◇マジカルディジー
目の前で起きた捕食に、呆気に取られるままだった。惨状を引き起こしたのはあの鮫の魔法少女であると獣の本能で理解した。あれは紛れもない頂点捕食者だ。構えていたはずのポーズも忘れ、さっきまで戦っていたはずなのに、その場には沈黙が立ち込めた。
「い、今のは……」
「とんでもない大物。サメでサメを釣ってしまったらしい」
「言ってる場合じゃなさすぎでしょー!」
ガチャポンの魔法少女はけらけら笑い、釣り人は目を輝かせている。危機感がない。唯一、蝶の魔法少女だけが、額に汗を浮かべていた。
恐らくは、彼女だけ話が通じる。
「……一時停戦を申し込みたいんだけど。いいかな。いいよね、イルミナースも」
「ジェルミナール……」
この状況でも、彼女はずっとうわ言を言うばかりだ。成り行きで一緒にいるが、話が通じた気もしない。魔法少女としては致命的だ。最初から目がイっている場合は公共の場にお出しできない。
相も変わらず使命感でなにか呟き続けている彼女は放置するしかない。あの『魔法のサーチライト』がスワローテイルに反応したのはなんだったのか。本人に聞いても答えはなさそうだ。ディジーはポーズを解き、なるべく自然に、目の前の少女との敵対を解くため、自ら呆然とした顔を作った。
「もしかして、悪い子じゃない……の?」
ただ停戦を申し込む、のではない。相手もまた正義だと気づき、魔法少女だと認める。そうしなければ悪に歩み寄ることはない。もしかして、私たちお話できるかも、というワンクッションを挟み、事情を聞き出す。蝶の魔法少女が「実は……」と続けた。
「わたし達、他のエリアから来て。このゲームをどうにかする方法を探してるんです」
話によると、魔法の国の儀式に参加していたはずが、目を覚ませばこの世界にいた、という。
巻き込まれた被害者という立場は同じだ。こちらもこんな場所に閉じ込められ続けるのはごめんだった。何しろ、このエリアにはあの見るからに凶悪な人喰いザメを齧り抉る奴もいる。これが落ち着いていられるだろうか。常に本能は警鐘を鳴らし続けている。
「そっか。あなた達も閉じ込められて……わかった。私も、協力するよ」
「ほんと!?」
提案を受けた蝶の魔法少女、ぱあっと明るい表情を見せた。魔法少女はこうでなくては、といえる純粋な笑顔だ。今日び魔法の国ではお目にかかれない純真さがある。
「それじゃあ、仲良くしてくれる……?」
「もちろん。あなたは……」
「スワローテイルっていうの。この人達は、ミステリーク海賊団」
ガチャポンや釣り人も異論はないのか、口を挟むことなく、ふたりで盛り上がり、そしてついでにザリガニの海賊らしいもうひとりをつついて起こした。彼女はディジービームを食らったために目を回し続けていたが、ようやく視界が戻ったらしい。
「……はっ! そう! そうだ! 私が船長、ミステリーク・レイ!! 趣味は海賊行為だ。こちらはあとその他の2名だ」
「ひど!?」
「語るに落ちるというやつか」
「なんかそれは違くない?」
紹介が雑にまとめられたふたりはGPカプセラにフィッシャーラッシャーというらしい。この3人は元々その海賊団を結成しているらしい。海賊行為……それでよく魔法少女に合格したものだ。
「えと、マジカルディジー……さん?」
ここで名乗りのチャンスが来て、ディジーはポーズを決めた。
「そう! この私が、マジカルディジー!」
「やっぱり、デイジーとは別でしょ? なに? ファンなん?」
「──っ」
マジカルデイジー。その名は、懐かしく、そして輝かしい。自分の中において欠かせない。彼女と共に過ごしたあの日々は間違いなく今の自分を形作っている。だからこそその名を聞くと胸が苦しくもなる。もう一度彼女のような魔法少女と仕事ができたらと何度夢見たことか。ついぞ、それが叶うことなく、そしてマジカルデイジーは命を落とした。広報部門を挙げてのお別れ会が実施されたのは、その当時より広報で名を挙げつつあったとある魔法少女に、自分が頼み込んでのことだった。その時は頭が真っ白で、無我夢中になって、頭を下げた記憶がある。あれからは久しく、琴線に触れる魔法少女には出会えてすらいない。副部門長のやり方に対しても不満がないとは言わないし、そもそもこれ自体が、デイジーの巻き込まれたという事件に近い。例の手記は自分にとっても衝撃で──。
「ど、どうしたの?」
「……こほん。お姫様の秘密なのです」
「出た。一般人に知られてはいけないのやつ」
「アニメでパレットがよく言っていたやつだな」
ミステリークとカプセラはなんと視聴者らしかった。だからこそ出てきた言葉が、思考に突き刺さる。
パレット。そう。あのマジカルデイジーと、相棒だったマスコット。アニメ放映後は裏方に回り、第二の彼女は見つからぬまま、いまだ広報部門にしがみついていた1匹の獣。
……ここにいるディジーの、真実の名。
かつての相棒に、その改竄された記憶の真実を伝えることもできず、二度と会えなくなった哀れな獣。
「エリアの外って、どうやって出たの? この壁、このままじゃ越えられない結界になってて。内部の魔法少女が8名以下になれば、出入りアイテムが販売って書いてあったけど、まさか」
「違うよ! ボスを攻略して、そのアイテムを手に入れたの。それと……」
「それと?」
「マスターパス。これ、ファヴが落としていった端末にあったんだけど。エリア3のマスターって書いてあって。ここがエリア3だよね」
「──ファヴ?」
知っている名前だ。だが、聞きたくない名前でもある。それはマスコットキャラクター界における忌むべき悪名で、大面汚しだ。あいつも、まさか、このゲームの中にいるのか。殺人ゲームをいくつも仕掛けてきたようなイカれ電子妖精だ。ここでも黒幕でもおかしくない。
「そう。ファヴ・アンド・ファーヴって名前の、魔法少女」
「魔法少女? ファヴが?」
驚きながらスワローテイルの話を聞いていくと……魔法少女として、己も参加している、ということだった。
安全圏から盤上に降りてきたのは陰険な電子妖精らしくない。悪趣味だ。まるで話に聞いたクラムベリーのやり方だ。吐き気がした。
「教えてくれてありがとう。スワローテイルちゃん。一緒に、ここを出ようね」
「……! はいっ!」
手を握る。スワローテイルは元気よく頷いた。
今のパレットはマジカルディジーだ。魔法少女だ。希望を捨ててはいけない。仮にこれが奴の仕組んだ、命を弄ぶ娯楽だとしても、決して負けてやらない。
「よし! そうと決まれば出発だよ! マジカルデイジー号で!」
「うむ! ……ん!? 違う!! ミステリーク号だ! 乗っ取るな!!」
慌てて乗り込んでいく海賊団。ディジーは彼女らが、この真っ赤なザリガニ型マシンを動かすのを見ながら、やはりその場から動こうとしないイルミナースを見た。
仕方なく、無理やりにでも手を引こうかと思い歩き出したのを、スワローテイルに先を越される。
「イルミナース……さんも。一緒に行きましょう!」
それを聞いて、はじめてイルミナースの表情が変わっていたように思えた。懐中電灯が強く握られていた。
「ボクの……最後の魔法少女……」
……これはあれだ。一目惚れだ。人格がやられるとこうも単純になってしまうらしい。差し伸べられた手を、何の疑いもなく取ってしまう。
相手がスワローテイルなら、気持ちはわかる。お手本のような純真な笑顔は、向けられれば光だと信じ込んでしまうだろう。
かつて作っていたアニメよりもアニメみたいな展開が目の前にあって、ディジーは誰からも見えないように頭を抱えた。