魔法少女育成計画PlayfulGale   作:皇緋那

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白と黒の断絶

 ◇リップル

 

 潰された視神経はどうにか回復しつつある。まだ隅は朧気だが、カバーできる範囲だ。これまで隻眼で戦ってきたリップルには誤差でしかない。

 ファヴは追い詰められた時、弁舌が通じそうにもないならば、一目散に逃げ出すであろうことは予想がついていた。だからこそ、リップルは駆け出した。エリアの外まで逃がしてやるつもりはない。フラフラの彼女になら、飛んでいようとも追いつけた。その翼に狙いを定め、まずは手裏剣を放ち、同時に飛び込み切りかかる。ファヴはまともに避けられもせず、手裏剣は叩き落とすも、リップルの繰り出した忍者刀は翼に食らっていた。

 

「ぃッ……たい、ぽん……! やめ、やめるぽん! リップル!」

「やめる理由がない……」

「まあ待つ、ぽん? 確かにちょーっとよくなかったぽん? でもほら、そうだ! リップルを魔法少女にしてやったのは誰ぽん? もちろんファヴで」

「……そう。あんたがそうしなかった、全部、全部、味わわなくて済んだ」

「えっ、あ、ぁぐっ!? ちょ、待つぽん!! そうだ、今のマスターに、口利きしてやるぽん! スワローテイルとリップルはゲームから外してやるから!」

 

 逃げようとするファヴにもう一度突き刺す。どうにか防ごうとしてくるのを弾いて、翼を抉る。ファヴから呻き声があがる。しかしそれでも足掻いていた。理由は簡単だろう。もうすぐ先には、エリアの果てがある。レースのコースに使った果てとは逆側だ。そこから外に逃げさえすれば、逃げ切れると思っている。そうはさせるものか。ついにエリアの端に差し掛かったところで、ファヴは力任せにリップルを振り払い、力を振り絞り逃げ出した。エリアの壁をすり抜けたのは、既に通行証を持っていたからだろう。リップルは手裏剣を投げたが、エリアの壁に邪魔された。ならばそうだ、リップルは奥の手に頼る。

 

「はぁ、まったく、なんなんだぽん、しつこすぎるにも程が……」

「……しつこい理由……わからないとは言わせない……」

「……は? な、な、なんでリップルがエリア外に」

「ボスドロップ……」

「あっ……!?」

 

 リップルはボスからのドロップであった抽選アイテムにより、通行証を手に入れていた。誰にも話していなかったのは、誰が敵で誰が味方かもわからないからだ。守りたいスワローテイルにさえ、話す暇はなかった。そしてこれを今使ったのは、リップルには、もう一度ファヴを消さなくてはならない責任があるからだ。苦し紛れに放たれた斬撃を逸らして、腕の腱を刺して握力を奪い、武器を落とさせる。これで丸腰。血に濡れた切っ先を向ける。

 

「今度こそ完全に殺す……お前は……この世にいちゃいけない……!」

「ひっ──」

 

 ファヴに向かって、忍者刀を繰り出す。これが届けば首を裂く。そのはずだった、が、見ると──刀身が砕かれていた。何が起きた。刃を半分にされた? いや、ファヴは触れてすらいなかった。そして何よりファヴ自身が、苦し紛れに手を出して目を閉じたまま固まっていた。彼女ではない。ならば何だ。目を見開き、見回す、までもなく、金属を砕くような音がして、そちらを見た。

 二体目の竜だ。竜の尾を持つ魔法少女が立っている。しかしその背に備えるのは竜のそれではなく、むしろ虫の、それも蝿らしき翅であった。手にした大剣には牙の意匠が盛り込まれている。顔立ちは見覚えがある。そのアイシャドウもそうだ。そんな彼女は、バリバリと何かを咀嚼している。まさか。喰ったのか、リップルの武器を。

 

「お前は──」

「スノーホワイトを泣かせたのは貴方か?」

「──スノーホワイトを?」

 

 その名が出るとは思わず、ふいに言葉を失った。あぁ、そうだ、この顔、なぜ見覚えがあるのかわかった。彼女は、この蝿と竜の騎士は、リップルの知る魔法少女……ラ・ピュセル、スノーホワイトの死んだ友人に酷似している。

 彼女は死んだはずだ。しかし、現に端末ごと潰したはずのファヴがここにいる。このゲームの中には、生死を歪めて弄ぶ何者かの思惑がある。

 

「邪魔、しないで……私は、こいつを……!」

「スノーホワイトを泣かせる奴は許さない」

 

 無造作に剣が振るわれると、その一太刀の軌道上にあったもの、全てが抉られていた。リップルの肉体も例外ではない。そして、その抉られた肉を、剣に作られた『口』の意匠が、ぐちゃぐちゃ音を立て、咀嚼していた。飾りではない。そこに『口』があるのだ。

 

「ッく、私、は、スノーホワイトのこと、だって……!」

 

 次の一閃で腕が持っていかれる。元より隻腕のリップルから、反撃の手段が消えていく。足を使い、自分が使っていた武器の破片を蹴り上げて、投擲の代わりとした。百発百中の魔法はこれでも効力を発揮する。時間稼ぎにはなるはずだ。ラ・ピュセルがそれを受け、わずかに掠めて血が流れる。しかしその血は彼女が指を鳴らすと、真っ赤な槍に形を変え、逆に投げつけられる。それ自体は避けられても、着地に合わせ剣が襲ってくる。体を大きく曲げて口で腰のクナイを抜き、無理やり投げた。ラ・ピュセルは避けようともしない。必中なのは知っているんだろう。その場から一歩も動くことなく、クナイに、文字通り食らいついた。刃を歯で止め、噛み砕いてくる。

 

「……チッ……!」

「裏切りの味がするよ」

 

 確かに儀式のことは彼女には黙っていた。それは、彼女の未来のためになると思ったからだ。そうでなければプフレの甘言に乗じたりはしない。だがどうだ、儀式はこんな形に変わり、スワローテイルが巻き込まれ、スノーホワイトは裏切りに泣いているという。

 

 目の前の騎士が指を鳴らす。傷口に流れる血が虫に変わる。どこからか蝿が集り出す。視界に纏わり付き、振り払うこともできない。脳裏が羽音で満ちていく。それでも脚だけは動かした。

 

 せめて、せめて伝えなければ。この狂ったゲームは、どこまでも、どこまでも狂っていると。

 

 

 

 ◇スワローテイル

 

「リップルさん! リップルさーん!!」

 

 ファヴを追ったリップルのことを追いかけて、スワローテイルは立てないなりに、拾ヱの背中を借りていた。背負ってもらいながら、彼女のことを呼びかける。しかし反応はない。大きな声で返事をするタイプじゃないが、それならそれで姿を見せてくれるはずだと思い、けれど何もなかった。そうしてもうエリアの端だ。いくら元々いた場所が端の方とはいえ、こんなギリギリまでだったということは、あるいは取り逃してしまった、とか。

 なんて考えよりもずっと、最悪の答えが、そこに落ちていた。

 

「おい、なんやあれ!」

「……うそ」

 

 リップルはそこにいた。腕が無い。脚が無い。腹部も、頭部も、見るからに抉れている。背中も同じだ。スワローテイルはその傍らに下ろしてもらい、すぐにでも抱き起こそうとして、しかし初めに触れたのは、抉れた背から露出した脊椎であった。骨の硬い感触があって動揺する。それでも声をかけた。

 

「リップル……さん」

「……」

「なんちゅう傷や、こりゃ、もう……」

「な、何が、あって」

「……ファヴ、だけ、じゃない。外は……」

「外? 外に何か」

「……狂っ、てる……」

 

 辛うじて開いてくれていた瞼が閉じる。嫌だ。まだ、まだ聞きたいことが聞けていない。まだ、ようやく、出会えたばかりだったのに。

 

「……だけは……」

「だけ、は?」

「生きて……」

 

 かすかな声を最後に、リップルから力が抜けた。静かに、端末が更新される。表示が『15/16』、そして『99/100』に変わっていた。それはつまり、ゲームへの参加者が、ひとり減ったことを示している。それが誰のことなのかは明白だった。

 

「わ、たし、は」

 

 手が届かなかった。動けさえしたら、歩けていたなら、リップルと共にいることもできたのに。

 深い後悔の中、スワローテイルは魔法を使った。リップルの、何ヶ所と抉られたグロテスクな体を、蛹で包み込む。そうして溶かして、小さく、小さく変えて、その蛹を、懐に仕舞った。彼女をこのまま置いていきたくなかっただけの、我儘からの行為でしかなかった。

 

 

 

 ◇ファヴ・アンド・ファーヴ

 

「はあ、まったく、命拾いしたぽん」

 

 初めて知る痛みというものと、データの削除とは違う死の感覚。肉体を得た弊害だ。ファヴ・アンド・ファーヴはクラムベリーに匹敵する性能を持つはずだが、相手はそのクラムベリーが見出した者達で、少し計算を間違えたらしい。二度と関わってやるものか。こちらから願い下げだ。怒りのままに、大剣で地面を切りつける。

 クラムベリーの真似事をしてはみたが、ファヴに彼女の感覚は理解できなかった。自ら殺し合いの中に在り続けるというのは、これをずっと続けるということだ。前のマスターは、しっかり壊れていたんだと再確認した。

 

 そんなことはいい。今はとにかく、安全圏である第三エリア、電子領域に戻るのを先決とする。あのラ・ピュセルもどきが何かは知らないが、ファヴの知らない参加者の何かだろう。一度傷を癒さなければ。

 エリア外領域は誰にも見つからずに抜けられた。第三、都市エリアはもうすぐだ。ドーム状になった結界の壁を抜けて、時折よろめき剣を杖代わりにしながら歩く。自然と恨み言が口から出る。

 

「どいつもこいつも、魔法少女にしてやったのはファヴなのに……ぽん」

「おかえりなさい」

 

 声をかけられ、振り向いた。いつの間にか、電子領域に場所が変わっている。ファヴの仕業ではない。同等かそれ以上の権限を持つ別の者の仕業だ。声の主がその正体に他ならなかった。

 シャドウゲール。いや、現身たる御身はゲール・エクス・マキナと呼ぶべきだ。彼女が見下ろす中、ファヴは下唇を噛む。

 

「運営補助の権限は与えましたが、あそこまでやっていいとは言ってませんよ」

「あ、いや、それは、ゲームを進行するために必要で」

「無理やりボスを出して、負けて癇癪起こして、自分で行ってボロボロにやられる……のがですか?」

 

 辛辣で冷ややかな目だ。悪いのはファヴではない、なにというのに、この現マスターには逆らうことはできない。肉体を与えた張本人であり、このゲームの世界を司る、神にも等しい相手なのだから。

 

「しかも端末なくしたなんて。予備、作っておきますけど」

「ええとそれは……助かる……ぽん……」

「気をつけてくださいよ?」

 

 宙に浮きひとりでに動くレンチとハサミが虚空に火花を散らし、その中央に魔法の端末が現れた。そこにマスターが新たに権限の付与を行い、ファヴに手渡してくれる。恐る恐る受け取った。

 

「次やったら、権限は没収、ファルと交代ですからね」

 

 絶大な力と神々しさとは裏腹に、偉ぶることも下手に畏まることもなく、振る舞いはシャドウゲールそのものだ。ただそれでいて、その気になればこちらを削除できると思うと、痛みを思い知らされたファヴが畏怖を抱くには十分だった。

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