長たちの目覚め
◇リビングデビット
忌級魔法犯罪者収容隔離棟……通称、第九宿舎。その副所長兼看守長。ただし所長は多忙な魔法使いであるため、ほぼ所長代理も兼任。
そして運ばれてくるのは、旧封印囚、旧特殊地下監獄の住人、第八宿舎で問題を起こした囚人なら、めちゃくちゃだ。それに部下の看守連中には他宿舎の問題児が何人も押し付けられ、スポンサーはきな臭い噂の漂うプク派幹部。金払いはいいが、裏で何を企んでいるのかわかったもんじゃない。
そんな、話だけ聞いたら誰もがやりたくないようなポストに、今のリビングデビットはいる。
これまではとにかく給料さえ上がるならばなんでもいいと考えていた。だがそれで二つ返事をし続けた結果が、これだ。今回だって、儀式に出向くのは所長のはずだった。なのに、所長は多忙と言いつつほぼ出てこず、代わりに袖の下を渡してきて、仕方なく出てやることにした。そうして出た儀式で、謎の魔法少女どもに襲われ、応戦しているうちに、巻き起こった風と光に巻き込まれた。気がつけば、ここにいた。
深く息を吐く。自分が、わけもわからずここにいる、ということは、これで飲み込んだ。それから周囲を確認する。
ここは、山? だろうか。ゴツゴツとした岩肌の山岳に、リビングデビットはひとり倒れていた。
「なんだよっ! こんなことになるっていうならあんな金突っ返したのに!!」
人事が派閥使って何かやるなんて、今思えば怪しい。所長からあと三倍は貰っておくべきだった。行き場のない怒りで地団駄を踏んだら、落ち着いて、まず端末を確認する。見たことの無いアプリが勝手に入っている。他の機能がやたらと制限されている。愛用の決済サービスたちも接続不良。イタズラ……では、なさそうだ。壊されたともどうにも違う。
そうして周囲を確認していると、いきなり目の前にメッセージウインドウのようなものが表示される。内容は『チュートリアルを開始しますか?』だ。リビングデビットは即刻『いいえ』を選択した。不甲斐ないことに、誰かの何かの魔法に嵌ったのだろう。だからってこんなことに付き合ってられはしない。
「町に向かえ? あぁ……はぁ、あれが町?」
山岳から見下ろせる下方の位置に、建物らしき並びが見える。まずはそこに行けと端末に指示がある。山を登るよりは、そちらに行った方がいいか。仕方なく、せっせと歩いて山を降りた。
「あ……副所長……」
「副所チョー! 待ってたヨ!」
町に入り、広場に出るまで歩いて、そして見慣れた顔に出迎えられる。甘い香りの漂う、見るからにミツバチのミーツ・ミーツ・ミーツ。そして洗剤のような匂いがする、見るからに道化師なアルレッギーノ。宿舎における部下たちである。頼れるかと言われると首を傾げるが、納得感があった。儀式に同行していたメンバーはこれで全員なんだから。
「無事でよかったです……! わ、私、副所長さんがズタズタのバラバラ死体になってたらどうしようかと……」
「そこまで行ったらもうどうしようもないだろうが」
「いやー上司がいて安心だヨ。責任、とってくれるんだよネ?」
「なんの? ってかなにこれ? 状況は? どーなってんの?」
「え、ええっと……わからなくて……電話も通じませんし……むりむりです……」
「これ副所チョーも知らないノ?」
「知らん。え、誰もわからん感じ? 誰かいない? 他の人達は?」
「あの……話しかけるの、怖くて……ピリピリで……」
「自分が話しかけたら悪印象から入っちゃうから自重してたネ」
「いやいや。そんな話しかけにくい相手ばっかりなんてまさかそんな」
はっと広場を見回す。魔法少女は多数いる。……いや、その他多数で流していい面子ではなかった。なるほど、話しかけられなかったというのもうなずけるかもしれない。
外交部門日本局長、魔王塾権威の失墜により一気に頭角を現した影の実力者……レディ・プロウド。
広報部門副部門長、アニメ化魔法少女にして異例のスピードでナンバーツーに出世した部門長のお気に入り……キューティーショコラ。
監査部門零課課長、数々の重大魔法少女犯罪を取り締まり第九宿舎送りにした仕事人……
研究部門部門長補佐代理兼副部門長代理兼衛生課課長兼第二研究室主任、肩書きが多いことこそが彼女が重用されていることがわかる……フォーマルメイド。
どれも最高責任者が魔法使い、あるいは文官の魔法少女であることを考えれば、現部門所属魔法少女の間では最大級の権力で戦力と言えるだろう。この中では新設の研究部門、よりもさらに新参者である第九宿舎の副所長として、リビングデビットは慌てて姿勢を正した。そんな者達が集まる場所に頭を下げながら、失礼する。
「こ、これは……ええと。儀式ぶり、でしょうか」
「それもつい先刻だろう」
「風が吹いて光が迸ったと思ったら、山の中に放置されて……皆さんも一緒ですか?」
「そもそも端末が動いていないから、時間がどのくらい経っているかもわからないね。これは! オー! ショック!」
「状況は不明ですが、ここにいる皆様は儀式の場にいた面々で間違いないようですね」
宿舎はそうだ。外交、広報、監査、研究も、それぞれそうであったという。確かにここにいる何人かは見た。儀式の参列、及び襲撃を受けた際に付近にいたはずだ。ということはやはり、あの場所で何かが起きた。全員まとめてここに連れ去るような何かが。
「こんな場所に連れてきて、山の中に置き去りか。命が目的なら眠らせた時点で終わっていたはずだ。山中に放置する必要はない。捕まえたいのなら、せめて縛っていなければおかしい」
レディ・プロウドの言葉に、一同は頷く。これを起こした者は、そうする他になかった、と考えるべきだろう。例えばどこかに飛ばす魔法、のような。いや。他に可能性はあるのでは。例えば。
「あるいは、そもそも現実ではない魔法空間……というか、これ、キーク元IT部門長の魔法では?」
リビングデビットは思い当たった。もちろん看守として受刑者の情報はひととおり目にしている。何をして捕まったのか、まで、きっちりと。ここまで何人も巻き込むとなると、やはり思い出すのはキーク事件だ。特定多数の魔法空間へのアブダクション、といえば、嫌でも思い出す。ついでに脱獄して国家転覆に関わった忌級だし。
「だとすれば、宿舎の管理不足になるでしょうな。宿舎内から魔法は使えないようになっているはずでは?」
「……あ、じゃあ今のナシで」
「似たような魔法か。それとも、何らかの方法で模倣したか。どちらも有り得ます。とにかく、閉じ込められたのは間違いないでしょう」
フォーマルメイドが、恐らくは研究部門の部下であろう魔法少女たちを指す。その中に、隻眼の、背中に機械翼を背負った魔法少女がいる。戦闘機あたりがモチーフか。見るからに飛行できるのだろう。
「念の為、うちのエリに上空から確認して貰いました。が、儀式地点周辺の地形には一致せず、水平線は見えなかったとのことでした。さらに成層圏に行く前に結界にぶつかったと」
「ありゃ痛かったよね」
「その節はありがとうございました。私も飛行出来ればよかったのですが。いや、情熱があれば飛行できる……?」
「あぁちょっと! フォーマルさんがいらん実験に目覚めちゃうけん次! 次行って!」
フォーマルメイドが明らかに脱線していった。部下も扱いに困っているのだろう。向こうは向こうで大変そうだ。リビングデビットは彼女を放置してまとめ直す。
「……じゃ、ここは魔法空間ってことで?」
『正解ぽん、さすがだぽん』
電子の合成音声がして、全員が音のした方を見る。浮遊しているのは電子妖精だ。疑いと警戒が向けられる中、電子妖精は『みんな顔怖いぽん』と言いつつ続けた。その口──電子妖精に口はないが──から語られたのは、ふざけた話だった。まず、この空間はゲーム空間であること。勝利条件があること。そして人数が減らなければそれを満たすために動けないということ。これはつまり、暗に殺し合えと言っているわけだ。説明を聞かされ、電子妖精は消え、その場に沈黙が流れる。そもそも部門同士、皆仲良しこよしなわけがない。権力闘争ならもちろん敵だ。部門同士の抗争という選択肢は、真っ先に頭に浮かぶ。特に、武力によって他者を従わせてきた外交部門なら、そう思い至るだろう。レディ・プロウドの視線が意地汚いものに見えて仕方がない。研究部門の連中に至っては既に身構えている者までいる。先の戦闘機魔法少女は既に、腰に携えた銃器に手をかけていた。ならばこちらも構えねばならない。リビングデビットはジャケットの内側のデビットカードを引き抜かんとした。同時に、フォーマルメイドがスカートの中からデッキブラシを持ち出してくる。
「なるほど。脱出のためには人数を減らす必要がある、と。そうする他にないのであれば、そうするしかないでしょう」
「殺し合うのか? おまわりさんは黙っていられないぞ?」
「正義の味方もいるよ!」
「電子妖精の思う壷になりたいのか? 奴の持ち主を探す方が先だ」
「あれは……知ってるよ、森の音楽家の……」
「お、音楽家……って、も、もう、グチャグチャにくたばった人ですよね!? じゃあなんでその妖精が……」
「幽霊だったりしテ」
「ひぇっ!? 幽霊!? そ、それは、ちょっと、ないんじゃないかなーって思うよショコラは。うん。そもそも幽霊とかアニメの中にしかいないし?」
「ええそうですね、非科学的です。ですが魔法少女も非科学的でしょう。それを科学として解体するのが我々研究部門であるのです。こうしましょう、以前の研究結果によると幽霊とは」
「普通に聞きたくないよ!!」
「と、というか、ゲームの世界なんだから関係ないんじゃ……」
──ぱん。
「皆さん。落ち着いてください」
急にぱん、と手を鳴らして注目を集めたのは、外交部門の魔法少女だった。それから、コスチュームに付属しているのか、どこからかティーセットを取り出すと、さらにこれまたどこからか、白いクロスの敷かれたテーブルとチェアが出現する。それも、しっかりと十六脚、人数分だ。
「まずは、お茶会でもしませんか? 今後のことを、話し合いましょう。落ち着いて、紅茶でも飲みながら、です」
魔法少女たちは顔を合わせる。部門の有力者が集まっておいて、やり合えと言われてはいそうですかと殴り合い始めるなど言語道断だ。全員まずは一呼吸を置いた。そして、テーブルの上に並べられた、それぞれをイメージしたのであろうカラーリングのティーカップの前に座っていく。
「私たちは魔法の国の魔法少女。秩序を守る者。でしょう? ですからまずは、落ち着いて。このティーパティーナが、ここでは戦わないことを保証しましょう。ね? プロウド局長」
「……あぁ」
ティーパティーナと名乗った魔法少女は、それぞれのティーカップに、ポットから紅茶を注いでいく。