◇ファヴ
「あれぇ?」
マスコット専用のモニタースペースで、ファヴは首を傾げた。草原エリアのゲーム開始からは、二十四時間が経過している。このコロニーであれば、もっと早く進展する予定だった。雑魚敵は初見殺しに設定され、参加者は血気盛んなかつての合格者たち。人殺しがうじゃうじゃいるコロニーだ。
それなのに、いくら眺めていても何も起きない。何かが起きそうなところで、止める者がいる。ウサ・アハはどうでもいい。問題は、このスワローテイルという、知らない魔法少女が、割って入っていることだ。せっかくいの一番に殺し合いが起きてくれそうだからトップバッターに選んだのに、それを邪魔されては面白くない。
だったらゲームを面白くしてやらねばならない。
ファヴのデータの中には秘密の鍵がある。ファヴをサルベージし、このゲームの運営を押し付けるうえで、コピーされてきた。エリアマスターの権限よりも強力な、ゲーム内のデータにアクセスして書き加える鍵である。それを使う。強制的にミッションを発動させ、イベントを作動させにかかった。
「何をしてるぽん」
マスコットしか入れない空間には、逆を言えばマスコットならば入れるということだ。ファヴと同じ語尾、同じ──ではない、少女型の姿をした者の入場を許した。プロセスはあっさりと完了している。命令は簡単に作れてしまった。元々電子妖精のファヴにとってそんな処理は朝飯前だ。その状況で、入ってきたマスコットは、歯を食いしばるような顔をしていた。
「ファヴ。ボスイベントを強制執行なんて、おかしいぽん」
「コケたらテコ入れも必要ぽんよ? そっちこそ、このゲームの最初の作者が自分の元マスターだからって、マスター面するのも変だぽん」
「ファルのマスターは、ファルのマスターだぽん」
彼女──彼? かもしれない──の話していることは聞くに値しない。それよりも、これで──ああ、来た。
「……! 何事ぽん!?」
モニターの向こうで地鳴りが起きて、映像が乱れている。そして地面の底から、本来ならば複雑なミッションを達成しなければ出現しない『ボス』が現れる。巨大な人骨が組み合わさってできた、数メートルはある異形の怪物。パワード、スマート、スキルド、三種のスケルトンが融合した最強の骸骨、スケルトンパーフェクトである。六本の腕で剣と槍と弓を握り、赤と青と緑、三者三様の頭蓋骨から唸りをあげる。
『あー、あー、聞こえるぽん? なかなか人が減らないみたいだから、これからゲリライベントを始めるぽん。ボスモンスターが出てくるぽん。頑張って倒してみるぽん。以上ぽん』
アナウンスは必要最小限。そして終わったのを合図に、スケルトンパーフェクトを起動させた。骨の武器が一斉に振り回され、魔法少女たちは身構える者と逃げ惑う者に分かれた。
真っ先にその場から逃げていくのはパン・デ・ミクたち三姉妹だ。連中にいい思い出のないファヴとしても、ここで事を起こせなかった彼女らは不要である。矢を投げそちらを狙う。それを阻んでくるのはスワローテイルだ。投擲した槍を己の蛹で包んだ拳で迎撃し、大きく押し戻されながらも受け止めきってみせている。やはり彼女は厄介だ。だが、ここで反撃を煽り、それに乗ってくるのなら。図鑑を所持している魔法少女はまだ少ない。彼女なら引っかかる可能性はある。
「待てやスワテちゃん!! 攻撃はすな!!」
「えっ!?」
「赤と青と緑のスケルトンは厄介な能力を持っとる! 迂闊に攻撃したらあかんわ!」
拾ヱの言葉でスワローテイルは攻撃を止めた。残念ながら引っかかってはくれなかったらしい。それはそれで、反撃を封じられた彼女が、何度も攻撃を受ける状況になる。他の腕はまた別の魔法少女たちに攻撃を連続させており、特に剣に狙われているリップルも、持ち前の素早さで惹き付けているのが精一杯だ。橋ノ下拾ヱもそのサポートに回ろうとして、攻撃ができないせいか、なぜか落ちていたマグロの身を拾い盾にするのが精一杯になっていた。
ここで最初に痺れを切らしたのは、ミステリーク海賊団だ。ミステリーク・レイの持つ魔法の潜水艦は攻撃能力がある。マニピュレータの先のハサミを伸ばし、叩きつけての攻撃にかかる。だがそれを受け止めるのは青い弓。青のスケルトンは物理を反射する。衝撃は逆に潜水艦の船体に与えられ、突然横に受けた衝撃でひっくり返ってしまう。
「!? な、なにが起きて!」
「……チッ、反射か……!」
「オイどけ蝶の奴! こんな奴あたしの爪で!」
「待って、攻撃しちゃ駄目だって!」
「じゃあどうしろっていうんだよ!?」
「エンちゃん落ち着いて」
「落ち着いてられるかって!! 全滅されたら次はあたしらが死ぬんだ! それはやだから!」
エン・デ・ミクはスワローテイルに加勢するつもりらしい、が、それだけでどうにかなる相手ではない。赤は遠距離攻撃を、青は近距離攻撃を、そして緑は魔法の効果を反射する。それぞれが複雑に組み合わさったスケルトンパーフェクトは、まさにほぼ完璧な耐性を持っている。対策なしで勝てる相手ではないのだ。
『そうそう。倒せないようならエリアの外に逃げるって手もあるぽん? もちろん、通行証は買わなきゃいけないけど、ぽん』
「それって、つまり……」
「敵前で仲間割れをしろと! 冗談ではないな!!」
ひっくり返された状態から復帰した潜水艦が、今度はザリガニ型の口に当たる部分の砲台を起動していた。無駄だ。遠距離攻撃はパワードが反射する。
「高圧泥キャノン! 発射あ!」
受け止めたのは剣を持つ赤い腕。それで発射した泥が反射され、潜水艦はいきなり泥まみれになった。が、その瞬間、リップルが飛び込んでくる。手には忍者刀だ。弓と槍の攻撃を潜り抜けて、剣を持つ腕を切りにかかる。迎撃に振り下ろしてやり、しかし躱され、すり抜けるように腕の付け根に到達してくる。そのままの勢いで、赤の骨ごと、リップルの刃がぶった切ってくる。しかし一本落ちたところでなんだというのか、全方位への攻撃は続く。成し遂げた雰囲気を出していたリップルも叩き落とし、槍を突き入れた。回避されるが、その先にはスワローテイルたち。誰からも避けられて地面を突き刺した、かも思いきや、その場に残っていたパン・デ・ミクの病気の瘴気が反射される。
「ぅ、ぐ……!?」
「パン姉!?」
「ぐ、これ、私の、病気……」
パン・デ・ミクが己の病原体を反射されて血を吐いた。口元を押さえている。そんな彼女に、必死で自分の手首を切り血を飲ませるエピ・デ・ミク。彼女らはその場から逃げることもできないらしい。ということは、だ。ファヴはコードを書き換え、スワローテイルを集中的に攻撃するよう設定する。そして全ての武器が彼女に向けられるようになり、必死に飛び回り回避する彼女を、どんどんスケルトンパーフェクトが追いかけ、追い詰めようとしていく。
「スワローテイル!!」
必死に守ろうとするリップル。受け止めて押し返す衝撃すら反射され、青の弓を防御しただけのはずの彼女は吹っ飛ばされてしまう。忍者刀が手から離れ、転がり落ちていった。それでもクナイを抜き、抗うリップル。よほどスワローテイルが大事らしい。何度も攻撃を受け、青は避けて、避けきれず、仕方なく迎撃した。リップルの表情は、いつも険しいくせに、もっと険しく見える。
「こうなったら……首を直接……」
「ちょい待ちや!! ほれ、届けに来たで!」
そこへ拾ヱが手を伸ばす。彼女の魔法は『落ちているものを距離に関係なく一瞬で拾う』……というものだったはず。その後に起きる事象は詳しくは知らないが、仲間に武器を届けるならそれで十分だった。
「……次は……あの青を獲る。協力して。少し動きを止めて欲しい」
「そんなんどうしろと……」
「ふははは!! 我々の出番か!?」
潜水艦が動き出した。リップルの作戦に乗っているのか。今度はハサミを叩きつけるのではなく、本来の用途である挟むことに使い始めた。スケルトンパーフェクトの腕を2本、青だけを拘束し、押さえつける。押さえるだけでは反射は反応しない。そしてリップルは飛び込むと、スケルトンの左中腕、弓を持つ青い骨を、躊躇なく切り落としにかかる。物理攻撃は反射されるため、切断は切断が返るはずだ。はず、だった。しかし、反射は発動せず、そのまま2本目の腕が落とされる。
「なにが起きたぽん……!?」
それは独り言だったが、すぐに合点がいった。同じ場所にダメージを反射するなら、その部位が、『無い』時はどうなるのか。それはつまり、不発だ。リップルは己の腕が片方ないことを利用して、スケルトンの戦力を奪ってきたのだ!
「青色さえ……なければ」
「なんとかなるかも!!」
エピ・デ・ミクとスワローテイルが左から突っ込んでいき、迫り来る攻撃には拳で返し爪で弾き、そして背骨に至る。確かに背骨は弱点かもしれない、しかし頚椎ひとつにつき一色、耐性がすべて異なる。もちろん物理を反射する青だってあった、そのはずだった。それを、的確に、しかし腕よりも太い頚椎を切断する力が要る。そんなもの、どこにも……。
「スワテちゃんこれ!!」
「……! ありがとう! これで、これならっ!!」
拾ヱが渡したのは、赤い巨大な骨剣だった。先程、リップルが切り落とした腕が持っていた武器だ。そのまま振り抜くのは同じ赤。巨大な剣であるがゆえ、飛行しながら全力でスイングする。それはしっかりと赤い頭蓋の首を捉え、刎ねていった。頭部を破壊されると、その種の体勢が剥がれ、弱体化してしまう。つまり今は、遠距離攻撃が効いてしまう。そして遠距離攻撃とは。
「これで……ッ!」
「一斉に! 撃てぇ!!」
「なんやでかすぎてまともにできんけど、これでどやぁ!?」
リップルが一斉に投げつけた刃物。潜水艦に備え付けられた砲台。そして拾ヱが拾い上げた骨弓の一撃が合わさり、同時にスケルトンを襲った。それらは魔法による効力こそかかっていても、本体は魔法によるものではない。ということは、だ。耐えきれなかった緑の頭部にヒビが入り、砕け散る。残ったのは青色の首。近距離での攻撃を禁止するこいつは、最後に、スワローテイルが骨剣を思いっきり投げつけ、それが口を貫いたことで、勝負が決まった。簡単には攻略できないはずのボス、だったのだが。
「ふぅん。なかなかやるぽん。即席でチームワークがあるなんて予想外ぽん。こうなったら──」
権限を使う。ファヴはこのエリアから、今最も動いている第一エリアへの道を開いた。そうして踏み出した自分は──その先で。
「さぁて……そろそろ本格的に、半分に、減らしていくぽん」