◇レディ・プロウド
戦闘が終わった。息を整える。麻痺させた脳の機能を元に戻す。痛みが襲ってくるが、浅い傷は塞がりつつあり、後で回復薬でも使えば問題ないはずだ。少しずつ血中濃度を正常化させながら、深く息を吐き、ふいに、力が抜けた。不覚にもよろめき、倒れかけたところ、ふわりと受け止められる。腕が肩に回されている。そしてそのまま不慮の事故で手が頬に当たり……当たり……感触がいつもと違う?
「あぁ……すまないアンブレ……ン?」
「残念ながらフォーマルメイドです」
「……あぁ、彼女は負傷したんでした」
「私では不満でしょうが、我慢してください」
「いや……こちらこそ介助していただいて、私は大丈夫……」
だと言って立ち上がろうとして、またよろめき、肩を借りる。原因は何だ。確かに激しい戦いではあった、腕の立つ魔法少女でも手古摺るだろう、しかしここまで追い詰められるほど消耗した覚えはない。頭痛は魔法による急激なリミッターの解除の反動だろう、が……と、ふいに、口に何かをねじ込まれた。甘い。毒の類ではないだろう。チョコレートだろうか。
「ショコラさんにいただいたものです。動けないのは単純に血糖値の不足でしょうね。このゲームの中では、魔法少女も空腹になります。皆さん、ティーナのお茶程度しか口にしていないでしょう?」
「そうでしたか……助かりました」
「おふたりも街に戻られているでしょう。我々も戻りましょう」
「……そうですね」
「報酬やアイテムの確認もあります。ティーナに全員を茶会に呼び出していただきましょうか。茶菓子を買っておかなくては」
甘みが脳に染み渡る。このエリアのボスは倒された。これで状況は変わる、かもしれない。変わらなくても手を考える。ゲームは進展しているはず。まだ脳に糖が足りないながら、そうであるはずだと信じた。
「ボスミッションは終了しています。アイテムが配布されていますね。ランダムで出現のようですが」
フォーマルメイドは淡々と確認を進めている。プロウドはまだ肩を借りっぱなしで、そこまではできそうにない。
「……歩き魔法の端末は危険ですし非効率ですね。すみません、抱き上げますよ」
「え? なっ」
驚く間もなく持ち上げられる。プロウドはアンブレンのように幼い姿ではない。つまりそんな扱いを受けることはなかった。いや。あった。かつて魔王パムにだけやられたことがある。余計なことを思い出し、それを振り切らせるかのごとく、フォーマルメイドが加速する。風を切って走る彼女。見ると、彼女に備わる尾から炎が出ており、噴射による急激な加速だったらしい。山頂から一気に、ほぼ落下の勢いで街を目指す。もはやフォーマルメイドに身を委ねる他なく、考えるのをやめ、気がついた時にはもう街に着いていた。
「戻りました。下ろしますね」
「……ありがとうございます」
場所はショップの周辺であった。とりあえず礼を言い、端末を開く。モンスター狩りのお陰でキャンディの貯蓄はあった。回復薬と非常食を購入し、確かに腹が減っていることを自覚、ひとつをまず口に放り込む。お世辞にも旨いとは言えなかった。
「あ、お疲れ様」
「ふぉ、フォーマルさん、お疲れ様です……」
「ボス討伐おめでと! 端末で確認したよ!」
「待ってください。なぜジェリーマリーは半裸なのですか?」
「いや別に? コスチュームの構造確認してただけだからね?」
「誰かこの人止めてください……」
街で待機していたキューティーショコラが出迎えだ。隣のジェリーマリーは何やら色々されているらしい、とは言えプロウドからは何も言うまい。それよりもアンブレンだ。彼女が心配だ。自分に向けて回復薬を散々使った後、端末を開き連絡を試みる。
「繋がらないのか……?」
「おや。確かに山中だと繋がりにくかったですが」
「一帯山岳のエリアだし、結構電波弱いよね」
山岳とはいえゲーム内なのに圏外とは。ゲーム内だからこそ、現実ならほぼ通じる魔法の端末が弱められているのか。深いため息が出る。プロウドがフォーマルメイドに運ばれ、多少休息する時間を経てなお、街に戻っていないとすると、何処にいるのか。
「部下思いですね、プロウドさんは」
フォーマルメイドがぽつりとこぼす。視界の端で、ショコラに着替えさせられそうになっているジェリーマリーが、「それなら私のことも助けてくれませんか」という泣きそうな顔をしていた。
◇ティーパティーナ
ボスモンスターに受けた傷が痛い。しかし痛いのはアンブレンも一緒だ。というか、アンブレンの方が酷い。彼女を揺らさぬように、そっと、それでいて必死に運び、山頂から離れて、途中に山小屋を見つけた。何か使えるものがあるかもしれないと中に入ると、ボロボロのあばら家だが、まだ使えそうなベッド、テーブルにチェアがある。そっとアンブレンを寝かせ、自分は座り、やっと落ち着いて息を吐いた。
「本当にありがとうございます。危うく、死ぬところでした」
「ん……」
「すみません、回復薬はひとつしかなくて。多少痛みが和らぐといいんですが」
「お腹すいた……」
「あ、えと、わかりました、お茶会の用意しますね」
「熱いお茶飲めない……」
「アイスですか? ええっと……アイスが出せる修行はちょっとしてなくて」
「修行なの……?」
回復薬ひとつでは本調子とはいかないのだろう。傷ついた背中を擦らないよううつ伏せに、もぞもぞと動く彼女の姿は、可哀想だと思うと同時に、可愛らしくもある。
「プロウドさん、無事にボス倒せたんでしょうか」
「……私がいないと心配。周り見えないから」
「そうですよね。そんな局長をサポートするアンブレンさんあってこそです」
「ふふん……」
この状況だと胸を張ってもわからないが、恐らくそれに準ずる反応だと思われる。こういうところが局長にも愛されている要因だろう。息を吐きながら、ティーパティーナはお茶菓子を用意すべく、小規模に制限して魔法を使い、ティーセットを出した。
「なんで飛び出したの」
その作業の最中に聞かれ、考える。あれは咄嗟だった。戦えないのをわかっていて、最悪自分を殺す攻撃の分で時間が稼げたらいいなと思っていた。それでは駄目なのは、もちろんわかっているんだけど。
「やっぱり、個人的に局長が好きなんですよね」
「……プロウドが?」
「はい。かっこいい人ですから」
「ふぅん……」
「ですから、本当に申し訳ないといいますか。アンブレンさんは局長にとても大切にされていますから、傷つけさせるようなことを」
「ティーパティーナは外交に必要だから」
「それは……仕事としての損益でしょうか。それとも、個人の」
「わかんない」
「……ですよね。面倒な質問でごめんなさい」
自分の個人的な感情がそうなのは理解しているつもりだ。そして、自己を評価した時、外交部門として非武装の交渉に持ち込めるこの魔法が評価されているのも理解している。褒められたことはしていない。
「はい、お菓子です。アンブレン先輩、お好きでしたよね、これ」
「……ありがと」
「あっ、はい、ふふ、こちらこそです」
体を起こすのをちょっぴり手伝ったりして、彼女にお菓子を食べさせた。いつもプロウド局長がじっと見つめているのがこの顔だ。そうなるのも当たり前と思うくらい、可愛らしくて、確かに柔らかそうなほっぺをしている。
「……私、力ないですけど。おふたりのことは、どうか無事にと思っているんです。日頃からお世話になっているお返しでもあります」
「お返しじゃない部分は?」
「憧れです」
自分を日本局の要所に採用したのもレディ・プロウドとアンブレンだ。かつての外交とは違うやり方を模索する姿勢、魔王のブランドに屈しない後ろ姿は、ティーパティーナにはとっても、夜のように眩しい。
「あっ、えと、そんなこと直接言われても、ですよねやっぱり。どうしよう、忘れていただけませんか」
「やだ。あとおかわり」
「えーっ! わ、わかりましたけど!」
山小屋のテーブルは木を削ったようなもので不安定だったけれど、魔法で出して置くくらいなら問題ない。これでお茶会を正しくやれと言われたら、苦しむけど。
「よい、しょ」
「もう起きて平気なんですか?」
「うん……平気」
「回復薬、買ってきますよ」
「後でいい」
アンブレンは何やら端末を弄っていた。ボス戦が終わり、アイテムも追加されたのだろうか? ティーパティーナも後で確認しておこう。けれど今はいい。目の前で、ちょっとお行儀は悪いけれど、もむもむと動かされ続けている小さな口を眺めていたかった。