「は? 待って、何、どういう」
「銃使いが犯人って偽装をしたかったんだけど。洗おうとしたのは失敗だったねえ」
肩をすくめるレイヴン。いきなり水鉄砲が戻ってきて、呆然と見るしかないプシュケ。場が一斉に静まり返った。そんな中、力尽きたのか、レイヴンの手元に、フラフラと飛んでくる使い魔のカラス。その身にはカラフルな棒が突き刺さっていた。それがアンブレンの傘であると、理解するには視認してから数秒必要だった。
「頑張ってくれたねえ。物証にならないようにずうっと隠れててもらっちゃって」
使い魔が消失する。刺さっていた傘が地面に落ちる。しかしレイヴンの手袋は、そのカラスが流した血に汚れたままだ。その血をテーブルナプキンで拭い、傘を拾い上げて、レイヴンはそれをプロウドに差し出した。呆気に取られたプロウドだったが、すぐさま我に返ると傘を奪い取り、歯を食いしばって、レイヴンを睨む。
「この匂い……壁の血は其奴のものか」
「そうなるねえ」
「何故だ。何故アンブレンだった」
「弱ってたから。カラスは目敏いからねえ」
「っ、貴様」
「お茶会で暴力は駄目です、局長。お気持ちは……わかります」
ティーパティーナの仲裁で、互いに不信の視線を交わした後、平然と席に戻っていくレイヴン。誰しもが言葉を失っている中で、笑顔を失った顔を初めて見せたショコラが、レイヴンに向かって、引き攣った笑みで、話しかけようとしているのが視界に入る。
「え、嘘。正気? 本当に?」
「本当のことだねえ」
「何かの間違い、でもなく……」
「間違いなく、私の仕業だからねえ」
自白だった。やはりショコラは信じられないのか、固まっているばかりだった。プシュケも同じだ。どうしてかと訊ねる言葉すら喉から出せないまま、ずっとつかえているばかりだった。
◇キューティーレイヴン
風神との戦いの後、レイヴンもプシュケも、抱いていたのは恐怖心だった。同じ研究部門にありながら、プシュケはずっと、撃墜王エリを怖がっていた。ボスモンスターを一撃で肉塊に変えるあの魔法は、レイヴンとは致命的に相性が悪い。もし、万が一、エリア内の誰も協力し合えない時が来たなら、勝てない相手なのが目に見えていた。
だから排除しようと考えた。できることなら直接対決することなく、彼女が処刑されるように仕向けたかった。そうして考えた時、先の事件の様を見て、サンドリウムが味方しなければそのままカムナが処刑されていただろうことを思い出して、証拠をいくつもでっちあげた。邪魔なティーパティーナはモンスターを誘導することで隔離して、彼女にも、上空で何をしているかわからないエリにも見つからないよう、隠れて行動した。
まずプシュケから、水鉄砲を勝手に拝借した。エリの足跡をつけるべく、ボス戦のエリア周辺で、彼女の足跡を型にして、靴底のスタンプを作った。それをカラスに運ばせて、自分は荒屋の天井から紅茶を狙って毒を滴らせた。さらにカラスに火薬をくわえさせて中で破裂させ、銃撃があったことを演出した。アンブレン本人は、毒で殺したあと、水鉄砲で氷なりを射出して、それらしく傷を作ろうと考えていた。
想定外だったのは、アンブレンが毒を受けてもまだ動けたことだ。傘を投げつけ、カラスを壁に射止めてきた。それでは血が証拠になってしまうと焦り、水鉄砲からの水を出して洗おうと考えてしまった。それでは不自然なことに気が付き、天井から全方位に水を降らせた。雨だと誤魔化せるかもしれないからだ。そしてそれなら外も濡れていないとおかしくなると思い、水を撒いた。足跡が残る状況を作りたかったのもある。
自分では完璧にやったつもりだった。だが。結局それで、プシュケが疑われ、代わりに処刑されてしまうなら、やった意味がない。だから種を明かした。それだけのことだった。
「他の子だったらうまくやれたのかねえ」
エンジェルフェザーは前線に出たことがない。訓練だけのお飾りのキューティーヒーラーだ。ストライプのような特殊部隊じゃない。これが場馴れのした者だったなら、完璧にこなしたのか、あるいはエリに怯えるなんてこともなかったのか。
もはや意味の無い仮定だった。目の前で驚愕するプシュケとショコラには、悪いことをしたと思った。
──アンブレンだった理由は、ない。強いて言うなら、エリと口論をしていたからと、ちょうど弱っていたからだ。プロウドにはいくら恨みの目を向けられても仕方ない。受け入れる。
「みんな、待って、本当にレイヴンに投票するの? まだ偶然拾っただけかもしれないって」
「……あ、投票していいですから。真犯人は、私だから、ねえ」
ショコラが苦しい議論を続けようとしたのを打ち切らせた。プロウドが叫び散らかしている言葉は、耳に入れて、それで聞き流した。プシュケのいつもの暴言だと思えばなんの事はなかった。
「意味わかんない、なんで、なんで殺人なんか、しかも自供なんか、勝手に私の盗んで、ありえない、わけわかんない」
「そうだねえ。なんでこんなことしたんだろうねえ」
うまくいかなかった。エリさえここからいなくなるようにすれば、もう少し、プシュケも楽にしてくれると思ったのに。
「……では、皆さん、投票を……」
ティーパティーナがレイヴンを睨む中、投票を促した。当然、ほぼ全員がレイヴンを選ぶ。そうして決まった処刑の対象に、嬉々とした電子音声が響いて、現れた。
『お疲れ様だぽん。投票の結果、犯人がキューティーレイヴンに決まりましたぽん。ちょっとだけ撃墜王エリに票が入ってるけど、多数決だから仕方ないぽん』
「っ、逃げよう、ほら、ねえ」
プシュケの差し出した手を取ろうというその時だった。飛来した物体が、レイヴンの体を包む。網、だ。そこに繋がるワイヤーが巻き取られ、もがいても網から逃れられず、磔にされた。そこへ機械の猛禽がやってきて、上空に連れていかれる。
プシュケの今にも泣きそうな顔が見えた。そんな泣き顔ができるなんて、知らなかった。
『それでは。タイトルは……害鳥駆除、だぽん』
レイヴンに向けて構えられた機械。そこから、何かが照射される。人間ならば聴こえない、しかし烏の魔法少女であるレイヴンには聴こえてしまう、超音波だ。全身を震わせ、耳を劈く音波の暴力。ぐっと堪え、けれど耐え切れるはずもなく、鼓膜が破れたのが解った。
生暖かい流血の感触がある中、もはや抵抗する気力もなくなりつつある。それでは不十分なのか、肩を掴むのと同じ機械の猛禽たちが、レイヴンの体を啄み始めていた。痛みが走る。肉が抉られている。思わず呻く。助けを求めたくなる。しかし、魔法少女たちを見るための目すら、猛禽に抉られ、潰された。左眼は完全になくなった。右は血が入り、まともに開けそうにない。
『それでは最後に、廃棄処分お願いしますぽん』
残ったわずかな視界で最後に見えたのは、自分を狙う銃口だった。ズドンと一発。胸元が撃ち抜かれたのを感じ、途端に拘束が外れたかと思うと、流れ出た血を上空に軌跡と残しながら、レイヴンは自由落下した。その先に待っていたのは、黒いビニール袋に囲まれ、異臭の漂う、ゴミ捨て場だった。その中に、レイヴンのことを印刷したグッズが捨てられているのを見て……レイヴンの心臓は、生きることを放棄した。
◇プシュケ・プレインス
「そん、な」
目の前で、レイヴンが、友達が処刑された。呆然とする魔法少女達の中、プシュケは手元の水鉄砲を握る手に力を込めていた。何故こうなってしまった。彼女が凶行に走った理由なんて、自分が、エリを殺したいと、言い出したせいとしか思えなかった。
「……お前が、お前が……いなきゃ……レイヴンは!!」
水鉄砲を構えることは、ティーパティーナの魔法の中にいるせいでできなかった。腕が動かない中、ただ叫びだけがエリに届く。しかし同時に、今にも食らいついてきそうなプロウドの姿もある。
「ふざけるな。関係の無いアンブレンを殺しておいて! 殺したのはあの女だろうが!!」
「こいつさえいなければレイヴンだってあんなこと考えなかった。人殺し。人殺し、人殺し!!」
「ッ……やめて、ウチは!」
「知ってる……研究部門にとって都合の悪い人間はお前が殺してる。音楽家の魔法少女試験だって、皆殺しにして合格した。人殺しはお前だ、お前なんだ、お前が処刑されるべきなんだ」
「違うッ!! ウチは!!!」
魔法少女たちの口論が激しくなり、止めに入ろうにも入れない監査の魔法少女が右往左往している。お茶会が解除されれば、途端に殺し合いだろう。ティーパティーナも動けないでいる。彼女もアンブレンの殺害には言いたいことがあるだろうに、だ。しかしそれらを意に介することもなく、ひとり席を立ち、レイヴンが打ち捨てられたゴミの山に、歩み寄る者がいる。ショコラだった。
レイヴンの遺体が抱き上げられる。彼女自身の血で濡れて、コスチュームが赤黒くてらてらと輝いていた。それが綺麗に見えた自分が嫌だった。
「キューティーヒーラーが死んじゃうなんて。いくらエンジェルフェザーが重めの作風だからって、駄目だよね」
「……」
「プシュケちゃんはこれでいいと思う?」
首を振る。いいわけがない。
「じゃあ、行こう。ね。お茶会、抜け出しちゃおう」
ショコラに導かれる。その先に光は見えない。頭の奥で、カラスが口うるさく鳴いている。