◇ディティック・ベル(儀式まで残り七日)
ネフィーリアに受けたらぶみー恋々捜索依頼の進捗は、悪いと言わざるを得なかった。目撃地点に行き、建物に対してディティック・ベルの魔法を使ったはいいものの、それらの情報は要領を得なかった。らぶみー恋々の写真を見せても反応が悪かった、というか、こんな格好ではなかった、と言う。そのことにはネフィーリアも頷いていた。チャイナドレスだった、という。つまり、変装しているのだろうか。何のために?
そのあたりの捜査も含め、依頼を受けてからの数日、こうして張り込んだり、駆け回ったりの繰り返しだ。探偵として成果が出ないのには慣れている。このくらいは当たり前のことだ。次第に講じられる手段がなくなりつつあることも感じている。ネフィーリアはつまらなそうに、時折彼女ではない声とひとりで話しながら、協力してくれることもあった。
「ベルっち、なんかこのままじゃ見つからない気がするっすよ」
「うーん……人前に出てこられる状況じゃない、と考えた方がいいよね」
「やっぱり……」
「……マスカレイド?」
マスカレイドなら、衣装の形が違うというのも頷ける。元が別の魔法少女である以上、顔の印象が異なるのも混乱を招いている元だろう。そう考えて、アプローチを変える。ラズリーヌに頼み、マスカレイドたちを保護している友人のところに連絡をとってもらう。
「あ、もしもしブルっちっすか? デリュっちもチェリっちも一緒? よかったっす、ちょっとベルっちが聞きたいことがあるって」
登場するあだ名が連続して誰のことか把握しきるのに一瞬を要したが、端末を受け取り電話を替わると、通話の相手はブルーベル・キャンディだった。
「替わりました、ディティック・ベルです」
『久しぶり。ブルーベルだよ。私が言うのもなんだけど、姉弟子と毎日一緒、大変でしょ?』
「おかげさまで毎日楽しくやってるよ。で、依頼の関係で調べたいことがあって」
『マスカレイドたちのこと? うーん、ちょっと待ってねー』
彼女曰く、マスカレイド達は、ごく一部は他部門に働きに出ているが、天使の魔法少女に変身している者はいないはずだと言う。現在、魔法少女から新たにプリンセス・ジュエルを作る方法は人道に反しすぎるため凍結されており、それらを研究していた者も殆ど死ぬか追放されている。つまり、ラズリーヌ及び、研究部門関係ではないようだ。
「違う……かぁ」
『いきなりどうしたの?』
「いや。死んだはずの人の捜索依頼が来て」
『あー……なるほど。それは大変だ』
多少、事情を話してみる。かつて彼女らの師匠、オールド・ブルーが手を伸ばしていた事件だったとしたら、手がかりが少しでもあるかもしれない、と考えた。が、やはりマスカレイドとは関わりがなさそうだという。
『あ。ただ』
「ただ?」
『似たような話があった……気がする。死体が消えたーとか。また研究部門の仕業かって言われちゃって。失礼しちゃうよね、自業自得なんだけど』
「……ごめん、それはどう反応すれば?」
『笑い話でいいよ』
そこからは世間話を少し。やはり研究部門関係も元オールドブルーの一門もいまだに忙しいことばっかりみたいだ。気楽に探偵なんてしていていいのか、とも思う。ただ、ブルーベルはそちらの話が聞きたいのか、結局ラズリーヌのプライベートな話を話すことになった。隣の本人が「なんでそれ言うっすか!」と頬を膨らませていた。
「いきなり申し訳ない。ご協力感謝します」
『ぜんぜん大丈夫。また二代目の面白エピ聞かせてよね』
通話が一段落し、切ると、端末の持ち主が見つめている。端末を返しつつ、苦笑いで謝った。お酒を飲めるようになった彼女が酔っぱらった結果絵本を読んでとお願いしてきたり散々甘えてきた時の話は、相当恥ずかしかったらしい。
「じゃあ……次は別の人にアポを取らなきゃだ」
「む! 次は変なこと喋っちゃ嫌っすからね!」
「それはごめんって」
謝りながらも、次の取材相手にメッセージを送る。そして運良く、この後でもいいので食事に行こう、という話になり、ついでにラズリーヌも入れたグループにすると、とんとん拍子で話が進んで──。
「お時間丁度ですわね、探偵さん」
「お久しぶりデース!!」
「……」
見るからに育ちのいいお姉様、日本生まれではなさそうなお姉さん、そして眼鏡に本を携えた女子大生という、ばらばらな取り合わせの3人組と合流する。世界観がそれぞれ独自かもしれないが、今は魔法少女姿ではないだけマシだ。そこに地味な女こと
彼女らはかつて、今では『キークの事件』と呼ばれる、電脳世界で起きた死のゲームを共に生き抜いた仲間だ。お上品がリオネッタ、外国風が御世方那子、眼鏡っ子がクランテイルである。
「5人デース!」
「5人っす!!」
店員さんに聞かれるとほぼ同時に答え、そしてわずかに那子が早かったとラズリーヌが悔しがる。そんな騒がしい一幕もありながら、席につき、まずは皆ひととおりメニューを頼んでいく。即決のリオネッタに対し、那子は悩み、ついでにラズリーヌもクランテイルも時間をかけ、ようやくオーダーを終えた。ここで初めて、久しぶりの挨拶と、世間話から入る。
3人は未だチームとして集まることがあるということで、かなり仲良しの様子である。年上で勉強のできたリオネッタが、今は女子大生のクランテイルに勉強を教えているという。
「トーチカさんは……その、どうでしたの?」
「……あ、うん。成績優秀で、無事卒業したよ」
「ベルっち卒業式どばどば泣いてたっすよ」
「なんかそんな気がしマース」
「……確かに、想像つく」
「ちょっ、いや、だって泣くでしょ!?」
トーチカ。かつてゲームの中で亡くした友人、ペチカの弟の魔法少女としての名前だ。ディティック・ベルはその担任の先生だった。ペチカと一緒だったのは一瞬の話だったが、いまだにあの事件のことは強く焼き付いている。おかげで、彼女の弟となれば、皆、自分の弟のことのように思えるだろう。
「もう、あれから5年ですものね」
5年……長い時間が経ってしまったものだ。ということはつまり、探偵事務所を開いてからも5年だ。専業の探偵をしていた期間より教師の期間の方がとっくに長いということには恐怖を覚える。自分の年齢的にも……いや。自分にはラズリーヌがいる。うん。そう決めたんだから。言い聞かせる。
「……本題は?」
「あぁ、うん、そう、それなんだけどね」
丁度料理が届いて、そのくらいになって、クランテイルに指摘された。食事をしながら話すことではあまりないかもしれないと先程気づいて先送りにしていたが、話さなければならないのは確かだ。
「……その、これも何年も前なんだけど。島での事件って、覚えてるかな、実験場の」
「ああ、あの堅物のお爺様の」
「終始怒ってたおじーちゃんのデスね」
「あの人そんなイメージなの?」
「覚えてる。それが……?」
「後処理も、実験場の、だったんだよね?」
頷かれる。実際には多くは監査部門だったようだが、それでも母体はオスク派で、繋がっていても納得はできる。そして当時の実験場は、まだ現身による事業整理や改革が行われていなかった。クランテイルが関わった事件で出た死者の遺体が、実験場に運び込まれた可能性は残る。
だがそれを使ったとして、どうして今になって、という話も出てくる。マスカレイド計画は凍結された。それから時間も経っている。そのはずなのに。
「あ。天使といえば……つい昨日、幽霊なら見マシタ」
「ちょっと。オカルト話をしに来たのではなくてよ」
「でも天使の輪みたいなのがついてたんデスよ。ハート型の。で、羽があって」
「一応、聞かせてもらえる?」
「もちろんデス! そう、チャイナドレス! チャイナドレスな幽霊デシタ。昨日デスよ」
……まさか、ここで重なるとは。那子の言い出した目撃情報は最新のものかもしれない。場所を聞き、しっかりメモに残す。
「しかしチャイナドレスとは……また誰かを思い出しますわね」
中華系魔法少女なら、また5年前の犠牲者の中にいた。さすがに関係はないだろう、が、那子が確かにと声を出した。目撃した当人は、気持ちがわかりマスと言っている。
「場所は、B市の近郊……か。うん、ありがとう」
「お! 役立ちそうデス!?」
「かも。調べてみる」
「力になれてよかった」
B市のことはよく調べてまではいないが、那子の話によると、なんだか怪しい魔法少女がいると噂にはなっているらしい。ついでに、そこには元実験場系の施設があるかも、という話も聞く。
「行くっすか?」
「……今日は遅くなっちゃうよ。明日、かな」
「はいっす。その方がいいっす」
魔法の国には悪い噂も絶えることはない。深く息を吐いた。これも徒労である覚悟だけはしておいた。