◇メルン・チック(儀式まで残り六日)
突如現れた魔法少女にドッチウィッチのぬいぐを奪われて以来、メルン・チックは毎日、とにかく探して駆け回っていた。辿れる相手全員に連絡を取り、魔法少女で賑わう行きつけのラーメン店でも聞き込みをし、ほんの少しでもそれらしい情報があれば駆けつけた。
そして3日目。それまでは全て外れだった情報たちだが、ついに当たりを掴んだらしい。どこぞの魔法少女探偵が、天使の魔法少女を捜して回っているという。それを聞きつけたメルン・チックは、ラズベリー探偵事務所というらしいその場所に急いだ。存在は知っていた。事務所を訪れるのは当然ながら初めてだ。
「あ。待ってた」
「なんでいるのよ」
「だって、なんか見てて痛々しいから」
メルンがいるのは予定外だ。そもそもこいつにそこまでの気概があることにも驚く。腐っているが、魔法少女だということなのか。気に入られることをした覚えはない。
「いいけど。これから荒事に巻き込まれに行くのよ」
「は? 聞いてないけど」
「聞いてないからでしょ」
有無を言わせず襲ってきた奴をこちらから探しているのだから、戦闘にならないわけがない。結局来ないならそれでいい。深いため息を吐き、そのまま探偵事務所の戸を叩く。
「はい、ラズベリー探偵事務所です……すみません、今新規のご依頼は」
「あんたらが今探してる天使の魔法少女。同じのを追ってるわ。協力しましょう」
「え、あっ……と、とにかく中へどうぞ」
メルン・チックを出迎えた見るからに探偵っぽい格好の魔法少女、ここの主であるディティック・ベル。どこかで聞き覚えがあるかと思えば、魔法少女学級の先生をやっていたあのディティック・ベルだ。どこぞの『始まりの魔法使いの遺跡』で、直接顔を合わせたわけではないにしろ、ほぼ同じ場所に居合わせたことはある。あの時のメルン・チックはさっさと撤収したが、彼女が最後まで残り、皆を助けたという話は、後になって別の傭兵魔法少女チームとの食事会で聞いていた。
彼女は助手のラピス・ラズリーヌとともに、やはりあの天使の魔法少女を捜索する依頼を受けている。そして、手がかりを掴んだかもしれないと話す。
「それ……チャイナドレスの天使、みたいな見た目のよね?」
「あっ! 那子ちゃんの言ってたのと同じっすよ!」
「そいつに恨みがあるの」
こちら側からも情報は吐き出す。それらしい情報のうちスカったものをとにかく出して、ディティック・ベルが同様にハズしたものも含め、掴んだものがどれでもないことを確認した。
「これで、残った可能性は」
「実験場の廃墟……嫌な場所だわ」
実験場にはいい思い出がない。他ならぬかつての仲間を皆殺しにしたのが実験場関係の連中なのだから。とはいえ、魔法少女で実験場にいい思い出がある奴なんてほぼいないだろう。この頃は体制を変えクリーンになろうとしているというが、あの人を人とも思わぬ施設が簡単に変われるはずがない。そして今回はその、体制が変わったことにより放棄された建物が怪しいという。
「そんなの怪しいに決まってるよね」
メルンの言う通りではある。
ともあれ、利害の一致した探偵とフリーランス魔法少女たちは、件の廃墟へと出発する。魔法の国は想像よりも日本の随所に土地を持ち、巧妙に隠している。これもまた日本のどこかの山奥だ。単純に人間の移動手段では日が暮れる。他の魔法の国の施設をいくつか経由して、公の手段で来られる最寄りの魔法の門を抜けたら、後は自らの足だ。魔法少女の足なら山奥でもそう時間はかからない。日が高くなるより前に、それらしき建物を見つけられる。
「建物相手なら私の魔法が使えるんだけど……」
「生憎、ちゃんと結界が貼られてるようね」
「おかしくない? 廃墟なら結界を維持しなくてもいいのに」
「怪しいっす」
「どうやって入るの?」
首を傾げるメルン。魔法使いがいるわけでもなく、有効な固有魔法も持ち合わせがない。こちらから解除の手段はないに等しい。例えば……結界にも穴を掘れる魔法少女でも一緒にいてくれたらよかったのだが。
「人が出入りしてるならいいんだけど」
この結界を管理している者が、今でも出入りしている可能性は高い。それが数時間待ったところで現れてくれるかは怪しい、が、それを待つのが探偵だと彼女は言った。メルン・チックも耐えることにする。メルンが退屈そうにし、やっぱり帰ってもいい、などと宣って、殴ってやろうかと思った。
「あの」
「あ、私? 何?」
「魔法使いの方が来たら、魔法の電波を使っていただけますか?」
メルンのアンテナの催眠電波は魔法少女には効かないが、油断した魔法使いになら通じるだろう。せっかくいるなら役に立ってほしい。あーうんと生返事をしたメルンの頬は今度こそ殴ってやろうかと思い、耐えた。
そして、張り込みを続け、その中ではメルンが欠伸をしてメルン・チックが耐えきれずにビンタをかますなどの一幕はあれど、良いニュースも悪いニュースもないまま時間は過ぎた。しかし日が傾いていたその時、不意に状況が動く。何者かの気配がして、魔法少女4人組は揃って己の気配を消す。
「あれは……」
「……元実験場の魔法使いじゃないかしら?」
「来た来た、出番!」
「ちょっと待つっす。解除した瞬間に、っすよ」
魔法使いが認証用のアイテムらしきものを使い、結界が弱まって、扉状となったのを確認した。その瞬間にメルンが魔法を使う。アンテナが光り、全力で電波を飛ばす。ちょっとしたプロテクトが貫通され、一瞬周囲をきょろきょろ見回した魔法使いだが、すぐに頭に電波が届いて大人しくなった。
「よし! じゃあ私の肉壁よろしく!」
メルンの電波で操り人形となった人間は思考が単純化してしまう。自在に操れず肉体が弱い分単体での強さはメルン・チックのぬいぐるみ以下だ。使えるとすればそれこそ壁。そっと侵入して、結界以外には警報などがないか警戒、ラズリーヌが「なさそうっす」と話し、一行は先に進んだ。
「……案の定だけど、施設、生きてるわね」
中に入るまでもなく、見るからに、今も使われているという雰囲気だ。扉も自動で、認証システムの類は止まっているものの、灯りはついている。このメルンに操られた哀れな魔法使い含め、ここを根城にしている者がいる。
そしてその中に、あの魔法少女がいるはずだ。
メルン・チックの操る動物のぬいぐるみを先頭の斥候にして、二番手をメルン・チック自身が早足で、先を急ぐ。奥に進むにつれ、実験場らしいおぞましい気配が漂ってくる。
「どこ……どこにやったの……!!」
ドッチウィッチの姿を探し、左右の部屋も開く。ほとんどの場合、ロックがかかって開かないか、中には誰もいなかった。
しかし、ある時、扉が自動で開いたかと思うと、内部に並ぶものが目に入る。培養槽だろうか。液体の中に、少女らしきシルエットが浮かんでいる。その中に、クラシカルな魔女の格好をして、肌は縫い目まみれで継ぎ接ぎの、ドッチウィッチの姿を見つけ、メルンは駆け寄った。
「ドッチ!!! っ、なによこれ! 私の魔法っ、この、反応しないじゃないっ」
「……ッ!!」
咄嗟に風を切る音がしたと思った瞬間、メルン・チックはもう突き飛ばされていた。ラズリーヌが、飛来した攻撃から守ってくれたらしい。そしてその攻撃とは、3日前に射られたのと同じ矢に違いなかった。振り返って、そこにいるのが、チャイナドレスに天使の羽、頭上に浮かぶハート型の光輪を備え、弓を手にした魔法少女だと認識する。
「お前ぇ……!!!」
「侵入者ですね、アル。見つけたからには生きては帰しません、アル」
取ってつけたような語尾。こんなキャラクターだったか、と疑問に思いつつ、怒りを混ぜて眉を顰め、身構える。隣ではラズリーヌも既に戦闘態勢だ。
「@娘々……じゃあ、ないっすよね。らぶみー恋々でもない……なんなんすか」
『教えてあげようね。彼女の名は、
いきなりどこからともなく響いた声。壁に配置されていたモニターの電源が点き、そこに映像が映し出される。この施設によく似た空間と、その中に立つ少女の姿だった。こちらも背中に翼があるが、天使というよりも、そういう設定の配信者、という方がしっくり来る見た目だった。
「らぶみー恋々じゃないの?」
「@娘々でも?」
『両方の性質を併せ持つ。それが答えだね』
画面の中の魔法少女はやたらとくるくる回ってスカートを靡かせ、そして口元で指を立て、こちらを挑発するような態度だ。
「恋娘でも娘恋でもなんでもいいわ。あんたが何者よ。なんで私のぬいぐるみを盗んだわけ」
『いい組み合わせが思いついたんだ。せっかくだから、♡♡♡恋娘の試運転を兼ねようと思って』
「……何者よ!」
『そちらも今から答えるとも。君たちは「七大悪魔」は知ってるかな? そう、魔王塾創立当時、最初に魔王パムの弟子だった七人の魔法少女』
「まさか……」
『その幻の八人目……!!! それがこの私、「虚ろの電影ヴィリース」!!!』
魔法少女たちは顔を合わせた。七大悪魔のことも、聞いたことはある。が、幻の八人目のことはさすがに知らないというか、そもそも七大悪魔をひとりも知らないというか。
『……なんだ、反応が悪いなァ。2代目ラズリーヌちゃんくらいは知ってて欲しいものだけど』
「聞いたことないっすよ」
『そんなァ、パナースちゃんから聞いてないの? 寂しいなァ』
「パナっちもそんなこと喋ったことないっす……って、パナっちのことは知ってるんすか」
『もちろん。パナースちゃんは私のことは知らないだろうけどね! 面識ないし。シフィールとかなら知ってると思うけど!』
そんなの、話しているわけがない。明らかに意味がない会話だった。それにしたって、このヴィリースの目的はなんだ。受け答えからしても録画ではない、リアルタイムでの配信だろう。どこからか見ているのか。
「ヴィリースさん。もういいですか、アル」
『あーうん? ごめんごめん、恋娘は戦わなくていいよ。そろそろ読者も話を進めて欲しいんじゃないかな』
いつの間にかモニターの中にはソファが用意され、ヴィリースは堂々と座っている。メルン・チックは歯を食いしばり、直ぐにでも恋娘とモニターを破壊すべく、マーリーもペリングも展開し、今すぐ仕掛けようとした。
『私の庭に踏み込んだ時点でしてもらわなきゃいけない覚悟があるからね。戻れ、恋娘……行け、フランチェスカ2号機』
刹那。モニターの表面が、まるで水面のように揺らめいた。そうして、内部から這い出てくるものがある。優しげなアルカイックスマイルを浮かべ、白一色のトーガを浮かせ、しかしその両手には見るからに物騒な、黄金色と白銀色の大斧が一振ずつ。
「あなたが落とした斧は、金の斧ですか? それとも、銀の斧ですか?」
シチュエーションも、セリフも、まるで童話のよう。その意味を飲み込めないまま、わずかに女神の手元が動いた。咄嗟に動こうとし、自分の隣で、侍らせていたペリングのぬいぐるみが、上下真っ二つに両断されていた。悲鳴を出す間もなく、魔法少女たちは一斉に動かなければならなかった。ラズリーヌが前に出て、他の皆を逃がそうと動いた。
「な、なにあれっ、やば、あれっ」
声を漏らしたメルン。彼女は操り人形を前に出し、盾にしようとした。が、その途端に、小首を傾げた女神が斧を振り、その凄まじい衝撃は後方にあった培養槽のカプセルごと砕き、その途上にあったメルンの右脚と、哀れな魔法使いの全身は、轢き潰された肉綿と化していた。
「あっ、あっ、あっ」
涙を浮かべるメルン。これはまずい。制圧よりも前に生還を考えなくてはならず、それすらもまず絶望的だ。牽制にマーリーの魔法を使わせ、あっさりと斧にすべてのゴム毬が斬り払われ、せめてメルンやディティック・ベルに肩を貸そうと動き、何かにぶつかった。そこに何かがいた。見上げる。さっきまで画面越しに見ていた相手だった。
「ヴィ、リース」
「いいこと思いついた。このまま終わりも勿体ないもんね。読者もきっとそういうの見たいよね?」
どこに話しかけているのかもわからないまま、ヴィリースの手のひらから閃光が迸る。これは、電波、か──メルンのものより、ずっと、強烈、な──。
意識が保てない。視界の端でラズリーヌが女神に向かっていき、拳を受け止められているのが見えた。そんな光景すら謎の電波に上書きされ、網膜の中で突如始まった『ヴィリースのヴィヴィチャンネル』なる放送に、脳は処理を拒み思考が止まった。