◇サンドリウム
レイヴンの処刑が終わった。意識外からの犯人の出現と、その最期。華々しいアニメのイメージとかけ離れた、見せつけられてしまったその凄惨な遺体。皆が嫌でも脳裏に焼き付けたろう。その余韻を払うように、ショコラはそれを抱き上げた。そのまま、歩き出してしまった。
「待て!! 貴様っ、どこへ行く、貴様らっ……!!」
プロウドが叫んでも、ショコラは止まらない。ティーパティーナのお茶会の空間が解除されるなり飛びかかろうとする彼女を、砂の壁で止めにかかり、それでも強引に突き破ろうとしたのをカムナが背負い投げ飛ばしてようやく止まった。その視線が向けられていたのは、付近に立っていたエリの方だった。
「お前か。お前さえいなければ」
矛先が向きかけて、慌ててティーパティーナが飛び込んでくる。待ってください、と必死に訴える。とうにお茶会の効力は切れている。
「とにかく。ボス戦は終わったんですから。ミッションアイテムを確認しませんか。もう一度調査が必要だと思うんです」
プレイヤー同士は戦闘させたくない。そう思っているのは彼女も同じだ。非戦闘員なら尚更そう。けれどそんな彼女を、プロウドは数秒睨んだ後、背を向けた。引き止める間もなくその姿が遠ざかる。いや。攻撃に走らなかったのは最大限の譲歩だ。この場で事が起こらなかったことへの安堵とともに、どうにかついていこうと駆けていくティーパティーナの後ろ姿は、罪悪感と恨みの両方が滲むように震えていた。
「こん、なの、どうしろって……」
思わず縋りつきたくなって、0・ショックを見た。頼るべきはずの上司は驚くでもなく、見据えていたのはショコラが消えた方角。
「広報は私が追う。あとは頼んだよ」
「……は? 課長、そんな無責任な」
それ以上は止められもしない。0・ショックも姿を消す。手を伸ばそうとしても既にそこにいなかった。魔法少女たちは散り散りになる。止める間もない。声が届かず、手は空を切ってしまった。
「ああ、もうっ……!!」
どこへ向かえばいいのかわからず、周囲を見回す。とにかく目に付いた相手を追いでもするか。目につくのは、宿舎、つまりはリビングデビットだった。彼女の方に駆け出して、隣にいたカムナが、別の方向を目指しているのが目に入った。振り返ってきたその「ここは任せて」と言いたげな表情は、少しだけ緊張を緩ませた。親しげにエリに話しかけていくのを見て、己も気を取り直す。
「……監査として……一応、つかせてもらいます」
「おお。密着取材班が増えましたね」
「……」
「一緒にすんなって顔してるだろ、監査の人」
「……平気なんですか、あれ見せられて」
「平気なわけないだろ。正直とんでもなく堪えてる。浪費でもしたい気分だ」
「いつも通りということなのでは?」
「は、言えてるわ」
凄惨な殺人があったとは思えない……という感想は、きっと不適だ。口を噤む。
「ま、あたしらのやることは一緒だ。ってか埋蔵金ミッション終わってないし」
「埋蔵金?」
「ああ、実は裁判の前までずっと穴を掘っておりまして」
「穴を……?」
リビングデビットの歩みは迷いがなかった。ついていくと、言う通りの「穴」がある。一昔前の落とし穴のように、ぽっかりと口を開けた穴。なるほど魔法少女の膂力で半日かければ、当然ここまで穴ができるだろう……という代物だった。
「岩盤に当たっちまって。あとここまで来るとさ、掘り返したぶんを投げるのが大変で」
「思いっきり上に放り投げて土かぶってましたな」
「そんなことばっか言うなよ恥ずかしい! 偏向報道!」
「でしたら。やりますよ」
手を挙げた。監視にしても警護にしても、せめて何か仕事でもなければ落ち着かない。砂のドレスから吹き上げて、視覚的にアピール。
「おっナイス地属性」
「副看守長様は金属性ですものね」
五行の金はそういうことではない、というのは、誰も口に出さなかった。ともあれ、穴の奥底に向けて飛び降りるふたりに続く。穴は深いが、魔法少女ならば余裕で着地できる深さだった。その奥にこんもりと土砂が積もっている。……土砂。そう、砂を操る魔法のサンドリウムにとって、これなら掻き出すのも簡単なことだ。手をスナップさせ、一気に土の塊が塊のまま上に登っていく。外に出たら解除するだけだ。それだけじゃ最低限。いっそ、もっとやってしまえばいい。ぎゅっと圧縮し、固める。形状をドリルにし、岩盤に対し、勢いをつけて叩きつけた。
「おおー」
「我々が土を被ったのはなんだったのか!」
「……本部の警備部長ほどじゃありませんが」
こういう仕事は、勝てない相手の顔が浮かぶ。土を操る大先輩には、ライバル心で砂の彫像を練習していた時期もある。結局は、彼女ではなく、あの課長の部下になってしまったわけだが。
「岩盤ぶち抜けそうか?」
「これなら」
「頼もしい!」
ふたりが見守る中、土のドリルは岩盤を削り、生み出された砂塵を巻き込み強固になりながら、抉っている。やがて手応えがなくなった。響く音も岩同士の擦れる耳障りな高音から、空回り風を切る音に変わる。サンドリウムは上方にドリルを飛ばし、穴の中から土砂を取り払った。
「来た? おっ、お! おぉ〜っ!!」
覗き込んだリビングデビットの目の色が変わる。瞳がどう見ても金の形になり、飛びついた。引っ張りだされたのは明らかに光っている、ファンタジーな宝箱。確かにお金の匂いがする。通貨を消費する魔法少女にとっては垂涎で納得だ。
「いい? 開けるよ? 開けちゃうよ? いいの?」
「どうぞ」
「はい」
「……いいの!? ほんとに!?」
「いいですって」
「開けるよ!?」
「だから開けていいですって!!」
一言で返されて向き直った。はずなのに、またチラ見を何度かしてきたところで、痺れを切らして互いの声量が大きくなった。やっと手をかけたリビングデビットは蓋にかかった鍵を殴りつけて破壊し、ついに箱が開く。漏れ溢れ出る金色の光。そしてその中から、宝物のシルエットが……出てこない。
「……あれ? は? 光ってんのに触れないんだけど? ふざけてんの? 埋蔵金は?」
「キレるのが早いですね!」
ガリガリと爪で引っ掻いてまで、この黄金の輝きを放つ箱の中身を引っ張りだそうとした。何も出てこない。光っているだけだ。リビングデビット側の声量が大きくなり、その隣で端末をいじっていたテレプシコーラがその肩をつついた。
「……あ。端末繋いだらなんかなりましたよ」
「えっほんと!?」
「見てください」
画面にはミッション達成と、報酬画面が表示されていた。ついでに、限定高額ショップがオープンしたらしく、タブが追加されていた。開いてみると、確かにレアアイテムと主張する虹色の枠が並んでいる。運の上がるものや強力な武器はいいとして、最高額はなんと1個限定の幻のユニークレアアイテム、『ジュラシックキャノンデコトラドラゴン』……なんだこれは。イメージ画像の時点で意味がわからなかった。
「っ……おい! ちょっと!! 埋蔵金ミッションとボス討伐の報酬キャンディ合わせても、いちばん高いやつぎりぎり足りないんだけど!?」
「いやらしい調整ですこと」
「ちっ稼いでくる!」
「え? あ、ちょっと!?」
岸壁を自力で登っていく彼女を、即席の砂のエレベーターでぐっと追い抜いて、隣でニヤつくテレプシコーラと一緒に外で待つ。かと思いきや、そのまま飛び出して、抜き返された。思っていたよりジュラシックキャノンデコトラドラゴンへの情熱は強かったらしい。そもそも稼ぎ切れるのか。仕方なく、乗っていた砂の板をそのまま滑らせていくことで、加速して彼女を追いかけた。
◇バックパッカーカムナ
雰囲気は前にも増して暗い。当然だ。研究部門の面々もそう。フォーマルメイドも撃墜王エリも、普段より表情は浮かない。一番可哀想なくらい周囲を見回していたジェリーマリーは、広報の方に走っていった。残る面々はそんな彼女に声をかけなかった。余裕がないのか、そうするのがいいと判断したのか。そもそも、最初から身内同士で殺人が起きてしまったのだから、ジェリーマリーだって信用できなかったのかもしれない。
この第二エリアにいる魔法少女は、残り十二人。もはや着々と『半分』に近づいている。監査として、元々警備に携わっていた者として、もうゲームマスターの好きにさせたくはなかった。サンドリウムの足を引っ張ったままでもいたくない。少しなら、カムナも背負えるはずだ。そう思って、エリの隣にいた。
「ウチは人殺しやけん」
「え?」
「近寄らんといた方がええけんね」
冷たく突き放すようで、苦しんでいるような声色。その言葉に、フォーマルメイドもまた目を細める。
「あの、自分のせいだなんて思わないで……あの殺人事件はただ、不幸な……」
「……不幸な?」
「…………事故、じゃないですよね……あ、えと……私のせいで……」
「あんたのせいやない」
すぐさまはっきり言われると、エリがもっと自身を責めているようにしか聴こえなかった。
「す、すみません……でも、その……」
「無理してなんか言わんといてええよ」
どれもエリのせいで起きた殺人ではない、と言いたくても、彼女の視線と思考の先にあるものはそれではない。アンブレンやレイヴンの顔は浮かんでいても、本題はそこじゃない。
エリの眼帯──いや。眼帯代わりに巻かれたネクタイが、彼女のピンク色の手袋に包まれた手で撫でられる。しっかりと手入れされているように見えて、わずかに捲れた裏地に血が残っているのを見て、それでも大事そうに着けているあたり、本来のコスチュームではないように思えた。
「大事なもの、なんですね」
「……そうやね」
彼女は無意識のうちに触れていた自分自身に驚きつつ、少し遅れてから返事をした。裏側の血痕は、誰が、どうしてつけたのだろう。人殺し。その言葉を確かめたい気持ちはどこかあって、手を伸ばしそうになり、止めた。