◇サンドリウム
リビングデビット及びテレプシコーラとの探索は続いたが、ある時、端末に通知が入った。ふたりのリアクションは薄く、行ってこーい程度にしか言われなかったのだが、行こうとしたところで逆についてきた。なんなんだと頭をひねるも、この通知へ覚えた訝しさの前にはどうでもいい話だった。
カムナからの送信。不在着信だった。答えようとした時にはもう切れていて、出られなかった。
嫌な予感がした。カムナの現在地は、と考え、別れた地点に急ぐ。案の定、姿はない。どこへ行った。研究部門の連中もどこにも見当たらない。
「こんなこともあろうかと、先程の着信のタイミング、切り抜いておきました。この場に、着信を再度発生させましょう」
「……って、どうなるわけ?」
「あちら側の端末が強制的に起動される、はずです」
テレプシコーラが取材用のメモ帳を破り取り、ペンを滑らせ宙に放った。そこから保存された景色が再生される。映るのはサンドリウムだ。自分がいきなりかかってきた電話の通知に驚き、対応しようとする映像が流れる。それが大きく広がっていき、ちょうど、今ここにいるサンドリウムと重なった。すると、確かに、着信の通知が鳴り始めた。
そして、それに伴い強制的に発信させられた、電話をかける側の端末からも、少しは音がする。振動を逃さぬよう砂を周囲に張り巡らせ、そして、わずかに拾い上げた。
「こっち……こっちから振動が来る」
そうして場所を特定し、急ぎ走り出し、ようやく駆けつけた時。山岳の一画に、その赤色を見つけた時。
サンドリウムの頭は真っ白になった。そこに倒れていたのは誰より見知った顔だったからだ。
被害者は他でもないカムナ自身だ。見るからに助からない出血。倒れている彼女は蒼白を超えて土気色だった。一緒にいたはずの研究部門所属者たちの姿はない。
「カムナ……カムナっ!! おい、誰にやられた、おい……っ」
「気配もない。誰もいないな」
返事はなく、犯人はとうに逃げた後らしかった。リビングデビットはそれ以上は何も言わず、周囲を警戒してくれている。
サンドリウムは、倒れている彼女の傍らに屈んで、その首にそっと手を当てた。脈拍は、当然無い。傷口は。状況は。犯人は誰だ。何を聞くよりも先に、疑いが溢れて止まらない。
裏切られても己が悪いと言い続けた。支えようと奔走してくれた。彼女が殺されていい理由なんて思い当たらなかった。
「ッ……」
どこかへ行ったままのプロウドをどうこう言えやしない。今のサンドリウムは、同じ感情を抱いているのだ。
「これは困りましたね。解散からそう時間は経っていないというのに、再招集とは」
「……私、は」
やるのか。裁判を。また、あのすぐ後に、悪夢を見せられるのか。
「まずは捜査、じゃないのか。監査的には」
リビングデビットの言葉で顔を上げる。裁判が始まるにしても、始まらないのであっても、犯人を知るには、カムナに触れなければならない。手を合わせ、ごめん、と思わず呟いて、それから彼女の遺骸の傷口に触れた。首筋につけられたその痕は、まるで銃創だった。
◇ティーパティーナ
レディ・プロウドは速かった。わかっていたことだが、あの速さは自分にはついてはいけない。いつもそうだ。彼女の見えているものは、ティーパティーナには追いつけない。この鼻は茶葉はわかっても血液の主は感知できない。ついていくためには、プロウドの曲がり角での確率と癖を計算し、その賭けを通さなくてはならなかった。
ティーパティーナを見出し、外交部門に引き抜き、部下としたのは彼女だった。「魔王パム亡き今、戦うだけが魔法少女の戦い方ではない」としていたからこそだ。彼女と共に、あらゆる交渉、面談の場にティーパティーナは茶を注いだ。
やがてプロウドは、外交部門日本局の局長にまでなった。その隣には、いつもアンブレンがいて、そしてその傘がくるくると手慰みに回されるのを、後ろから見ていた。
羨ましいと思ったことは一度や二度ではない。隣を歩けたらどんなによかったことか。
アンブレンの存在は、局長の中ではきっと大きかった。いつも可愛がっていた。アンブレンだって、時に頬を膨らませながらも、それに応えていた。
アンブレンを殺したのはキューティーレイヴンだ。
レイヴンは、本当に殺したかったのは撃墜王エリだった。裁判による処刑を擦り付けることで、その排除を達成しようとした。
つまり、お茶会裁判なんてものがあったから、ここまでの事態になっている。
発案者は0・ショック。ここまでのことになることを見越していたのか。少なくてもティーパティーナはそうじゃない。
アンブレンが被害者になったのが自分のせいだ、なんて、思わないでいられるわけがなかった。
「失礼いたします」
声をかけられた。振り返って、そこにいたのは研究部門の、肩書きが多く役職で呼ぶのが困難な相手、つまりフォーマルメイドだった。
「遺体が発見されました」
「……え?」
「前回裁判より時間を一切置かないこの状況での殺人。嘆かわしいことです。行きましょう、ひとまず現場へ」
「……あの」
「はい?」
「もう……裁判は、やめにしませんか?」
フォーマルメイドは呆気に取られたように黙り、そして、首を傾げた。
「なぜ」
「真実を追求することは、大事かもしれませんし、人殺しがいるってわかったうえで協力も、できないかもしれません、けど」
「今更です。己の魔法の中で処刑が行われるのが耐えられない、と言いたいのですか?」
「……それも遠くない、かもしれませんね。このシステムのせいで余計に人が死んだんです。撤廃するしかありません」
「では、今回の殺人の犯人には勝ち逃げしてもらうのですか」
有無を言わせないように詰め寄る相手に、ティーパティーナでは言葉は足りなかった。しかし一度芽生えた感触は消えてはくれない。
二度と、裁判が起きない方法。あるとしたら。それは裁判そのものが成立しなくするしかない。とあれば、術者が──邪魔になる。
そして同時に、協力しないのならば、もうティーパティーナを生かしている意味もないかもしれない。
フォーマルメイドは仕掛けてくるだろう。それは予測していた。フォーマルメイドはどこからか銀色の盆を抜き放ち、回転させる。炎を纏ったそれは回転ノコギリのように、ティーパティーナの頸目掛けて放たれる。認識だけは追いついた。外交部門のくせに戦いに向かない自分の体は、息を呑むにも追いつかない。そんなことも、わかっていた。
刹那、目の前で駆動音が消えた。
頸に向かおうとした刃。それを眼前で留めているのは、絡みついた白い液体だ。既に硬化している。接着剤だ。どこからそんなものが出てくるのか、答えは自ずと見えていた。
「プロウド局長っ……!」
予測、いや、信頼していた。彼女はこの瞬間に戻ってくると。彼女はティーパティーナとフォーマルメイドの間に割り込み、マントを靡かせていた。
「止められましたか。なら構いません。残りふたり。あなた達で手打ちとします」
「お前が一人目だ」
圧倒的な膂力の激突。余波でティーパティーナが吹っ飛ばされる。床に転がって、顔を上げた。既に始まっている。噴き上がる炎、そして迸る血。プロウドが懐から撒いたのは試験管に入った己の血。魔法の作用により消火剤になり、フォーマルメイドの炎を消し去り、そうして拓けた起動を彼女の拳が殴り抜いた。フォーマルメイドはそれを受けながら、尾からの噴射で挑みかかってくる。
迫るのはモップによる叩きつけ。それを掴んで押し返す。膂力は互角。いや。プロウドは脳内麻薬を増し、リミッターを外していく。魔法少女は想いが全て、と呟き、押され怯んだ隙に投げに入る。フォーマルメイドは尾鰭で直撃を避けるが、その尾鰭めがけてプロウドが飛び込んだ。掴みかかり、振り払われた瞬間に繰り出すは噛みつき。食いちぎられた身から血が噴き出す。が同時に傷口からは炎が吐き出され、プロウドの視界が消える。そこへ先程の盆ノコギリが手持ちの刃物として振るわれたのを、またしてもプロウドは素手で掴んだ。食い込んだ刃で流れ出た血が、しかし主より離れた瞬間に牙を剥く。
ニトログリセリンが炸裂し、さらに飛び散った先で液体窒素が凍傷を起こす。フォーマルメイドの体は凍傷に対抗すべく赤熱し、次なる衝突には火傷が襲ってくる。ぶつかった拳同士が焼ける。剥がれ落ちた鱗が炎になって散った。まだ、互いに倒れることはない。プロウドはその炎を踏み潰し、強く立っていた。
衝突は幾度となく巻き起こり、ティーパティーナはもはや呆然と見つめていた。
何度目かの組み合い。フォーマルメイドもさすがに膠着は許さないと言わんばかりに、プロウドの投げに合わせてくる。絡み合う両者。その中で、プロウドは自ら、恐らくは頬の内側を噛みきった。出血をそのまま吹き付ける。顔面に血の毒霧を受けた彼女が後退した刹那、血液は化学物質に変化していく。彼女の眼を焼き、流れるのはプロウドではなくフォーマルのものになっていた。
「ッ……だが……! 炎が解ればそれ以外も解るということです……!!」
続くプロウドの襲撃に、モップの柄による防御は間に合ってしまった。熱源の感知か。視界がなかろうと、別の感覚ですべて認識できているのか。炎がプロウドに襲いかかり、彼女の顔面を爛れさせた。かといって、怯むことはない。狙うは肩。引き抜いた試験管ごと殴りつけ、爆薬は確かに二の腕を破壊した。
フォーマルメイドの顔が歪む。その口元が、わずかに真一文字になった。集中しているのか。プロウドではない、なにかとの距離を測っている、ように見えた。
その直後に掴みかかったフォーマルメイドが、迷いなくプロウドを投げ飛ばす。彼女の体が宙を舞った。
──宙に。
方向はでたらめだった。距離を取るのは、視界が潰された今は得策とは思えない。それでも投げを選んだ理由が、ふと、納得できた。
研究部門には、狙撃手がいるではないか。
ティーパティーナは考えるより先に走り出していた。
アンブレンならもっとうまくやれたろう。彼女のサポートがあれば、もう勝っていたかもしれない。吸血鬼から陽光を遮る傘はもうなかった。
だけど。私でも。戦えなくても。
無我夢中になって飛び込んだ先で、ティーパティーナは弾丸を認識した。そして、出来る限り避けようと試みた。プロウドに体当たりして押し込み、割り込んだ。弾丸は、そうして伸ばした手の先で、指に当たっただけのはずだった。
だが、狙撃手は回避を許さない。
衝撃は凄まじく、ティーパティーナの肉体が砕け散る。本来なら、肉片になっているだろうダメージ。ちぎれ飛ぶ肉体を、ティーパティーナは繋ぎ止める。
──お茶会に。
気が付けば、自分はティーテーブルに座っていた。間に合わなかったのか、片目の視界がなく、恐らくは頬もない、頭蓋ごと削れている。右半身はもはや肺の残骸が剥き出しで、腕など残っているわけがない。
それでも。目の前に茶器はあり、紅茶は供された。ならば、お茶会の主がそうである間は死ぬことはない。
目の前には、状況を飲み込みきれずにいるフォーマルメイドとレディ・プロウド。
霞んだ視界ながら、彼女らの前のカップに、アイスティーをそっと注いだ。
「……始めましょう。最後の、お茶会です」