「……始めましょう。最後の、お茶会です」
長くはもたないことはわかっている。すべきことも決まっている。注がれた紅茶がなくなるのを待たずに、茶会は終わるだろう。感覚が失われていく中でも、まだ声は出る。
そっと、震える手でカップを手にし、口をつけた。熱くもなく冷たくもなく、味はしない。せめて血を洗い流すだけに過ぎなかった。
「いるんでしょう、電脳妖精」
「あらら。死にかけのホストにお呼ばれだぽん」
「ええ。これは私殺人事件です。事実上の現行犯。三名による裁判を開廷させていただきたい」
虚空よりきらきらと鱗粉が散り、あの悪趣味な面がふよふよと浮いているのが霞んで見えた。
ティーパティーナ自身の死は確定している。ならば被害者として、成せることを全て成す。
「電子妖精。あなたはただ投票の結果指名された者を処刑するのでしょう」
「そうなるぽんね」
「被告はフォーマルメイド。罪状は私の殺害」
「……なるほど。そう来ますか」
これがフォーマルメイド自身から受けた傷でないことは重々承知であった。だが今ここでできる全てを、お前にはぶつけてやる。こんな殺人ゲームを担わされた者として、悪趣味だろうが、プロウドのためになら使ってやる。
対するフォーマルメイドは息を整えた。彼女は彼女で、視力を失ったまま、供された紅茶には手をつけることもなく、こう続けた。
「ならばこうしましょう。犯人は撃墜王エリです」
部下のやったことであると認めてきた。そしてそれが、ここにいない相手であることを利用しようとしている。
「本人を呼び出すことができない以上、裁判は無意味です」
「なるほど。確かに集まりがとても悪いぽん」
ファヴはわかってて言っている。この投票システムはそもそも破綻している、そのうえで付き合っている。面白がっているからだ。
「それならば撃墜王エリである証拠をいただきたい。被害者からしてみれば、たった今受けた致命傷が何かなんてわかりませんから」
「その傷がなによりの証明でしょう。体温の大多数を喪うほどです」
フォーマルメイドに傷口は見えてはいない。それはある意味有利ではあった。それよりも、この水掛け論は意味がある。間で浮いているファヴの動きが、退屈そうにゆっくりになったのを、ティーパティーナは見逃していない。
「証拠が不十分です」
「現行犯でしょう。局長への暴行もセットだ」
「こちらも手酷くやられたものですが」
「応戦したに過ぎない」
「ならばこちらも応戦した結果と主張させていただきます」
「事故による殺人を認めるのですね」
議論は進まない。そもそもこれが交わることはない。主張はそもそも間違っているのだ。そのうえで、この裁判を押し付けている。平行線であることを印象付ける必要があった。
戦闘の最中であったはずの場所の真ん中にある茶会のテーブルは、周囲の環境を何事もなかったかのような昼下がりに変えていた。陽気が命をごく緩やかに流れさせてゆく。猶予は長くはない。
「では投票を」
「お待ちください。そもそも、私は殺しはやっていませんよ」
「はい?」
「あなたはまだ死んでいない。これは致命的暴行であり、殺人ではない」
「そんなもの……!」
「面白い観点だぽん。この状況じゃないと出ない屁理屈ぽんね」
方針を変えてきた。ファヴに処刑をやらせないつもりだ。これを捩じ伏せる方法はあるか。意識が霞む。反駁が遅れている。目の前に座るレディ・プロウドは、静かに息を整えていた。
「……お茶会中に失礼、します。殺人は起きていますよ」
「その声は……サンドリウムですか」
予想外のゲストだった。そしてその双眸は、フォーマルメイドへ敵意として剥いている。ティーパティーナは魔法により、席を追加で出現させた。しかし、こちらは立ち上がることもできすま、その席には常温の紅茶を配置するので限界であった。
「……そうだ。あなたは自身で言っていた。遺体が発見されたと」
「言いましたね」
「ならば、その裁判も行わなくてはならない」
「やめましょうと言っていたのはあなたですが」
その言葉を遮るように、サンドリウムは椅子を引き、座る音を立てた。
「被害者はカムナ。犯人はあなたです。傷口である銃創が、焼き潰されていました」
「それをできる者は他にもいるでしょう。撃墜王エリも0・ショックにも可能で」
「投票を行うぽん」
電子音が空気を裂く。その瞬間、フォーマルメイドは立ち上がった。茶会の強制が弱まっている。ティーテーブルが、ひっくり返される。
「こんなものは通らない! 全員出席でない、裁くべき事件さえ確定していない、これの何が裁判だ! そもそも、参加者に茶を出さぬ茶会など不成立だ!」
紅茶が溢れ、魔法は解けていく。急速にティーパティーナの命の灯火は消えていく。が。その言葉はヒントだった。最期にレディ・プロウドを見る。彼女は、もう席にはついていない。フォーマルメイドの背後で構えたその姿がどうも美しく、ティーパティーナはひとつ、大きく息を吐いた。
◇フォーマルメイド
それは完全に意識の外からの攻撃だ。
死にながらお茶会を開くなどという芸当をやってのけたティーパティーナの底力には驚かされたが、それだけだった。ファヴを引っ張り出しても、それを実行させる前に破綻させることができた。あとはここにいるサンドリウムを始末し、撃墜王エリと合流すればいい。視力の回復など後でもできる。そこまで思考して、初めて、レディ・プロウドの体温がどこにも感知できていないことに気が付いた。
つまるところ、手遅れだ。
冷たい感触がフォーマルメイドを貫く。貫手か。それとも、愛する部下の魔法の傘か。どちらにせよ、温度では感知できなかった。フォーマルメイドの感知は炎に基づくものだ。お茶会によってリセットされた環境で、完全に同化されては、姿を消されているに等しい。
「ッ……なる、ほど。体液を変化させる魔法……」
レディ・プロウドの魔法は自身の血を使う。体内でもそれができるとして、それを使えば体温を下げることすらできた。茶会の間に動かなかったのはそのためか。しかし、なぜそれならフォーマルメイドには感知できないと勘づいたのか……いや。
ティーパティーナか。
彼女は茶会でありながら茶を出さなかったのではない。
どこまで温度が感知できるか、これならばフォーマルメイドには気づかれないのだと、暗にプロウドに示していた。
最期の茶会ですら時間稼ぎで良かったのだ。
「これなら……お茶会裁判における最後の犠牲者、という肩書きを受け取っておくべき、でしたね」
「喚くな」
腹の中で傘が開いた。ぼんやりと、人間の域に戻っていくプロウドの体温の存在を認識しながら、炎は絶えた。
◇サンドリウム
電子妖精ファヴは目の前から消えなかった。
お茶会はティーパティーナのテーブルが破壊されたことで終了させられ、彼女はそのまま力尽きた。戦闘行為の禁止は解けて、その直後にレディ・プロウドがフォーマルメイドにとどめを刺して、この戦いは終わりを告げた。
投票も処刑も行われなかった。
サンドリウムの中では、事件は終わっていない。奇妙な安堵と、燻る熱を覚えている。
偽証によりカムナの死を使い切るなど、サンドリウム自身にとっても許容できることではない。そうならなくてよかった。そして、実行犯を許すことはない。
「おめでとうぽん。えー、一気に4人も減ったおかげで、エリア内の魔法少女が残り8人になりましたぽん。これより、通行証の販売を開始し、エリア間の移動を許可するぽん」
ゲームもまた続く。
目の前には、傘についた血を払い、それを差したまま、転がり割れたティーカップを眺めるプロウドの姿。
強く手を握る。転がる遺体に手を合わせ、サンドリウムは端末を手にした。