血痕は確かに残っていたはずだ。背後から刺しても血そのものは消えていない。噴き出した血は、どこかにかかっている。ではそれがどこに行ったのか、答えは今まで見た中にある。念の為調査に入ったあの部屋に、不自然な点があった。それは──。
「被害者が最後に入っていったらしい部屋には……不自然な壁の窪みがあった」
「壁? もしかして隠し部屋」
「いや、調べたが違った。変なだけかと思ったんだが、あれは間違いない、証拠隠滅の跡だ」
「壁をぶっ壊した……ということですか」
「犯人は魔法を使い、壁を切断し、剥がしたんだ。その際に出たと思しき砂は私の魔法で確認してる」
「……は。じゃあその壁はどこに行ったって言うんです?」
まだ認めてはくれない。当然だ、こちらの主張も終わっていない。
「血のついた岩だ」
「……っ」
「壁に付着した血痕を消すため、犯人がとった行動は、壁そのものを移動させること。切断して、障害物として使ったんだ」
「で、でもその岩、カムナさんじゃないと動かせないくらいおもおもだったんですよね!?」
「……カムナ、そうだったか?」
「え、いや……他に比べて重くはなかったと思いますよ」
「だ、そうだが」
「容疑者候補の言い分なんて聞いてられない……! そもそも! 全部そんなの推測ですよね!? 確証はどこにも!!」
ミーツが声を荒げ周囲を見回し、そしてこれまで見守っていただけだったショコラが、ふいに手を挙げた。
「はーい。見て。サンドリちゃんの言ってる岩、はい、実は持ってきておいたんだ」
「な──」
「それでね。断面が直線的すぎるんだよね。この綺麗な線、見て、傷口と一致するよ」
「──な、あ、ショコラ、さん、わた、私は」
そして深いため息を吐いたリビングデビットがその先を止めた。
「そのへんにしとけ」
「……副所長」
「どうしてギーノをやった?」
「わ、私は……」
「ゲームのためか?」
「…………ただの私怨ですよ。はぁ。やっぱり嘘吐くとかむりむりでした、あはは。ごめんなさい、テレプシコーラさん」
「ふふ、そうですね。残念でしたが、記事にはできそうですよ」
「……嬉しくないですよ、それ」
◇ミーツ・ミーツ・ミーツ
自称しておく。ミーツ・ミーツ・ミーツは看守としては優秀だった。元々いた第二宿舎では最重要区域の一部を任されていて、多くの魔法少女犯罪者の中にあってなお彼女らには反抗の気を起こさせることもなく、例の……宿舎再編前に起きたレジスタンス騒動の時以来、いくつか同様の騒ぎが起こされようとしたが、襲撃は全てしっかり撃退した。第九の初期メンバーに呼ばれたのだって、そういう実績があったからだ。なきゃ名前が上がってない。そのはずだ。そのはずなんだ。
一方、アルレッギーノはろくでなしだった。拷問をやるために連れてこられた人材だ。ミーツとは違った。監獄を正しく運営するのではなく、歪に、人を虐げるための看守。その存在は、ずっと認められなかった。ギーノは悪いやつだ。面白いやつでもあるが、ミーツはどうしても受け入れることはできなかった。受け入れたら自分の心の壁が割れてしまうからだった。
……思い出したくもない。旧体制から現体制に移行する際、第九に再雇用される時。ミーツが路頭に迷っていたのをいいことに、条件を突きつけられた。内容は、ああ、嫌だ、めきめきと音を立てて自分が割れてしまう。
儀式に参加し、こんなものに巻き込まれたのは、そんな状況での話だった。ゲームがそうしろというのなら殺しをしてもいい。こいつを殺しても、世のためになる。動機は誰がどうでもでっち上げられる。ちょうど、合流してきた監査のやつは自責ばかりを口にしている。カムナを利用することを思いついたミーツは、それとなくギーノとカムナ、相性の悪そうなふたりを引き合わせ、サンドリウムが集中している隙に、ギーノがひとりになったところを狙った。
「お、ミーツ。なんもなくて困っちゃウ。監獄より出られる気がしないヨ」
「ですね。でもなるはやでいそいそじゃないと、看守の人でも足りなくなっちゃいますよ」
「そうだねェ。ミーツチャンからも所長に言ったげテ」
「はい? なんかありましたっけ?」
「だって、副所長は金でしか動かないシ。ミーツは所長のお気に入りでショ?」
「ッ……私、は」
ほとんど衝動的な行為だった。彼女は咄嗟に応戦しようとしたが届かず、喉を的確に切り裂かれ、悲鳴をあげる間もなく絶命した。殺された意味はわかっていなかったことだろう。
それから咄嗟に、自分に降りかかろうとする血を防ぎ、全部近くの壁に押し付けた。その壁を加工して障害物に混ぜることも思いついた。ここが現場だったことすら消してしまおうと、壁で囲んだままのギーノの死体を運んだ。死亡推定時刻をズラすため、傷も塞いでおいた。そこまでやって──。
「これはこれはミーツさん。失礼、実は私……全部見ていたのですが」
「……」
「おっと、連続殺人犯になるより、逃げ切り英雄になりたくはありませんか?」
「は……?」
「広報部門は、面白い方の味方なんですよ。あなたが面白い方な限りですが、多少の協力はしますよ」
「ッ、やっぱり殺すしか」
「はーい、だめ」
テレプシコーラには目撃されていた。そのうえで、助けてやろうと言われた。拒絶代わりに壁を出し彼女を切り裂こうとしたが、そう振り上げた手を、いつの間にか背後に回り込んでいたキューティーショコラに掴まれていた。相手は格上だ。ミーツではどうにもならないとした時、後は条件を飲むしかなかった。鋭利すぎた傷口を誤魔化すため凶器を偽装し、まだ探索していない部屋に彼女を放り投げ、最後にカムナに探索を頼んだ。目論見通りに彼女は血痕を背負い、罪も背負ってくれようとした。相方が阻止してくれてしまったが。
「……以上。ぺらぺらの、ばればれの犯行記録、でした」
◇サンドリウム
『はい、投票お疲れ様だぽん。投票の結果……犯人はミーツ・ミーツ・ミーツに決まったぽん』
中央で浮いていたファヴが進行させたことにより、お茶会の魔法の中から、ミーツが襟首を掴まれて、無理やり引きずり出される。掴んだのは巨大な機械の腕、だろうか。これまでこのエリアには一切なかったはずのものだった。
「待ちなさい!! 私のお茶会からそんな手段で参加者に危害を加えるなんて」
『あんまり使うと怒られるけど、やるっきゃない権限行使だぽん。邪魔したら同罪で処刑だぽん』
「くっ……うぅ、ミーツさん、すみません……」
ティーパティーナが抗議し抵抗しようとしても、強制的に連れていかれるミーツ。皆が見守る中、抵抗する彼女を、ファヴと魔の手が、広場の中央にまでつるし上げた。見えない壁を展開して防ぎ、さらに飛ばしてファヴを攻撃しようとするも、立体映像には効果がなく、機械の腕には頑丈すぎて通らない。防壁だけは破られず、自分自身を包み込んだミーツだが、その防壁ごと機械に持ち上げられてしまった。ただでさえ防壁が軋んでいる。解いたならば、丸ごと握りつぶされてしまいそうだ。
「い、いやっ、やめて、ほ、ほら、反省してます、してますから」
『それでは処刑を始めるぽん。お願いしますぽん』
「えっ、なにこれ、やめて、閉じ込めないで──」
ミーツを閉じ込めたのは透明なカプセル。そのカプセルの内側で、いきなり内側に向けて銃口が向く。しかしミーツはまだ己を防壁で守っている、おかげで届かない。次はそれが火炎放射器に、さらに次は強酸らしき液体と、次々と致命的なものがカプセル内部で暴れ、防壁により遮断されて届かない。中にいるミーツはもはや縮こまり、頭を抱えて震えていた。
そんな彼女に合わせ、防壁が、カプセルが、小さくなっていく。カプセルは攻撃を吐き出し続け、バリアは維持しなければならない、しかしそれは小さくなり続け、内側に向けて迫ってくる。逃げ場がない。ここから出せとバリアを叩いても、代わりに吐き出されるのは炎や毒、銃弾ばかり。やがて完全な球体の中で体育座りをしたまま、それでもなお小さくなり続けるカプセルに閉じ込められて、彼女は二度と出られなくなっていた。それどころか自分の防壁に押し潰されていく。徐々に、徐々に……およそ人間が入り切る大きさになく、カプセルが軋んでも、無理やり中身の四肢をへし折ってでも進んでいく……。
「……や、やめてください! あんな、あんなの、死んじゃいます……」
『だーかーら、処刑なんだぽん』
「でも、でも、そんな……」
顔を上げたミーツと目が合った。口がぱくぱくと動いているのが見えた。けれど何を言っていたのかはわからない。思わず唇を読もうとしたその時、機械の手が駆動した。カプセルごと一気に圧縮され、カプセルの内部は真っ赤に染まりながら小さくなり、やがてぽろり、手のひらに乗る大きさしかない、真っ赤なカプセルだけが残った。
魔法少女たちは唖然としていた。壮絶な処刑だった。いくら殺人を犯したからといって、あんなことになっていいのか。いや、サンドリウムが動かなければ、ああなっていたのはカムナだった。これでいい、これでいいはず、なんだ。
「……我慢できんわ」
ティーテーブルを立った撃墜王エリ。かと思った瞬間、飛翔した彼女は銃を抜き、ホログラムのファヴに向かって発砲した。ホログラム映像の相手にはダメージにならないと、ファヴ自身もたかをくくっていたのだろう、しかしエリの持つ魔法は『撃ち落とす』魔法だ。ホログラムをすり抜けることなく、ファヴの額にあたる部位に風穴が開き、ぽとりと落ちた。
『……!? 通信、途絶……まさか……映像を撃ち落とせるとは……ぽん』
「ゲームの中やけん効くんでしょ」
『無意味……無意味ぽん、ファヴが怒られるだけ、ぽん……』
「それなら有意義」
ホログラムにノイズが走り、消滅する。ファヴからの横槍は、少しはなくなる、のだろうか。
「……ええと。皆さん……今日はもう、休みませんか。よく眠れるハーブティーを淹れますので」
ティーパティーナがそう言ってくれようと、空気が和むことはない。第二エリアは暗い雰囲気に包まれていた。