◇テティ・グットニーギル(儀式まで残り八日)
プク派の資産を使い、廃屋となっていた一画をまるごと買い取って、数年前よりこのB市に鎮座しているのがこのプク派B市支部兼儀礼隊本部である。
儀礼隊とは名の通り、儀式や礼式に関わる部隊だ。魔法の国が魔法の国として行う儀式というものはほとんどの場合壮大で、同時に多くの場合大きな意味を持つ。
そんな儀礼隊に所属するというのは、魔法少女としてこの上ない光栄なことである。そう、テティ達の今の『マスター』は教えてくれていた。
元々はB市に拠点などはなく、儀礼隊のような組織もなかったという。なんでも、正しく君臨すべき御方がいなくなってしまったから、こうせざるを得なくなった、という話だ。テティは昨年から加入した新参者で、経緯についてはよく知らなかった。
「テティさん。尻尾のリボンが少し曲がっていますよ」
「はい、リーダー」
テティのコスチュームをさっと直してくれるのは、B市支部の儀礼隊におけるリーダー。先輩魔法少女のウェディンだ。花嫁衣装をモチーフとした華やかな姿は、儀礼隊のリーダーに誰より相応しい、と皆が納得の上、多数決で選ばれた。発足当初はマスター不在の定例会では誰が仕切るかで揉めがちだったのを、民主主義と説得によって纏めあげたのがウェディンである。なんでも、中学生の時は魔法少女と生徒会長の二足の草鞋を履き、そのままマスターに見出されて重用されているとか。元級長としては見習うべき、輝かしい出世を遂げた魔法少女だ。
そんなウェディンは、この控え室にいた魔法少女たちの身なりをチェックしていく。一周を終えると、何か段ボールの中にごちゃついたいくつかのガラクタを持ってきた。
「これは?」
「マスターが我々のために用意してくださった品々です」
訂正しなければならない。ガラクタなどではない。マスターが用意してくださった大事なものだ。全ての壁を埋めてある飾り棚の中から空いている場所を選び、元々置いてあるアイテムたちを詰めて新たに飾る。マスターが用意してくださったものは、この部屋に並べておく決まりがある。先に控え室と言ったが、それは性格ではない。正しくは、ここは『宝物庫』だ。
「もうすぐマスターがいらっしゃいます。マスターに会って恥ずかしくないようにしてくださいね」
リーダーの言うことは聞かなければならない。儀礼隊の取り決めだ。彼女はマスターの次に偉いのだから。皆、揃って手鏡を見たり、棚の中を整えたり、箒を持ち出し床を掃除したり、自分の武器を手入れしたり。それぞれの行動をとる。テティも自分のしっぽをブラシで整えた。そして待つこと1時間、宝物庫の扉が開かれる。
現れるのは鮮やかなオレンジ色のマントが目立つ魔法少女だ。纏うオーラは周囲の魔法少女すべてと一線を画す。そのきめ細やかな線の輪郭、麗しく力強い瞳、まさに王であり、そして我らの
「顔を上げたまえ、そして
そう言われ、頭を下げていた魔法少女たちは皆揃ってタッチ・ダッチのことを見る。テティは感情の行き場がなく、己の手を、着けたミトンごとぐっと握った。ウェディンがいつの間にか先に動いており、大道具の並んだ宝物庫の奥から玉座を引っ張り出し、皆の真ん中に置いた。タッチ・ダッチはそんなウェディンにウィンクを返した後、周囲の魔法少女ひとりひとりの顔を確かめるように近づき、声をかけ、そしてついに玉座に腰掛けた。
「さて。B市支部……いや。タッチ・ダッチ直属儀礼隊のハニーたち。皆に、大事なお話があるんだ」
「お話ですね。光栄です」
「あぁ。
「裸の王様……ですか」
「丸腰という意味だよハニー・ウェディン。我々には光が必要だ」
「我々には……タッチ・ダッチ様がいらっしゃいます」
大きなブーメランを携えた魔法少女がそう呟いたのを聞き逃さず、彼女はちっちっちっ、と人差し指を立てて三度振った。
「
マスターが望むというのなら、それは儀礼隊全員の望みに違いない。マスターはいつも欲しいものを探している。儀礼隊はそれに従うのみだ。マスターはリーダーよりも偉い。現身がいない今、誰よりも偉い。元来、次なる現身となるために生まれてきた御方なのだから。
「それでね。儀礼隊の活動として、これよりカスパ派との合同儀式を補助してあげてほしいんだ」
「補助ですか?」
「合同儀式には必要なものがいくつも足りていない。だから補助が必要だ。連中はプク・プック様が保管していた装置を無意味なことに使おうとしている。我には看過できない。正しい使い方を教えてあげたいんだよ」
始まりの魔法使いが遺した遺物のひとつ、『装置』。3年前、協議という名の一方的な脅迫により、プク派は所有していた遺物のうち殆どをカスパ派、もしくはオスク派と共同管理にさせられた。そのうちのひとつが『装置』だった。
「連絡はされているのですか?」
「え? いやいや。ああなった連中は話を聞かないからね。だから、あくまで善意で、ボランティアで、駆けつけてあげるんだ」
「つまり襲撃ってことだよねぇ……?」
「腕が鳴る……」
大きな十字架を携えた魔法少女が笑った。隣では、赤と青のコスチュームに「N」「S」と書かれた魔法少女がつられて呟いた。そしてタッチ・ダッチもまた、「痛い目を見ないとわかってくれないこともあるんだ」と笑っていた。
「すみません……我々は儀礼隊です。お言葉ですが、武力行使はその、あまり……」
テティはつい手を挙げてしまった。けれどいつも、マスターはテティの意見を喜んで聞いてくれる。
「そのために集めてきたコレクションがある。研究の人達と、それから第九宿舎が面白いものを作ってくれたんだ。第九の事業も我のコレクションにしておいてよかった。
そしてハニー・テティ。聡明で嬉しいよ。さすが我が見込んだ儀礼隊の一員だ」
わかりやすく褒められて、テティはわかりやすく喜んだ。そうすると、マスターも喜ぶことを知っているからだ。
「必要なコレクションは揃ってる。この棚にあるもの……そうだな、七十番台と二百六十番、三百番台あたりはよく使えると思う。
あぁ、できたら壊したり落としたいしないでよね。我のものだから。できたらで、構わないけど。一番大事な
儀礼隊の皆は、一斉にコレクション棚を開き、今度は陳列でも掃除でもなく、戦の支度を始めていた。カスパ派……魔法少女学級に行かなくなってから、会っていない友人のことを思い出す。思い出しただけで、それよりもマスターのために、テティは言われた通りのナンバーのものを探した。
「待っていてくれ……レーテ。プシカ。そしてプク・プック様。あなたも我のものにしてみせるよ」
誰に言うでもない、空へ向けた言葉。それに乗じて、リーダーのウェディンが「頑張りましょうね」と声をかけ、儀礼隊は皆掛け声を返した。宝物庫に声がこだましていた。