◇キューティーショコラ
ミーツ・ミーツ・ミーツはかなり惜しい人材だった。誰より宿舎向きだが、魔法の国向けではなかった。世の中には、魔法使いらしからぬ貴族主義の濫用者もいる。連中の魔法少女差別はなくならない。純粋な看守としてのミーツは八面六臂の活躍だろうに、本当に惜しい。タッチ・ダッチも余計なことをしてくれたものだ。
助け舟は出したつもりだった。想像以上にサンドリウムがしっかりと己のすべきことをしてくれたおかげで、その舟にミーツは乗れなかった。彼女の退場は残念だが、ショコラとしては順当、納得のいく結果になった。彼女には悪いけれど。勿体ないとは、まだ思うけれど。
裁判の後、大抵の部門はそれぞれの身内同士で集まり、一度話し合っていた。広報は、特に招集はしない。もうテレプシコーラが勝手に取材に行っている。ということは、レイヴンを連れ、お友達のいる研究部門にちょっかいをかけに行こう。フォーマルメイドもああ見えて押せばいけるタイプだと思う。ことある事に声をかけていきたい。そしてそういう時には。
「マリーちゃーんっ」
「ひゃわぁっ!?」
まずはジェリーマリーに絡む。決して個人的な趣味ではない。総合的な判断だ。手を出すならいけそうなところからである。海月がモチーフだからか、手触りがひんやりしていて心地良い。それも一因だ。
「マリーちゃんはすごいよね。普段の業務からかけ離れてるのに、検視とかこなしちゃうんだから」
「フォーマルさんにやらされてたことがあって……こ、今回もそうなんですけど」
オールド・ブルーがプク・プックの手に墜ち、使い潰されたまま消えていって以来、か。海洋研究所もオマケ扱いではなくなり、やらされる仕事も増えたと聞いていた。
「ショコラさんはジェリーマリーがお気に入りですか?」
「あ、フォーマルさん来た。バレた?」
「引き抜きは歓迎しませんよ」
目の前の職務を淡々とこなすのがフォーマルメイドという人物だ。裁判があったからといって、パッと見の様子に変わりはない。けれどよく観察すれば、端末を持つ手の握力が弱い、微細な震えが見える。こういうタイプこそ気にすることがあるだろう。
「研究には研究のやり方と使命があります」
「そうだよね。広報的には応援したいんだよ」
「個人的には?」
「マリーちゃんとエリさんがお気に入り!」
そう、撃墜王エリ。裁判後の彼女はフォーマルメイドよりもわかりやすく様子が違う。店売りの武器であろうハンドガンを、ガチャガチャと分解しては組み立てている。無意識だろうが手を動かし続けるのはなんらかの逃避行動に見える。無理もない。彼女は『子供達』だ。ファヴへの抵抗を一度成功させた程度で休まるような傷ではない。この状況自体が彼女に深いストレスを与え続けている。
「エリさーん」
「ッ……!!」
「わーお。銃口向けないでよ。ショコラを撃っても、出るのはチョコじゃなくて血だよ」
「っ、あ……やっちゃった! ごめんよ、ついモンスターかと思って」
「いいよ〜。キューティーヒーラーはそのくらい気にしないのだ」
いくらショコラが気づかれないようにしていたとして、彼女ならもっと早く気づけるはずだ。この時点で本調子とは言えない。早々に事件が起きたこと、そしてミーツがあんな形で処刑されたことで、皆憔悴してきている。これならいっそ誰かが口火を切った方がいい。
「あ、全体ミッションが進んでる。うん、そうだ、ボスミッションをやろう。運営に喧嘩売るなら、装備とかも欲しいもんね」
お互いに敵だと認識し始めたら終わりだ。宿舎による仲間割れが、仲間割れであってくれて良かった。仮にミーツがジェリーマリーやティーパティーナを殺していれば、もう既にこのエリアは血で血を洗っていた。幸いそうではない。まだ、敵はゲームである、と認識させることはできる。現に外交はそう動いているはずだ。
「そうですね。私も作業が欲しかったところです」
「そうと決まれば、だね! マリーちゃんは荒事苦手だろうし、待ってる?」
「そ、そうですね……あ、でも、ひとりでいるのは……」
「じゃあ私がいるね! あっちでイイことしようね!」
「えっ」
「引き抜きは感心しませんね」
「引き抜きじゃないよ! 引きも抜きもしないから! 揉みはするかも」
「揉みはするんですか!?」
「引き抜きでないなら……」
「えっちょっちょっとっ」
笑顔を作りながらエリの方を横目に確認する。彼女に銃を握らせるのは酷……かもしれないが、仕事人であるフォーマルメイドと共にモンスターを撃滅する、ならばまだ負担は少ない、はずだ。それに、ジェリーマリーより戦闘向きなのは確かなわけで。
「行ってらっしゃいだよ、ふたりとも」
「ええ、出立します。行きますか、エリ」
「……そうやね! よーし、行ってこーわいね!」
明るく振舞おうとするだけ、限界よりは手前にいる。それならまだ良い。ひとまず任せることにして、あとは。
「レイヴンちゃん。プシュケちゃん。ふたりも行ってきていいよ」
「やっと出番だねえ」
「……引き受けた」
ショコラとしては、レイヴンに経験を積んでほしい。その途中に何が起きようと、キューティーヒーラーとして戦える、そんなふうになってほしい。これはただの願望だ。応援しているだけだった。
するとジェリーマリーが残る。彼女はそっとレイヴンとプシュケについていこうとしていた。が、気づいたショコラに捕まった。
「はい、待った待った。だから、探索するのは他の子の仕事だって」
「しょ、ショコラさん、私を勧誘して、何をするつもりなんですか」
「ええー? 私は私の、キューティーヒーラー感覚に従ってるだけ! だよ。それに広報部門には、なるべくたくさんの素質ある魔法少女が欲しいから」
「素質……」
「あ、そこはただの甘言かもだけど。少なくとも今は、守ってあげられるよ」
ジェリーマリーはアニメに映える──それはきっと間違いない。ショコラがそう思ったのだから。よって、彼女に手を差し伸べる。これを取るかは彼女次第だ。
◇リビングデビット
ミーツ・ミーツ・ミーツがアルレッギーノを殺した。それは紛れもない事実だった、らしい。未だに信じられることもなく、実感もない。当たり前だ。関係が悪くないように見えた部下が、こんな場所に閉じ込められるだけで、あっさり殺し合って、どちらもいなくなるなんて、想像できるはずがない。
そんな状況になって、リビングデビットはどの部門にも合流はできなかった。宿舎はそもそも、汚れ仕事のようなもので、嫌われ者だ。他部門ほどの発言権だってない。自分に味方する意味はないだろう。逆をとれば、目的が、味方するのでなければ、合流してくる者がいる可能性はあった。
「失礼。どうです、今の心境は」
それがテレプシコーラだった。彼女について知っていることはといえば、広報部門の編集室を率いており、過激な誌面でいつも物議を醸している、ということくらいだ。
「本当に失礼だ」
「それはそれは。して、部下のおふたりに不和などはありましたか?」
「そこまで完璧に把握してるような関係じゃない」
「おやそうですか……ではミーツさんについてですが」
「職務に真面目な優等生だ。第九には勿体ないくらいの。それだけだよ」
「ほう。第九宿舎随一の優等生による凶行、豹変、そして末路……」
「記事にしようものなら広報と全面戦争だ」
「おおっと、それは困りますねえ。私でなく、ショコラさんとあなたが」
人の神経を逆撫ですることしかできないのか、コイツは。ただでさえ、リビングデビットは不自由な魔法で、常に預金と睨めっこしなければならないのに。部下の為の弔いにだって、金がかかっているんだぞ。
「……あぁ、そうだ。こっちからも聞かせてくれよ、なんで監査の子に罪を着せようとしたんだ」
「はい?」
「お前の映像だ。魔法で改竄でもしたんだろうが」
「残念ながら私の魔法は改竄はできませんよ。悪意を持って切り抜くことは可能ですが」
「一緒だろ」
「私はただ私が必要だと考えた情報を提供しただけですよ」
キューティーショコラといい、コイツらは何を考えているんだ。姿の見えない人事に、儀式を荒らした連中に、このゲームを仕掛けた連中に……あのファヴとかいう奴もだ。警戒対象が多すぎる。リストで管理さえしていればいい宿舎ならどんなによかったことか。それでさえ忙殺されていたというのに。
考えたくなくなって、早足で、テレプシコーラを振り切れるように歩き出す。しかし彼女もついてくる。本気で走れば逃げられるが、本気で逃げたらそれはそれで面倒なことになるかもしれないと、早足程度で留める。
「どちらへ行かれるので?」
「まだ調べてない場所でも調べるだけだって」
「ご一緒しますよ。おひとりでは疑われますからね」
「また起きる前提、やめてくれ」
「おっとこれは失礼」
常に本当に失礼だ。リビングデビットは仕方なく、カードを振りハンカチを購入すると、要らない冷や汗を拭い、ポケットに放り込んだ。