◇サンドリウム
他のチームが軒並み調査に出ていく中、監査部門所属である魔法少女たちは少し、街の外れあたりに留まった。サンドリウムとバックパッカーカムナ、両名の上司である0・ショックの指示で、一同立ち止まり、周囲を確認する。協力関係とはいえ、聞かれたくないことはあるものだろう。サンドリウムは己の魔法で出した砂を周囲に薄く張り巡らせ、踏む者がいれば察知できるようにしておく。そんなことを軽く0・ショックへの目配せで伝え、彼女が頷き、話し出すのを待った。
「はい、あんがとさん。さて、監査の仕事の話をしようか」
監査部門第ゼロ課──『壊滅級魔法犯罪防止課』。この物々しい名前だが、監査一課のように凶悪事件に関わるわけではない。調査し、対策し、芽を潰すのが役割だ。課長は0・ショックで、他にもメンバーはいるのだが……儀式に同行するだけであるため、課長と配属されて日の浅い新人しかいない。ゼロ課配属前の捜査員としての経験が多少はあるとはいえ、運が悪いにも程がある。
だからこそできるのはこの事態の直接の終息ではなく、目の前の状況への対処。起こりうる最悪の予防だった。
「ふたりには巡回をしてもらいたい。裁判とは言ったが……実際に起きてほしくはないのでね」
「当たり前ですよ!? そもそも犯人探しなんておかしくないですか!?」
「……おい、監査部門」
「変な気を起こさぬように釘を刺しただけだとも。しかし……部門所属の連中だ、表向きは秩序の側でも、一筋縄でいく相手じゃない。二の釘、三の釘が欲しいのさ」
「それを言うなら矢じゃありませんか?」
「はっはっは、それは小粋なジョークじゃないか? オー! ジョーク! ここはジョークエリアだとも!」
「あっ、す、すみません、ユーモアのわからない魔法少女で、すみません、生きててすみません」
「悲観的すぎる……」
「……さて。私は広報と研究さんの方に行こう。サンドリウムくんは外交さん、カムナくんは宿舎さんの方を頼む」
「あ、了解です」
この人たちの情緒はどうなっているんだろうか。指示を受けたからにはやるが、上司の相変わらずのこのやかましい喋り方、そして同僚のネガティブ発言にも疲れるものだ。ふたりしてお互いに平然と話していられる理由を知りたいくらいである。もうこれは飲み込むしかなく、気を取り直して、後ろ姿からして緊張しているカムナに声をかけた。
「カムナ」
「ひゃいぃっ!?」
「他部門とはいえ、魔法の国の魔法少女だ。いつも相手にしている連中より常識的……な、はずだ。警戒しすぎもよくないと思う」
「すみません……」
「謝ることじゃないって、いつも言ってるだろ」
「でもこうなったのは私のせいですよね!? 課長に儀式のことを聞いて報告したのは私ですし、それに参加メンバーのじゃんけんで私がパー出したばっかりにサンドリウムさんまで」
その後もしばらくは、間違いなく関係ないことを凶兆として今回の件に結びつけていた。そもそも、正しい原因もわかっていないのではないか。だがそう言ってもカムナにはいつも意味が無いので、もう言わないが。
「とにかくだ。ずっとそういう振る舞いだと相手にも警戒されるだろ。気をつけろよって話だ」
「そうですよね、はい、私が全部……」
「あーもうだから……」
巡回だけならそう問題を起こすこともないだろう。ないはずだ。そこはもうカムナを信じて祈るしかない。結局ビクビクしている彼女を見送り、サンドリウムは仕方なく歩き出した。担当は外交部門だ。元々いい噂は聞かない部門だが、魔王派でないのが辛うじて救いか。彼女らが向かった方向に移動して、まずは姿を探す。見つけたのは、どうやら戦闘の直後らしい外交部門の面々であった。特にレディ・プロウドは明らかに返り血を浴びており、凛々しい吸血鬼という風貌も相まって、絵面が物々しい。
「あ……サンドリウムさん。お疲れ様です。おひとりですか?」
話しかけてきたのはプロウドではなく、それを後方から見ていたらしいティーパティーナだった。彼女は戦うタイプではない。後方に下がるのは当然だ。
「一応、巡回をしておこうということになって」
「そうだったんですね。ちょうどいいところに。ほら、あの局長の御姿を見てください。芸術ですよね」
「綺麗だとは思うが……」
急に何の話だ。しかし何の返り血だろうか。目を凝らし、歩み寄ろうとし、眼前に突きつけられた傘の存在を察知し、咄嗟に砂を集め防壁とした。互いに弾きあった砂と傘はそれぞれの使い手を後退させ、睨み合わせる。外交部門の傘使い、アンブレンだ。不用意に近づこうとしたサンドリウムを咎めた、ということになるのか。
「あの、アンブレン先輩、やめてください。サンドリウムさんは監査ですよ。この場で襲撃してくるわけないじゃないですか」
「警戒するに越したことはないでしょ」
アンブレンの眼差しは鋭い。幼い見た目にレインコートの可愛らしい姿とは裏腹に、相対した今この時に隙を見せていない。さすがは外交部門、か。
「どうかしたかな、アンブレン」
「別になんでもないもん」
この騒ぎに駆け寄ってくるレディ・プロウド。アンブレンは傘を収め、サンドリウムも集めた砂を離散させた。あくまでやりあう気はない、牽制だ。頬を膨らませ、明らかに不機嫌そうにしているのは、プロウドへのアピールだろうか。対するプロウドも、やれやれという雰囲気で、手の甲で頬を撫でるという行為に出ている。
「表向きは協力関係なんだ、敵視しすぎてはいけないよ」
「ずかずか歩いてきたのはあっちだもん」
「……今のはこちらの不注意です。失礼しました。プロウド局長は何を?」
「モンスターの討伐だよ。街から離れると、モンスターが出るらしい」
「モンスター……ですか」
「君はチュートリアルを飛ばす派みたいだな」
チュートリアル。そういえば……この空間に最初に放り出された時、そんな文字列に出会したか。それよりも他のメンバーと合流することを優先するために、いいえを選択した覚えがある。その中で説明されていたことか。端末を確認すると、確かにヘルプの中に、モンスターを倒してキャンディを集めよう、という旨が書かれていた。要はゲームだ。敵を倒せばお金が手に入る類の。
「このエリアには数種類のモンスターがいるようだが、ここに出るのは通常種の小鬼だ」
「それがその返り血の主ですね」
「ああ」
プロウドが指した先には、思っていたよりも多くの死体が転がっていた。徒手による討伐のためか、なかなかに凄惨な光景である。曰く、一定時間で消えるらしい、が、返り血は一緒に消えてくれるのだろうか。プロウドはひと仕事終えた爽やかな雰囲気で、ティーパティーナからハンカチを受け取り拭っていたが、やや心配だ。
「いずれはボスモンスターが出るらしい。攻略を進めるならば戦った方がいい」
「巡回してるなら出くわすと思うよ。あの気持ち悪いの」
ゲーム内通貨は街のショップでアイテムの購入に使える、という。そういうことならば、攻略は進めておくべきだ。誰かを害する恐れのある敵は排除しておくのも巡回には含まれる……だろう。
「飽きた」
「もう少しでミッションが進むんだ。頑張ってくれないか」
「でもどうせ雑魚ばっかりだよ」
アンブレンは明らかに退屈している様子だ。幼い見た目に違わず、中身もそれなりに幼いのだろうか。それで局長にあれだけ気に入られていて、サンドリウムの意識の外から構えられるというのは、かなり腕が立つと見ていい。そんな彼女を撫で、ご機嫌をとっているプロウドの姿をなんとなく眺め、ため息を吐く。そこで、ティーパティーナからふいに話しかけられた。
「あの。もし裁判になったら、なんですが。その時は、もちろん捜査を監査さんにお願いすることになると思うんです。その時は、お願いしますね。私には……茶会を開くことしかできませんので」
「……そこはお任せ下さい。日頃やっていることです」
戦わない魔法少女であるティーパティーナは、そもそも外交部門の従来の在り方に真っ向から逆行している。己の非力は誰よりも理解しているのだろう。うちの課長がすみません、という意味を込めながら、頭を下げた。
「……ん?」
そこで、ピロリンという電子音が鳴る。端末の通知だ。このゲーム内にいる魔法少女同士なら、辛うじてメッセージのやりとりができるんだった。ということはと確認して、案の定カムナからだった。内容は、洞窟を発見したみたいです、というもの。そして添付された写真に、宿舎所属の魔法少女に挟まれ、肩身が狭そうになっているカムナの姿があった。そろそろ様子を見に行った方がいいだろう。
「自分はこれで失礼します。それでは」
「はい。また。次は月の夜だと、もっと局長がカッコよく映えるんですが」
「……残念ながら太陽動いてる感じしませんね。えっと、じゃあ、そういうことで」
我ながらどういうことかわからなかったが、とりあえず会話を切った。ティーパティーナはレディ・プロウドを敬愛しているらしい。そのレディ・プロウドはアンブレンを気に入っている。仲がいいやら何やら。どこも付き合いやすい奴ばかりでないのは一緒か。
サンドリウムは歩き出し、空を見た。ため息が出るほどに青空しかない。