◇ロスト・セレスティア
「はぁ〜っ!?!?!? ゲリライベントでボス出現!? 待ってよボクが頑張ってこなしたミッションはぁ!?!?」
突然のアナウンスとお知らせに前提をひっくり返されて、細戯遺失はひとしきり叫んで、そこらへんにあった小石を拾っては投げつけ、地面を蹴って、うろうろしながら深いため息を吐いて、ようやく戻ってきた。通常ミッションのボスがどうなるのか、ボスドロップはどうなるのかと色々確認したいことはある。それはそれとして、今すぐ動かなければ乗り遅れるだろうことも間違いない。
「こうしちゃいらんない!! 取られてたまるか! 行くよセレちゃん!」
「今までで一番精力的……」
「あったりまえ!!」
走り出す彼女についていく。場所はそう遠くない。遺跡地帯の方に戻って、ボスのいるはずの方に急いだ。……が。
「ボスはぁ!?」
ボス、告知されていた巨大スケルトンはいない。ザリガニ型の異様な乗り物は鎮座しているものの、骨はどこにもいない。周辺にいた魔法少女たちは何かを話し合っていたらしく、走ってきた細戯遺失とセレスティアの姿を見ると、身構えたり隠れたりする者もいれば、一切動じない者もいた。その最たる例がミステリーク・レイだ。むしろ胸を張って、親切に教えてくれさえした。
「ボスならばもう倒した!!」
「あっちゃぁ〜! 遅かったかぁ〜!!」
「成功を祝した宴会の話をしていたところだ!!」
「いや、してないよ」
この場にいる魔法少女は多い。11人、ほぼ全員だ。ジューとウサはもちろん置いてきたわけだが、キューティーフレーズたちの姿もない。別行動か。他の魔法少女の陰で隠れているつもりになっているやつのことは気になるが、セレスティアからは触れなかった。
「これからどうするの、って話……ゲームに介入してくる相手だから、従ったところで……」
そう呟くエピ・デ・ミクの警戒も理解できる。相手はあの狂気の電子妖精だ。後出しで殺し合いをさせてくるような相手に、公平性がそもそも期待できるだろうか。できるはずがない。だとしたら、従う意味もない。
セレスティアは深いため息を吐いた。パーティメンバーとして従わされている以上、自分の判断よりも、細戯遺失の判断が欲しい。彼女はというと、ミッションやアイテムの状態をカプセラと互いに確認していた。ボスが一体しかいないなら、やはりミッションも早い者勝ちになるのだろうか。
「これは?」
「そうそう、ランダム抽選でね。ここから通行証を出せば」
「他エリアにも行けるんだ。おー、すご」
「えっ──!?」
スワローテイルが慌てて飛びついた。抽選がうまくいけば、戦わなくても、少なくとも外のエリアには行ける、ということだ。
どうやらアイテムは討伐に関わった者皆に配布されているらしい。抽選のチャンスはそれなりに多い。まずは試しにカプセラが抽選を実行し、出てきたのは、残念ながら『鍋』だった。
「鍋かぁ……」
「お醤油とワサビがよかったな……」
「では次は私が。来い! 良いウキと竿!!」
次々と行われていく抽選。日用品の種類が多いのか、出現率が高く、望みが潰えていく。そううまくはいかないらしい。
「……1枚当てても……ひとりが外に、1回出られるだけなんじゃ?」
エピ・デ・ミクがふいに口にしたことは、考えないようにしていたことだった。細戯遺失とセレスティアだけなら2枚引き当てればいい。それでも道は遠かった。現に走りきるより先にファヴに水を差されたのだ。皆でここを出ていこうとすれば、少なくとも8枚はなければならない。何度ボスを倒せばいいんだ、ということになる。
「ひとり消える度にハードルが下がるねー」
細戯遺失に悪気はないのだろう。しかしそれは重い言葉だったのか、スワローテイルが小さく、ぎゅっと拳を握っているのが見え、同じくそれを見ただろうリップルが細戯遺失を睨みつけた。ただ、睨まれた当人は全く動じていない。恨みを買っても仕方ない態度には違いなかった。
「でも、まずは協力しないと……またさっきみたいなボスが来たら、ばらばらだったら今度こそ誰かが犠牲になっちゃうよ」
反吐が出るほどの綺麗事。このエリアにいる魔法少女全員に通じないであろう空言でしかない。運営に抵抗するという空気が漂っていてなおこれだ。どうせ己可愛さに他人を蹴落として生き延びてきた連中しかいない。
セレスティアだってそうだ。大事な友達が殺されるのを見ているしかなかった。その大事な友達の残骸を、血を浴びせかけられて、それを己の魔法で消し飛ばした……還るべき体さえほとんど残せなかった最低の人間だ。
協力しあえるわけがない。手を取り合っても、裏切るのが『子供達』だ。
「あたしらは……」
「パン姉は嫌がってるけど、もう文句言ってられないんじゃない? ねぇ……」
存外にエピ・デ・ミクがその気だった。病原三姉妹といえば悪名高いお尋ね者だったはずが、自身の魔法が通じないことを思い知らされでもしたのだろうか。
ついでに、ミステリーク海賊団も前向きだ。船長のミステリーク・レイは自分の顎に手を当て考えていたが、もう『殺した方が早い』とは言わなかった。
「ううむ、運営が完全に共通の敵になるなら、我々もスワローテイルくんには賛同したいところだ。拾ヱくんはどうだ? 意見を聞いていないが」
そこで初めて、スワローテイルとリップルの陰に隠れていた魔法少女の名が呼ばれ、彼女と同時に細戯遺失がぴくりと反応した。その水着らしいコスチュームで、背中に籠を背負った魔法少女は、恐る恐る顔を出すと、小さな声でノーコメントで、と言おうとし、細戯遺失に遮られた。
「あーっ!! 人殺し!!」
「ッ……」
「……はぁ、サザ、そういうのやめて」
「でも事実だし」
子供達であるならそうである可能性は高い。が、そこまで断言する、ということは……知っているのか。互いのことを。拾ヱというらしい魔法少女が細戯遺失に向ける、ありえないものを見る顔も、その推論を支えている。
「絶対仲良くなんてできないよ! だってだってさ、こいつゲームなんてしないどころかさー!」
「喧嘩しちゃダメだよ……!」
ここで率先して間に入ろうとするスワローテイル。この様子からして、ファヴが起こしたような惨劇を目の当たりにしたとは思えない。純真、どころか綺麗事まみれ、見ていて目眩がする。だからため息を吐こうとして、セレスティアは己の感覚に引っかかるものを覚えた。
「……! ッ!!」
誰よりも早く飛び出し、スワローテイルのことを突き飛ばす。呆気に取られる周囲の魔法少女たち。その中で、スワローテイルが今まで立っていた場所に、剣が突き立てられていたのが見えた。
「……あれぇ? バレちゃった
深々と突き刺さった両手剣。それを引き抜くは、白黒ツートンの髪、赤と黒のオッドアイに、ベビードールめいた薄い黒のコスチュームに身を包んだ魔法少女。背部には翼か背びれか、髪色と同じ白黒の何かが突き出している。目元に散りばめられたラメがきらきらと光って、さながら鱗粉のよう。つまるところ、その全てが、忌々しき
「チッ……!!」
真っ先に武器を抜き、投げつけたのはリップルだ。クナイが風を切り、しかし剣に弾かれる。それでも切りかかり、攻勢を止めないリップルに、セレスティアも乗じて白黒の魔法少女へと接近し、自在に動く背鰭に竜めいた尾が迫るのを躱し、そのまま拳を放つ。片腕で受け止められ、そこへリップルの忍者刀が一閃し、頬を掠める。けれど傷はない。見ると、どういうわけか刃の方が潰れて、使い物にならなくなっている。途端に、にやり意地悪く笑って、反撃の斬撃が来る。寸前に察知しふたりで左右に飛び、着地する先に尾を伸ばし絡めようとしてくるのを、セレスティアが魔法で地面を抉り、相手の体勢を崩し、自分は尾をすり抜けて着地、その勢いのまま飛び込んでハイキックを見舞う。軽く身を傾けてくぐられてしまうが、リップルのクナイが少女を取り囲んで放たれており、セレスティアを避けても本命が来る。それを、やはり一薙ぎで吹き飛ばしてくる。技術もない乱雑な太刀筋だ。が、当たってもいないはずのクナイがいくつか消滅している。あるいは、セレスティアと同室の、ものを消し飛ばす魔法なのか。
「まったくもう。まともに話も聞かずに襲ってくるなんて、ひどいぽん、野蛮だぽん」
「どの口が……!!」
「ファヴはいつだって理知的だぽん」
そう言いながら、彼女は指で空をなぞった。彼女の視界においてそれは、リップルとセレスティアの上。何かの魔法が来ると直感し回避にかかるが、その瞬間に視界が暗くなり、回避姿勢をとった先でよろめいた。耐えて、周囲の気配を探る。
「リップル!?」
乾いた打撃音、そして続けてスワローテイルが名を叫んだことで、彼女に何かが起きたことは理解した。視覚が潰されたなら頼っていられない。目を閉じ、師匠に無理やり鍛えられた超知覚を利用する。ぼんやりと魔法少女たちの輪郭が感じられる。その中で、リップルを助けるためか、スワローテイルがファヴに向かっていくのを認識した。
「はぁっ!!」
「おっ、と。スワローテイル、あんたが誰なのか、考えてたけど……もしかして、トップスピードの腹の中にいた子供ぽん? トップスピードは死んだのに、子供は生きてたぽん? お気の毒ぽん、リップルがメアリを殺した余韻に浸ってなかったら、きっと幸せな家庭に生まれられたはずだったのに」
「ッ……やめて、リップルさんから離れて!!」
「はーい、ぽんっ」
ファヴはリップルを足蹴にし、さらにスワローテイルごと蹴りつけた。ふたりは大きく押し戻され、呻き声が聴こえてくる。そんなふたりを追撃することもなく、ファヴは深く息を吐いて、周囲の魔法少女たちに向かって笑ってみせていた。
「さぁ。次は誰ぽん? ファヴも久しぶりに会えて嬉しいぽん。クラムベリーがやってたみたいに、遊んであげるぽん。それで痛い目みたら、大人しく、もっかい、試験の時とおんなじこと、してもらえるぽん?」
わざわざ逆撫ですることを言われて、皆もはや黙ってはいられなかった。ある者は叫びながら、ある者は歯を食いしばりながら、各々の武器を構え、彼女に向かって仕掛けていく。それを悠々と待ち構えるファヴ。その様は、まさにあの音楽家を彷彿とさせる。
「この珍獣め、どうやって魔法少女になったか知らないけど、今度こそ捕まえて見せ物にしてやる……!!」
「カプセラは怖いぽん。今のファヴなら捕まえられそうぽん? 残念ぽん、カプセルは割れるものぽん」
カプセラが両側から叩きつけるように振るったカプセルは、ファヴの剣の一閃で見事に真っ二つ。閉じ込める役割を果たすことはできず、それを操るカプセラ自身も斬撃を受け、血がしぶく。
瞬間、その血にわずかに触れながら、釣り針がきらめいた。フィッシャーラッシャーだ。釣り針は血の中から発光体を引きずり出す。イカだろうか。その光るイカは墨をジェットエンジンにして、ファヴに向かってミサイルと化した。斬撃の迎撃により触腕が切り飛ばされ、五本、中を舞う。本体は爆散し、ダメージは与えられない。それでも竿を振り回すフィッシャー。ファヴは退屈そうに、その糸を軽いジャンプで避けながら距離を詰め、尻尾の叩きつけからの踏みつけで彼女を地面に這いつくばらせた。
「きっ……さまぁあ!!」
部下がやられたのを黙って見てはいられなかったのか、今度はミステリーク・レイが挑みかかった。彼女はハサミを鳴らし、己の固有魔法たる潜水艦からの砲撃を使い、さらに自らも殴り掛かる。だが砲撃は防がれ、両手剣をハサミが受け止めるも、最初は力でも競っていたはずがある時いきなり押し負けて、懐に入られた途端に殴られ、蹴られ、殴られ、踏みつけられていた。
「ぐっ、う、うぐっ……!? な、なんだ、今のは、握力は負けていなかったはず……!」
「簡単な話ぽん。ファヴ……改め、魔法少女『ファヴ・アンド・ファーヴ』の魔法ぽん。魔法で、握力を半分にしてやっただけぽん」
力を半減させる──なるほど、クナイもまた、『半減』させた、ということになるのか。そう考察している間にも、ファヴはミステリーク・レイたちを痛めつけ、打撃の音がしていた。
「あ〜あ、戦うの何が楽しいのかと思って、クラムベリーの真似でもしてみたけど……別に楽しくないぽん。弱い相手じゃあなんにもドラマティックじゃないぽん」
ファヴはつまらなそうに吐き捨てて、視線を今度は、怯えて見ていた三姉妹に向け、しかし潰す価値もないと判断したのか、しっしっと追い払うジェスチャーをするだけだった。そして最初にも狙った本命、スワローテイルに向かっていく。
その隙に、瞼を閉じたままだったセレスティアの肩を、誰かが支えた。細戯遺失だ。
「……だいじょぶ? セレちゃん」
「視神経が焼き切られてる。目じゃなくてもなんとなく視えるから、なんとかなる」
「さっすが。でさ……アイツ。なんとかなると思う?」
「……するしかない、でしょ」
「だよね。あは、正真正銘のボス戦じゃない!? 燃えてくるよね!」
リップルとセレスティアにやってみせたあたり、あの半減させる魔法は触れずとも使えるのだろう。やろうと思えばもっと簡単に殺せたはずだ。そうしていないのは、できない理由があるか、舐められているのか。どちらでもいい。それは付け入る隙だ。ゲーム的に言うなら、攻略法、だろうか。