◇スワローテイル
リップルはスワローテイルの盾になってくれている。代わりに怒ってくれている。代わりに傷ついてくれている。それは嬉しくて、とても悲しい。ファヴはスワローテイルが目的だ。その最中で、わざと、リップルを何度も執拗に攻撃している。スワローテイルは立ち上がった。飛び込む。リップルへの殴打を受け止めて、ファヴを名乗る魔法少女に向かっていく。繰り出した拳が刃に受け止められる。そのままファヴが刃をずらした瞬間、わずかに皮膚が裂けると同時に腕が縦に真っ二つに斬られていた。刃が沈む感触すらない一瞬のことだった。
厄介な魔法と襲う痛みに歯を食いしばり、辛うじて動く指を動かして握る。蛹が腕を包み込み、中身を生まれ変わらせ、修復させる。そのまま殻を突き破りながらもう一度仕掛け、頬を殴りつける。殴られたファヴは顔を歪め、口の中を切ったのか血を吐き捨て、怒りの目を向けた。
「いってぇ……ぽん!!」
不機嫌を剥き出しにし、尻尾で地面を叩き、とにかく刃を振り回してくる。『間の距離が半分』にされ、瞬時に間合いを詰められ、刃を食らう。肩が切り裂かれ、また腕が裂ける。それでも蛹を作れさえすれば、再生できた。痛みに歯を食いしばり、負けじと殴りかかる。
そんな中、ファヴの後ろで、魔法少女たちが動いているのが見えた。細戯遺失がウインクしてみせている。あれは策があるということだろうか。それを通すため、スワローテイルはとにかくファヴの気をひく。攻撃は止めない。
「突っ込むことしか知らない、無鉄砲なところ、母親にそっくりぽん」
「……あは、でしょ?」
ここで背負っていたラピッドスワローを抜き放つ。振るわれていた剣は拳で逸らして、そのまま柄を突き入れて叩きつける。腕が斬られようが箒は届き、ファヴの顔面をまたしても打ち付ける。歯を食いしばり逆上してくる彼女に、箒に乗り飛び上がり、追いかけようとしてくるのをかわす。背鰭を変化させ、ファヴが翼として飛翔しようとした時、彼女の目の前にいきなりチョークの線が引かれた。
「さあ始まりました! 草原エリア大レース! エリアの端まで飛んで、先に帰ってきた方が勝ち! 敗者には相応の罰だよ!」
「ふん……ファヴが負けるはず、ないぽん」
「……
細戯遺失の魔法なのか。いきなり目の前にコースルートが見え、いつの間にか彼女は信号機を手に持っていた。ファヴもその場で留まり、歯を食いしばりながらもスタートの瞬間を待っている。明らかにこちらに有利なレースに巻き込まれている。自分が参加者に引きずり降ろされたことにも気づかずに、信号はスリーカウントを刻み、青に点灯した。スワローテイルは風防を展開、ジェットを吹かしてロケットスタート。自らの脚で地を蹴ったファヴの先を行く。彼女ははばたき、そして急降下して急激に加速してくる、がラピッドスワローの性能は並大抵の魔法少女を凌駕する。普通の魔法少女ならば追いつけるだろうところを、今は一気に突き放す。目標はエリアの端。心地よい風を感じながら、先を見据える。
「っ、待っ、待ちやがれぽん!!」
ファヴは剣を振り回したことにより、『距離を半分』にして追い上げてくる。どんなに突き放そうが一気に追いついて、切りかかる勢いだ。全速力のラピッドスワローの操縦で後ろを向く余裕はなく、バックミラーと、剣を振るう空気のわずかな振動でそれを察知する。そのうえで相手は長剣、間合いを見誤れば、切り裂かれる。いや、そうしなくとも、相手は距離を殺してくる。それは時間の問題であった。
「ぁぐぅ……ッ!!」
スワローテイルは背中に斬撃を浴び、胴を真っ二つ、つまり『半分』にしようとしてくる魔法に、蛹を纏い抵抗する。腹が捩じ切れる感覚に耐え、無理やりにでも治す。
「恨むなぽん? 妨害も攻撃もするなとは言われてないぽん!」
「その通りッ……だよ!!」
「んぶわぁっ!?」
バーニアから噴き出す炎を浴びせ、怯ませながら速度を取り戻す。前へ、前へ。どれだけ追いついてこようとも、『半分』にしているだけならば、追い抜くことはできない。悪意を振り切るべく、エリアの最果てに辿り着き、自分への負荷を気にすることなく強引なUターン、同時に飛来しようとするファヴには体当たりを浴びせ、そのままの勢いで加速する。それでも怨嗟を吐きながら猛追するファヴ。今度はわずかに振り向いた瞬間に目の前を剣が通り過ぎ、リップルたちにしたように視神経を潰してくる。視界を失い制御が狂う、もののラピッドスワローなら姿勢を立て直してくれる。いきなりのダメージで流血してくる目を押さえながら、蛹の再生を間に合わせ、目を開く。その先では、細戯遺失が何かの合図を出していた。降下……だろうか。考えがあるならと、従い、急降下する。と、頭上を剣を構えたままファヴが一気に通過して行った。
「……! はっ!! はぁ、追いついて、追い抜いてやったぽん! 空だとなんだか知らないけど、飛ぶしか能がないわりには、あっさりぽん? はぁ、何ぽん、これ、息が」
「あぁ……あはは、協力してくれたんだ」
「は? 何が……っ、ごふっ……!?」
追い抜いた先で笑っていたファヴが急に咳き込み、勢いを失った。それもそうだ。彼女が吸い込んだのは、もはや瘴気に等しい汚染大気。パン・デ・ミクだ。細戯遺失がゴール地点をわざわざここに設定したのは、その汚染大気の中にファヴを突入させるためだったのだ。
「っ、『半分』! 『半分』、『半分』にッ……」
「……無駄です。電子妖精は呼吸しないから忘れてたみたいだけど……魔法の病原菌は、桁が違うから」
「げほっ、む、無効! 無効ぽん! こんな妨害されて、飛べるわけっ」
「自分で言ってたくせに」
「っ、認め、認めない、ぽんっ」
「そっか! でも……お先に失礼!」
スワローテイルはその横を一気に追い抜いた。そのソニックブームに煽られて、ファヴがよろめき、ほぼ停止してしまった。そんな彼女に目を向けることもなく、ゴールラインを飛び越えて、リップルのところに帰ってきた。
「勝者! スワローテイル〜!!」
そうして箒を降りようとして、耐えてきた痛みが今更来て、下半身から力が抜けてしまう。立てなくて、リップルに支えてもらった。彼女は彼女で視覚がまだ朧気だ。それでも、心配の目をしているのは明らかだった。
それから、パン・デ・ミクに向かって、動けないなりに、ありがとうを込めて手を振る。彼女は「助けたわけじゃありません」と言わんばかりに背を向ける。代わりに手を振り返してくれたのは、長い爪のエン・デ・ミクだった。
「キヒヒ! いけ好かない奴をビョーキにできて、パン姉もうちらもスッキリだ! キヒヒヒヒッ!!」
「ッ、認め、認めなッ……こんなの……データにない……ぽん」
「ゲームマスター向きはボクの方だったねー?」
「こ、のぉ……!!」
「それじゃあ罰ゲーム!」
咳き込むファヴに向かって、細戯遺失が指を差すと、同時に落雷が起きて、ファヴを絶叫させた。ボロボロの彼女の懐から、カランと乾いた音を立て何かが転がり落ちた。魔法の端末だ。慌てて拾おうとしたが、ものを拾う魔法の持ち主──拾ヱが瞬時に手元に引き寄せてしまい、ファヴの手からはすり抜けた。
「電子妖精のくせに端末使うんや、変なやっちゃね」
「か、かえ、返す、ぽん! ごほ、ごほっ」
「でももう、うちらの戦利品やし、なあ?」
ニヤニヤしている拾ヱ。ファヴはそれを取り返そうと剣を振るったが、リップルのクナイが受け止め、そして同時に投げ放たれた一本がUターンの軌道を描いて彼女の首元に刺さったことで、ファヴは深く息を吐き、咳き込み、踵を返した。
「覚えて、ろ、ぽん……!!」
レース中の姿よりもずっと情けない飛行だった。ひとまず、これでこのエリアに訪れた苦難は去った、だろうか。いや。彼女はゲームへの介入手段を持つ。これに逆上し、エリアごと消されでもしようものなら──。
「アイツは私がやる」
立ち上がったリップルを止められないまま、スワローテイルはその背中を見送った。待って、と声をかけようが、立ち上がれないスワローテイルには関係なかった。