◇ディティック・ベル
病床で朝を迎えたディティック・ベルは、枕元に無造作に放っておいた魔法の端末の着信音で跳ね起きた。とにかくまずは電話に出る。ろくに発信先も見ないまま、はいこちらディティック・ベル、とかろうじて声を出した。こっちは死にかけのボロボロなのに誰だろう。それに続く声で、一気に目が覚めることになる。
『あぁ、やっと繋がった。いきなりすまない、こちらプフレだ』
「……えっ? プフレ!? 今どこに、っていうか無事!?」
『そちらは朝かな? こちらはずっと明るいよ』
ずっと明るい? 白夜か? ということは極地? いや、さすがにそんなことはないだろう。しかし何かが起きているのは明らかだ。そもそもプフレは現在、行方不明である。というのも、ディティック・ベルたちが散々に痛めつけられ入院した翌日のこと、魔法少女界の要人、賢人派閥に部門の重役が複数名、一気に行方不明になる大事件が起きていた。
それぞれが集まり、万全の警備で、儀式を執り行い、その結果として忽然と消えた。その中にはプフレや、シャドウゲールも含まれていた。そこへいきなりプフレが連絡を寄越したのだ。何がどうなっているのか、直接確認しないわけにはいかない。端末の画面を見る限り、発信元も確かにプフレに違いない。
「一体なにがあって」
『色々あったのさ。そちらでは……私もシャドウゲールも消えたことになっているだろう』
「それどころか、みんな消えてる」
『やはりね。いくつか頼まれてほしいことがある』
「入院中なんだけど!?」
『病院の中からでもできることもあるさ』
そこからプフレはここぞとばかりに内容を話してくる。こちらはこちらで、痛みに呻きながら無理やり体を動かして、紙とペンとをなんとか用意、プフレの言葉をメモに残していく。接触してほしい相手として挙げられた中には、ディティック・ベルからすれば知らない相手も多い。そもそも自分の独力では接触することができるのかどうか。
それでも、無駄なことならば電話越しにわかるような焦りの色は見せないはずだ。やはり異常事態が起きている。ディティック・ベルがそれを悟った時に、さらに、宿舎の責任者の名が出て、さらに双方にとって因縁のある名が出てくる。
『あとは、キーク。彼女は収監中だね』
「……!」
『収監中ならば黒幕ではないだろう。むしろ協力させるべきだね。宿舎側も第九の長が消えて困っている。オスク派を経由した方が話が早いかもしれないね』
「キーク絡みなの?」
『まあ──そんなところだ。不明者のリストが欲しくてね。そうだ、人事部門のコルネリアという魔法少女に、スワローテイルと儀式のことを話すといい。彼女ならば尽力してくれるはずさ』
「わかった、けど待って、本当になにが起きてるの? どこにいるって?」
『私がいるここはゲームの世界だ』
「それってやっぱりキークの」
『彼女の世界を利用した者がいるというのは間違いないね』
6年前、巻き込まれた事件。それはディティック・ベルにとっては、ラズリーヌと出会いこの生活に至ったきっかけであり、そして苦々しい思い出でもある。
『すまないが、ゲーム内から外の世界に連絡するには専用のアイテムが必要でね。そうだな、三日後の……18時、また確認を取りたい。いいかな』
「全部は不可能だと思う」
『途中まででいいとも』
「それと……」
『どうかしたかな』
「……なんで私に?」
『君は名探偵、だろう?』
魔法少女界は混乱している。それはプフレも察しているはずだ。そのうえで、貴重なアイテムを使っての依頼を、ディティック・ベルにした。息を整える。これは体が痛んでも動くしかない。やがて通話は切れて、
「ベルっち、お仕事っすか?」
「困った人事部門長様からだよ」
隣のベッドに寝ていたラズリーヌと目が合って、思わず笑みをこぼした。彼女もまた包帯まみれだが、ディティック・ベルより体が強い、驚くべきことにもうベッドからぴょんと立ち上がれている。
「さあベルっち! あたしの背中に乗るっす! 今すぐ行くっすよ!」
「さすがラズリーヌ、頼れる私の助手だ」
「でへへ、もっと褒めてもいいっすよ〜!?」
言葉に甘えてラズリーヌの背中に乗せてもらいながら、メモと端末とを回収する。真っ先に人事部門にアポを取って、そちらに向かうことに決める。
「……行く……の……探偵……さん」
病室に眠る友人たちの横を通り抜け、最後にネフィーリアの横を通る時、ぽつりと言われた。ラズリーヌは立ち止まり、彼女は頷き、ディティック・ベルも続いた。
「だって私たちは」
「あたしたち、ラズベリー探偵事務所っすから!」
「……そういうことで」
決め台詞が取られた。ネフィーリアはそんな我々を見て、わずかに息を漏らしたが、それだけだった。
それから人事部門に連絡がついたのはかなりすぐのことだった。あちらも手がかりを探していたらしく、返事は本当に早かった。待ち合わせ場所の人事部門のロビーで既に複数人の魔法少女が待っていて、連絡した相手のコルネリアだけでなく、他にも魔法少女がいる。保安官風の魔法少女と、ペットボトルを腰に差した魔法少女である。彼女らはこちらに気がつくと、一気にぐいっと来た。
「ねえ、あなた、スワローテイルのこと知ってるんでしょ、なにがあったの、ねえ!」
「落ち着けよレーニャ、あんたが噛み付いたってなんにもならないっての」
「わかってるわよ! エリザは心配じゃないの!?」
「心配に決まってんだろが!!」
「あのー、ロビーで喧嘩しないでいただけますか?」
間に入り宥めているのがコルネリアだろう。ラズリーヌの背中越しに彼女に会釈すると、彼女も明らかに苦労人らしい弱々しい笑顔で会釈してくれていた。まずは、このままだとヒートアップする気配もあり、場所を変える。適当な会議室に入って、さっそくプフレからの話のことを伝えた。コルネリアは頭を抱えた。
「あぁ……わかりました……はい、人事のデータベースならいくらでも使っていただいて結構です」
「助かります」
コルネリアの提供により、プフレの挙げた名前のうちいくつかには連絡がつきそうであることがわかる。どこで何をしているやらわからない連中でも、メールくらいは送れるはずだ。
「あ。この子は学級所属だから、繰々姫先生に連絡すればわかるかも。それで登校してなかったら確定と見た方がいいかな」
「この人パナっちのお友達っすよ。パナっち経由ならいけそうっす」
人事のデータを使わずとも可能なものも、そうして攻めていく。机の上に並べられた資料とにらめっこをし、時にペンを使い端末を使う、その中で、ふいに見ていたふたりが声を出した。
「スワローテイルもそのゲームの世界にいるの。どうすればいい、何をしたらいいの」
「あたしらにできること……あるか?」
「えっと……」
人手は欲しい。何せ、ディティック・ベルはこのざまで、ラズリーヌだって万全ではないのだから。こっちをお願い、と名簿と資料を共有する。エリザは頭を掻き目を細め明らかに苦手そうにして、レーニャは途中まで進んでいたかと思いきや、途中で固まって、しばらく動かず、であった。それに各部門に話を通さなければならない場面も多い。都合よく顔見知りがいればいいのだが、部門勤めなんて。
「……あ。そういえば」
端末の履歴を遡り、電話をかけてみる。目当ての相手はすぐに出た。
『もっしー。こちらゼリーちゃんお電話サービス。サプライズベル先には私もびっくり』
「ごめん、ジュエリーゼリー。今日は探偵の方で。協力してほしいことがあって」
魔法少女学級を卒業した皆は、各々部門に就職していたり、そもそも所属していたりする。そのみんなと連絡が取れるのは、真っ先に浮かぶのは彼女であった。
『浮かぶのはクラゲだけに?』
「うん?」
『ヒトデも欲しいがクラゲも欲しいということ?』
「あ、ひ、人手とヒトデをかけてね?」
『頼れるゼリーはクラスMINEも所持。なんならいまでも動かしてる。シンソニもマスカットも返信が早い』
「……! さすがゼリー! お願いしたいんだけど……」
『あいあいさー。もちろん恩師の頼みとあらば触手を伸ばすよ。ぬるり』
これで部門と宿舎への連絡はなんとかなりそうだ。ほっと息を吐き、今度はラズリーヌがパナースへの連絡を開始。それもやがて通る。ついでに決闘の約束をしていたような気もするが、そこは気にしないことにしておく。
「魔法少女管理部門に協力を要請するのはどうでしょう?」
「管理部門は……さすがに縁が……あ、いや、あるんだ」
「トットっちが友達って言ってたっすよ。あと、テイルっちたちが島の件とかで!」
「すごいなあんたら……」
エリザの感心する声にラズリーヌが明らかに得意げにしていた。それを横目にまた電話をかける。その相手は、今まで知り合ったことのない相手だ。『分界派』……魔王塾最古参、七大悪魔の一角に連なる者達。そちらにはほぼ関わってこなかったため、初めての相手だ。さすがに緊張しつつ、番号を入れた。
「……あ、お世話になっております、私ラズベリー探偵事務所のディティック・ベルと申します」
『探偵……? ご、ごめんなさい、私なにもわからなくて、フライヤ様は、ええと、ご不在で……』
「その、フライヤ様のお話を聞かせていただきたいと思いまして」
電話越しに、気弱そうなその少女が、息を吸い込む音が聞こえている。それから恐る恐る、分界派の事務所らしき場所、魔法の門のアドレスが伝えられてくる。これで接触させてもらえるらしい。またしっかりメモを取って、通話を終えた。まだまだここからだ。依頼人には、最大の成果で応えてやろうと思う。