう!!」
そこへわざわざ、待てばいいのに話しかけに行こうとするのが船長であった。ミステリーク・レイはそういうところがある。それでも一緒に楽しくやってあげているのが楽しいのだが。