「アンブレンは卑劣にも毒を飲まされ、衰弱した所を殺害された……んだな」
レディ・プロウドのそれは、噛み締めるような呟きだった。それでも裁判は続く。続けなければならない。
「抵抗するも虚しく、というように見えますね。壁の血痕や傷跡も物語っています。犯人も深い手傷を負ったことでしょう」
「ちょっと待ってください。壁の血痕は、魔法少女のものじゃないんですよね、プロウドさん」
「……あぁ。壁の血痕は動物の血だろう。少なくとも魔法少女ではない」
「だとすると、犯人は傷を負っている、ということにはならないですね」
反撃の傷を受けたから犯人、なんてうまくはいかないものだ。それよりも現場に残っているものを考察しないと。
あの壁のものは動物の血……モンスターのものだろうか。あるいは、壁の血痕を消すため、モンスターの血で上書きをした、とか。
「ちなみに動物って、何の動物なんです?」
「……そこまで判別するには薄まってしまっているな」
アンブレンの血痕然り、部屋全域は濡れている。水が降り注いだのだろう。この毒入り紅茶もそうだ。水が入り薄まっている。だからサンドリウムは飲んでも死にはしないだろうと判断した。指先はまだビリビリする。
「天井、壊れかけてますよね。雨でも降ったら、もうびしょ濡れになりそうです。今の現場みたいに……」
「雨でも降ったんだろうねえ」
「……ゲーム内で天気って変わるんですか?」
現状、少なくともサンドリウムは無駄に青い空しか見たことがないのだが。その言葉にレイヴンが隣のプシュケを見て、明らかに私に振るなという顔をされていた。
「ボスが雨を降らせてくる相手だったよねえ」
「お! これは記者の直感に来ましたよ! それなら、ボス戦の時に濡れたんです! 実は死亡推定時刻が間違っていて」
「ボス戦の最中まではアンブレン先輩はその場にいました。それだと、先輩が小屋に来る前に濡れていたことになってしまいます」
「……違いましたね!」
実際に小屋に立ち入ったのは、恐らく犯人と、アンブレンと、そしてティーパティーナだけ。今話を聞けるティーパティーナには、話してもらわないと。
「一応ですが、最初に小屋に到着した時は濡れてましたか?」
「いいえ。濡れていたのは、ボスと戦った私たちの方だけです」
「その後に降ったということもない、ですよね」
「私が隠れている間にも、どこかで雨が降っているみたいなことはなかったはず……銃声は、聞こえました、けどエリさんがモンスターと戦っているんだとばかり」
犯人はわざわざ水を用意した。ということは、壁の血は重要なものだろう。それが何かわかれば、一気に真実に近づけるはず。壁にあったもの……といえば、そうだ、銃弾の痕のような傷。
「そうだ、血痕のあった壁に、丸い傷がありましたよね。これって……?」
「狙い撃とうとして抵抗された犯人が、外した弾丸……?」
犯人が毒で弱ったアンブレンを殺すために銃を携え小屋に入り込んだ。そして銃撃を行うが、アンブレンはその時はまだ生きていた。魔法の傘は銃弾を跳ね除け、壁に逸らされた弾丸が傷を作った。しかし二発目には対応できなかった……と、いうことになる。
「待ってください」
それは別の証拠と矛盾する。それは……テレプシコーラの提示した映像だ。
「先程の魔法の切り抜きでは、銃声は一度だけでした。アンブレンさんを撃ったのか、壁に当たったのか、どちらかが銃撃ではないかと」
「凶器は銃弾じゃない?」
「あれは銃弾でしょ。それより壁の方。こんなにボロボロなら、銃弾だったら貫通してる」
プシュケの言葉で、では壁を傷つけたのは何だったのか、を考えなくてはいけなくなる。ちょうど丸く、突き刺さるようなものがあるだろうか。……ある。現場に、本来ならなくてはならないはずのものだ。
「アンブレンさんの傘……?」
彼女が最期に反撃に出たのなら、そしてそれが壁に向けての投擲だったなら。壁にもそんな傷ができるだろう。命中したなら血痕も残る。しかし、肝心のその傘がどこにもない。犯人に持ち去られたのか。
「おい、その、傘は……どこだ」
呟いても出てきてくれるものではない。答えは明確には出てくれないままだった。
「アイテム目当てか。下劣な盗っ人が! そんなことのために!!」
「傘の投擲という反撃を受けて……犯人は、自分の血痕を残さないために、傘を持ち去り、壁を洗い流そうとした……」
「傘を出せ、撃墜王エリ」
「……っ、またウチ……? ウチはなんも知らんて。アイテムなんて持ってない」
「だったら足跡はなんなんだ」
「それは……で、でも、本当に、小屋になんて行ってない……」
「靴を盗まれた、とかは?」
「そんなんされたら気づくって」
「ですよねえ」
足跡を人為的につけるとなると、同じ靴を用意するか、本人を用意するか、あるいは型をとるなどして靴底を作ってしまうか、が必要だ。
「雨が降っていなかったのに、足跡の周囲はぬかるんでいます。犯人がわざわざ水をかけ、足跡をつけようとした……と考えられないでしょうか」
「エリさんは……やっぱり疑われるようにされてたんです。私、みたいに」
「じゃあ、誰の仕業なんだよ」
プシュケの言う通りだ。エリではないとしたら?
洗うためには水が大量に要求される。アンブレンの紅茶に気付かれずに毒を入れる必要がある。エリが歩いた足跡から型を取っておかなくてはならない。
血の洗浄。毒の混入。足跡の偽装。そして銃撃。それらが可能な魔法の持ち主といえば。
「魔法の水鉄砲なら、水も毒も石膏も弾丸も発射できる……」
「……は?」
先の疑問が、投げかけたばかりのプシュケに跳ね返り、彼女は目を丸くし、ありえないという顔をしてみせた。
「プシュケちゃん? まさかそんな」
「私なわけない、なんで殺す必要がある、私を疑いたいだけでしょ、クズ、刑事気取り」
「気取りじゃなくて本職の捜査員」
「そんなのどうでもいい、違う、私にできるわけがない」
「あなたの魔法ならできる」
プシュケの顔色が蒼白になっていく。そこに手応えを感じた魔法少女たち──特にレディ・プロウドからの矛先が完全に彼女に向いた。
「お前が、お前がアンブレンを」
「私にはできないって言ってる、なんでわからないの、馬鹿ばっかり」
「何ができないんだ」
「だから! 物理的に! 不可能でっ……」
言葉を遮って、静かに手を挙げたのが、ショコラだった。
「プシュケちゃんはレイヴンちゃんと一緒に、探し物をしていた、って言ってたよ。それはどうなるの?」
「本当にずっと同時に行動していたんですか?」
「……いや。逸れることも……あった、けど」
「あ、言っちゃうの、それ」
「後から指摘されるくらいなら……いや、でも、その時は……探し物を……」
「あの、何を探していたんですか?」
「……っ」
プシュケが目を逸らし、レイヴンはため息を吐き、そしてショコラが立ち上がると、プシュケの後ろにまで歩み寄り、腋を掴んで無理やり立たせてしまう。プシュケは抵抗するが、提示したかったものが何かはわかった。プシュケの腰には、何も提げられていない。
「プシュケちゃん、水鉄砲、なくしたんだよね」
「……ッ」
「恥ずかしいから言えなかったんだよねー?」
「……人の……プライベートゾーンに入る……クズ」
「え、助け舟なのに」
アンブレンの傘に続き、プシュケの水鉄砲もなくなっている。確かに大きな問題だが……。
「犯人候補から抜けるために、自分で隠したんだろう」
プロウドが切り捨てる。普通、アイテム持ちの魔法少女が自ら手放すのは考えにくいが、にくいだけで、有り得ないとまでは言いきれない。ましてや犯人だと自分でわかっているなら、だ。
「ゲーム内アイテムと違って、固有アイテムは端末にしまったりできないでしょ? いくらエリアが広いからって、モンスターに奪われでもしたら大変なのに?」
「地面に埋めた、とか」
「誰かに預けた可能性がある」
「カムナさん、背中を確認しても? また血痕のように背負わされているかも」
「えっはい、どうぞこの通りですけど」
「はい! やはりありませんね!」
一斉に探し回る魔法少女たち。信じられないという目を向けるエリに、目線を落としたまま、ブツブツと汚い言葉を吐き続けているプシュケ。騒然の中、ふいにパチンと指を鳴らす音がした。その時点で振り向いたのはサンドリウムくらいだったが、その後、上空からバサバサと羽ばたく音がして、皆そちらを向いた。その時にはもう、プシュケの目の前に、なくしたはずの水鉄砲が落ちてきていて。上空を過ぎ去ったカラスが持っていたことは、誰の目にも明らかだった。
「これ、返すねえ」
「……は?」
「このままだと、投票、プシュケちゃんになっちゃうから、ねえ」