◇のっこちゃん
のっこちゃんは一部始終を見ていたわけではなかったが、端末に届けられた通知と、町に戻ってきた魔法少女たちが皆ボロボロであったことから、何があったのかはなんとなく察していた。
ミステリーク海賊団はキャンディを出し合って、回復薬を購入し、治療しつつ駄弁り続けている。他愛ない会話の中には、ファヴへの愚痴が多分に含まれており、ファヴが何かしたことは察する。例のボスイベントもそうなのだろう。
細戯遺失とロスト・セレスティアのふたりは、ふたりだけで何かずっと話し合っていた。今後の方針かと耳を傾けると、勘づかれたのか、すぐに場所を変えられて、それきりだ。セレスティアはずっと目を閉じていて、血涙の痕があった。目が使えていないと思しい。
そして、一番信用していい相手、スワローテイルはというと、戻ってきたのは拾ヱとふたりだけだった。病原三姉妹がいないことには胸を撫で下ろす。姿のないリップルのことは気にかかった。けれど、スワローテイルの表情が明らかに暗く、饒舌な拾ヱとも一向に喋らないのを見て、聞くのをやめた。
現に端末の表示も……数値が減っていた。恐らくはこの分母を100とした数値は、ゲームの中にいる人数だ。このエリアに16人から始まり、他のエリアに残る84人がいる。そしてその中には、ミステリーク海賊団や病原三姉妹よりも、話し合いのできない相手もいるだろう。
スワローテイルにかけられるような言葉はなかった。
リップルは強かった。そして殊更に彼女を気にかけていた。それがいなくなったのは、彼女にとって重い。精神的にも、この先のゲームにとっても。
「気になる?」
「……え? あっ、それはだって……気になるよ」
「またひとり消えた。また消えた。また。なぜ? なぜ?」
ブギーは首を傾げ、被っている紙袋ががさりと音を立てた。
のっこちゃんには、彼女のことだってわからない。不可解な言動も多い。素行は良くない。クラスの魔法少女、特に暴れ者のメピス・フェレスなんかとは問題を起こすことも少なくない。学友として、悪い子、とまでいかないのは、知っている。この状況にあって信用できるのかは、わからない。ブギーもまた、『子供達』だ。
「ブギーはここにいる」
「おーおー、せや紙袋ちゃん、あんたもお仲間やったな! ちびっ子ども、拾ヱお姉ちゃんがええもんゲットしたさかい見ときや」
いきなり話しかけてきた拾ヱが取り出したのは魔法の端末だった。普通のデザインではなく、左右が白黒に塗り分けられた特別仕様だ。ついでに中身も特別らしく、拾ヱがポチポチと操作をすると、アイテム欄に見覚えのない品々が並んでいる。ここでもほとんどは日用品のようだが、その中には『マスターパス』の欄があった。
「このマスターパスがありゃあな、パーティごと、通行証がなくても移動できるらしいんや。まあ説明書見る限り、有効化には色々必要みたいやけど、アイツが使うてたんなら平気やろ。これで四人分や」
「アイツ?」
「これを使うてたんはファヴの野郎や。エリア超えとるのは見とるし、端末もまだ生きてるみたいやな。むしろこっから抜いとかな、奴さんまた来るで」
「それは嬉しいじゃないか。私も会ってみたいものだからね」
ふと顔を出したのはフレーズだった。歩き回って大丈夫なのか、誰もが思ったところ、彼女はふっと笑うと、まだ体が重いさと冗談めかして話した。
「あんなん二度と会いたないわ!」
「自分の手で倒してこその正義だからさ」
「おーん……? そういうもんかいな?」
「白と黒で物珍しいじゃないか、この端末も」
「珍しいか?」
拾ヱとフレーズは、手に入れたファヴの端末をふたりで覗き込んで、試しに色々触れている。ブギーもその後ろに行って、ついでにミステリーク海賊団の面々がそれに気付き、半ば慌ててこちらに来るのが見えた。のっこちゃんは苦手意識から、なるべく自然にその場から離れる。ブギーにも見つからないように。
スワローテイルは隅で三角座りをしたままだった。声をかけることは、やはりできず、そのまま彼女にも悟られぬよう建物の陰を通り、噴水広場から抜けた。
「……」
広場から離れた位置にはショップがある。自身の端末から開いて、並んでいるものを見る。回復薬や携帯食料はいい。それよりも、本当に欲しいものにカーソルを合わせる。
このゲームは、最終的にはエリアマスターによる奪い合いで決着する。クリアに懸かっている賞金額は大きい。魔法少女学級の奨学金をも超えている。
マスターパスがあるということは、ファヴは他エリアのマスター権限か、それに近い立場を持っていたのだろう。その端末に手が届くまでに、魔法少女たちはリップルという犠牲を払っている。
のっこちゃんは己の端末で、武器を複数個、購入した。強化によって上げられる補正値も、手持ちのキャンディの許す限り上げた。身体能力が低くたって、持っていないよりずっといい。
アイテム欄を開く。のっこちゃんのものには、まだ殆どなにもない。表示される文字は、『武器』と……『マスターパス』。これを使いさえすれば、パーティを組んだ3人には、通行証が必要ない。これで、ファヴのものと合わせて8人。それなら誰も、戦って、死ぬ必要はない。
けれど。クラムベリーの子供達が、最後まで味方でいてくれる保証はない。海賊団や病原三姉妹がその例だ。明らかに過激な者がいる。せめて、安心できるまで、心の内にしまっておく。
誰にも見られていないことを確認しながら、のっこちゃんはショップから離れ、広場に戻る。最初からずっといた風を装うことは忘れなかった。
◇ウサ・アハ
「……助かり、ましたわ」
セレスティアにこっぴどくやられた後、殺されかけたジュー・ユーの介抱をして、その間にボスイベントとやらは終わっていた。あんなもの、お強いセレスティアのような魔法少女がやればいいことだ。……そう考えて、自己嫌悪がやってきた。端末の表示が減っている。これが何を意味するのか、確証はないが、死人が出たのではないか。冷や汗が伝う。その様子を見たジュー・ユーが、冷や汗のかわりに体表から石油を垂らしつつ、ゆっくりと口を開いた。
「……私たちは『子供達』。人殺しのろくでなしでしょう。アイツも躊躇いがなかった。いずれ誰かが消えるのは避けられないでしょう。私が言うのもなんですけれどね」
「違う……違うウサ。みんな、みんな、あの女がいなかったら」
「音楽家に歪められたんだとしても今ここにいるのは歪んだ魔法少女だけでしょう! そんなに死を見たくないなら自分が死なれてはどうです!?」
全員が生き残るために必死だ。殺し合いを強要される状況、そしてあの妖精の存在とその横暴。自分たちが追い詰められる条件は揃っている。あの日と一緒だった。
『先生! 助けて! 先生っ!!』
脳裏に響く助けを求める声。記憶を取り戻した6年前から、ずっと、あの血塗られた日が焼き付いている。
『せっかく児童養護施設なんて選んだのに、ハズレだったぽん』
ファヴがこぼしていた言葉も思い出した。そんなことのためかと激昂して、しても何にもならなかった。
『今回は……あぁ。まだ生きていましたか。仕方ありません、貴方を合格にしましょうか』
クラムベリーのため息も思い出した。自分を慕ってくれていた者を皆殺しにされて、このまま生き残るくらいなら、殺してくれと希ったことすら思い出してしまった。
ウサ・アハは弱い。試験では為す術なく殴り倒されて、そのまま一瞥もされることなく、偶然最後まで生きていたから合格した。それだけだ。だからって、止めることすら許されないことはない、と信じたい。
ロスト・セレスティアは何もかも拒絶している。細戯遺失は壊れている。幼くして巻き込まれたからああなったのではないか。彼女らも被害者だ。諦めたくはない。
「それでも……」
「……魔法少女でなくとも人は死にますわよ」
ただ、ジュー・ユーが目を伏せた言葉も、あるいは彼女が抱えた過去からのものだったのだろうか。口から出かけた否定を飲み込んで、深呼吸をした。